07
楓が家出……いいや、行方不明となっているのに気づいてから半年が経った。
行方は依然と知れず。手がかり一つ手に入らない。
なにせ私が打てた手は、楓の写真を信用できる人に託し、目撃情報を得るのに協力してもらったくらい。それも片手以下の人数の上、楓が東京に来たのかも定かでない。頼っている手前で申し訳ないが、あまり期待はしていない。宝くじが当たるかのような感覚で頼っている。買わないよりは夢がある、と。
唯一の手がかりになるかと持ち帰ってきた楓のパソコン。そこに残っていたのは足取りではなく、楓に抱いてきた妄想にして幻想。それから目が覚めるような現実であった。
ウォーリーを探さないで。
これが私に抱いていた、楓の想いにして答えである。
楓にとって私は頼れる味方ではなく、疎ましいだけの存在であったのだ。
まどかがいなければ、あそこで心は折れていただろう。
自らしてきた間違いを諭されながらも、それは仕方ないことであった。そんな甘いまでの慰めが、この膝を折らずに済んだなによりの介助であった。
なにが間違いであったのか。それがわかった今ならば、今度こそ正しい形で向き合える。その心に寄り添って手を引いてあげられる。
現状を、少しでも前向きに捉えられたのだ。
『でも、これだけは覚えておいて。椛が辛くて苦しいのを我慢するくらいなら、楓のことはどこかで折り合いをつけなさい』
母さんの言葉を思い出した先で、一つ折り合いをつけた。
楓へ繋がる手がかりが見つからず、打てる手が行き詰まっている内は自暴自棄にならない。今の生活をこれまで通り営む。自分を犠牲にしないというのが、母さんの願いなのだから。
「それじゃ、乾杯しよっか」
だからまどかとの時間もこれまで通り。週に一度くらいのペースで、私たちは互いの部屋を行き来していた。
「椛の手抜きっぷり……ここまでくると流石って感じよね」
乾杯の一口目を皮切りに、まどかは両肩をすくめた。呆れ嘆じているのだ。
今日は私の部屋で、まどかが持ち込んだお酒を交わしている。代わりに私が食事を用意しているのだが、手抜きというのはそれを指している。
貧相な品が並んでいるからではない。卓上に上がっているのは、牛肉ホホ肉の赤ワイン煮込みとか、チーズと野菜のラザニアとか、シーザーサラダ。しっかりとした品を持って、まどかを出迎えたつもりだ。
ただし、上記二つはお取り寄せの冷凍食品であり、サラダは近所の専門店から持ち帰ってきたものをそのまま出しているだけ。食器類はプラスチック製のワイングラスに至るまで、一回限りの使い捨てである。終われば全てゴミ箱行きで洗い物がでない。
SNS映え。疎い世界とはいえ程遠いのは間違いない。まどかはその辺り熱心に取り組んでいるが、私の部屋でこうして食事をするときは、スマホすら取り出そうとしない。
「食事は目でも楽しむもの、というのはわかるけどね。自分のために、そこまで頑張ろうって気は起きないのよ」
「なら、わたしのために頑張ろうとは思ってくれないの?」
「こんなあられもない姿、見せられるのはまどかの前だけだもの。親友と二人きりのときくらいは、肩肘張らずに楽しみたいの」
「はぁ……やっぱり椛は、生まれてくる性別を間違えたよね」
お互い軽口を叩きあった先で、顔を見合わせて笑った。
これに近しいやり取りで始めることが、最近の私たちの定番になっていた。そこからは身近にあったことを縦横無尽に逸れながらも、立て板に水のように語り合う。
上京してから常々感じたのは、まどかとの時間が一番心地よい。まどかの軽口に引っ張られ、性別の壁に疑念を抱いて、少数派に目覚めたわけではない。
大学で築いた交友関係。自分だけが苦しい、不幸だという愚痴を耳にする機会が増えた。聞いても楽しくないが、だからといってそれを指摘すると、おまえは嫌な奴だと不和をもたらすだけ。当たり障りなく相対しながら、なるべく距離を置いて、そういった者たちとの関わりは最小限になるよう努めている。
正直、そうやって自らの立ち位置を守り、立ち回るのは面倒である。なんでこんないい大学に入ってまで、こんなくだらない苦労をしなければならないのか。社会に生きるのはそういうことだと、改めて思い知った。
まどかは聞いていて嫌になるような愚痴らしい愚痴を言わない。だから安心して話を聞いていられるし、楽しいだけの時間でいられる。
「新たな恋をしてからもう一年……いい加減、自分から働きかけたほうがいいんじゃないの?」
「わかってるのよ。わかってるんだけど……」
そんなまどかの愚痴のような話と言えば、恋の悩みくらいなもの。
恋をする度にまどかは、悲惨な末路をたどってきた。その原因は男運のなさと同じくらい、持ち前の可愛さが原因である。
事故のように恋をするものだから、相手を知る前に交際へとたどり着く。身持ちは固いはずなのに、恋した相手にはすぐ全てを許してしまう。それが祟って、いつだってろくでもない男たちに食い物にされてきた。しかも交際相手は自業自得な末路をたどっているのだから、皆が不幸になるだけで終わるのであった。
そんなまどかが、新たに恋をしたのが一年前。タマさんなる年上の社会人に、ドラマのような展開を経て、恋をしてしまった。
話を聞いていく中で、絶対にろくでもない男だと確信していた。私がいくらそう諭したところで、まどかが素直に諦めるはずはない。だから今回は時間をかけろと忠告した。それでも長い時間をかけないだろうし、かからないだろうと思っていた。
高校を出て一年も経っていない女子大生。それに手を出す七つも上の社会人なんて、まともなわけがない。短期間で交際にいたれば、身体目当てといっても過言ではない。
かといってその男に会って、私が人間性を確かめるのもおかしいし、なにより傲慢である。
まどかの人生。親友とはいえ深く介入するのは越権行為。なにかあったとき、まどかの味方となり手を差し伸べるのを厭わない。よほどのことがない限り、これだけが私に許された権利であろう。
まどかが交際にいたった先の覚悟をしていたが、いつまで経っても関係は変わらない。手を繋ぐどころか、連絡先の交換にまでたどり着けていない。一度だけ話の流れで両頬を掴まれる、という嬉しい出来事はあったようだが、やらかした当人はセクハラだと自覚し、深く反省したようである。まどかにとって残念な話であるが、以来、二度とそのようなことがないよう気を使われているらしい。
「ダメだったときのことを考えると、どうしてもね……」
まどかは机に突っ伏しながら、大きなため息をついた。
見た目一つで簡単に交際へたどり着いてきた。初めてそれだけでは上手く行かない壁に当たった。成功体験しか知らないゆえの、失敗の恐れというものか。
頑張れ。まどかなら大丈夫。絶対に成功する。
そんな無責任に焚き付けて、背中を押すような真似はしたくない。
「ねえ、まどか。大学に入ってから今日まで、あっという間だったと思わない?」
「……ん? まあ、気づけばもう成人だものねー」
「きっとこの調子で大学生活が過ぎ去って、社会に出て働くことになるんでしょうね」
「あー、嫌だ嫌だ。これ以上大人になるのって、絶対に楽しくないもの。一生、どっちつかずでいたい」
「残念ながら、時間っていうのは無情に流れていくものよ」
駄々っ子のように唸るまどかに、私なりに現状を告げるだけ。
「私たちが大学生でいられるのは、二年半も残ってない。その意味をもうちょっと、大切にするべきじゃないかしら」
「なんか、かつてと真逆なことを言ってるんですけど?」
「だって自分から動かなければ進展がない。そう答えをだしてるんでしょ? 今動くのと半年後に動く。得られるものが同じだと思っているなら、それは時間の浪費っていうのよ」
「あー、椛がロジハラするー! 耳が痛ーい!」
両耳を塞ぎながら、イヤイヤ期の子供のような真似をする。それが本気で嫌がっているのではないのは、大げさな身振りが示していた。
「親友が貴重な時間を浪費している。外野としては、それだけが心配ね」
「わかってるのよ。わかってるの……いい加減、覚悟を決めないとって」
「その調子よ、なんて無責任なことは言わないわ。でも、私はいつだってまどかの味方よ。それだけをちゃんと覚えておいてくれればいいわ」
「うん。知ってる」
なにを今更と、まどかの緩んだ頬が語っていた。




