06
懐かしい夢を見ていた。
今の世の中、なにがあるかわからない。
母さんが急にあのような話をしたのは、虫の知らせというものだったのかもしれない。自らの終わりを予知していたかのように、事故に巻き込まれ帰らぬ人となってしまった。
「……ん」
目を開けるとそこはリビングの天井だった。実家ではない。東京のマンション、すっかり我が家となった一室。
どうやらソファーに身を投げだしたまま、眠ってしまったらしい。それも昼過ぎに帰ってきたはずなのに、部屋には日の光が差し込んでいない。それほどまでにぐっすりだったということか。
だというのに、身体は未だにぐったりだ。明かり一つつけるのに倦怠感を覚えるほどに、疲れはなに一つ取れていない。帰宅後、着のまま眠ってしまったからではない。このゴールデンウィークに溜めてきた疲労、心労は睡眠一つで取れるほど安くないからだ。
楓が家出をしていた。
それも一年も前に。
便りのないのはよい便り。父さんも、磯野さんも、そして私も、その日までそれを信じ切っていたのだ。
楓は入学後一日目にして心が折れ、すぐに不登校となっていた。父さんはそんな楓を縁繋ぎの道具として使うと決断をくだした。ただの脅しのつもりだったと言い訳していたが、それが嘘なのは明白だ。
なにせ、家出をする際に楓が残した書き置きの存在を知ってすぐに、磯野さんに退学の手続きを任せていたのだ。楓に見切りをつけたのは明らかである。
追い込まれた楓がどこへ逃げ出したのか。ゴールデンウィーク中、色々と調べたが現在の居場所どころか、最初の行き先すら掴めなかった。わかったことと言えば、二日にかけてATMから貯金を限度額まで引き出していたことくらい。それこそ帰ってくることを考えなければ、どこへでも行けるほどの金額だ。
これもう、ただの家出ではない。行方不明だ。
今回に関しては、流石の父さんも慌てていた。縁繋ぎ道具が消えたからではない。醜聞を恐れたからだ。
娘がただ家出をしたのではない。それを一年も気づかなかった。聞こえが悪いどころではなく、親の責任問題を追求される案件である。
だから父さんは警察を頼るのを許さなかった。なぜなら、
「近々政界へ進出するんだ。こんな醜聞、世間へと晒せるわけがないだろ」
要約するとこれである。
実の娘が行方不明になっているのに、なによりもそれを大事にしている。とうの昔に受け止めていたが、私は改めて思い知った。
私たちはこの人にとっての家族ではない。ただの娘という役職を与えただけの社員である。部下の不始末で、社長の未来が潰えるようなことはあってはならないのだ。
私が警察に駆け込もうとも無駄。全て握りつぶすと、正面からハッキリと告げられた。
それだけではない。大事にしたなら、もし楓が戻ったときタダじゃ済まさない。私の手の届かない誰かに託すと、含みを持たせながら言ったのだ。そこで受けるだろう扱いは、女であれば不愉快だけで片付けられるものではない。
生まれて初めて父さんに逆らった。歯向かった。反抗的な怒声を上げた。今の恵まれた環境を手放してでも、楓を探すのを優先させようとした。父さんを敵に回してでも、楓を探し出し守るつもりであった。
だから父さんは、優秀な娘、という部下を大人しくさせ、手放さなくても済む取引を持ちかけてきたのだ。
私が役目を全うし、内々でことを収められたなら、楓のことは全て私に任せる。これまで通り、金もちゃんと出してやると。
それに今更警察へと届けたところで、楓一人のために多くの人員が割かれるわけではない。始まりが家出ならなおさらだ。ネットで目撃情報を募ろうものなら、邪推ばかりが重なり、見つけ出したとしても楓がこの先どのような目で見られることになるか。
その辺りを説かれると、押し黙るしかなかった。
間違いなく父さんは社会的に間違っている。責められるべき立場にある。こんなの間違っているはずなのに、条件を丸々飲まされるしかなかったのだ。
父さんはそれに満足すると、また自らの仕事へ戻っていった。便りのないのはよい便り。今まで通り楓は私のもとにいると信じている。これからもそれで通すことにしたのだ。
ゴールデンウィーク中は、楓の行方、その手がかりを探すだけで終わった。いや、早々に手詰まりとなり、ただただ後悔しながら、楓の部屋にこもっていただけだ。
『学校だけじゃない。いざというとき、最後の最後で泣きつける相手も家にいないのよ。椛にしては、ちょっと楽観的すぎない?』
まどかの言うとおりだった。私は間違っていたのだ。
あの時点で動いても、結果は変わらなかったかもしれない。けれどまどかに言われる前に、自分で気づくべきだったのだ。なにかあったときの報告を待つのではなく、最初からこちから連絡を取れば変わっていたかもしれない。それこそ磯野さんと連絡を取り、週に一度近況報告を求めるのは難しいことではない。
もっといえば、私は致命的な間違いを犯していた。
私が家を離れた時点で、楓になにかを言えるのは一人だけとなった。その機会をなるべく避けるため、間に入ってきたつもりなのに。それが当たり前になりすぎて、始まりの理由をすっかり忘れていた。
「ごめん……母さん。私、一番やっちゃいけないことを……間違えちゃった」
よりにもよって楓を、父さんに任せる形になってしまったのだ。
大学を進学するに置いて、あの家から離れるのは絶対であった。ならその前に、楓のことはなんとかしなければならなかったのだ。
だって私は約束した。
『だから安心して。そのときはちゃんと、楓の手は私が引くわ』
なのに私は間違えてしまった。取り返しのつかないほどの、酷い間違いを犯してしまった。
あのとき、ああしていたら。
このとき、こうしていたら。
どうしたら楓を正しく導けたのか。こうした今となっても、具体案がまるで浮かばない。それが免罪符にならないのはわかっている。
「どうしたら……よかったの」
楓をなんとかできたのは私だけだ。
母さんがいないこの世界で、楓の未来を考えて動けるのは、私一人だけだったのに。その方法がまるで浮かばない。これからどうすればいいのかもわからない。
自らの無力さを打ちひしがれながら、自然とこの手はスマホに伸びていた。
解決策なんて求めていない。
「……楓が、家出してた」
今は縋った先で、泣き言を吐き出したかったのだ。
「どうすれば、いいかしら……」




