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「確かにそう言われりゃそうだ。ホテルのディナーに誘ってくれなかった。それで餓死したとか、恨むのは筋違いもいいところだな」
「こんなブラック企業でもう働きたくねぇ。でも実家は頼れない。労基に駆け込んでも無駄。生活保護の申請は通らない。そう信じてたから、餓死する道を選んだ。結局のところ、そんな話だろ?
ならあいつを追い込んだのは、この程度のことで逃げ場がない。死ぬしかないと信じ込ませた親と社会だ」
憎々しげでありながらもタマがせせら笑ったのは、そのタチの悪い人間が死んだからだろう。
次のお楽しみとばかりにタマが目を向けたのは、寿を司るものである。私が買ってきたものであり、ネタはマグロ尽くし。タマの好物だ。一貫しかない大トロをパクリと口にして、タマは満足そうである。そしてそのまま得意気なそれへと変貌した。
「こんな格言を知ってるか? 子供の不幸は、無自覚な大人の不出来と不手際、その無責任な責任の押しつけから生まれるんだ」
「誰の格言だよ」
「最近テレビにも出た、ガミもよく知ってる偉人だ」
眉をひそめながらも考えるも、心当たりはまるでない。
お手上げだと肩を上下させると、
「ファースト・タマチだ」
「おまえかよ!」
恭しい低い声色で告げられた名に噴き出したのだ。缶を口にしようとしていたところなので、危ないところであった。
一発場を沸かせたことにタマは愉快そうに口端を上げた。
「今回の件がまさにそれだ。中身のない耳触りのいいだけの綺麗事を掲げて、勢いで俺たちのせいにしようとした。なぜなら立場と声の小さい子供に、全部押し付けるのが一番楽だからだ。問題の根っこ、真偽なんてどうでもいい。自分可愛さで身を守りたいだけなんだよ」
「そう考えると、マジでタチの悪い連中だな。生活のために仕事をしているだけの公務員のくせして、なにが聖職者だ」
「あのクソ教師は、生徒にとっちゃたった一人の担任だ。でも向こうにとって、定期的に入れ替わるその他大勢に過ぎないんだよ俺たちは。クソ親に好きなように糾弾させたのが、なによりの証拠だろ」
「高橋の奴、いきなりあの場に引きずり込んで、偉そうにふんぞり返ってたからな。初めから俺たちの話なんて、聞くつもりはなかったってことか」
「そんな頼れる素晴らしい聖職者がいたなら、あのクソザコナメクジも餓死しちゃいねぇよ」
「そりゃそうだ!」
「教師は大変だなんだって言っても、大学を出てまで自分で選んだ道だろ。ならその苦労も、体裁も、言い訳も、俺たち子供は知ったこっちゃねぇ。テメェらの不出来と不手際の責任を、被ってやる義理なんてどこにある。それができないのが嫌なら辞めちまえ、バーカ!」
タマは両手で中指を立てながら、後ろに倒れ込んでケラケラと笑っている。初めての飲酒のせいか、こんな短時間でもうタマは出来上がったらしい。
「そもそも不条理なイジメをなくしたいなら、法律を変えろ。少年法なんていらねぇ。イジメ加害者は殺せばいいんだ!」
大の字になりながら、自ら口から出たものを名案だとばかり言った。
「万引きも、ストーカーも、痴漢も、赤横断だってそうだ! 殺しちまえばいいんだよ! 悪いことだと自覚しておきながら、犯罪に走った奴は全員殺しちまえ! そしたら世の九十五割の犯罪はなくなるぞ!」
どうやらタマにとって酒はアッパー系。発言は無責任に過激になり、頭の悪いワードを平気で吐き出すようだ。
「また過激で極端なことを言うな」
「だってそうだろ。罪に対しての罰の小ささは、罪を犯すことへのハードルの低さだ。リターンに対してのリスクが小さいから――」
タマはガバっと起き上がり、
「ガミみたいのが世に蔓延るんだ!」
尊大な顔を浮かべながら指を突きつけてきた。
お互いの顔を見つめ合い、数秒。
グッ、グッ、グッ、と我慢した音が二つの喉から鳴り響き、
「確かにそのとおりだ!」
私たちは揃って腹を抱えたのだ。
どうせハードルを倒してコケたところで、大した痛みはない。それがわかっているから私は悪事を働き、レールの上で真面目に走るのがバカバカしく感じているのだ。
「冤罪はどうする?」
「冤罪をかけた奴を殺せ! そしたら人の人生を狂わす、その重みがよくわかる!」
「死んだらそれまで、死にたいからって罪を犯す奴はどうするんだ?」
「拷問だ! 反省なんていらん。罪を犯したことを後悔させろ!」
「他にも色々と問題が出てきそうだが、それも全部、殺して解決か?」
「そうだ! この社会は元より、継ぎ接ぎだらけの問題だらけ。端から誰かが損を被るようになってるんだ。なら多少の犠牲はやむをえん。ババを引いた奴は諦めて殺されろ。主もこう仰っている。死こそが真の救いだ!」
タマはまた寝転んで、胸を十字で切って「ラーメン!」と唱えた。一桁のガキみたいな真似が間抜けすぎて、私は哄笑を吐き出した。
「社会に足りないのは罪に対しての罰の大きさ。モラルに期待した統治は、現代社会にはまだまだ早すぎたってことだな」
「バーカ! そんなもので成り立つ社会なんて、一生来るわけねぇよ!」
タマの意見に同調したつもりだが、まさかの罵声が飛んできた。
私自身をバカにし、否定したいわけではない。そんなものがいずれくると信じている者たちを嘲笑ったのだ。
「なにせこの社会は、初めて手にした知恵を土壌にして作り上げてきたんだ。土壌が腐ってるんだから、綺麗事で成り立つ社会なんて実るわけがないだろ」
「初めて手にした知恵?」
「人の目を気にする生き方と、責任の押し付け方だよ。あの神をもって、こんな奴らは永遠に生きてられちゃ困るって、楽園から追放するくらいだ。悪い蛇に唆されて得た知恵は、それほどタチが悪かったってことだな」
天井を見上げているタマ。更にその上にいるだろう相手の気持ちを、詐欺師のように勝手に代弁した。
「大事なのは耳触りのいいだけの綺麗事。中身がないせいで起きた問題は、子供に責任を押し付けて体裁を整える。そんな奴らが偉そうに威張り散らしている社会に、モラルもクソもねぇだろ」
タマを息ついた。笑っていたはずの顔が、その儀式を通すことで神妙なものへと変わっていった。
静寂がこの部屋を支配した。
気まずいわけではない。ただ黙ってタマの次の言葉、その口が開かれた瞬間をこの目は映した。
「ガミ、俺は将来、あんな大人にだけはならんぞ」
「あんなって、どんなだよ」
「自覚のないタチの悪い大人にだ」
タマは語気を強めながら、開いた右手を中に伸ばす。見えないものがそこにはあるかのように、そのまま握り込んだ。
「俺は置かれた現実を受け入れず、両耳を塞いで、俺は悪くない、あいつが悪いんだと叫んだりしない」
「なら、黙って責任を受け入れるのか?」
私は困惑しながら聞いた。
後数ヶ月で、私たちは高校を卒業する。タマの進路は知らないがまず進学はないと確信していた。雇用形態はどうなるかは知らないが、大人たちに混じって働くことになるだろう。
子供扱いはもうしてもらえないその場所で、真っ当な大人を目指すのか。そう思ったのだが、
「バーカ、俺がそんなことするわけないだろ」
タマは心外そうに口を尖らせた。
「全てを自覚した上で、その責任を押し付ける。それが俺の目指す大人だ」
「余計タチの悪い大人じゃねぇか!」
「違う、こういうのはタチの悪い大人じゃない」
物を知らぬ子供へ教えるように、噴き出した私にタマはこう言うのだ。
「ろくでもない大人って言うんだよ」
当作品は作者の主張、メッセージ性を込めることは一切ありません。
劇中で語れる全てはキャラを作り上げる設定であり、物語を進めるプロセスであります。
犯罪の教唆や幇助をするものではありませんので、それだけのご理解をお願いいたします。
今回の過去編を通してわかるのは、タマの人間性だけではありません。
このセンパイにしてあのコーハイあり。




