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タマのやったことは、個人情報の流出と名誉毀損である。
今回のタマを巻き込んだ当事者たち、その氏名と電話番号、住所、顔写真。真実の中にないことを並べ立てながら、匿名掲示板、SNSを通じて一気に拡散した。
高橋に相談していたが、イジメられる側にも問題がある。ちゃんと話し合ってみろと言われただとか。
不良品共は学校内で性犯罪まで起こしており、校長はそれをもみ消しただとか。
斎藤の両親は毒親であり、日常的に虐待まがいをしていただとか。
まるで全てが真実であるかのように、ネット上では扱われたのだ。
当時私は、現実世界の悪事に精を出すばかりで、ネットは便利なツールの一つとしてしか捉えていなかった。ネット社会というのを深く理解しておらず、タマがやろうとしていること、それら全て思惑通りにいくとは思っていなかった。
だからこそ驚嘆したのだ。ここまで簡単に上手くいくのかと。
なぜ嘘臭いことすらも真実のように受け入れられてしまうのか。それが信じられなかった。
「今はクリック一つ、タップ一つで情報を拡散できる時代。自分の頭で考えない。言葉に直す必要がないから、とにかく気軽にやっちまうんだ。やってることは街中で、名誉毀損になることを叫んでるだけなのにな。それを正しい行いだと勘違いして、社会的に咎められるルール違反の自覚がないんだ。まさにタチの悪いことこの上ないな」
拡散元が、そんな偉そうな高説を垂れてくれた。
赤横断、皆で渡れば怖くないどころではない。赤横断を渡ることは、倫理や道徳だけではなく、法律から外れている自覚がないのである。
自覚ある男の土日は、熱心に炎上活動へと勤しんでいた。
不良品共の親の勤め先。
無人駅で堂々と喫煙をする愚か者たちの写真。
学校全体の不良品たちが、積み重ねてきた悪徳。
高橋の息子が違法ダウンロード、売買を自慢しているSNSのアカウント。
真実の中に虚偽を織り交ぜながら、当事者以外を巻き込む燃料を、次々と投下していった。
「これこそがクソ教師の教え。連帯責任だ!」
高橋の息子を陥れる辺り、その私怨は相当なものだ。名前だけではなく通っている学校や、学年まで晒し上げていた。
休み明けはもちろん、一連の犯人がタマだと疑われた。実際間違いないのだが、
「は? あんな軽々しい真似するわけねぇだろ。警察が動けば特定される。その辺の知識と分別はついてんだよ。ネットで犯罪自慢をしてる、テメェのバカ息子と一緒にすんじゃねぇぞ」
しれっとした顔で無関係を気取ったのだ。
なにせタマは、私が用意したスマホを使っている。悪いツテから用意した、契約者から足元のつかない端末。犯罪ものの作品によく出てくる、飛ばし携帯というやつだ。
息子をバカ呼ばわりされた高橋も、これ以上タマを糾弾することはできなかった。警察が動けば特定される。正しくその意味を理解しているのなら、そんな真似をしないと信じたのだ。むしろこれ以上食い下がろうものなら、今日の行いをお茶の間に横流しされる。それを恐れたようである。
それに高橋自身、かなり憔悴していた。
後で知ったことだが週末は、鳴り止まない電話、頼んでもいない出前の数々、割れる家の窓ガラス。犯罪自慢のSNSアカウントを巡り、親子喧嘩に発展したりと。とにかくろくでもない休日だったようだ。
SNSのアカウントについては、当然無関係の他人のものだ。騒動に巻き込まれた瞬間、すぐにアカウントを消され、真実は闇の中になってしまった。
以来、学校はタマと私に関わっている暇がなくなった。
私たちそっちのけで、犯人探しが始まったのだ。あいつがやった、こいつがやったと、クラスだけで留まることなく、学年全体、学校全体、実は教師側がやったのではないか。責任の擦り付け合いの末に、生徒だけではなく教師を含めた暴行騒動に発展し、複数人が救急車で運ばれる騒ぎが起きた。
それをまた、リアルタイムでタマにマスコミへ流された。かつて名刺をもらった記者たちに、現在こんなことが起きていると連絡をいれたため、救急車と入れ替わりに押し寄せてきたのだ。
高橋にそのことについて詰め寄られるも、
「は? 知らねぇよ。なんでもかんでも俺のせいにしてんじゃねぇぞ生徒殺しが」
しらばっくれるのだ。
この頃になると学校全体がギスギスしており、お茶の間へとはいえ、情報を流すと目の敵にされかねない。
初めてのお茶の間騒動については、全ては大人の責任、子供は悪くない、という姿勢をタマは貫いた。なので学校に残された不良品には、目をつけられるどころか一目すら置かれていたのだ。
なにかあったら協力するぞと、他のクラスの不良品共にタマは祭り上げられた。彼らは教師が嫌いなので、そいつらが痛い目にあうならそれだけで楽しいのだ。そんな肩入れした相手に喫煙写真を晒されて、多くの者が停学を食らったのである。
なにかあったときの保険。常日頃からコツコツと集めていたようであり、それが今回一斉放出したのである。
タマはそんな不良品共に知恵を与え、唆し、息子の件で高橋を煽らせた。ついにはカッとなった高橋が不良品に手を上げた。そしてその決定的な瞬間を、他の不良品たちが隠れて撮影していたのだ。
この動画の有効な使い道を、知神たるタマは求められ、
「マスコミに持っていくと金になるんじゃないのか、これ」
自ら動くことなく、言葉一つで高橋にとどめを刺したのだ。
以来、高橋の姿を二度と見ることがなかった。
動画は問題になったが、物議を醸したのは高橋のことだけではない。不良品側が正面から煽っているので、それもまた問題になったのだ。高橋に手を出させた瞬間を撮るために、煽っているのは誰が見てもわかる。
どちらが悪いかではなく、どちらも悪い。
またあの学校かと大問題に発展し、お茶の間を楽しませた。
タマはそれすらも見越していたが、自分はなにもしていない。不良品が勝手にやったことだと、知らぬ存ぜぬを貫き通した。当然その裏で、不良品たちの個人情報を流出していたのだ。
日々こんな問題が、過密スケジュールで起きるのだ。問題の対応に追われた教師、特に管理職は寝る暇がないどころか、心も休まらず眠れない日々が続いただろう。
騒動の始まり、その一ヶ月後。
校長が学校で首を吊った。
しかもその場所は、校長室でもなければ、斎藤と同じトイレでもなく、糾弾の場である生徒指導室でもない。
私たちの教室だ。
自分を追い込んだ問題の全ては、ここから始まった。それを訴え、恨みをここに残すかのような終わり方だった。
遺書は家族向け、世間向けの二つが用意されていた。どうやらその遺書は、私とタマの席に、一通ずつ置かれていたらしい。自分が死を選んだのは、おまえたちの責任だと言わんばかりに。
臨時休校とだけ連絡網が回ってきて、最初はなにが起きたのかと首を傾げた。
校長が首を吊ったと知らせてくれたのは、学校側でもなく、生徒でもなく、そしてテレビでもない。タマであった。
どうやら記者から、なにか詳しい話を知らないか。と連絡があったらしい。むしろなにがあったのかと、色々と教えてもらったようだ。
自宅待機の臨時休校を平然と破り、タマの家へと訪れた。
こんなことになってしまったからこそ、タマとやるべきことがあったからだ。
「乾杯!」
祝杯を上げることである。タマの高らかな勝利宣言と共に、私たちは缶をぶつけあった。
今日も一人であったタマの家に、私は酒を持ち込み、昼前から飲み始めたのだ。座布団なんて気の利いたものはなく、折りたたみの机の上で宴会を開いた。
未成年であるがもう飲み慣れた味。それがいつにも増してどころではない。間違いなく最高の美酒であったのだ。
一方、タマにとってその日、初めての飲酒である。それもビール。もしかしたら舌にあわず、不味いと言うかもしれないと想像したが、
「カアッー、クソの不幸で酒が美味い! 自分で作ったものならなおさらだな!」
勝利の美酒は最高だ、とばかりに一気に飲み干したのだった。
一人の人間を死に追い込んだにも関わらず、その顔には罪悪感も後悔も宿っていない。
「ざまぁ見やがれ!」
タマを満たしていたのは、清々しいまでの達成感である。
私たちが斎藤の両親に糾弾された日。一言も口を開くこともなかったが、校長の目は間違いなく、『イジメを見て見ぬ振りをした奴も同罪だ』と言っていたのだ。自分たちの怠慢を自覚せず、棚に上げ、無責任に責任を押し付けてきた。
自分たちはなにも悪くない。悪いのはおまえたちだけだ、と。
タマのやったことに正当性はなにもない。しかしその憤りは正当なものだ。
結局、責任の押し付け合いとなっただけであり、手段を選ばないタマに軍配が上がった。
敗者となった校長は、何十倍にも膨らんだ責任が跳ね返った先で、斎藤と同じ境遇に立たされた。
頼る相手もおらず、誰にも助けを求めることもできず、学校を辞めるという選択肢すらなく、完全に逃げ道を塞がれた。追い込まれた先でもう死ぬしかないと、責任と恨みだけを残して首を吊ったのだ。
そういう意味では、自分たちが殺した子供の気持ち。それを少しはわかったのだろうか。
私は悪人なので、人の不幸から蜜の甘さを感じることができる。だから降霊術を扱える者がいるのなら、是非校長の魂を呼び出して、話を聞きたいものである。
もちろん、酒が美味い笑い話として。
「そういや斎藤はなんで、俺の名前なんて書いたんだろうな」
死んだと言えば、もう聞き出せない斎藤の思惑に疑問を抱いた。
斎藤を知る者ならば、あいつの玩具扱いなんていうのは共通認識である。なのにタマと私だけが、そのイジメを知っていただけのように書かれていた。
目の前で堂々と見捨てたタマと違い、私はその他の大勢に過ぎなかった。
タマはそんな疑問に、
「そんなの決まってる。不良品相手に上手く立ち回れる、俺たちが羨ましかったんだ。妬ましかったんだ。そこまでできるなら、俺を助けてくれてもいいだろってな」
確信すら持った答えをもたらしてくれた。
その答えが胸に落ちたが、あまりにもくだらなすぎて渋面した。
「なんだ、ただの逆恨みじゃねぇか」
「そんな上等なもんじゃない。ただの嫉妬。貧乏人の僻みと一緒だ」
タマは不愉快そうに、ビールを開けた。
「確かに無能な貧乏人と比べれば、俺は優秀で高収入かもしれん。でもな、不労所得で片手団扇な生活をしてるわけじゃない。こっちだって必死になって働いてるんだ。その苦労も知ろうとせず、なにが自分だけが苦しいひもじいだ」
二本目となるそれ呷り、タマはゴクゴクと喉を鳴らし、
「バーカ、どうでもいい乞食に恵んでやるほど、こっちの懐事情は豊かじゃないんだよ。貧困で餓死しそうだっていうなら、実家と行政を頼りやがれ!」
缶を机に叩きつけながら、嘲るように叫んだのだ。上を向くのではなく下を向いて、その先にこそ斎藤は落ちていったとばかりに。もうアルコールの高揚感に包まれているような、陽気な声色ですらある。
当作品は作者の主張、メッセージ性を込めることは一切ありません。
劇中で語れる全てはキャラを作り上げる設定であり、物語を進めるプロセスであります。
犯罪の教唆や幇助をするものではありませんので、それだけのご理解をお願いいたします。




