09
私たちの高校は、市内最高峰の底辺校だ。
窓に鉄格子がはまっていたり、監視カメラが校内中に設置されてこそないが、どこに出しても恥ずかしい者たちの巣窟であった。
最寄りの無人駅前では、平然と煙草を吸う集団。
クラスの四分の一が、校内での喫煙で一斉停学。
駅から高校までの道中にあるコンビニは、万引きをされすぎて潰れてしまった。
自転車通学の道中には警察が張っており、朝から防犯チェックをされる日常風景。
高橋の鞄が盗まれたときは、その犯人はクラスでは共通認識であり、誰も教師の耳に入れようとしない。
果てには自生した大麻を採取し、売りさばこうと目論んでいた生徒が逮捕。しかも親に通報されて発覚したのだからお笑いだ。
そのくらい民度と知能が低い高校である。
かといって、全員が全員、そんな生徒ばかりではない。七割は至って健全な高校生活を送っている。精々頭の出来が、こんな高校にしか入れなかった者が多いというだけ。私やタマのように、家から近いという理由で選ぶ者も少なくない。
七割がまともとはいえ、三割がろくでもない不良。あれらをタマは、もう一文字付け足し不良品と呼んでいた。
得てして不良品は声が大きく、力と影響力だけはあるので、七割は逆らわず関わりにならないよう努めるのだ。
当時私は、不良品の上に立つ別格であり、好きに振る舞っても彼らに手を出されることはない。かといって仲良くしていたわけでもない。そんな立ち位置だ。
一方、タマは七割側でありながら、不良品グループに所属していた。タマの性格上、不良品なんかと関わり合いになりたくない。けれど席が出席番号順であり、席替えが一度もなかったのがタマの不運だ。
タマの周囲全員が、不良品で固められていた。彼らと上手くやることこそが、タマにとっての最大の自衛手段。
家では一切勉強しないタマだが、テストでは黙って七割は取るタイプだ。授業を聞いてノートを取り、テスト期間になれば休み時間に対策する。それだけで常に点数をキープしていた。こんな底辺ではなく、二つ上の高校を望める自力はあったのだ。真面目に勉強へ取り組めば、市内一番の高校に通えたであろうし、いい大学へだって進学できたかもしれない。
けれど責任回避をしながら、楽なほう楽なほうへ流れ、余暇の全てを娯楽へ費やすことこそがタマの生きざまである。
そんなタマだが、不良品からは天才の扱いを受けている。なにせテストでは平均九十点前後をキープ。底辺の地で覚醒したわけではなく、純粋に底辺高校に相応しい授業レベルなのだ。
赤点を取れば居残りであり、評価が1であれば留年。不良品なりにテスト前は勉強に励み、近くにいるタマに教え乞うのだ。
ちなみに初めてタマが教えたのは、二分の一足す三分の一は五分の二、なぜこれが間違っているか、その正しい解き方だ。
そうやって乞われれば惜しむことなく、教えを与えたタマ。その恩恵は赤点と留年の回避だけではなく、長期休み前の宿題を配られたらすぐに終わらせ、見返りなく写させていた。
果てには一目置かれ、結果的に席の周囲だけではなく、クラス中の不良品を集めてしまう始末。台風対策が地震や津波を呼んで、その対応にも追われる末路をたどったのである。
かくしてタマは不良品グループ、その知神の座に君臨してしまった。タマに話しかける不良品以外のクラスメイトは私くらいなもの。グループを組むとき、タマは真っ先に私を引き込んできた。
学校内で私が別格ならば、タマは特別な立ち位置にいた。
不良品相手に上手く立ち回り、かといって彼らに深入りしない。なにかの拍子で怒らしてしまうのを恐れたのではない。彼らの非行より生み出された責任に、巻き込まれるのを厭うたのだ。
不良品の犯す罪は、私から見れば可愛らしいもの。バレたところで停学程度。甘い罰ばかりである。
けれどタマにとっては、その甘いものすら苦虫であり、口にしたくない一品だ。不良品が生み出す悪徳を、知らぬ存ぜぬを貫き通した。
その知らぬ存ぜぬを貫き通せなかったのが、今回の事件。
斎藤。同じクラスであるにも関わらず、一度も言葉を交わしたことはない。だから斎藤のひととなりというのをまるで知らない。なよなよとしており、いつもきょろきょろとしている。遠くからこんな高校に通うくらいだから頭が悪い。そして要領はもっと悪い。私が知るのはそのくらい。
だからあれを表すならば、イジメていい奴、というものだったのだろう。
あの高校は市の不良品の在庫処分市だ。斎藤をそんな場所に通わせるのは、箱入りお嬢様にガイドを付けず、東南アジアを一人旅をさせるようなもの。食い物になるのは目に見えている。
人の目につくところで堂々と。そんな光の下で大手を振っていたわけではないが、そのイジメは悪い意味で陰湿なものではなかった。尊厳を踏みにじり、心と身体を痛めつけられ、悪事の片棒を担がされと。彼らが不良品というのならば、斎藤は玩具であったのだ。世間が胸糞悪いというものを、一通りやらされていた。
斎藤がどんな目に合わされているかは知らずとも、玩具にされているのを知らない者は誰もいなかった。巻き込まれたくないと皆、知らぬ存ぜぬを貫き通したのだ。
タマぐらいになると直接その現場に遭遇し、お誘いを受けても、
「俺はなにも見てない、聞いてない。だからなにも知らない、あーあーあー」
おどけながら目をつむり、耳を塞いでいた。
不良品たちはそんなタマを面白がりながら、
「だってよ。知神にも知らんことがあるらしいぞ」
斎藤に向かって嘲笑うのだ。
タマの自らの立ち位置を守り抜くその様は、保身に走ることに関しては、他の追随を許さないを体現していた。他人の不幸など知ったことか。俺を巻き込むんじゃないぞと、イジメ加害者と被害者の前で、高らかに宣言したのだ。
ちなみに私は、どうでもいい日常の一幕として捉えていた。定食屋に入った先のテレビと同じ。興味のない番組が流れており、見る気がなくても、なんとなく内容が頭に入っている。そんな感じだ。
これがタマなら助けてやったが、同じ教室に詰め込まれただけの相手。不良品たちのやっていることなんて、私のやっていることの前では児戯に等しい。おままごとに首を突っ込み世話を焼くほど、暇人でもなければ好きものでもない。
私が生み出す犠牲者。彼らと比べれば、斎藤の不幸なんて大したことない。なにせ逃げ道なんていくらでもある。学校に来なければいいだけだ。むしろなぜ、休まず玩具役に徹するのか、それが不思議でならないくらいだった。
もしかするとマゾヒストなのかもしれない。いつしかそんなことを考えたが、斎藤にはそんな性癖はなかったのを知った。あれは間違いなく斎藤にとって、地獄のような日々だったのだ。
高校三年の夏。斎藤は玩具役に準じた先で、そのまま殉じていったのだ。
学校のトイレで首を吊った。
夏休み明け、一日目がこれである。
高校三年生の男子生徒、学校のトイレで首吊り自殺。斎藤の最期は地方ローカルだけではなく、全国ネットに乗ってお茶の間に届けられた。
学校にはマスコミたちが押しかけて、教師たちはその対応に追われてんてこ舞い。生徒たちに余計なことを喋るなという箝口令だけをしっかり敷いた。
同じ学校の人間が、一人死んだ。そのときの学校全体の雰囲気は、偲ぶでもなく、悼むのでもなく、イジメ加害者へ義憤を覚えたのでもない。
面倒くさいことになったな、だ。
それは学校全体だけではなく、学年全体、そして私たちの教室と縮尺されるほどより顕著となった。更に縮尺するならば、斎藤を玩具にしていた当人たちが、一番面倒くさそうにしていたのだ。自分たちがしてきたことへの罪悪感は微塵もない。
本格的に問題が大沙汰になったのは、次の週である。
恨み節たっぷりの、斎藤の遺書が陽の光を浴びたのだ。
自分を玩具にしてきた不良品たち。その一人一人の名前が書かれていたので、不良品たちは問題の罪人として吊るし上げられた。
そして載っていたのは、不良品たちの名前だけではなかったのだ。
放課後、私とタマはクソ教師こと高橋に、要件を告げぬまま連れ出された。
生徒指導室。
こんな場所に押し込められるヘマはやっていない。タマもまた覚えはなく、私たちは不思議そうに顔を見合わせた。
中に入ると待っていたのは、校長と、夫婦と思わしき中年二人。これが斎藤の両親だというのはなんとなく察したが、その眼光に恨みの色を乗せられる覚えはなかった。
座らされた私たちの正面に、高橋を含めた大人四人。
差し出されたのは、A4紙。元があり、それをコピーされたものであろうことはすぐにわかった。ご丁寧に赤丸囲まれた箇所があり、ここを読めという意図を察したのだ。
それは斎藤が残した遺書。そこになぜか、私とタマが名指しで載っていた。
見て見ぬ振りを貫き通してきた罪を訴えかけるように、亡き後に糾弾してきたのだ。まるで私たち二人だけが、このイジメを知っていたかのように書かれていた。
タマはわかるが、私にとっては寝耳に水。関わりがほぼゼロなのに、なぜ名指しであったのか。
遺書から目を上げると、斎藤両親からの糾弾は始まった。
なぜ手を差し伸べなかった。助けてやらなかった。見捨てたんだ。斎藤がどれだけ苦しい思いをしてきたか。その辺りのことを感情に任せて吐き出しながら、おまえたちが息子を見殺しにしたんだ。息子を返せ。
要約するとこんな感じのことを、私たちが斎藤を殺したかのように責めてきたのだ。
高橋と校長は斎藤の両親を止めようともせず、
『これがおまえたちの罪だ、黙って受け入れろ』
深刻そうな顔で睨めつけていたのだ。
今回の趣旨はそれでわかった。
この度のイジメは、学校側が知らなかったもの。だから見て見ぬ振りをしてきた者たちを糾弾し、斎藤の両親の溜飲を下げさそうというコンセプトだ。知らなかったものは対処しようがなかったと。そうやって学校の責任を、小さく小さく持っていきたい。
あまりにもくだらなすぎて、憤りを覚えるどころか呆れてしまった。
斎藤の両親が哀哭を唱えることで、場は一度区切りがついた。
私はそれに、
『もういいか、満足したな。じゃあ帰るわ』
そう言い立ち上がろうとすると、
「自分勝手好き勝手にほざきやがって……ふざけんじゃねぇぞクソ共が!」
タマが机を殴りつけ、怒声を張り上げたのだ。
室内は静まり返った。
高橋も、校長も、そして斎藤の両親すらも哀哭を中断し、豆鉄砲を食らった鳩のような面を見せてきた。まるで演劇の途中に、思わぬアドリブを入れられ、そんな話は聞いていないと困惑しているようである。
私もまた、その一人であった。
「こっちだってな、必死に立ち回ってんだ! あの不良品共の餌食になりたくないから、怒りを買わんよう、恨まれんよう、あれこれと差し出し、媚びへつらいながら、身を守ってきたんだ! それをなんだ。同じ箱に詰め込めれただけの他人を、危ない橋を渡って手を差し伸べろ? 危険に飛び込んで助けろ? それをせずに見捨てたのは、見殺しにしたのと同じだって? テメェらの息子は王様か! あいつの苦しみを知れって言うなら、まずは俺の苦労を知りやがれ!」
腹の内から込み上がってきた憤怒。その全てを惜しみなく叩きつけた。
当作品は作者の主張、メッセージ性を込めることは一切ありません。
劇中で語れる全てはキャラを作り上げる設定であり、物語を進めるプロセスであります。
犯罪の教唆や幇助をするものではありませんので、それだけのご理解をお願いいたします。
ただしこの学校の設定は、実在する地元高校をモデルにしております。
イジメ問題以外は、分数の計算含め無駄にノンフィクション。




