08
クリスマスに外へ連れ出す思惑に納得がいった。
記念日に相応しい、楽しい日を送ろということだろう。
一体タマになにがあり、果実の収穫を決めたのか。中学生未満の進展のない話を聞かされ続けていただけに、突飛にイベントに心すら踊ったほどだ。
やっと面白い展開になった、と。
当然私はその話を求め、聞き出した。
タマもまた、勿体つけた先で意気揚々と語り、
「とまあ、ついに戦場へ赴く日が決まったわけだ」
得意げな声で話を締めたのだ。
私はそれを聞き届けた先で、
「子供相手にそこまで言わせるなんて……みっともないわね」
よくこんな話を得意気に語れるものだと呆れ果てていた。
そこまで言わないと手を出す決断をしてもらえなかった、禁断の果実には同情する。
「ふん、なんとでも言え」
「いい大人が恥ずかしくないの?」
「ファッキュー」
語彙を放棄したタマだったが、その顔は開き直っているそれである。
人間情けないものを見るとどうやら頭痛すら覚えてるようだ。あの娘の代わりにこちらの頭が痛い。
「こんばんは、マスター」
店内に響いた、女の声。
それを耳にして、特効薬を飲んだように頭痛はスッと引いた。気を取り直したからではなく、思いもせぬ状況に驚いたからだ。
「クルミちゃん? ……って、もうこんな時間なのね」
腕時計に目を落とすと、開店時間から三十分も経っていた。時間が進むものだというのを忘れて、すっかり話し込んでいたようである。
クルミちゃんには話を詳しく聞かれていなかったようなので、ホッとはした。下品な話だからではなく、彼女が探している妹が絡む話だからだ。
店にそのまま招き入れ、いつもの流れになった。
彼女の探し人など知らぬ存ぜぬを貫き通し、タマは可愛い女の子とおしゃべりできて楽しそうである。
そうやって危なげもなく、疑いももたせることもなく、今日も乗り切るだろうと考えていたが、
「ついに性の六時間デビューだからな。当日どころか、二日続けて取れたのはほんとでかかった」
タマにしては珍しい失言をしたのだ。
きたる日に浮かれているのがよくわかった。
「そういえば俺たちの関係って、なんなんだ……?」
クルミちゃんに話を促された先で、そんなことを自問自答を始める始末。
今日のタマはいつもの倍のペースで飲んでいる。このくらいで泥酔はしないが、口が軽くなってしまっているのは確か。普段しない滑り方をしていた。
「タマ、今日は飲みすぎよ」
まずい流れだと、私は助け舟を出した。
「変に口を滑らせ後悔する前に、今日のところは帰ったほうがいいんじゃない」
クルミちゃんの手前もあるので、軽く帰るよう促した。
タマはそれに反抗的な態度を見せることなく、ハッとして頭をかいた。
「ガミにこう言われちゃ敵わん。今日のところはお暇するよ」
コートを羽織ったタマは、そうやってすぐに店を後にした。出ていく際、気を利かせてくれてありがとな、とその目からは伝わってきた。
クルミちゃんはポカンとしながら、そんなタマの後を目で追っている。
そろそろ潮時だろう。
あの果実がタマにとっての爆弾なら、クルミちゃんは導火線の近くにある火種である。
タマも遠のけようとしなかったから、私はクルミちゃんを放置してきた。これはこれで見ていて楽しいものだと、好きなようにさせてきた。
タマは泣きを見ているより、鼻で笑っているほうが似合ってる。こんな悪人にも、そのくらいの友情は持ち合わせているのだ。
だから、
「クルミちゃん。金曜日の早い時間に来るのはもう止めなさい」
その火種をタマから遠ざけることに決めたのだ。
恋は盲目。
「タマはあれで、何千人もの足を引っ張り、何百人もの人生を狂わせ」
どれほどまでに酷いものであるかを思い知らせながら、ハッキリとその恋はろくでもないものだと告げたのだ。
「人を死に追い込んでおいて、ざまぁ見やがれって笑っているような男なのよ」
その恋は五度目の正直どころか、過去最大級の黒歴史になるところだった、と。
信じられないものを目の当たりにしたように、クルミちゃんは声を失った。
一体タマの過去になにがあったのかを聞きたそうにしながらも、それを知るのを恐れるように。
「今日はもう帰りなさい」
私はそれに、あなたが知らないでもいいことだと告げたのだ。
とぼとぼとした足取りで、彼女は店を後にした。
もしかするとその背中を見るのは最後かもしれない。
男運こそ最悪であったが、今どきの子にしてはいい子であり、お気に入りであった。それこそたちの悪いストーカーや、地位を振りかざした嫌がらせを受けているなんて相談を受ければ、後ろ暗い力で解決してあげてもいいほどに。
少し寂しいが、ここは友情を取らせてもらった。
タマは数少ないというよりは、おそらく私にとって唯一と言える友人だ。地元に残した縁との再会は面白くはあったが、ちょくちょく会いたいという気持ちが湧くほどではない。地元を発ってからのその日までの、後日談を楽しみにいったに近い。二度も三度も聞きたくなるほどの話はなかった。
だからタマとあれこれと話をしていて、面白く感じているのは、あいつとの関わりを楽しんでいる自分がいるから。
そう思う相手を、皆は友人というのだろう。
かといって、深い関わりを持って生きてきたわけではなかったはずだが。
ただの腐れ縁であり、学校以外でそう関わりをもってこなかった。
そんなタマとの関わりが愉快で笑えて、面白いものだとこの胸に刻まれたのはやはりあの事件か。
「あのタマが、わざわざリスクを背負ってまで動くなんてね」
責任逃れのためにあそこまでやった男が、こんな風に動くとは。
話を聞く限り、あの果実を口にするのに必要ないデートだ。
それでも連れ出してやりたいと思ったのは、彼女を楽しませてあげたいという純粋な想いからだろう。
タマはあの娘との生活を、間違いなく楽しんでいる。
ただ自分にとって都合がよく、便利だからではない。
文野楓という人間……いや、一閃十界のレナファルトのあり方を認め、尊重し、向き合っている。
そんな女の子と楽しいだけの生活を送っているのだ。今まで手に入らなかった感情くらい、芽生える余地はあるだろう。
本人はどこまでその感情を自覚しているかはわからない。
そこを問わんとすると、タマのことだ。あれこれと色んな言葉と定義をこねくり回し、煙に巻かんとするだろう。
いい大人が子供相手に抱いた想いを、そんな言葉に当てはめるのは恥ずかしいのだ。
自分ではなく、人の幸せを願ってリスクを背負って動く。
社会はそれを成長と呼ぶかもしれない。
しかしタマの生き方にとっては退化だろう。
だからこれは、ただの変化である。
「良くも悪くも、女は男を変えるってことかしら」
タマの死ぬほど嫌いな言葉は責任だ。
保身に走ることに関しては、他の追随を許さないろくでもない大人を、あんな風に動かすなんて女の力は偉大である。
なにせあの男は、自分の身を守るためなら、無関係な者の犠牲を厭わない。
火種にガソリンを注ぎ、大火を生み出した。その炎は学校を包み込むだけでは留まらない。クソ教師の教えだと叫んで、連帯責任という延焼ラインを引き、次々と当事者以外も飲み込んでいった。
そうして当事者が一人首を吊って、
「ざまぁ見やがれ!」
タマは勝利宣言をしたのだ。
あれは間違いなく、法律にも、倫理にも、道徳にも外れている行為。そこに正義なんてものは一つもない、保身と憤りだけで起こされた騒動。
だからこの話で論ずることがあるとすれば、タマの取った行動が正しかったかではない。タマの憤りは正当なものであるか。
社会模範的な価値観。耳触りのいいだけの綺麗事を、全うしなかったと責め立てる大人たちの主張に、どれほどの正当性があったか。
結局最後に決めるのは感情論。
少なくとも正しい生き方に準ずるのなら、これは胸糞悪い話であり。
耳触りのいいだけの綺麗事が嫌いな者たちにとっては、爽快な話だろう。
ざまぁ見やがれ! と。
ちなみに私は手を貸しており、終わったらいい見世物だと笑ったのだったが。




