05
「マスター、相談があるんですけど」
タマの自宅警備員雇用から、一周年記念を間近に控えたある日。
金曜日でもないというのに、クルミちゃんが店を訪ねてきた。
クルミちゃんとはこの店の常連。利発で陽気な栗毛の女子大生である。
彼女の容姿はいかにも男好きするものであり、いかにも女が嫌いな女といったところ。出会ってきたモラトリアム少年少女たちの中で、間違いなく一番可愛い娘である。
ここまで可愛ければ、いくらでもいい男に困らない。だというのに、彼女の恋の遍歴は全てが黒歴史。ろくでもない男たちに、いつも食い物にされてきているのだ。
クルミちゃんはガードが緩いとか、頭が悪いとかではない。むしろその逆。可愛さの自認がある上で、男の欲望を正しく見抜いている。その上で自らを安売りしたりはしない。
なのにクルミちゃんは、いつもろくでもない男たちに恋をする。誰もが羨むような可愛さを与えられた代わりに、男運を取り上げられているのかもしれない。
五度目の恋がそれを証明している。
なにせ相手はタマ。恋の遍歴のろくでもない男たち。そんな彼らに追随を許さない、ブッチギリでろくでもない男だ。
事故のような出会いを持って、タマなんかに一目惚れをしてしまった。これを男運がないと呼ばずに、なんと呼べばいい。
タマに加減なく喋らせれば、そのろくでもない人間性はすぐに伝わるだろう。そう思って見続けてきたが、彼女の目は常にうっとりとしている。むしろめり込んでいる始末だ。
これが恋は盲目、その弊害。賢い娘であるにも関わらず、男に食い物にされてきた納得の光景であった。
私はモラトリアム少年少女たちを導きたいわけではない。話を聞いた先で、こんな考えや価値観がこの世にはあると教えるだけ。彼らの人生の指針、コンパスにはなるつもりはない。
模範的な大人ならば、タマのろくでもなさを説いて、その恋を諦めさせるところだろう。ただ私は、模範的な大人の観点から語れる術があるだけの、ひとでなしである。クルミちゃんはお気に入りであれど、余計な口出しをするつもりはなかった。
なにより、タマ風情にこれほど可愛い娘が恋をしている。それだけで面白い案件であり、見ていて楽しいのだ。
そんなクルミちゃんから、相談があると告げられた。
タマとのことかと思ったが、それは違うと思い直した。その浮かない顔に、全くの別件だと示していたのだ。
席についたクルミちゃんは一杯目を受け取ると、
「実は……」
一口喉を潤した先で語り始めたのだった。
どうやらクルミちゃんの友達の妹が家出をしたらしい。それも最近、タマに相談した引きこもりの妹がとのこと。
引きこもりの妹を持つ姉。二人の関係性をちょっと耳にするだけで、タマは姉妹の問題の根っこを示していた。その先で脱引きこもりの前に、なにが一番必要なのかを語ったのだ。
クルミちゃんにとって、まさに天啓を得たような解決策。また一つ、ろくでもない大人に傾倒してしまった。
横で聞いていた私も、口をはさむ余地がないほどの論説であった。過激なことを口にしながらも、タマが言っていることは珍しいほどに、解決策として王道であったのだ。
ちょっと問題を耳にしただけでこれである。まるで人生経験豊富な大人のようだ。
私のような人間は全員殺せ。そしたら九十五割の犯罪はなくなる。とまで叫んでいた少年時代から、信じられない成長である。
ただし人生経験といえば聞こえはいいが、似たような境遇の引きこもりを抱え込んでいただけ。どこかで聞いたような話だから、ちょっと耳にしただけで事例が上手くはまったのだ。
クルミちゃんの話を聞き届けた先で私は確信した。
「なるほどね……」
あの自宅警備員と引きこもり妹は同一人物だと。
どこかで聞いたような話でもなんでもない。本人から直接聞いた話なのだ。根っこの問題をタマは知ったように語ったのではなく、聞いたことを右から左へと流したにすぎない。
クルミちゃんの相談というのは、簡単な協力要請であり、二つ返事で了承した。
こんな面白いこと見過ごせるわけがない。
すぐに店を閉めて、クルミちゃんの貸し切りにした。
クルミちゃんの相談は、友達の妹がこんな事情で家出をしている。写真を託すから、目撃情報を得るのに協力してくれ。だけのつもりだった。
私を頼ったとはいえ、他家の事情。全てを全て、赤裸々に語るのは憚れたのだ。
なのでこんなことまで語るつもりはなかった、くらいの話をクルミちゃんから引き出した。主に個人情報を周りを中心にして。
この話をしたとき、タマがどんな顔をするのか。次に会うときが楽しみだ。
一通り話を聞き出すと、
「マスター……」
クルミちゃんはカウンター上で組んでいた腕に顎を乗せた。気持ち俯かせたその顔は憂いげだ。
あれもこれもと友達の情報を吐いてしまった。
「わたし、椛に偉そうに語っちゃいましたけど……ちょっと無責任だったかもしれません」
それに罪悪感を覚えたのかと思ったらそうではなかった。
「無責任?」
「言われたことを右から左へと流して、これが答えだと押し付けるだけ押し付けて、後はちゃんとやれよなんて……今更になって、ちょっと」
「でもお友達はそれに納得したんじゃないの?」
「納得はしてくれましたけど……楓ちゃんが戻ってきたとき、それだけで簡単にいくのかなって」
クルミちゃんは腕に乗せていた顎を、額へとスライドさせた。まるで見たくもないものから目を逸らすようにして。
「家族でも親戚でもない人をアテにした家出。……綺麗なままじゃ、いられないですよね」
なにを、とまでクルミちゃんは口にしない。
子供の家出を手助けするのは、リスクを背負わなければならない。それこそ表沙汰になれば全てを失うほどの。それでも手助けするのは、リスクを背負うだけの得があるからだ。
家出したときは十五歳。可愛い可愛い女の子だ。
綺麗なままではいられないというのは、男の欲望に飲まれた後だと言いたいのだ。
『そんなことないわ』
『きっと大丈夫よ』
そんな虚しいだけの慰めを私はしない。ここは黙って、
『そうね……』
とだけ口にするところだ。
だがそれを口にしない。
なぜか。
家出娘が綺麗なままであるのを、よく知っているからだ。転がり込んだ先の男が童貞をこじらせており、子供相手にビビって手を出していない。むしろ家出娘当人が、手を出してもらえないことにヤキモキしているだろう。
「タマさんの教えてくれたのは、ありのまま楓ちゃんを受け入れて、認めた上でどう手を引いていくか。ただの引きこもりであった楓ちゃんのことなら、椛も全部飲み込めたはずでしたけど……」
「でも、家出先でやってきたことまでは難しいのね」
「汚いとか穢らわしいとか、そんな目で椛は見たりはしないでしょうけど……。大好きな妹がそういうことをしてきた現実が、それでなくなるわけじゃありませんから。いざ楓ちゃんを前にしたとき、正面からそれを認めて受け入れるのは、難しいんじゃないかなって」
クルミちゃんはうつ伏せたまま、顔を横に向けた。
「社会のレールやルールから外れた価値観。それを飲み込めないまま導こうとすると、また同じことの繰り返しになるなら……わたしが押し付けたのって、ただの無責任だったんじゃないかって」
小さな息が漏れ出した。
無責任だというのなら、元を辿ればその話をもたらした奴が一番無責任だろう。なにせその家出娘を抱えている張本人だ。
守ってやりたい義憤を持って、家出娘を匿ったのならカッコはつくがそうではない。その場の空気に流されて、受け入れて、なんとかなるだろと抱え込んだだけ。その先で返すタイミングを見失い、ダラダラと一緒に過ごしているにすぎない。
優しくしているのではなく、甘やかしているだけ。あの娘の将来のことは一切考えていないのだ。
まさに無責任な大人、ここに極まる。
それを自覚しているのだから、あれは本当にろくでもない大人である。
クルミちゃんの悩みは、そんな大人が問題を引き起こし、そのまま当人からもたらされたものと変わらない。
家族親戚田中と同じく、95割はネットスラングです。




