05
なぜか。
本意ではない戦乙女を慮る心か。違う。
より美しき戦乙女を望んだからか。違う。
戦乙女を戦士として見ているからか。違う。
いざ戦場を前にしてビビったのである。
入隊希望者を戦場に連れ回すなど、社会的に許されることではない。いざそれが表沙汰になったときの保身に走ったのだ。
同時に戦場を共に越すことで、コーハイと変わってしまうだろう関係性を厭うた。それがベタベタした甘ったるさに満ちたものであれば大歓迎である。だが今日まで積み上げてきたセンパイとして尊敬の念が、一気に崩れ落ちる真似は避けたかった。
ここまで連れ込んでおいてなんだが、ようは軽蔑されたくないのだ。レナのセンパイとして慕われたままでいたいという、ぬるま湯を望んだのである。それが巨乳JK美少女相手ならばなおさらだ。
『攻城戦の延期は否。早期決着を望みます』
早期決着。やはりレナは覚悟を決めていても、決して心から望んだ攻城戦ではないのだ。怖いイベントは引き伸ばされるよりも、そうそうに終わらしたい。さっさと介錯をしてほしいという願いなのだろう。
「我が矛はおまえを貫くことはない。これまで通り安心して籠城してろ」
一度矛を収めると告げたからには、今更攻城戦に望むだなんて言えない。イベントは無期延期であることを告げたのである。
爆速タイピングが鳴り止んだ。
なにを思い巡らせているのだろうか。
十秒ほど経つと、十本指に襲われたキーボードが悲鳴を上げた。
『なら巨乳JK美少女の面目躍如として、グングニルを磨く整備員として頑張るぞい』
「整備員は募集してない」
『リコーダーは不得手なんだが?』
「自分の矛はこれまで通り、自分で整備する。おまえが心配することじゃない」
猛打から開放されたキーはその悲鳴を潜めた。
今度はいたぶり続けたキーをゆっくりと、そして労るような音がする。
『迷惑をかけるのに、なにもしないわけにはいきません』
いつものお調子者が一転。レナとは違う少女の顔がそこには覗いていた。
五年越しのコーハイ。顔も知らぬ男相手に恋などしておらず、その献身はやはり対価であり責任感であった。
残念である。センパイと肩を並べ戦場を駆け抜けたいんです、というのを一割くらい期待していたのだが。そうしたらグングニルを振るうのもやぶさかではなかったが、そんな都合のいいことあるわけがなかった。
こうなればもう膜の代わりに、センパイとしての面目を貫くしかない。
「いいか、俺にとっておまえはなんだ?」
『ただの巨乳JK美少女です』
返信速度は実に五秒。爆速タイピングに迷いはなかった。
「おまえその看板ちょっと気に入っただろ」
『てへ』
「じゃあ逆だ。おまえにとって俺はなんだ?」
『センパイです。それも人生の』
「じゃあ最後に聞く。お前のセンパイは、支援要請を求めるコーハイの弱みに付け込み、攻城戦を仕掛ける奴か?」
できるのなら仕掛けたい奴なのだが、ここは耳障りの良い台詞を操った。
返信が止まって一分ほどか。
押し殺すような嗚咽がこの耳に届いた。
爆速タイプの餌食となっている、虹色に輝くキーボードのものではない。少女の喉からもたらされた、抑えきれない感情の発露であった。
『センパイは自分のセンパイです』
「おう」
しばらくの間、キーボードくんが悲鳴をあげることはなかった。