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現在、私はバーを経営している。
昔から店を持つのが夢だったとか、食いつなぐために始めた仕事が天職だったとかではない。趣味と実益を兼ねてのもの。上手くいかなかったらすぐに畳むつもりで、店を構える地域も、こだわりもなく選んだのだ。
だからオープン一日目にして、
「あら、もしかしてタマじゃない?」
とっくに切れていたはずの縁が、目の前に転がっていたことには驚いた。
幼き頃から一度も教室を違わなかった昔馴染み。この仲は親友や竹馬の友なんかではない。なにせ後ろ暗さに満ちた青春を、共に駆け抜け、分かち合ってきたわけではないのだから。
かといって、向こうはお利口さんの善人なんかではない。罪に対しての罰を厭うて、余計なリスクを背負わないように生きてきただけ。
責任回避のためならば、人を陥れることを躊躇わぬろくでなし。保身に走ることに関しては、他の追随を許さないと自認しているほどだ。
だから、そんな責任が大嫌いなろくでもない男が、
「自宅警備員を雇用することになった。しかも巨乳JK美少女だ」
そんな面白すぎるリスクを背負ったなんて、あのときは死ぬほど笑った。
流石、人を死に追い込んでおいて、ざまぁ見やがれと笑った男なだけある。やればできる奴なのは、昔からよく知っていたのだ。
◆
私はひとでなしだ。
人殺し以外は大体の犯罪はやってきた。なんて犯罪自慢を、武勇伝のように語るつもりはない。糧と楽しみを得るために人一倍努力するのは、なんの自慢にもならないからだ。
社会のルールを破るのは価値がある。何百何千時間もの間、額に汗をかかなければ手に入らないようなものが、簡単に手にすることができるからだ。
遵法精神を持ち出し、罪の意識はないのかという説教にはこう答えよう。
罪の意識はもちろんある。なにせ表沙汰になれば罰がくだる。罰を避けるためにも、気を配っているつもりだ。
社会的善悪を持ち出し、罪悪感はないのかと責められようものなら、大きく頷こう。
罪の意識に苛まられる、という意味での罪悪感はない。そんなつまらないものに悩むなら、始めからやるわけないだろう。
だからといって、遵法精神と社会的善悪がこの世からなくなればいい、なんて考えの持ち主ではない。バカ正直にそれを守っている者たちがいるからこそ、ルール破りの蜜が生み出されているのだ。象牙の密猟を生業としている者だって、象に絶滅されては困るだろう。
ルールという囲いに守られた、社会の天然資源。私はその密猟者というところだ。
幼き頃から法律を、道徳を、倫理を破り続けてきた。一度も罰を受けることなく、今日まで生きてこれたのは、ルール破りの才能があったからではない。人一倍頭が良かった以上に、度胸があっただけだ。
たった十円の物から始まった万引きが、小学生を終える頃には万単位のものは当たり前。高校へ上がる前には、現金化する術を身に着けていた。顔と口先で引っ掛けることで始まった遊びから、お金を引き出す方法を編み出した。
果てには組織化し、集金システムの構築に成功。地元ヤクザに目をつけられるも、そのまま目をかけてもらう仲へと至り、更なる利益と縁を手にする環境を手にしたのだ。
地元では散々の悪事を、楽しみながら重ねてきた。
楽しくはあるも、決してそれは遊びではない。事業を発展、拡大させるつもりで行ってきただけ。
高卒後は、悪い繋がりから得た縁を頼りに、東南アジアへと飛んだ。新たな楽しみと事業拡大を求めてのことである。
日本人旅行客を掴まえて、普通では体験できないようなサービスを提供する。楽しい旅の記録を残すことで、帰国後のお客様から利益を生み出すのだ。
営業に励む中で、学んだことがある。
第一印象とはまさに見たままの姿。身なりと清潔感は同じでも、外見の美醜一つで大きく変わってくる。
私の営業相手はもっぱら男である。この姿がもし美男子ではなく、美女であったなら。どれだけ仕事が捗るだろうか。
かくして私は、美男子より美女へと生まれ変わった。
思った通り、仕事は捗った。
お金を膨らませ、綺麗に洗い、投資し、ついには独立して、真っ当な観光事業を興すまでに至った。それ自体の利益率はよろしくないが、そこは裏オプションで稼いでいる。
人を食い物にしているそんな私だが、特別な人間かと問われればかぶりを振る。
ジャーナリズムの名のもとに、加害者どころか被害者すら追いかけ回す報道陣。
ノルマのために、物知らぬ相手に不要な物を売りつけるセールスマン。
社員をいかに安くこき使うかを考えている経営者もそう。
この世には道徳と倫理を外れ、人を食い物にしている者たちが多すぎるのだ。
彼らと私の違いは、法律を破っているか否か。そこが大きな違いなのだろうが、それ以外はあまり変わらないと自認している。
社会が示す模範的な悪人であり、その自覚も十分にある。そんな私から見て、彼らはタチが悪いと思わざるえない。なにせ人を食い物にしておいて、無辜の民を装い善人ぶっている。法を破らなければなにをしても許されると、大手を振って光のもとを歩いているのだ。
その手のタチの悪い人間は、近年SNSを介してよく私刑にあっている。だがその私刑は基本的には法を破っており、それを許されるものだと正義感ぶっているのもまた、すごいものだと感心すらしている。まさに赤横断、皆で渡れば怖くない。
だからこそ私は思う。
遵法精神や社会的善悪なんてもの、くだらなすぎて語る価値がない。
罪が表沙汰になれば罰がくだる。生きていく上でこれだけを覚えていれば十分だ。
私は有能な事業主であっても、特別な人間なんかではない。どこにでもいる人を食い物にして、いい思いをしている人でなしというだけだ。
事業もシステム化し、安定したところで帰国した。
これといって目的があったわけではない。時間もできたので生まれた国へ、一度帰ってみるかと考えただけ。
久しぶりの日本。けれど大人になってから初めての母国。
向こうの暮らしに慣れきったことによるギャップ、不自由さばかりが目についた。とにかくどこへ行ってもルール、ルール、ルール、ルール。法律だけではないルールが蔓延り、ルールによって人々が雁字搦めなのだ。
母国であるにも関わらず嫌になった。むしろこんな国で生まれ育ったのかと頭すら痛めたほど。
すぐに向こうへと戻ろう。そう思ったとき、首を傾げてしまったのだ。
向こうへ帰ったところで、どんな楽しいことが待っているのか。
ギャンブルも薬も元からやらない。ブランドで身を固める物欲もない。皆が言う贅沢な暮らしだけならこの国でも賄える。それにも飽いたから、母国に新しい楽しみを求めてきたのだ。
人よりいい思いをするために、悪いことばかりやってきた。いつしかそれが、仕事に身を費やす中で、人よりいい暮らしをしているだけになっていた。
ふと立ち止まり、振り返ったとき、なにが楽しくて生きているのだろうかと疑問を覚えてしまった。
ただの無趣味な仕事人間。仕事をやらなくてもいいとなった瞬間、なにがしたいのか、なにをすればいいのかわからなくなってしまった。
高校まではもっと、人生を楽しんでいたような気もするが。
そんなとき脳裏によぎったのは、とある男と缶ビールを交わした思い出。先日嗜んだ数十万のワインの味はもう忘れたが、あのときの安い美酒は鮮明に覚えている。
過去に戻りたいわけではないが、無性に懐かしさを覚えたのだ。
悪いことばかりをしながら作ってきた沢山の縁。そんな縁ともおかしく飲んではきたが、気の置けぬ付き合いをしてきたわけではない。あの思い出と比べれば、あのときは楽しかったと懐かしさに浸れるものではなかった。
親友と呼べるほどの相手はいない。けれど友人と呼べる相手は、一人くらいならいたかもしれない。
私もいい大人だ。今になって真の友情なんてものを欲していないし、手に入るものだとも思っていない。けれど人生を豊かにする方法に、新たな試みを取り入れてみよう、という柔軟性くらいは持ち合わせていた。
あちこちへと動き回っていく中で、関わっていく人たち。相手を食い物として見るのではなく、一人の人間として接してみたのだ。
結果として、これが人生の転換期となった。
多動で多感な少年少女を相手にしたときの話だ。
そんな些細なことを、よくもそこまで深刻に捉えられるな、みたいな年頃の悩み。ちょっと考えればわかるだろ、のような問題をばかりを抱えている。
呆れながらも指摘や助言をしたら、彼らの目からは鱗が落ちるのだ。
まさかそんな考え方、価値観があるのかと。彼らは視野狭窄に陥り、迷っていたのではない。抜け出すための鍵を持ち合わせていなかったのだ。
この程度のこと、本当に知らなかったのかと驚かされた。
そうやっていく内のある日のこと、安い美酒を飲んだときの思い出が蘇った。
『ならあいつを追い込んだのは、この程度のことで逃げ場がない。死ぬしかないと信じ込ませた親と社会だ』
人を死に追い込んでおいて、ざまぁみやがれと笑った男の言葉だ。
改めてあのときの言葉が胸に落ちた。この程度の価値観も、彼らは与えて貰っていなかったのだと。
結果的に彼らを導いた私は慕われるようになった。それを悪くないと感じたのだから、そんな自分に驚いた。
善行を積みたいと思ったわけではない。
尊敬の念を集めたいと考えたわけでもない。
彼らを導いてやろうと偉ぶっているわけでもない。
ちょっと話を聞いて、彼らの持たぬ価値観を与えるだけ。それで変わるかどうかは彼ら次第。背中を押して欲しそうであれば、責任は取らぬが押してやる。
子供とは言えぬが、大人とも言えぬ年の頃。自らの足で動くことを許された彼らの心は、実に柔軟性に富んでいる。エネルギーに溢れ、新たなものをどんどん取り入れ、新たな価値観を飲み込まんとする。そうして短期間で成長を遂げていくのだ。
一方、歳を重ねた大人ほど、新たな価値観を飲み込めない。受け入れない。果てにはあってはいけないものだと断ずる。どこかで聞いたような言葉を、さも自らが生み出した世界の真理として説く始末だ。
若者だったら若いで済むが、歳を重ねた者がやればみっともないだけ。自覚がないのだから、なおさらタチが悪い。
そして、また一つ思い出す、
『ガミ、俺は将来、あんな大人にだけはならんぞ』
『あんなって、どんなだよ』
『自覚のないタチの悪い大人にだ』
あれは基本、尊大な話を引っ張り出すが、その実、中身がペラペラな話をすることが多い。だがあのときばかりは、言っていることは間違えていなかった。その中身もしっかりあったのだ。
自覚のない大人ほどタチの悪いものはない。
だから歳を重ねただけの自分語りほど、つまらない話はないのだ。
人の数だけ物語がある。似たような話であれど、新たな価値観さえ飲み込めば、その先は多様性に満ちていた。
いつしか私は、モラトリアム少年少女たちの話に、楽しみを見出すようになったのだ。
歳は兄弟くらいにしか離れていないが、私は悪いことばかりしてきた。褒められたことでなくとも、彼らと比べれば人生経験値は高い自負もある。
悪い道へと引き込むつもりはない。ただ私は、知っているものを与えるだけ。それをどう扱うかは彼ら次第。それでレールだけではなくルールから外れ、落ちていくかもしれないが、そこは自己責任だ。
果実を食べても死なないぞと唆す、悪い蛇としての自覚はある。だが人でなしであっても、自覚のないタチの悪い大人ではないつもりだ。
バーを始めてみようと思ったのは、そんなときである。
お酒を提供しながら、人の話を聞く仕事。向こうにいる間は、営業だけではなくそういったこともやってきた。上手く行かなければいつでも辞めればいい。趣味を始めるくらいの気持ちでやればいい。
気に入らない奴がいれば唆し、ツアーに案内する。旅の思い出から利益を生めるのだし、一石二鳥かもしれない。
思い立ったら吉日。縁を頼りに適当な居抜き物件を見つけ、すぐに開店準備を進めた。広告などを打つつもりはなかった。帰国してから出会った人たちにまず、よければ来てくれと連絡を入れただけ。どうせこの商売で得たいのは、食べるためのお金ではなく、人生を豊かにする糧である。閑古鳥でも一向に構わなかった。
三ヶ月だけまずはやってみるかという程度の意気込みだ。
そうして何事もなく、坦々とオープン当日を迎えたのだが、頭にあったのは店の行く末ではなかった。
懐かしい友人の顔だ。
あれとの思い出が蘇らなければ、私はここまで動かなかっただろう。もしかすると未だになにをすればいいのか、呆然としていたかもしれない。
まさかこんな形で、あの男から影響を受ける日が来るとは。
人生なにが起こるかわからない。そしてだから人生は面白いのかもしれない。
無性に懐かしく感じたが、あの男の連絡先はわからない。高卒後、東京に飛んだのは知ってはいたが、縁はすっかり途切れてしまっていた。
この大都会にいるのか。はたまた、また別の地に旅立ったか。あの世に旅立った可能性も否めない。
その内、探してみるのもありかもしれない。
そう考えた五分後。
「あら、もしかしてタマじゃない?」
まさかバッタリ道端で再会するとは、この腐れ縁には驚かされたものだ。




