12
季節も巡ること、早いことでもう十二月。
大事にできないという縛りもあり、楓ちゃんの足取りは以前として掴めず。手がかりの一粒さえ手に入らない。
例え警察に頼れたところで、一年も経ってからの捜索だ。いくら子供が行方不明になっているとはいえ、始まりは家出。そして行方不明届は年間八万件強も受理されている。楓ちゃんのために割かれる人員なんて、雀の涙もあるかどうか。
パッと思い浮かぶ方法は一通り検討したが、どれも期待できないだろう。
結果として、椛が打てた手といえば、信頼のおける人たちに事情を話し、楓ちゃんの写真を託して目撃情報を探すくらいだ。
椛は気丈に振る舞ってこそいるが、心労がたたっているのはわかった。それでもわたしには心配をかけまいと、気を使わせてしまっているくらいだ。
だからあえて、わたしからは楓ちゃんの話はしない。なにか協力できることがあれば、いつでも言ってくれとだけ伝え、一度だけ頼ってもらえたきり。楓ちゃんの話はほとんどわたしたちの間では上がることなく、それが進展がないというなによりの証明でもあった。
椛と楓ちゃん。二人のことは心配ではあるが、わたしにも日常、送るべき大学生活はある。気にだけはかけながら、今日まで変わることのない日々を送っていたのだ。
そう……なにも変わることのない日々なのだ。
楓ちゃんの話に進展がないようにまた、わたしの恋に進展がない。
タマさんに恋をしてからもう一年以上が経つというのに、全然まだまだ未だにお店の外から出られずにいる。
タマさんのことを知るのと、わたしのことを知ってもらう。十分以上に当初の目的は達成しているのだが、そこから先に進めなければ意味がない。
わたしは可愛い。それは自惚れではないと、日夜ちやほやしてくる男性たちが教えてくれる。そして恋の遍歴もまた、それを証明していた。
しかし人間、外見だけが全てではない。わたしの罪づくりなまでの可愛さなんて所詮、上っ面だけのものに過ぎないと思い知った。
内面、その人間性にこそ人を惹き付ける真の魅力が宿る。
ドラマのような展開を持って、落ちてしまったこの恋。始まりこそはタマさん自身を見たものではなかったかもしれない。けれど一年という交流を重ねる中で、ドンドンドンドンその内面に惹かれていった。
タマさんはそこらの男とはひと味もふた味も違う。彼の前ではわたしなんて、見た目が可愛すぎるだけの小娘。中身が風船のように軽いから、女として見てもらえず、幼子のようにしか扱ってもらえないのだろう。
それこそマスターのような、中身が成熟した女性が好みなのかもしれない。
だからといって、それが諦める理由にはなりえない。この恋を必ず成就させたいという、強い想いがこの胸に宿っているのだ。
大学生活も二年と四ヶ月を残しているが、振り返ればあっという間である。このままでは女子大生としての余命を、恋をするだけで終わってしまうだろう。
天性とも言える可愛さ一つで、この恋を成就させることはできない。
最近になって、ようやく悟った。
マスターは前に言っていた。
人間覚悟を決めれば、結果を残せるかどうかはともかく、新しい道へと踏み出せる。人より得をしたいのなら、リスクを背負わなければならない。
本当に恋を叶えたいのであれば、わたしから踏み出さないとならない。求めなければならない。その先で跳ね除けられるのは怖くとも、恋が終わるかもしれないのが恐ろしくても、欲しいのであれば自分から手を伸ばさないといけないのだ。
だからわたしは覚悟を決めたのだ。
今度のクリスマス、食事だけでもいいからと、わたしのほうからお誘いする。マスターの店、その外側で会いたいと願い請う。
その先で新しい進展があるかもしれない。もしかすると、その一日だけで成就までいくかもしれない。
上手く行かないことは今は考えず、覚悟を決めて誘うのだ。
十二月に入って、初めての金曜日。
日常と非日常の境界線たる重厚な扉。いつもは軽々と開くのに、今日はとても重く感じる。実際は重いものを動かすように、のろのろと開けているだけなのだが。
「とまあ、ついに戦場へ赴く日が決まったわけだ」
「子供相手にそこまで言わせるなんて……みっともないわね」
「ふん、なんとでも言え」
「いい大人が恥ずかしくないの?」
「ファッキュー」
開き直ったように得意気な顔をするタマさんと、それに呆れたようにしているマスター。忍び込むような静けさで扉を開いたためか、こちらに気づかず会話を続けている。
ちょっと気になる会話ではあったが、堂々と盗み聞きするのは気が咎める。
「こんばんは、マスター」
この後見せるべき覚悟、己を奮い立たせるように挨拶を述べた。
「クルミちゃん? ……って、もうこんな時間なのね」
マスターは腕時計に目を落として言った。時間というものは進むものだと、すっかり忘れていたような口ぶりだ。
もしかして、と察して開いたままの扉から外に顔を向ける。店先の明かりはついておらず、扉横の看板はオープンにひっくり返っていなかった。
どうやら開店作業はされていなかったようだ。オープンから三十分も経っていたから、気づかないで入店してしまった。
「……ごめんなさい、てっきり開いてるものだと思って」
「気にしないで。お店を開けるのを忘れていただけだから」
優しい言葉をかけられたので、それならと迷いなく定位置へと足を伸ばした。
「こんばんは、タマさん」
「こんばんは」
ニッコリと微笑みかけると、タマさんもまた口元を緩んだ顔をみせてくれる。その様に今日もまた、メロメロのメロメロなのである。
注文をせずとも、一杯目であるジンフィズが差し出された。それでタマさんと乾杯すると、まずはそのまま世間話である。
「もう十二月ですね。なんだか実感湧かないな」
「今年もあっという間だった、って?」
「だってもう、一ヶ月切ってるんですよ。時間って、こんなに流れるのが早かったですっけ?」
「今からそんなこと言ってると、これから大変だぞ。なにせ時間ってのは、まだまだ流れるのが早くなるからな」
「これがもっとかー……それが大人になるってことなんですかね」
「良くも悪くもな。でも残念なことに、嫌なことをしているときの時間だけは、いつまで経っても早くならない」
タマさんはうんざりしたように、かつおどけたように肩を揺らした。
仕事のことを指しているとわかったので、クスリと笑ってしまった。
「好きなことしているときはあっという間なのに、嫌なことをしている時間は長くなる。なんなんでしょうね、この現象は」
「俺たちの祖先が犯した罪、それに対する罰だよ」
「罰?」
「唯一課せられたルールを破ったばかりに、食べるためには汗を流して働かなければいけない罰がくだったんだ。汗を流すってことはつまり、嫌なことをするってこと。その時間があっという間に過ぎ去るんなら、罰を与えたことにはならないだろ?」
タマさんの高説に、この首は思わず動いた。振られたのではない。傾げたのだ。
「そんな大層な罰、一体誰が与えたんですか?」
「罰を与えるのは、今も昔も変わらない」
皮肉げにニヤっと口端を上げながら、
「社会だ」
人差し指を天井へ向けた。
首を再び傾げそうになったところで、人差し指を差した先、その意図に気がついた。
神様のことを言っているのだ。そして同時に、わたしたちの祖先とは、アダムとイブを指していることがわかった。わたしの何気ない疑問、現象の正体を語るのに、創世記の話を引っ張り出したようだ。
「その罪は未だ許されることなく、こうして罰は未だに続いている。社会のコントロールから外れた罪は、それほどまでに重すぎたんだ」
「そんな重い罰に対して、人が得た物ってなんなんでしょうね?」
「他人の目を気にする生き方と、責任の押し付け方だ。賢くなったんじゃなくて、小賢しくなっただけ。まさに悪いへびが唆してきた一品なだけあるな」
タマさんは鼻を鳴らした。
「そもそも社会だって、自らに背いたことに怒ったんじゃない。恐れたんだ。無法も続けば一つの法。自身の地位を脅かす奴らには、永遠に生きていられちゃ困る、って具合に罰したんだ」
「そういう捉え方をすると、なんか偉そうな奴ですね。その社会っていうのは」
「偉そうなんてものじゃないぞ。秩序の管理を独り占めして、分かち合おうとしない。まさに独裁政権。そりゃあ野党も躍起になって、現政権を批判するわけだ」
「人の痛みを考えろ、ってですか?」
「いや、羨ましい妬ましい。甘い汁の独り占めは許さんぞって」
わたしは口元に手を当て噴き出した。発言もそうであるが、タマさんの半端に憤っている顔マネが面白かったのだ。
「だからさ、俺たちが苦しい思いをしているのは、親が悪い、社会が悪いでいいんだよ」
そしてすぐに頬を緩ませるその様は、どこかあっけらかんとしていた。
どうやらタマさんは、最初からそれを言いたかっただけのようだ。大層な話を引っ張り出しながら、世の中なんてそんなものだから、人のせいにしておけと言っている。
これだけを聞くと、タマさんがろくでもないように聞こえるが、わたしにはそうは聞こえない。
タマさんはよく親が悪い、社会が悪いでいいんだと口にする。けれどその口ぶりに、怒りや憎しみが感じられない。人生こんなものだと達観しているだけ。どうにもならないことに、時間や労力をかけても無駄に疲れるだけ。そう言っているように聞こえた。
やはりタマさんは、そこらの大人とはひと味もふた味も違う。改めてそう思わされる一幕であり、そんな横顔に乙女のため息を漏らさずにはいられなかった。




