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センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?【コミカライズ版2巻8/28発売!】  作者: 二上圭@じたこよ発売中
盲目性偏執狂ノ傾慕

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09

『うわああああああ!』


「きゃぁあああああ!」


 十数時間前に上げたわたしと同じ悲鳴が、リビングに響き渡る。ただし仰け反った先がソファーだったので、後頭部への一撃はなかった。


 そんな夕暮れ時。


 ソファーを背もたれにした数刻ほど放心した椛は、


「なんてものを見せてくるのよあんたは!?」


 次の瞬間には怒声を張り上げていた。


 対面で肩をわなわなと震わている親友は、それはもう顔を真っ赤にしている。


 見事に引っかかりドッキリ大成功! なんて思いは湧いてこそいないが、気持ちを共有できたことに満足はした。


「わたしは深夜の暗い部屋で、これを一人で見せられたのよ。そのときのわたしの気持ち、少しくらいわかってくれてもいいでしょ」


「あんたが勝手に引っかかったんでしょ! なんで私まで巻き込まれなきゃならないのよ!」


「椛がこれの当事者だから」


「……は?」


「それ、楓ちゃんが残したものよ」


 ポカンとした椛の顔は、信じる信じないの前に、意味を理解していないそれであった。


 あの白い顔が脳裏から離れず、眠れたのは朝方。起きたのは昼間で、休み明け早々大学をサボってしまった。


 帰ってきたら昨日の話をしよう、というメッセージを椛に飛ばすと、夕方には帰ると返事がきた。予告通り帰ってきた連絡が来ると、すぐに上の階へと上がっていった。


 その先でパスを突破できたことを伝え、真っ先にこれを見せたという流れである。


 『姉さんへ』『ここで待ってます』。そんな文字に目を瞠った椛に待っていたのが、こんな悪ふざけ。


 次に履歴の『姉さんの友人へ』からの嘲りを見せた。


 呆然としながら椛は潰れたように喉を鳴らした後、


「楓が……こんなこと、するわけないじゃない」


 現実を受け入れられないのか、ノロマなかぶりを振った。


「なら、これはパスワードを突破した某さんが、仕掛けたドッキリだとでも?」


「あ、いや……」


「妹が心配で憔悴している親友に、こんな悪ふざけをしたのなら酷い話ね。それが本当だったら、今すぐそんな相手とは縁を切ったほうがいいよ」


「ごめんなさい……」


 椛は咎められた子供のように顔を俯けた。


 別にわたしも、悪趣味な仕掛け人扱いされて、腹が立っていたわけではない。椛が差し出されたこの現実を受け入れたくないのもわかる。その気持ちに寄り添ってあげられないほど、この友情は安いものでなかった。


 キツイ言い方になってしまったのは、ここから先に進むためのプロセス。まずは現実を受け入れてもらわなければならないのだ。


「『くれないようの日』の意味、まだわからない?」


 顔を上げたその顔に、今度は優しい声音を差し出した。


 左右に振られる頭を見届けると、


「あなたの誕生日よ」


 あっさりと答えを言った。


 椛の口と目は、二段階にわけて開かれていく。自らの誕生日であった驚きと、すぐに辿り着いた『くれないよう』の答えにだ。


「まさか自分の誕生日だなんて、思いもしなかった?」


「ええ。そう……楓が、私の誕生日を」


 椛の口元は僅かながら緩んだ。


 楓ちゃんのことは大好きであっても、その逆に自信がない。なにせあれこれと、引きこもっていた楓ちゃんにうるさく言ってきたのだ。例えそれが優しさであっても、本人にとっては煩わしかっただけかもしれない。


 椛はそれを、『こんなにもあなたのことを考えているのに、なんでわからないのよ!』と憤るような性格ではない。


 楓ちゃんが自分一人で立ち、歩けるようになった先で幸せになってくれればそれでいい。そのためなら最後には嫌われたっていいのだ。


 成人祝い、初めてお酒を口にした先で、椛はポツリとそんなことを漏らした。


 そんな矢先の話だから、プライバシーの塊であるものに、自らの誕生日をパスワードとして設定されたのが嬉しかったようだ。嫌われていない。むしろちゃんと自分のことを想ってくれていたのかと。


 だから、ここからするのは椛には酷な話になる。


「楓ちゃんは全て読みきった上で、これを残したんだと思うの」


「読みきった?」


「そ。椛本人じゃなくて、椛の友人がパスを突破することを想定して、ブックマークと履歴を残していたのよ」


 楓ちゃんは自身の家出を、大事にされることはない。警察沙汰にはされない絶対の自信があったのだ。


 椛では辿り着けない問題。でも椛に親しい者なら解けるラインを想定して、謎々のようにヒントを設定した。そうやって問題を問いて、意気揚々とブックマークを開いた相手を、あの悪趣味で驚かせる。最後には履歴の先で嘲笑う。


 自分が残した唯一の手がかりと思わせているのだ。全てを話してそれを託せるのは、よっぽど信頼できる相手。椛を取り巻く環境を考えれば、家族親戚にはいない。姉さんの友人へと残したのは、よっぽどの確信があったのだろう。


「なんで楓は……こんなものを?」


 椛は疑問を声に出す。それは現実から目を背けているのではなく、本当にわからないと示している顔だ。


 楓ちゃんはなぜ、こんなことをしたのか。


 こんなものを残すことに、一体なんの意味があるのか。


 パスワードと一緒だ。固定観念の楔。それが胸に深く打ち込まれている椛では、一生辿り着けない答えかもしれない。


 楓ちゃんがこんなものを残した理由。


「深い意味なんてきっとない」


 わたしは真っ直ぐと椛の目を見据えながら、


「ただの悪趣味な悪ふざけ。それだけの話よ」


 おまえの妹は性格が悪いと告げたのだ。


 大学をサボったわたしは、ただダラダラと椛を待っていたわけではない。ゲーム好きなネットに詳しい友人と連絡を取っていた。


 大学の先輩がこんなことになっている、というていで話を始めた先で、二画面でゲームとかしていたようだと伝えると、パソコンのスペックを調べさせられた。すると二画面でまともにゲームができるような代物ではなかったようだ。


 もう使っていなかった物をわざわざ引っ張り出し、仕掛けを用意し、これでもかと見えるところに残していった。


 結論として、愉快犯以外の答えが出ることはなかった。


「楓が……あの子が……そんな、子なわけ」


 椛はイヤイヤ期の子供のように首を振る。


 信じられないのではなく、信じたくない。ここまでの事実を与えられておいて、きっと悪い夢に違いないとすら思っているのだ。


 だからわたしは、そんな椛に現実を突きつけなければならない。


「ねえ、椛。あなたの楓ちゃん像って、一体いつからそのままなの?」


「え……?」


「引きこもり始めた小学生から、止まってるんじゃないの?」


 その幻想から目を覚まさせなければならない。


「確かに楓ちゃんは社会(がっこう)から逃げ出して、家族にも背を向けきた。外の世界から目を逸らすために、あの部屋に閉じこもってきたかもしれない」


 人が成長し、変わるキッカケはいつだって外部からの刺激である。


 牢獄のような場所で体育座りなんてし続けていたら、良くも悪くも、いつまでも変わらずにいられるだろう。


 でもその話は、楓ちゃんに当てはまることはなかったのだ。


「でもね、あの部屋には外へと繋がる窓口があったんだよ。社会なんかよりもっと複雑で、混沌とした刺激的な世界」


 わたしは目を落とし、


「インターネットがね」


 パソコンを見据えたのだ。


 清濁合わせた情報の海。


 同世代が社会の荒波に揉まれ成長していく中、楓ちゃんはその世界で航海を続けてきた。


 部屋に引きこもり続けながらも結果を出し、誰よりも社会が求める成果を生み出し続けてきたのだ。


 楓ちゃんは優秀なんて言葉に収まるほど、生やさしい存在ではない。


 まさしく神童である。


「皆が家族団らんを営んで、学校で交友関係を育んでいる中で、楓ちゃんは画面の向こう側の世界とだけ交流してきたの。そんな子が、社会がいう健全な育ちかたをしているなんて思う?」


 かといってそれが椛のように、出来た人間に成長できるかに繋がらない。


 社会の営みの中で育てば、それを与えられ、求められる。それから外れるような行為をすれば咎められ、次第によっては罰せられる。


 そうやって社会に適応できるよう、子供は育てられていくのだ。


 けれど引きこもった楓ちゃんには、それが与えられないし、求められもしない。精々それから外れるとどうなるか。それを知っているだけに過ぎない。


 好きなものを好きなように、情報の海から取捨選択しながら、今日まで楓ちゃんは成長してきたのだ。思想や価値観が偏り、ろくでもない性格に育つのは自然な流れだ。


「楓……」


 椛はガックリと肩を落とし、ただ顔を俯けた。


 パソコンだけを外の繋がりにして育っていく。それがろくでもない成長を促すことくらい、椛も知っていたはずだ。


 それでも楓ちゃんに限っては、そんなことだけは起こらない。社交性はなくとも、優しく思いやりのある子に育っていたと信じてきていた。


 妄想にも似た幻想から目を覚まし、椛は項垂れている。まるで全ては自らの責任、力不足を嘆くような有様だ。自分のしてきたことが間違ってきたと後悔すらしている。


「わたしが思うにね」


 そんな親友の隣に移動して肩を並べた。


「椛は優しいだけで甘くはなかった。楓ちゃんは自分を上回る天才。その場にさえ連れ出せれば、必ず乗り越えられる能力を発揮する。そうやって楓ちゃんを信じてきた」


 横目でわたしを伺う椛に、


「椛のそれは、まさにわたしの恋と同じね」


「まどかの恋と、同じ?」


「盲目的ってこと。椛は楓ちゃんのことを買いかぶりすぎなのよ」


 抱えてきた問題をハッキリと告げた。


「誰が見ても無理だとわかるのに、楓ちゃんなら大丈夫って。はいはいしかできない赤子に、自分の力で立って歩けると信じて、それを求めてたのよ」


「私、楓にそんな酷いこと……」


 震えた椛の声は、そこから先を紡ぐことはなかった。


 酷いことをしていないと、否定したいわけではない。自らやってきた行いを振り返り、そんなことをしていたのかと愕然としているのだ。


 ここまで椛に現実をつきつけて、一つ気づいたことがある。


 お父さんに追い詰められたとき、なぜ楓ちゃんは椛を頼らなかったのか。


 なにかあったら連絡しろと伝えられていた。それが上辺だけの言葉ではないのは、楓ちゃんもよくわかっていたはずだ。


 残されたパソコン。


 その先に残されていた悪趣味とも言える悪ふざけ。


 姉さんへと残された先にあったブックマーク。


『ウォーリーを探さないで』


 楓ちゃんにとって椛は……きっとそういう意味なのだろう。


 椛は頭がいい。わたしが今気づいたそれに、とっくに辿り着いたのだろう。


「う、うっ……」


 今にも嗚咽に変わらん音を、その喉で鳴らしていた。


 椛は体育座りをしながら、伏せるようにして顔を俯かせている。


 全ては妹を想ってやってきたことが、なんのためにもなっていなかった。それどころか楓ちゃんを追い詰めていただけ。


 そのせいでこんなことが起きてしまった。全部自分の責任だとすら考えているかもしれない。


「結局、椛もただの子供だったということね」


 だからそれは違うと、教えなければならない。


「高校までは教師を神と崇めて、現世のルールを学んできた。偉そうな神様に社会とはなんぞやと語られる場所で、真面目にやってきただけ。そんな椛に、子供を導けなんていうほうが酷な話だったのよ」


 盲目的に楓ちゃんを信じ、買いかぶってきたが、それでも当時の椛にできることなど限られていた。


 なにせ価値観が偏っている。社会がその価値観だけでいいと、一つしか与えて貰えていなかったのだ。


 人間は自らの価値観と知識でしか物事を測れないし、その範疇から逸する物は生み出せない。江戸時代の田舎者が、洋食を作れないのと同じである。


「結局、ああなった楓ちゃんをどうにかできたのは、酸いも甘いも噛み分け、社会のレールやルールから外れた価値観をも飲み込んだ大人だけ。社会で生きていく上で大事なものを知りながらも、お勉強ができればそれでいいと、ずっと放置してきた大人の責任ね」


 だから洋食の存在を知り、調理方法をわかっている者が作らなければならなかった。


 かつてSNSで回ってきた学生時代と社会人。求められるものが反転する現象。


 それを身に沁みておきながらも、その経験を生かされることはない。かつての大人たちに求められたものを、そのまま子供たちに求めた。負の遺産をそのまま後世へ継承していったのだ。


「だからさ、楓ちゃんがああなったのは、親が悪い、社会が悪いでいいじゃない。椛が責任を感じる必要なんてないのよ」


「まどか……」


 俯けていたその顔は、今やわたしを見据えていた。


 その目元は僅かに濡れながらも、零れ落ちるような雫はない。


 雨模様となるはずだったそれは、快晴とまでは言わずとも、曇り空に微かに光が差し込むくらいには回復した。


 椛の頬には小さなえくぼができる。


「あんたにこんな風に慰められるなんてね。……これじゃあいつもと逆ね」


「たまにはこんなことがあっていいでしょ」


「ええ。まさに色んな価値観を飲み込んだ大人みたいだったわ」


「ふっふっふ。わたしも大学に入ってから、色んな経験を積んでるってことよ」


「そうらしいわね。知らない間に、色々と差をつけられたみたい」


 椛は手放しに褒め称えてくる。皮肉もなく、その目には尊敬の念すら宿っていた。


 それに後ろめたさが湧いてしまい、


「ま、ほとんどがタマさんの受け売りなんだけどね」


 あっさりと白状してしまった。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
推しの百合営業系Vチューバーの間に男が挟まったばかりに、脳破壊された主人公が子供時代にタイムリープした話。
本編とその前日譚まで完結しておりますので、よろしければこちらもご一読ください。



コミック版が3月28日に発売、予約受付中!
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『センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?』書籍版、発売中!
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― 新着の感想 ―
[一言] このギャアァァァァァの流れ、タマの家に凸った時のくるみちゃんと一緒だな、考えてみれば
[一言] で、そのタマさんの所に居ると
[一言] 人はこれをマッチポンプという()
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