08
「くれないよう……くれないよう……」
机のノートパソコンに向かいながら、ひたすら呪文のように繰り返す。
一体君は、なにを欲しがってるんだい、と。
丑三つ時。真夜中のど真ん中。
明かりをもうつけずかれこれ一時間そうやっていた。
椛からパソコンを預かり、一時間ほどあれこれと打ち込んでみたが、全ては空振り。明日もあるのだしと布団に入ったが、頭の中には「くれないよう、くれないよう」と延々と残響し続けた。
眠るに眠れず、再び机に向かい合ったのだ。
目に悪いのはわかっているが、暗がりの中にある唯一の明かりを眺め続けていた。
「くれないようの日、か。楓ちゃん……あなたは一体、なにを貰えなかったの?」
日本のどこかにいる親友の妹。
彼女に向かって答えを求めてみるも無駄だ。この問いが届くわけがないからではない。わたしの脳内楓ちゃんは喋られないからだ。どんな声なのかもわからないから、リアルに想像できないのであった。
「くれないよう、くれ、ないよう……くれ、ない、よう……」
ブルーライトを散々浴びているはずが、段々眠くなってきた。
「くれない、よう……暮れない、よう」
別に意識していたわけではないが、言葉を区切っていくうちに、くれないが自然と漢字に変換された。
くれないよう記念日が、なにか貰えなかった、欲しがっている。そんな風に捉え続けた中で、そういう意味ではないのでないか、と発想を転換した。
「暮れないよう、昏れないよう、繰れないよう」
思いつくがままに、脳内で漢字に直していき、
「紅よう……紅……よう!?」
ガバっと前のめりとなり、漕いでいた船が転覆した。
思い至ったパスワードは、まさに目が覚める思いであった。
衝動に促されるがまま四桁の数字を叩くが、すぐに弾かれた。ただし次の八桁の数字を打ち込み、
「開けゴマ!」
呪文を叩いた先でその扉は開いたのだった。
「は、はは……まさか、ね」
思わず笑ってしまった。
パスワードの単純さにではない。設定した楓ちゃんのことを考えると、こちらが嬉しくなるくらいに微笑ましかったからだ。
ヒントのくれないようの日。考えてみればあまりにも簡単な問題だった。
くれないは『紅』。ようは『葉』。あわせて紅葉。読み方は二つある。
一つは『こうよう』。そしてもう一つは『もみじ』。
紅葉の日。
そう、開けゴマの正体は、椛の生年月日だったのである。
きょうび、パスワードに家族の誕生日を使わないのは、当然のITリテラシー。椛いわく、楓ちゃんはパソコンに強い人間。モニターとノートパソコンを繋ぎ、二画面でゲームなど色々とやっていたようだ。
そんな楓ちゃんが、パスワードに姉の誕生日を使っていた。
椛の妹想いは一方通行ではなかった。それが自分のことのように嬉しくて、ちょっと目頭が濡れてしまった。
いや、もしかして……と思い至った。
わざわざパスワードを設定しなおして、家を出たのか。そうでないとヒントを設定する意味がない。
もしそうなら、きっと中にはなにか残されているかもしれない。それこそ居場所に繋がるようななにかが。
デスクトップは綺麗なもので、なにも残っていない。
だからまず、タスクバーにピン留めされていた、インターネットブラウザから攻めることとから始めた。家出をする際、下調べくらいは重ねたはずだ。そこを調べればなにかわかるかもしれない。
パパっとwifiに繋いで、履歴を調べようとしたところ、ブックマークのフォルダ名に目が止まった。
『姉さんへ』
それを迷わず開くと、
『ここで待ってます』
そんなブックマークが残されていた。
やっぱり、このパソコンは椛のために残されていたのだ。
なぜ椛になにも告げず、楓ちゃんは家出したのか。味方であるはずの姉にどんな思いを抱き、どこまで信用していたのかはわからない。
けど椛にこれを残していた。
もしかしたら楓ちゃんは、椛に見つけてほしがっているのかもしれない。
椛のために残されたものを、真っ先に見るのは躊躇われた。けど椛はこの上で休んでいる。
一応わたしはこれを託されたのだ。中途半端に終わらせず、中身を精査した先で引き渡そうと決めた。
ブックマークをクリックし、
「……ん、なにこれ?」
喉を鳴らしながら眉をひそめた。
開かれたページは、『WHERE’S WALDO?』というタイトルの横に、赤白の縞々帽子を被った男の顔が添えられていた。
ウォーリーをさがせ。その日本語がポンと頭に浮かんだ。
楓ちゃんが向かった先を示す地図や写真、ホームページの類を想像していただけに、ちょっと面を食らってしまった。
『ここで待ってます』というブックマークを改めてクリックしたが、やはり飛ばされたのはこのページ。
中央ボタンにはスタートがある。
とりあえず押すと、古さを感じる音楽が鳴り始めた。
変化はそれだけ。本当にウォーリーを探せが始まってしまった。
楓ちゃんはなぜ、こんなものを残したのか。
ウォーリーを自分と重ねて、椛に自分を探して欲しい。そういう意味合いがあるのかもしれない。
だがここでウォーリーを見つけたところで、楓ちゃんを探せるヒントになるとは到底思えなかった。だからといって、意味のないものを残しているとは思えず、見つけるだけ見つけてみようと思ったのだ。
「あれ?」
画面とにらめっこしていると、ふいに音楽が止まった。その途切れ方に不穏なものを感じながらも、これで終わりだとは思えず、なおも探し続けた。
ウォーリーを見つけて、クリックでもすれば、新しいページに辿り着く。そこで楓ちゃんの居場所を示すなにかがある。
そう信じながら画面を凝視続けると、
『うわああああああ!』
「きゃぁあああああ!」
突如として上がった大音量の叫声に、大声量の悲鳴で応えてしまった。
大きく仰け反った先で、椅子ごとガタンと倒れ込む。
「いった!」
後頭部を打ち付け痛みに悶える。
痛みが引いた先でも、なおも立ち上がれず倒れたまま放心した。
あれは一体なんだったのか。
叫声と共に切り替わった、目袋が赤く爛れた真っ白な顔。目を閉じるとまぶたの裏に浮かび上がり、夢に出るどころかこのままでは眠れない。
十分程そうしていただろうか。
再びパソコンに向き直ると、そこは最初の画面。スタートボタンがそこにはあった。
誰がスタートするか!
心の中でそう叫びながら、気持ちをまずは落ち着けた。
なぜ楓ちゃんはこんなものを残していったのか。その意図がまるで想像つかない。
ブックマークを一つだけ残し、名前を変更するときに選び間違えたのか。
もしかすると履歴の中に、本当は残したかったものがあるかもしれない。
そう気を取り直し開くと、履歴は二件だけ残っていた。
『ウォーリーを探さないで』
『姉さんの友人へ』
前者は直近の時間。後者は去年の五月、楓ちゃんが家を出た前日の日付。
姉さんへではなく、姉さんの友人へ。
どういうことかとそれを開くと、掲示板の書き込みに飛ばされた。
「ぁ、あ……」
それを見た瞬間、目を剥き口をあんぐりと開き、喉が潰れたような音を出す。
残されていたブックマークは間違いではない。意図して残されたものだと悟ったのだ。
姉さんの友人へとはそのスレッドタイトル。
そこに書き込まれていたコメントは、
『ざまぁあああああああああああああああああああああwwwwwwwwwwwww』
綺麗に手のひらの上で踊った者に捧げた、嘲りの拍手だったのだ。
『ウォーリーを探さないで』
ググったら出てきますので、どんなものか気になる場合は、
音量を最小まで下げてからご覧になったほうがよろしいかと。




