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センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?【コミカライズ版2巻8/28発売!】  作者: 二上圭@じたこよ発売中
盲目性偏執狂ノ傾慕

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07

 時が流れるのは早いもの。


 事故物件の恐怖体験は一ヶ月ほど尾を引いたが、鏡や写真にあってはならないものが浮かんだり、なにかに見られているような気配もない。その後何事もなく、不運や災厄に見舞われることもなかったので、かつて抱いた恐怖はすっかり薄れていた。


 タマさんの居住とはいえ、もう近づきたくない。そのくらいである。


 そうやって何事もないのは、恐れていた心霊現象だけではない。


 わたしとタマさん。二人の進展についてにも言える。


 まあ、とにかくなにもない。マスターの店から出られないのだ。あくまでお店の常連、そこでお喋りをする仲。親しくこそなったが連絡先の一つも手に入らず、そこから先に一歩も進めない。


 流石の椛もこれには目を丸くしながら、


「まさかまどかが、未だ手すら握れてないなんてね。……あんたの恋、五度目の正直かもしれないわね」


 わたしに手を出そうとしないタマさんに感心すらしていた。


 これが二月頃の話。この頃には椛も、今回の恋はまともな男性に向いたものであると認めていた。一度はタマさんの頭をおかしいと言ったが、不謹慎ネタを相手を選んで語っただけ、くらいに捉えていたのだ。


 最近は頑張りなさいと、背中を押してくれるくらいには応援してくれている。


 もうちょっと社会的ステータスが高ければね、とチクリと言われたが、それ以上はない。自らの父親があれなので、社会的ステータスの高さがそのまま幸せに直結しない。それをよく知っているのだ。


 椛にこの恋を認めて貰えたのは嬉しいが、一向に進展しないことに変わりない。


 かといって、肉食系女子みたいにガツガツいけない。なにせ今までは、可愛さ一つで全てを手に入れてきたのだ。恋の駆け引きとか、相手の気の引き方とか、人間性を駆使した経験値が圧倒的に足らなかった。


 なので自分から攻めた先で、この恋に決定的な破綻をもたらされるのをビビっているのだ。だから進展しない誘い受けをなおも続けていた。


 それでも親しくなり、わたしへの遠慮も砕けてきている。話の流れでその両手が、この両頬を挟み込むようなイベントが発生した。普通であればセクハラ案件であるが、タマさんからされたのならハッピー案件だ。


 なにがあったかは後述するとして、タマさんの関係はカタツムリのような速度を持ってしか進まず。されど進んでいることだけは確かではある。


 そうやって気づけば、大学に入ってもう一年が経ってしまった。


 事件が起きたのは……いや、起きていたのを知ったのは、五月のゴールデンウィークの最終日。その夜のことである。


 椛から一本の電話があったのだ。


 いきなり電話をするのは失礼だ、なんて論争を前にテレビで見たが、あのときは目から鱗であった。番組の投票で、失礼じゃないが多数を占めていたからだ。


 親しい仲とはいえ、手が離せない状況はいくらでもある。そこにいきなり電話をするのは、相手に負担をかける行為である。だから一言電話をかけて大丈夫か。メッセージで一言断りを入れてから、電話をするのがマナーであると信じていた。


 常識が覆されたような衝撃を受け、世代の違いなのかと納得もした。メッセンジャーアプリで連絡を取り合う。それが当たり前になったのは、昨今のことなのだ。


 わたしたち世代は、少なくともそれと共に育っている。電話をするならメッセージで一言断りを入れる。少なくともそれがマナーである。


 だからあの椛がマナー違反をしてきたことに、脱線事故が起きたかのような衝撃が走った。


 まさに緊急事態。


 なにが起きたのかと着信を受けると、


「……楓が、家出してた」


 今にも死にそうな声がこの耳に届いた。


「どうすれば、いいかしら……」


 椛は請うように続けざまに言った。


 要点は掴めるのに、どこか掴みどころのないような不明瞭さ。


「待って、待って椛。今どこにいるの?」


 聞いたことのないような椛の声に混乱しながらも問いかける。


「部屋……」


「部屋ね。部屋にいるのね? 今行くから待ってて!」


 電話を切らず玄関から飛び出した。不用心にも鍵を締めず、上の階へと駆け上がる。


 引っ越しの際、隣同士の部屋にしたかったのだが、都合よく部屋は空いておらず。それどころか同じ階も叶わず、一つ階層を隔てた部屋をわたしたちは選んだのだ。


 椛の部屋は丁度真上。直線距離だけで言えば、隣室より近いかもしれない。


 チャイムを鳴らす前に、ついその扉に手をかけた。一人暮らしの女の部屋だというのに鍵はかかっていない。


 今はそれがありがたく、そのまま中へと入っていった。


 間取りはうちと同じ2LDK。勝手知ったる親友の家ということもあり、リビングへ踏み込んだ。


 ソファーに身体を投げ出している椛はこちらを向いた。


 強盗のように押し入ってきたわたしに、恐れるでもなく、驚くでもなく、


「まどか……どうすれば、いいかしら」


 電話越しの台詞を繰り返したのだ。


 クマを作ったその目は、わたしの姿を捉えているだけでわたしを見ていない。痩けているとはいわないが、すっかりその顔は憔悴しきっていた。


「楓ちゃん、いつ家出したの?」


 椛の隣に寄り添いながら聞いた。


 椛の疲労困憊具合。まるで大切な人を失ったそれに近い。


 きっと昨日今日の話ではない。一週間とか、二週間とか……もしかして春休みから、なんてこともありうる。


 そう予想しながら次の言葉を待つと、


「――ん前……」


「ん……? 一週間前?」


「一年前……」


 そんなレベルではなかったと思い知らされたのだ。


 一年前に家を出た。それはもう家出とかそんな甘いものではない。


 行方不明。それこそが一番適当な答えであろう。


 そうしてポツポツと椛は語り始めた。


 大型連休たるゴールデンウィーク。年末年始、春休みすら帰らなかった椛も、そろそろはと一年ぶりに帰省していた。


 お父さんだけなら呼ばれるまで帰ることはなかったろうが、実家には可愛い妹が住んでいる。


 大きな成長を果たしたであろう妹の顔。


 それを楽しみに帰省し、椛を待っていたのは、一年もの間使われていない妹の部屋だけであった。


『東京の姉さんのところに行きます』


 楓ちゃんはそんな書き置きを残して、一年前に家を出ていたのだ。


 便りのないのは良い便り。学校へ通えていたと信じてきた椛は驚愕した。


 便りのないのは良い便り。お手伝いさんは椛の家にいるのではなかったのかと驚愕した。


 便りのないのは良い便り。警察からの連絡もないので、椛のもとで過ごしていると放置していたお父さんもまた驚愕した。


 便りのないのは良い便り。誰も楓ちゃんの居場所がわからないのだから、便りのないのはよくもなんともなかったのだ。


 どうやら楓ちゃんは、入学式一日目して心が折れたようで、二日目には不登校となっていたようだ。案の定というか、あの校風は楓ちゃんにはハードルが高すぎた。


 不登校に痺れを切らしたお父さんは、学校に行かないのなら二周りも上の相手へ嫁に出す、と発破をかけたらしい。当人は脅しのつもりだったと言い訳したが、椛はそれを信じていない。なにせとっくに退学届が出されているのだ。間違いなく本気であった。


 そして楓ちゃんにもまた、その本気が伝わったのだ。


 人生で初めて追い詰められた楓ちゃんの行動は、とにかく早かった。次の日には家出を決行し、以来行方を暗ませている。


 楓ちゃんの口座を調べると、ATMの限度額が、二日にかけて引き出されていた。それだけあれば東京どころか、日本国内どこにでも行ける。


 手がかりはゼロ。現在の居場所どころか、最初の行き先も突き止められない。


 こうして楓ちゃんの行方不明が発覚したが、ここからがまたろくでもない。すぐにでも警察に届けようとした椛を、お父さんが止めたのだ。


 聞こえのいい言葉を駆使しながら、理由をくどくど、あれこれと言っていたらしいが、要約するとこうだ。


「近々政界へ進出するんだ、こんな醜聞、世間へと晒せるわけがないだろ」


 娘が行方不明になっているのにこれである。まさに父を父としてみていない椛の気持ちがよくわかった。その姿はまさに、社員の不始末を隠匿する社長である。


 椛が警察に駆け込もうと無駄だ。全てを握り潰すとハッキリと言われた。


 もし大事にしたなら、楓ちゃんが戻ってもタダじゃ済まさない。椛の手の届かない誰かに託すと、含みを持たしながら言ったのだ。代わりにもし内々でことを収められたなら、楓ちゃんの今後は椛に任せる。金も出してやるとの約束を取り付けたようだ。


 ……が、楓ちゃんの行方に皆目見当がつかない。


 行方知れずになってから一年である。綺麗な身体云々以前に、身体に魂が残されているかの心配をせねばならない。


 足取りは不明。


 それでも一縷の望みをかけて、椛が持ち帰ってきたものがある。


「パソコン……?」


「ええ、楓の机に残されてたの」


 わたしと話しているうちに、椛は元気とは言わずとも、少しは活力を取り戻していた。俯いたままではいけないと、踏ん張ったのかもしれない。


 バッグから取り出し、手渡されたそれは銀色のノートパソコン。どこにでもあるような、明日にでも忘れてしまいそうな面白みのないデザインだ。


 椛の顔を見ると頷いてくれた。


 電源をつけると、すぐに見慣れたOSのロゴが浮かんできた。


 ただしデスクトップ画面に辿り着くことはない。


「パスワード……やっぱりかかってるよね」


 わたしは肩をすくめた。


 電子扉が開かれた先には、楓ちゃんの行き先を示す履歴が残されているかもしれない。まさに今の椛にとって、金銀財宝に値する品だ。


 ただし、開けゴマの呪文がわからない。


 なにかヒントはないか、と悩むことはない。なぜなら入力画面の下に、堂々とパスワードのヒント、と書いてあるのだ。


「くれないようの日……?」


 椛と顔を見合わせるが、そこには答えが書いていない。むしろわたしの顔に、答えが書かれているか期待されていた。


 お互いにため息をつく。


 一定回数打ち間違えられると、制限されるということはなさそうだ。だから散々思いつく限りのものは、椛も試したに違いない。


 椛が帰省したのはゴールデンウィーク初日。楓ちゃんのことで色々と追われ、相当疲弊したのだろう。その顔がなによりもの証明だ。


「わたしも色々と試してみるから。今日のところは休みなさい」


 あてなんてまるでないのに、任せろとばかりに胸を張る。


 明日からまた大学である。そんな顔を大学の友人たちに見せようものなら、余計な心配をかけるだけ。ことがことなだけに、周りに気軽に相談できるものではない。


 そういう意味では嬉しかった。


 椛がするとは思えぬ、マナー違反の電話。あれは無意識にかけてしまったものだろう。解決策を求めてではない。弱音を吐く相手として、わたしを選んでくれたのだ。


 なら少しでも椛が前に向くための役に立ちたかった。


「ありがとう、まどか」


 なにせ黒歴史に泣いてきたわたしを、いつだって慰めてくれたのはこの親友なのだから。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
推しの百合営業系Vチューバーの間に男が挟まったばかりに、脳破壊された主人公が子供時代にタイムリープした話。
本編とその前日譚まで完結しておりますので、よろしければこちらもご一読ください。



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― 新着の感想 ―
[一言] 電話かける前に断りのメールとかマジ?
[気になる点] 電話のまなー(笑)
[良い点] お姉ちゃんも楓の事を心配してたのは間違いないのよね その椛の優しさが楓には毒だっただけで ある意味、楓を楓のまま救えた可能性があるのは椛だけなのよね それはそれとしてクルミちゃん可愛い…
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