04
レナは呆然とした。
憩いの場であるリビングに招かれ、真っ先に目に入ったそれ。
祭壇だ。
通販で買った三段式のかぶせ付き。リビングの隅に設置されているそれを除くと、まさにこの空間はがらんどうであった。
カルト宗教に毒されたかのようなその空間。しかしその祭壇に宗教色はゼロ。
供えられているのは器に入った日本酒ではなく、四リットルボトルのウイスキーがドン。大家からの貢物であるハムセットも、これまた箱ごとボン。果てには偶像崇拝のごとく、かつてドップリはまったエロゲの、人気投票不動の一位キャラのフィギュアが鎮座していた。
まさに坊主が裸足で逃げ出す惨状である。
「仮にもここはホラーハウスだからな。なにも手を打たず、のうのうと過ごしてきたわけじゃない」
この有様は一体何事なのかと、こちらを見上げてくるレナにそう答えを差し出した。
「この家が今日まで積み上げてきた、華々しい経歴と輝かしい戦歴。それがあったからこそ、俺はこの環境を享受できた。なら示すべきは敬意と感謝だ」
「で、でも……だ、大、丈夫……なん、ですか?」
大丈夫とは、祭壇の有り方についてだろう。
「どうせお祓いにきた坊主が、救急車経由霊柩車逝きになってるからな。形に拘るなんて無駄だ、無駄。やっぱり人間、大事なのは気持ち。敬い尊ぶ気持ちを大事にすれば、この家は守り神にすらなってくれる」
実際、テレビがあるだろこの家は、としつこい輩を追い払ってくれた。霊感ゼロの俺にはわからないが、どうやら俺の背になにかを見たようだ。
俺の言葉を体現するように、その場でレナは両手を合わせた。そこまでする必要などないのだが、レナなりの敬い尊ぶ気持ちをこの家へと示したようだ。
「まあ、とりあえずは座ってくれ」
リビングを素通りし、辿り着いたマイルーム。
パソコンチェアに手を差し向け、自分はベッドへと腰掛ける。巨乳JK美少女の尻に敷かれたベッドに寝るのも惜しかったが、そこは大人の余裕で自重した。
仰々しく身を縮こませながら、レナはちょこんとそれへと腰下ろす。そのまま顔を少し俯向け、上目遣いでこちらを伺ってくる。
レナの舌の回りが悪いのは、大人に対する恐縮ではない。ただただ絶望的にコミュ障なのだ。この短い間でそれはよくわかった。
「あの……その……」
いつまでも口を開かぬ俺に、レナは居心地が悪そうにしている。
こんなレナと顔を合わせて、会話を望むのは難しいだろう。軽い応答はできるようだが、話が進まないのが目に見えている。
ではどうやって話をスムーズに進めるか。
答えは一つしかない。
「レナ、パソコンを出せ」
俺の要求に、なぜ、なんて顔をすることはない。言われるがままにキャリーバックからノートパソコンを取り出した。
それは今流行の薄型でもなければ、リンゴ印のそれでもない。がっしりとした15.6型。黒く重厚なその様は、巨乳JK美少女が手にするのに相応しくない可愛げのなさだった。
レナがそれを開くと、露わになったキーボードは七色の光を放ち始めた。完全にゲーミング仕様である。
カチャカチャターンって鳴らすと、レナはそのまま俺に差し出した。パスを解除したのだ。言われずとも黙ってそこまでやったのは、これから俺がなにをやらんとしているのかを察したようだ。
人のパソコンとは得てして使いづらいものだが、同じOSであれば、簡単な設定くらいはすぐにいじれる。こちらもまたカチャカチャターンってやると、それをそのままレナへと返した。
「顔を突き合わせながらはきついか?」
コクリコクリと、何度もレナは頷いた。
どんな顔を浮かべながらやるのかを、見届けたくはあったのだが……まあ、まずはスムーズに話を進めるのが今はなにより大切だ。
リビングへ出るとふすまを閉じ、その場でどっと腰を下ろした。
それから三十秒ほど経ったか。
『いやー、マジで助かったっすセンパイ』
なんてメッセージが、スマホ画面にポップしたのだ。
相手はもちろん言わずもがな。一閃十界のレナファルトである。
かつては東京札幌と大きな物理的な距離を隔て、語り合ってきた五年越しの友人にしてコーハイ。現在その距離はなんと、一メートル圏内である。
今にも足元が崩れ落ちんとしていた、挙動不審にビクビクしていた小動物。
それがたった三十秒でここまでの安定感を示されると、
「おまえ切り替え早すぎだろ」
ため息と共にそんな声しか上がらないのであった。
『だーからリアルの自分はガチコミュ障。ただのネット弁慶だって言ってたじゃないっすか』
「弁慶とかそんな可愛いレベルじゃないだろ。最早二重人格だよ」
切り替えの早さがとにかくヤバイ。
あれだけおどおどとしてトロそうだったのに、ふすま越しに鳴り響く爆速タイプ音。一体どんな顔をしながらいつものレナを演じているのか。
好奇心に負け覗いて見たいところであったが、鶴となって空へと帰られても困る。ここはグッと堪えることにした。
『ん……まあ、センパイ。まずは謝らせてほしいっす』
なんて殊勝な落ち着き方を見せてくる。
謝る。女だと黙っていたことだろうか。それとも年齢のことだろうか。その両方か。
ならば俺たちの間にそんな謝罪は必要ない。なにせずっと、俺たちはその辺りをハッキリさせてこなかった。驚かされた気持ちはあっても、騙されたという思いは一切ない。
声に出しそう伝えようとすると、
『巨乳JK美少女だと釣ってすみませんでした。実は自分、ただの巨乳JKなんすよ』
「そっちかよ!」
真面目な謝罪かと思って損した。
そして弱々しい小動物の仮面の裏には、巨乳JKとしての誇りがあったようだ。
でも「ん?」っとなった。
レナは自分がただの巨乳JKだと言い切った。なら、
「じゃあ……初回特典も?」
いかにも男の人なんて知りません、なんて清らかに清楚ぶっておいて、やることはやっているのか。けしからん、と胸の底から憤りが湧いたのだ。
『いや、あれはガチ。そもそも対人恐怖吃音症パラヒキニートに捨てろというほうが酷な話っすよ』
「お、おう……」
即行否だと返ってきて、こっちが動揺した。
五年越しの交流があるとはいえ、今日初めて顔を合わせた男、それも大人に向かって処女膜はあると断言したのだ。それも一メートル越しで。
マジで今どんな顔をしているのか、本気で見たくなった。だが振り返った先で塩の柱になっても困る。
『美少女だなんて騙して釣ってめんごっすセンパイ。なんとかセンパイを釣らねば、ってこっちも必死だったんすよ』
絶望的なまでのコミュ障から放たれる、爆速タイプ音の誘惑をグッと堪える。
『やった美少女だと意気揚々と来てみれば、クソ陰キャに声をかけられてビックリっしょ』
「い、いや……まあ、ビックリはしたが」
確かに時間が止まるほどにビックリはした。おそらく人生最大級のビックリだ。
「釣られに行ってみれば、看板偽りなしのマジもんが来たのにビビったわ」
クソ陰キャでコミュ障であろうとも、巨乳JK美少女に間違いはない。
『なん、だと……実は自分、巨乳JK美少女だった説?』
自分の容姿をどう捉えているかは知らないが、巨乳としての誇りはあっても、美少女だという驕りはなかったようだ。事実その返信は「ふぇっ!」なんて可愛らしい音の後にもたらされた。
「おう、世辞抜きで美少女だ。自信を持って巨乳JK美少女を名乗っていいぞ」
『せ、センパイ……! 濡れた。これはもう、グングニルで城門を突破されてもいい』
本人相手に巨乳JK美少女だと口にするのはセクハラかもしれん、と思ったが、更なるシモネタが返ってきた。
完全にいつものレナである。
「天井のシミでも数えてろ。そうしたらすぐに終わるぞ」
『おk。無抵抗開門の覚悟は決めてきてるんで、攻城戦は優しくしてくれっすよ』
いつもの調子で返し、向こうもまたいつもの調子で返してくる。
まさにいつもの会話。ボケとボケのキャッチボールだ。
が、今の俺にはその次のボールを投げられずにいた。
覚悟は決めてきてる。
意図した台詞かは知らぬが、その意味をわからぬ俺ではない。
ボケて茶化してこそいるが、家出少女がよく大人に払う対価。その意味をしっかりと理解した上で、宿代を払う覚悟をしていると言うのだ。
息を飲み込むことも、吐き出すこともできずにいた。
あのコミュ障っぷり。いかにも男も知らず、悪い遊びもやってこな……いや、咎められて当然なくらいにはネットにドップリであった。それでも悪い友だちどころか、友だちなんているわけないだろと理不尽に切れるくらいには、人との繋がりが希薄であるのは伺えた。
そんな女の子が、覚悟を決めてきた、なんて言葉を吐き出すのだ。その裏ではどのような葛藤があったのか。煩悶があったのか。人生経験が足らない俺にわかる日なんて来ないだろう。
ハッキリ言おう。このまま流れに乗りたい。
グングニルを振るう初戦場は、清らかな戦乙女と肩を並べる時と決めていた。
その決意から幾星霜。監獄に囚われ続けた一兵卒未満の白昼夢が、今まさに正夢となり釈放されようとしているのだ。
しかも相手は五年越しの付き合いで、いつも俺をセンパイセンパイ慕ってくる、可愛いコーハイ。その正体は巨乳JK美少女だ。
こんな俺相手だからこそ、レナも覚悟を決められたのかもしれない。むしろ俺以外相手には、決してそんな決意はできないはずだ。
ならばもう迷うことはない。
我が戦略が間違っていなかったことを証明する日が訪れたのだ。
「冗談だ。グングニルを振るうことはない」
が、流れに乗ろうとして出てきたのは、本心と相反する綺麗事であった。




