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四十人の命を奪ってきたホラーハウス。
僧侶を救急車経由霊柩車行きにして以来、華々しい経歴と輝かしい戦歴を伸ばす機会が失われ、残念ながら記録は打ち止めとなっている。その代わり、今日までしっかり数字を伸ばしてきた、燦然たる来歴というものがあるようだ。
いわく敷地内にゴミを不法投棄した中年が、原因不明の肩の重さに悩まされている。
いわく不法侵入したオカルトマニアが、なにかに背中を押され階段から転がり落ちたとか。
いわくこの家屋に近いほど、精神疾患に陥りやすく異常行動に走りやすくなるなど。
心霊スポットあるあるの、無責任な噂が雨後の竹の子ように生やされたのか。……とセンパイに話を聞かされたときは思ったのだが、燦然たる来歴はすぐに本物であることを知った。
なにせ近隣住民のトラブルが多すぎる。夫婦ゲンカや親子ゲンカなど、引きこもっているわたしにも聞こえるほどに、ドッシャンガッシャンが定期的に行われている。しかも雇用一週間目にして、近隣トラブルの刃傷沙汰が起き、昼間から大騒ぎになったほどだ。
この前もこのホラーハウスを起点にして事件は起こった。
生計を立てられるくらいには有名どこの、中堅動画投稿者。どうやら一念発起して二年ほど前に仕事を辞め、動画投稿に専念したようだ。しかし大物になるには至らず、ここ一年の再生数は右肩下がり。順調に斜陽の道を辿ってたらしい。
つまり必死なのだ。昨今は人の迷惑を考えず、名が売れるならそれで構わんと炎上芸に勤しんでいる。
そんな迷惑系動画投稿者が、ホラーハウスの噂を聞きつけ凸って来たのだ。
慇懃無礼に中に入れろという無礼者を、センパイは当然あしらった。
保身に走ることに関して、センパイは他の追随は許さない。わたしのことを抜きにして、迷惑系動画投稿者との縁など持ちたくないと厭うたのだ。
扉を締めた後も、敷地内で不法侵入を続ける無礼者を、センパイは手慣れたように通報した。
パトカーのサイレンが近づくと、脱兎のごとく無礼者は逃げ出した。十五分後、救急車のサイレンが近隣に鳴り響いた。
以来、迷惑チャンネルに動画が増えることなく、SNSも微動だにしていない。
そんな燦然たる来歴を日々積み重ねていく、関わるだけで悲劇をもたらす麗しきホラーハウス。
悠々とリビングに現れたのは、悪霊でも怪物でも狂人でも強盗でもない。
「おかえりなさい」
「おう、ただいま」
雇用主である、人生のセンパイであった。
スマホでポチポチとすると、センパイのポケットから通知音が鳴った。
『お仕事おつっす』
センパイの目の前であるにも関わらず、一閃十界のレナファルトとして労ったのだ。
対人恐怖吃音症のコミュ障っぷりは、もう遠い過去のように感じるほど。このくらいの一言二言なら、声音で伝えるのは余裕である。だが現実でレナファルトのような言葉遣いを扱うのは、まだまだハードルが高い。それでも画面を通してなら、目の前で発作が起きるくらいには成長していた。
声に出す会話は楽しい。それ以上にレナファルトとして接するのはもっと楽しい。
『まーた引っ越しのトラックが隣に止まってましたよ』
「最近、ドッシャンガッシャンの夫婦喧嘩が続いてたからな」
『夜中にパトカーまで来てうるさかったっすからね。静かになることはいいことっす』
たった一年。されどもう一年。
最小単位社会に限り、不自由なく社会活動を営めるようになった。
陽の光に照らされぬ地であるからこそ、文野楓という植物は育ったのだ。一閃十界のレナファルトという華を咲かせ、幸せな日々を過ごせている。
この手を差し出し、スーツのジャケットと鞄を受け取った。シャワーを浴びに向かったセンパイのタオルや着替えも既に用意済みである。
浴室に入った頃を見計らい、ワイシャツをパパっと畳んで洗濯機を回す。二日酔い対策のため作っておいたハチミツレモン水を、コップと共に部屋の机に置いた。
今日はご飯の用意がいらないのでやることはこのくらい。後は精々、ワイシャツを干すだけだ。
ここまでがすっかり習慣となった、センパイが帰ってきてからの金曜日の行動。
全ての行動を先回りし、一切手間をかける隙を与えない。
それもこれも、一秒でも長く一緒の時間を過ごしたいからだ。
依存心から生まれたこの想い。陽の光に照らされぬ最小単位社会では、真の恋や愛と定義されている。
なら一切の後ろめたさも煩悶も抱く必要はない。
一閃十界のレナファルトが築いた社会で、なんの憂いもなくセンパイを慕うだけででいい。それがわたしの幸せである。
「ふう」
ふすま越しの隣部屋から、音と気配を感じ取る。シャワーから上がったセンパイが、喉を潤したのだ。
『今週もお疲れ様っす』
一息ついたであろうところで、今週分の労働を終えた雇用主を労った。
すっかり慣れて日常となった、生活音が筒抜けの距離。
わたしはこのホラーハウスに、庇護者に対する感情を抱いている。二階で一人取り残されようと、恐れや慄きなど一つも湧かない。
それでもここで根を張り続けるのは、この距離こそが一番居心地が良いからである。
センパイの声が届くこの距離で、レナファルトとしてコミュニケーションを取る。
顔を突き合わせたときでも、発作が起きるようになったとはいえ、百パーセントのレナファルトの顔を出せるほどではない。画面越しで顔を見られていないからこそ、できる会話があるというもの。
『聞いてください。センパイ抜きで野良スクするのも飽きてきたんで、ソロスクで好き勝手やってたんすけど、面白い遊び方を編み出しました』
「面白い遊び方?」
例えばこれから報告する、今日の一日がそうである。
マウスポチポチクリックゲーにも飽きてきたわたしたちは、今までやってこなかったような、協力プレイができるゲームに手を出してきた。
その中でもバトルロワイヤルゲームが、わたしたちの中で一番熱い。
百人のプレイヤーがパラシュート降下し、一つのフィールド内で装備を拾いながら、一位となってカツ丼を食べるゲームである。
長くても一戦三十分程度。プレイヤースキルも大事であるが、運要素も絡んでくる。展開も早くダレないことから、中々に中毒性が高いのだ。
一人で延々とやるのであれば飽きたであろうが、センパイと勝利を目指す、という点がなによりも素晴らしい。
センパイがいないと楽しさは十分の一だが、それでも麻薬中毒性のように禁断症状が込み上がる。しかしアニメも消化しなければいけない。限られた余暇の時間で、どうしたものかと頭を悩ました。
わたしは神童である。その二律背反を解消する御業を編み出したのだ。
『最初の降下地点に選ばれないような場所に降りるんすけど、一通り装備を漁ったらまず小屋に引き籠もる』
『車のエンジン音が聞こえるまで、暇なんでその間はアニメを消化っす』
『満を持して敵さんたちがやってきたら、リアルでも息を殺しながら座して待つ。バラけて周辺の装備を漁る様子に聞き耳全振り。ついに敵さんの一人が小屋に入って来た所を、こんにちは死ねってブッKILLっすよ』
『そのまま報復せんと集まる輩から、あ〰ばよとっつぁ〰ん、って逃げ切れたときは、もうたまらない』
『ねえねえ、勝負を捨ててる奴に、遊びで殺され仲間を減らされたのはどういう気持ち? って射幸心ドバドバっすよ』
『あ、しかも一度だけ展開が神ったんす。近くの茂みで付かず離れず伏せながら、顔真っ赤っかでこちらを探している奴を一人ずつぶっKILL』
『最終的には一人で四人全員葬ったんっすけど、あんときは心臓バクバクっしたね。その分、最後の死体撃ちがまたたまらんかったっすわ』
『そしてオープンで流れる怒声の雨あられ。なーに言ってんのか全然わかんね。ここはジパングだ、ジパング語で喋りやがれ!』
『カアッー、人の不幸で飯が美味い! 自ら作ったものならなおさらっす。今日の夜ご飯は、珍しくおかわりしちゃいました』
「ふふっ」
そのときの快感を思い出し、笑いが込み上がった。
真面目に一人でカツ丼を食べるよりも、よっぽど達成感と射幸心で満たされる。
人間は他人の足を引っ張るときこそが、生き生きする生き物だ。けれど社会は、そんな人間性を許しはしない。例え社会の法から外れることがなくても、道徳と倫理の剣がそれを非道として定め、罰を与えんと斬りかかってくる。
匿名性とはゆえに、道徳と倫理の剣から逃れるための仮面であった。
どれだけ綺麗な笑顔で取り繕おうと、一度仮面を被れば人間はどこまでも残酷になれる。その本性を曝け出し、満たせる場を望んでいるからだ。
レナファルトは文野楓の本性をさらけ出すための仮面である。抑圧された心の開放先、わたしの理想。
父や姉はわたしの本性を知らずにいる。大人しくて自己を持っていない、虫も殺せない弱々しい子供から成長していないと信じている。
真逆である。わたしは人の不幸から蜜の甘さを吸い出せる嗜虐心の塊だ。恨みつらみは絶対に忘れない。例え自分が悪くてもそれら全てを棚に上げられる攻撃的な生き物。追い込まれ逃げ場を失った時は、無辜の民を巻き込むことを厭わない過激派だ。
「おまえはまた、すげぇ遊び方してんな」
センパイはそんなレナファルトの行いを、すげぇ遊び方一つで括って受け入れてくれる。
『まさに暇を持て余した神々の遊びっすよ。しばらくはこの方向で、色々と遊びを模索してみるっす』
だからレナファルトであるときは、良い子ちゃんぶったりはしないのだ。




