03
忌まわしきその家屋は、駅から徒歩十分の地にあった。
一家心中から始まり押し入り強盗、カルトの集団自殺、心中オフの会場などと、華々しき経歴はキリよく丁度四十人。その築五十年4LDK二階建てを取り壊さんと、業者たちが都度五回立ち上がったが、結果は惨敗。不思議な力によって守られているらしく、工事に関わる機械や人間に、数々の不調をもたらし、怪我人病人が続出したようだ。
ならばと僧侶に支援要請を頼むも返り討ち。お祓い中僧侶は心筋梗塞で倒れ、救急車経由霊柩車逝きとなってしまった。
ついには取り壊しを断念されたその人食い家屋。近づくだけで祟られんとばかりに、近隣住民は恐れ慄いている。
最早人の手に余るものとして、借り手がつかぬこと幾星霜。五年前、我こそはホラーハウスものの主人公とならんとばかりに、怖いもの知らずの愚か者が住み着いたのだ。
そう、模範的に将来性がない成人男性、その人である。
不動産屋で事故物件でもいいからと、無茶な条件でゴネにゴネた結果、出されたのがこの人食いハウスであった。
こんな神立地の一軒家をたった四万。心霊体験を知らず恐れないその男は、人食い家屋の華々しい経歴と輝かしい戦歴を語られた後も、入居の意思を揺るがすことはなかった。
大家側としても、入居してくれるだけでもありがたい。これを逃すかとばかりに、保証人不要敷金礼金ゼロで即入居が決まった。その代わりなにがあっても責任は取らん、という旨の念書も交わされたのである。
町内会には入っていない。なぜか。こんな人食いハウスに住んでいる奴と、近隣住民は接触したくないのだ。ゴミ捨て場とかの共用部は使ってくれて構わないから、関わらないでくれと近隣八分を食らっている。それこそ目が合うと呪われるとばかりにだ。
つまるところ、実害のない俺にとって、実に過ごしやすい環境であった。
なにせ懸念していた心霊現象もなく、近隣住民との付き合いも必要ない。大家からは住み続けてくれてありがとうと、お歳暮や貢物など定期的に届く。まさにウィンウィンの関係である。
そんなホラーハウスへ、ついに女を連れ込む日がやってきた。
一閃十界のレナファルト。相手にとって不足なし。
そう、巨乳JK美少女を家に連れ込むという、事案じゃ済まないシャレにならん決断をしたのだ。
レナが仕掛けたドッキリか、と最初は思った。
元はネトゲで出会った仲だ。その交流は五年も続き、家出先のアテにされ向こうから持ちかけられたオフ会。そんな相手が巨乳JK美少女などと、誰があっさりと信じようか。
まず思ったのは、彼女がレナの妹であること。
家出も嘘で、旅行か親戚の家へと遊びに来ているのではないか。そのついでに俺と会ってみようと思ったのだろう。そして強引に妹を引っ張り出して、俺を担ごうとしたのだ。
巨乳JK美少女と釣ったのも、それで頷ける。
全てはレナが図ったドッキリなのだ。
仕掛け主は一体どこにいるのだ。必ず物陰からこちらを観察し、ニヤニヤとしているはず。
彼女を無視して、周囲を見渡し男子大学生らしき姿を探すと、
「う、う、嘘、じゃ……ない、です。……レナファル、トです」
またも蚊の鳴くような声で、我こそがおまえのコーハイだと主張した。
上目遣いでおどおどとする巨乳JK美少女。
今にも泣きそうなその様は、外野から見ればまるで俺がイジメているようだ。
混乱する頭に冷水を浴びせ、気持ちを落ち着かせるよう深呼吸をして、それと共に吐き出した。
「マジか」
「は、い……」
申し訳無さそうに顔を俯ける、巨乳JK美少女こと自称レナ。
暫定レナとして扱うとしたら、まず気にかけなければならないことがある。
「フード被ってもらっていいか?」
「あ、あ……はい」
緩慢な喋りとは裏腹に、キビキビと慌てるようにレナはフードを被った。
とても兄妹に見えない社会人と巨乳JK美少女。向かい合うこの図は、マジで通報され事案となる。
小柄なのでそれでも隣に置くのは危ないが、今にも泣きそうな小動物顔を、周囲に見られるよりマシだろう。顔さえ見られなければ、社会人の兄のもとへ訪ねてきた妹……にギリギリ見られるはずだ。
「レナ」
「は、は、はい……」
「マジか」
「ご、ご、ごめんな……さい」
二度目の本人確認は、吐き出した謝罪通り申し訳なさそうな声だった。
どうしたものかと逡巡したが、いつまでも立ちぼうけているわけにもいくまい。周囲の不信感を買うだけだ。
「とりあえず……着いてきてくれるか?」
コクリと、暫定レナは黙って頷いた。
本物のレナがおり、未だこの光景を肴に抱腹しているなら、必ずアームロックをかけると固く誓う。それ以上いけないとレナ妹に止められようとも、絶対に止めたりはしない。
しかし無言のまま歩きだして五分。
いつまでたっても、男子大学生らしき存在は声をかけてこない。
俺も俺で、レナのことは信用している。ドッキリを仕掛けたとしても、ここまで長く引き伸ばすような悪趣味な真似はしない。そこまでして俺を困らせるわけがない。
だから、この現実を認めるしかなかった。
「レナ……マジか」
「……はい」
三度目の本人確認にレナは身を縮こませるように恐縮した。
本当だったらガミの店にレナを連れて行く予定だったが、どう甘く見積もっても、成人扱いするのは不可能だ。ガミにこんな形で迷惑をかけるわけにもいかず、
『トラブルが発生して店に戻れんくなった。事情は後で説明する』
と、メッセージを飛ばすとすぐに返信がきた。
『面白いこと?』
『少なくともおまえ好みだ』
『期待してる』
トラブルが発生した、に対して、すぐに面白いこと、と返ってる辺りガミらしい。
ガミは置いておくとして、レナのことだ。
女性は男より三歩下がって歩くべし、を体現している背後からは、捨てられまいとする子犬のように、ガラガラと滑車が鳴いている。
このまま家に連れ込んでいいのか、と悩みはしたが、かといって適当な店に入るわけにもいくまい。社会人と巨乳JK美少女の図は、金銭を介した男女交際にしか見えない。
そうやっていつまでも決心がつかず、決めかねているうちに、この足はホラーハウスへと向かっていた。
「そういえば、俺の家のことは前に話したよな?」
「よ、よ、四、十人で、で……すよ、ね?」
絞り出すようにして、レナは我が家の事情を口に出す。
我が家の事故物件事情に通じているのは、業者を抜きにすると、知り合いではガミとレナだけだ。
四十人なんて単語が出てくる辺り、やはりこの巨乳JK美少女こそがレナなのかと確信せざるえなかった。
「その辺り大丈夫か?」
肩越しに振り返ると、
「あ、あ、あの、家に……いる、よりは」
フードの中でその小顔はコクリと振られた。
近隣八分を食らう事故物件のほうがマシとか、一体どんな家庭環境なのか。
俺が腹をくくった、というよりはなすがままよ、となったのはこのときだった。
楽なほう楽なほうに流されるがまま、気づけば我が家へと辿り着いていた。
決して綺麗とは言えないが、ボロ屋とも呼べないこの佇まい。華々しき経歴と輝かしき戦歴を知らねば、おどろおどろしさを感じることはないだろう。
そういう意味では、レナは大物かもしれない。
小動物みたいにおどおどとしながらも、立ち止まることも躊躇することもなく、人食いハウスの口の中へと飛び込んだのだから。
「なにはともあれ、いらっしゃい、レナ」
「お、お、お、お邪魔、しま、す……センパイ」