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昨日は必要性に駆られて、一時間ばかし職業体験を受けたが、今日は本格的になりそうだ。……いや、本格的な活動は月曜日から。センパイにも仕事がある。平日の日中は常に一人なのだ。
過去四十人の魂を平らげたホラーハウス。ゾクリと恐れ慄きながらも、それではいけないと首を振った。
示すべきは敬意と感謝。敬い尊ぶ気持ちを大事にすれば、この家は守り神にすらなってくれると言っていたではないか。
減点方式ではなく、加点方式を考えてみよう。
近隣八分を受けるほどに、近隣住民はこのホラーハウスを恐れている。ならばきっと、センパイがいないはずの日中に、人の気配がしても不審がらないのではないか? むしろ恐ろしいものとして受け取り、余計に関わり合いになりたくないかもしれない。
自宅警備員としてどれだけ長く務められるかわからない。だが近隣住民の通報や介入による、強制解雇エンドは避けられるだろう。
過去にどれだけの華々しい経歴や輝かしい戦歴があろうと、それが自らに牙を剥いてこなければ関係ない。むしろそれこそがわたしを守る剣とすらならんとしている。
そう考えると、このホラーハウスが本当に守り神に見えてきた。
気づけば合掌し、
『我が名は一閃十界のレナファルト! 貴殿の庇護下に入り、この環境を享受する許しを頂きたい!』
と敬い尊ぶ気持ちを示していた。
恐怖の溜飲はすっかり下がり、いつもの調子を取り戻していた。
今日よりこのホラーハウスで、自宅警備員としての務めを任されたのだ。ならこれからやるべきことはもう決まっている。
ネトゲだ。というわけではない。メイド王に至るための勉強であった。
リスクを背負ってくれたセンパイに報いるため、家事を担うと決意した。全てをお手伝いさん任せにしてきた、家事スキルゼロのクソ雑魚ナメクジがだ。
まさになにがわからないのかかわからない状態である。
ならば覚えるべきことはいくらでもある。遊んでなんていられない。
わたしは神童である。やる気なんてなくても、大抵のことちょちょいである。父が満足する結果と成果を吐き出し続けてきた数字こそがその証明だ。
つまり目的意識を掲げ、やる気に満ちたわたしは、最強といっても過言ではない。
この世界で生きるのに必要な知識は全てネットで得られる。センパイが帰ってくるまで時間を忘れ、今必要な知識を貪欲に吸収し続けていた。
次の日、研修期間中であるわたしは、生意気な口を聞くことはない。中途半端に得た知識を実践する段階ではないからだ。まずは言われたことを模倣しながらも、抱いた疑問だけを教え乞う。積極的に学ばんとするこの姿勢は、まさに新入社員の鑑である。
特に刃物や火を扱う料理は、危険が伴うことが多い。見守ってもらいながらも、積極的に実践していった。
迎えた月曜日。お昼は前日に作ったものを、レンジで温めるだけ。雇用主の目の届かない内は勝手な真似はしない。掃除機がけとトイレ掃除だけを行い、空いた時間は貪欲に家事の知識を貪り続けた。
センパイが帰ってくると、託されたワイシャツの洗濯だ。
大したことではない。裏返し綺麗に畳んで、洗濯ネットに入れて洗濯機で回すだけ。
だがセンパイは驚いていた。迷うことなきこの手さばき。ワイシャツの畳み方は、何十回も動画でリピートした。それを模倣したに過ぎない。
その後、夜ご飯をなるべく任されながら作るのだ。
それを一週間ほど繰り返すと、危なげなく簡単な料理くらいはできるようになっていた。次の週には、雇用主の目が届かないところでの調理の許可が下った。
「マジで神童だな」
センパイのいない時に作った、初めての料理の感想がそれだった。
自信がついた。
凄く嬉しかった。
もっと頑張ろうと思えた。
雇用された一ヶ月後には、センパイに教えられた以外の料理を披露する。
スチームアイロンではなく、ちゃんとしたアイロンがけを覚えた。
今まで気にならなかった部屋の汚れなどが、目につくようになった。
ホラーハウスへの恐怖はすっかり消え去っており、この想いはむしろ庇護者へ抱くそれである。祭壇は毎日念入りに清掃して、料理を供え手を合わせる。就寝前に冷蔵庫へ入れ、次の日のお昼ごはんとなる効率厨ぶり。
わたしには時間だけが有り余っている。
できることを増やしていき、他になにかできないかと探す毎日。
豆から挽いたコーヒーの淹れ方を覚えた。
朝ごはんを食べない理由が、寝起きで作るのが面倒だからと知り、簡単に食べられる物を作るようになった。
お弁当を持たせてあげられるようになった。
食料品や消耗品を買い物リストとして書き出して、頼むようになっていた。
眠りにつかされてきた調理道具の数々。彼らに活躍の機会を与えられるようになった。
できることが増えていく。
毎日センパイはそれに感謝してくれた。
毎日センパイはそれに感想をくれた。
それが更なる原動力となる。
センパイの自由時間が伸びれば伸びるほど、一緒に遊べる時間が増えてくる。一緒にゲームをやり、アニメの感想を言い合う日々は本当に楽しい。
雇用から半年が経ったある日。
ちょっとした日々を揺るがすイベントが発生した。
日中、いつも通り家事をこなしていると、玄関から物音がした。
ガチャガチャと鍵がかかった扉を開けようとするその音。
早めに仕事を切り上げセンパイが帰ってきたのか、と思うもすぐに違うと首を振る。センパイなら鍵を持っているし、早めに帰ってくるなら連絡がくるはずだ。
もちろん宅配ではない。チャイムも鳴らさず、いきなり開けようとするはずがない。
泥棒か、はたまたホラーハウスに価値を見出した好事家か。
恐る恐る、リビングから顔だけ覗かせ、その動向を伺う。
扉の郵便受けが開いた。郵便物が投函されたのではない。
二つの目が覗いていた。
慌てて首を引っ込め、口元を塞ぎながら身体を震わせる。
十秒ほど経ってから、郵便受けがかちゃんと閉まる音がした。
扉を再びガチャガチャと鳴らすことはない。
諦めたのだろうか。
そう油断しほっとしたところで、狂人リビングにガタガタとした音が鳴り響いた。
ひっ、という悲鳴を飲み込んだ。
音の出所は、締め切ったカーテンの向こう側である。招かざる客が諦めておらず、なおも侵入を試みようとしているのだ。
恐怖で膝を付き、四つん這いとなる。
ビクビクとしながらも、わたしは音を出さないようゆっくりとそこへ近づいた。
怖いもの見たさではない。部屋の隅で身を震わして、黙って嵐が通り過ぎるのを待つことができなかった。確認せずにはいられないのだ。
カーテンは締め切っているとはいえ、隙間一つないわけではない。
僅かなその隙間から、顔を横にして二つの目で外の様子を伺った。
やはりそこには何者かがいた。
向こうもまた、屋内を一つの目で覗き込んでいる。
わたしはそれを見上げていると、向こうはゆっくりと下げてきた。
この目とその目があってしまった。
「きゃぁああああああああああああああああああああ!」
次の瞬間、つんざくような悲鳴が響き渡った。
わたしではない。招かざる客が上げたものである。声音から察するに、どうやら若い女性のようだ。
悲鳴と共に脱兎のごとくその気配は遠ざかっていった。
腰を抜かしたようにしばらく動けず、その後の家事は全て手つかず。部屋に引きこもり、センパイが帰ってくるのを待っていたのだった。
帰宅した雇用主に泣きつくよう、その日の恐怖体験を語ったのだが、
「ま、ここは界隈でも有名なホラーハウスだからな。そういうこともあるさ」
そんなこと珍しいことではないと返ってきた。
「よくあること、なんですか?」
「年に何度かな。そのためのディンプルキーだし窓の補助錠だ。簡単に侵入ができんよう、手は打ってる」
どうやらセンパイの防犯意識は高いようだ。
部屋の隅で黙っているだけで良かったのだと知り、そして反省した。
「ごめんなさい」
「ん? なにがだ?」
「わたし……見られてしまいました」
目だけとはいえこの姿が見られてしまった。
悲鳴を撒き散らされ、近隣住民の注目を集めるような騒ぎを生んだ。
わたしの存在は知られてはならない。またセンパイに一つ、余計なリスクを背負わてしまった。
「ああ、そのくらい気にするな」
なのにセンパイはそんな優しい声をかけてくれた。
「ここはホラーハウスだ。不審者が一人騒ぎ立てたところで、またあの家か、って終わるに決まってる。むしろ窓が割られず助かったくらいだ。今日も自宅は平和だった。まさに自宅警備員の面目躍如だな」
と笑ってくれすらした。
胸のつかえはそうしてあっさりと取り除かれ、わたしもまた笑ってしまった。




