07
なぜ?
わたしはセンパイを慕っている。崇めている。尊敬している。
だからといってセンパイが聖人だなんて思っていたりはしない。むしろ縁遠い存在だ。
今日までセンパイは、わたしのことを男だと信じてきた。それゆえに男同士だからこそ吐き出せる、男の欲望丸出しのシモネタ話に発展することはままあることだ。
その中でセンパイの戦歴を教え乞うたとき、
『グングニルを振るう初戦場は、清らかな戦乙女と肩を並べるときと誓っている』
無駄な文学性をもってその誓いを説いてくれた。
おそらくセンパイはそのとき、酷く酔っていたのだろう。さらっと戦場は未経験と漏らしたのだ。面目丸つぶれなその様に、このお腹は大ダメージを被った。
戦場訓練の場に赴いたことがないのかと投げると、ベテラン相手の模擬戦は絶対に嫌だ、と大量の感嘆符付きで打ち返された。
果てにはコンビニ前や駅前で、行き場を失った美しき戦乙女がいれば手を差し伸べたい。優しくその心を癒やし、戦場を共に駆け抜けたい。グングニルを振るいたい。それが叶わない現実は、やっぱりクソだと大量の感嘆符を生やしていた。
わたしは女として、そんなセンパイを見損なうことはなかった。男の下卑たる欲望に、不快感を持つこともなかった。
センパイこじらせすぎてマジ笑う、とキーボードを叩いて、翌日筋肉痛で苦しむハメになっただけだ。
夢は諦めなければ叶う、とまたも大量の感嘆符を叩きつけられたので、男の願望欲望丸出しの夢が転がっているわけないだろ、と散々煽ったものである。
それが二年前の話。
素晴らしき笑い話が、わたしの背を押す一つの要因であった。
美しき戦乙女のつもりはなかったが、清らかな戦乙女であるのだ。センパイが囚われている白昼夢にして監獄から、解き放つ役割くらいは果たせると。それにお世辞ではなく、自信を持って巨乳JK美少女を名乗ってもいいと、太鼓判を押してくれた。
ならばセンパイが、手を出してこない理由がない。
もしかして、いざ戦場を前にしてビビったのだろうか?
ありえる。
センパイはこと保身に走ることに関しては、他の追随を許さない。わたしがそう評しているのではない。
『俺が死ぬほど嫌いな言葉は責任だ』
と普段から主張しているのだ。
実際ネトゲを興じているときに、責任を擦り付けるスキルを遺憾なく発揮していた。それで幾多ものギルメンたちは首となり、迷惑料を置いて去っていったのだ。
わたしに手を出したことが表沙汰になれば、社会的制裁と責任を背負うはめになる。それが頭に過ぎっているのかもしれない。
時間が経てばリスク管理と男の欲望の天秤は、後者に傾くかもしれない。
けど、
『攻城戦の延期は否。早期決着を望みます』
いくら覚悟をしているとはいえ、断頭台に首をいつまでも乗せておくのは嫌だった。やるなら早々に終わらせたほうが、精神衛生的に優しいというもの。介錯は早めにお願いしたかったのだ。
「我が矛はおまえを貫くことはない。これまで通り安心して籠城してろ」
なのにセンパイは、わたしを戦場に連れ出すことはないと言い切った。
なぜ?
我が事ながら、自分は都合のいい戦乙女である。夢は諦めなければ叶うと語った、センパイの願望欲望の擬人化とも言えよう。
社会的制裁、責任以外の問題。わたしとセンパイの間だけにあるリスクを考えた。
わたしは神童である。センパイの思考をトレースした結果、一つの解に辿り着く。
戦場を共に駆け抜けたことにより、新兵の誕生を恐れているのだ。
センパイらしい保身と責任回避である。
『なら巨乳JK美少女の面目躍如として、グングニルを磨く整備員として頑張るぞい』
ここまで十秒。
戦場を共に駆け抜けられないのなら、せめて整備員としての役割を果たそうとした。
なのに、
「整備員は募集してない」
『リコーダーは不得手なんだが?』
「自分の矛はこれまで通り、自分で整備する。おまえが心配することじゃない」
センパイはその役割すら与えてくれなかった。
わたしは神童である。センパイの思考を再度トレースする。
エラー。
エラー。
エラー。
エラー。
何度やっても答えが導き出せない。
一閃十界のレナファルトを持ってしても、センパイの心の内がわからない。
だからこれは、レナファルトが漏らしたものではない。
『迷惑をかけるのに、なにもしないわけにはいきません』
父の次に嫌いな人間が、ついその手を動かしてしまったものである。
エンターを叩いてから、あ、と喉を震わせるところであった。
これだけはやってはいけないことだ。
レナファルトはわたしの分身にして、人格であり、理想である。
画面越しにいるときだけはせめて、人間力が低い女の面影を、レナファルトに重ねてほしくなかった。
センパイの前ではちゃんとレナファルトで在り続けたいのだ。
「いいか、俺にとっておまえはなんだ?」
『ただの巨乳JK美少女です』
失敗を払拭するように、レナファルトの手は瞬時に動いた。
「おまえその看板ちょっと気に入っただろ」
『てへ』
貴方の画面越しにいるのは、文野楓なんて弱い女ではないと誇示をする。
「じゃあ逆だ。おまえにとって俺はなんだ?」
『センパイです。それも人生の』
「じゃあ最後に聞く。お前のセンパイは、支援要請を求めるコーハイの弱みに付け込み、攻城戦を仕掛ける奴か?」
そうやって必死で取り繕っているのに、レナファルトの手は再び止まってしまった。
ここは『少なくともセンパイは、攻城戦を仕掛けたい系じゃないっすか』と応答するところなのに、レナファルトの手が動いてくれない。
レナファルトの提案をなぜ受け入れてくれないのか。
わたしは神童である。センパイの思考を何度だってトレースする。
エラー。
エラー。
エラー。
エラー。
……一件、ヒット。
自惚れてしまっていいのだろうか?
覚悟を決めて戦場を駆け抜けた先で、センパイとレナファルトの関係が、変に拗れるのを厭うたのかもしれない。センパイのことだからイチャラブものに発展するのは大歓迎であろう。だが二人で積み上げてきた物が崩れる、その真似は避けたかったのでは?
『迷惑をかけるのに、なにもしないわけにはいきません』
と、文野楓の本心を漏らしてしまったから。
だから、きっと、それは……
センパイはレナファルトとの関係を大事に思ってくれているのだ。願望欲望を抑え込んでまで、今の関係を望んでくれた。
それに思い至ってしまい、胸の底から湧き上がるその感情。押し殺そうとも抑えきれず、嗚咽という形をもって流れ出した。
『センパイは自分のセンパイです』
「おう」
しばらくの間、霞んだ視界は画面を映し出すことができなかった。




