04
かくしてわたしは、待ち合わせ場所に佇んでいた。
バーガー店から撤退した今、わたしにはネット環境がない。
土地勘もスマホもなしでの合流。駅前はまだまだ混雑しており、そこでの合流はまず無謀であろう。
わたしは空港内で既に、すれ違うことのない待ち合わせ場所を決めていた。地図の座標と写真付きでランデブーポイントはここにしてほしいと送ったのだ。
どうやら十分程で来れる距離とのこと。
こちらは五分もせず到着すると、再びそわそわとして、一切の落ち着きを失くしていた。
ついにシュレディンガーの箱は開かれる。
文章だけでは行き違いがあるかもしれないからと、センパイは自撮りシャメを送ってくれた。
ニュースをつければよく見るようなスーツ姿。顔こそ映されていないが、わたしはそれにほっとした。
仕事終わりも相まって、首元こそ緩めているが、だらしなさは感じなかった。少なくとも、ピザでもなければガリでもない。きっちりと身なりを整え、清潔感が保つような人柄が伝わってきた。
ワンチャンあるか。
ステレオタイプのオタクでも不健康なヒッキーでもない。
これはチーズ牛丼食べてそうな社会人が来るぞ、と希望を抱いたのだ。
わたしのセンパイ観につくであろう瑕疵は、最低限になるだろう。
ちなみにわたしは、
『赤いキャリーバックを手にした巨乳JK美少女です』
とだけ伝えていた。
美少女だなんて驕りはないが、巨乳JKとしての誇りはある。一番大切な部分こそ釣りであるが、七割方は本当なのだからそこは許してもらおう。
空港ラウンジ内ではあっという間に流れた時間。
バーガー店ではエンターを押すまで、湯水のように流れた時。
それが今や一分一秒が止まったように緩やかなものとなった。
心臓の鼓動が鳴り響き、今にも爆発しそう。ここまで来たのだから逃げるわけにもいかず、その時が来るのをただじっと待ちわびる。
そうやっていつまでも落ち着きなく、おどおどとしていると、ふと、視界の端にこちらを伺う視線に気づいたのだ。
食い入るようにこちらを捉える、その目とこの目があってしまった。
ボサボサでもギトギトでもペタンコでもない、ひと手間を加えた立体感あるショートヘア。眉は不精ではなく整えられ、顔面クレーターどころかメガネすら着陸していない。すらっとしたその体躯は、わたしより頭一つ分は高かった。
決してテレビで見るような俳優顔でもなければ、陽キャ王のようなイケメンでもない。
ザ・社会人。それがわたしが抱いた感想であった。
社会人というからには、その装備はスーツである。そしてそれは、十分ほど前に目に通したものであった。
愕然とした。
送られてきたシャメ。それと同じ格好をした、ザ・社会人が待ち合わせ場所に現れたのだ。
数秒ほど見つめ合うと、ザ・社会人はまずいとばかりに目を逸らした。
神童たるわたしは、その行動の意味をすぐに悟った。女子高生をガン見する二十代男性事案を恐れたのだ。
なのにザ・社会人は一向にその場から立ち去ろうとしない。事案を恐れておいて、なおもこの場に留まり続けた。
目的がこの場にあるとばかりに、どうしようかと逡巡しているように見えた。
こんなことありうるのだろうか。
贅沢を望んだつもりはないのに、本当に良いのかと神に問いかけた。答えはなにも返ってこない。それが後はおまえ次第だと言っているようにも感じた。
ザ・社会人は事案を恐れている。向こうからの接触を期待するのは難しいほどに。
だからこの足は自然と動いていたのは、わたしにとって意外なことであった。
「あ、あの……」
世界で一番気持ち悪い、蚊の鳴くような吃った声。
劣等感すら抱いているそれが、臆しながらも出さずにいられなかったのは、覚悟が決まったからではない。
落ちていた希望に手を伸ばし、救いを求めんとする思いから出たもの。
「セン、パイ……ですか?」
そうであってほしいと縋る、願いであったのだ。
見開かれたその人の目は、一体わたしがどのように映ったのか。
想像していた待ち人とはなにもかもが違っていただろう。性格や年齢なんてまだ可愛い。性別なんて物理的に反対なのだ。わたしの問いかけの意味がわからなくても、仕方ないのかもしれない。
だから、コミュ障なりの勇気を振り絞り、もうひと押しとして、
「レ、レ、レナ……ファル、ト……です」
わたしが貴方のコーハイであると告げたのだ。