02
以上が高校一日目、入学式に襲われたわたしの恐怖体験である。
心霊スポットにたちの悪い悪霊が湧いているようなものだ。あんな恐ろしい場所、二度と足を踏み入れられない。
かくして高校生活二日目には不登校となり、部屋に引きこもる日々が始まった。
受験のときの面接では、わたしは吃るだけで一切受け答えはできなかった。それなのにこうして受かってしまったのは、ペーパーテストの自己採点がほぼ満点に近かったので、対人スキルはゴミでも、進学率の貢献になる神童ぶりを買われたのだろう。
担任には面接で発揮したコミュ障っぷりが伝わってるはず。不登校の理由はすぐに察したはずだ。
父は基本、家を空けることは多いので、対応に追われたのはお手伝いさんだ。けれど業務内容にわたしの監督は含まれていないので、右から左へと情報を流すだけ。我が引きこもりライフにはノータッチの素晴らしい御方なのだ。
不登校一週間後、スクールカーストの王と女王と宰相が訪ねてきた。
なんでもあの日、取り囲んでしまったことでわたしを怖がらせてしまい、それが不登校の引き金になったのでは、と罪悪感に駆られてしまったらしい。大人しい娘であることは見てわかっていたことなのに、申し訳ないことをした。担任にわたしの住処を聞き出し、謝罪に来たようだ。
概ねその大罪は間違っていないが、その前からわたしの心は折れていた。わたしに働いた悪逆非道な真似は許さないが、彼らがいなくても不登校は確定していた。
お手伝いさん経由でそのままおかえり願った後、速攻高等学校評価サイトのレビューに、個人情報を平然と漏出させる、時代錯誤な杜撰さをボロクソに書いたのだ。
不登校となったわたしは、週に一度のペースで帰ってくる父に怒鳴られなじられながらも、顔を俯向けその場その場をやり過ごしてきた。
五月に入り、ゴールデンウィークも終わり、ついに父は我慢の限界が来たようだ。
高校へ行きたくないそれでいい。タダ飯喰らいを育ててきたつもりはない。ちゃんと役に立ってもらうぞ。
そのような旨を回りくどくネチネチと説き、不登校の引きこもりに判決を下した。
上級国民ジジイの慰みものの刑である。
家の縁を繋ぎたい相手がいるらしく、時代錯誤な道具としての役割を与えられたのだ。ツイフェミさんたち大激怒案件である。
父のその顔は脅しでもなんでもなく、もう決定事項のそれであった。
それだけを告げ満足したように、父は家を出た。
なにも手のつかぬまましばらく放心した。
わたしは感情の起伏が薄弱なわけではない。むしろ激しいくらいだ。それをリアルで発揮できる能力が欠如しているゆえ、わたしは弱々しく大人しい娘と勘違いされている。それこそ父だけではなく、わたしを世界一思ってくれている姉にもだ。
いつだってわたしは、対処不能な状況に追い込まれると、顔を俯かせて乗り越えてきた。こいつにはなにを言っても無駄だと、向こうが諦め折れるまで耐え抜くのだ。対人恐怖吃音症を逆手に取った、誤用としての確信犯である。
これがわたしの処世術。決してなにも言えないまま終えているのではない。端から受け答えや自らの主張を放棄した、対症療法として切り抜ける術だ。
差し出された問題を解決をするつもりはゼロ。いつだってわたしは、未来の自分へと問題を投げてきた。
そうやって未来で積み重なってきたこのツケ。踏み倒しは許さんとばかりに、ついに精算するときが来てしまったようだ。
上級国民ジジイの慰みものなんて、死んでもごめんである。けれど父の判決を覆す術はわたしにはない。
こうなれば東京へ行った姉さんに頼るしかない。
と、思ったのだがこれも悪手である。
姉さんの思考をトレースした結果、最後にはそのコミュ障は必ず治る、だから頑張って学校へ行くよう優しく諭されるだけだ。姉さんのとりなしで、上級国民ジジイの慰みものエンドは避けられたとしても、陽キャバラ色青春レイプエンドの末路を辿るだけである。
人生詰んだ。
どうしようもないほどに、わたしの未来はどん詰まりであった。
残された道は無敵の人となり、家族親戚田中道連れエンドだけ。黙って一人で逝く気なんてさらさらない。
わたしは恨みつらみは絶対に忘れない。ここまでわたしを追い込んだ父と社会と陽キャは絶対に許すつもりはなかった。わたしはどれだけ自分が悪かろうと、その全てを棚にあげられる生き物なのだ。
大人しい人間ほど、いざ爆発したとき恐ろしい。
よく言われることであるが、皆知らないのだ。わたしたちはいつだって、好きで大人しくいるわけではない。感情豊かに円滑に、コミュニケーションを取れる能力を持ち合わせていないだけ。結果として大人しくならざるえないのだ。
わたしたちの感情はいつだって抑圧されている。負のエネルギーが日々、胸の中で積み重なっているのだ。
それが開放されたとき、ここまで追い込んだ社会が悪いんだとなるのが、無敵の人が生まれる真相だ。少なくともわたしはそう信じているし、今まさにそうなっている。
神童たるこのわたしが無敵の人となれば、その偉業は過去百年語り継がれることとなろう。それこそ津山三十人殺しなんて目ではない。クワトロスコアを叩きつけて、我が真名を歴史とwikiに刻むつもりだ。
姉さんのことは嫌いではない。むしろ好きであり尊敬しているのだが、心に寄り添ってはくれない堅物だ。その姉妹愛では我が人間性を繋ぎ止めるには至らない。結果論として一緒に地獄へ落ちてもらおう。
タイムリミットを次の誕生日に定め、一時間ほど無敵の人となる思索に耽っていた。
そこでふと、思い出したのだ。
わたしの真の理解者であり、心を開ける友人のことを。
小五のとき出会って以来、沢山のことを教えてくれた人生のセンパイ。
楽しいだけを与えてくれるセンパイは、わたしの心の拠り所である。
抑圧された心の開放先、一閃十界のレナファルトは、センパイが中身を与え育て上げてくれたといっても過言ではない。
現実から目を背けられるレナファルトであるときだけが、人生の楽しい時間。母が亡くなって以来、センパイと過ごした日々は、人生唯一の彩りであった。
人生を終える前に、センパイに会ってみたい。
顔も声も名前もわからない。男であり社会人であること以外、個人情報はよく知らない。
クソ雑魚ナメクジコミュ障である自分が、そんな相手と会ってみたいと、願望としてこの胸に抱いたのだ。
どうせ人生もう詰んでいる。
自暴自棄なまでの衝動が、わたしの背中を押したのだ。
そうと決まれば早かった。
不登校の引きこもりであれど、人と接しなければ外出は厭わない。ATMで一日の限度額まで引き下ろす。次の日もまた、限度額まで下ろすつもりだ。
保健室登校であれど、父は結果さえ出せば、与えるものは与えてくれた。常に学年首位で在り続けた結果、十五歳の娘に不相応な額が銀行口座にはたまっていたのだ。まさに結果を引き出すための餌だとばかりに、その数字こそが父の人間性であった。
今回はそれが幸いした。
わたしはその日のうちに、必要な全てをキャリーバックに詰め込んだ。『東京の姉さんのところに行きます』という書き置きも作り、飛行機のチケットを予約し、後はセンパイに相談するだけ……のところでこの手は止まった。
ネトゲの右も左もわからない時代。ネットリテラシーをセンパイに教え込まれ、忠実に今日まで守ってきた。
だからセンパイは、わたしの性別も年齢も知らないでいる。男子大学生くらいに思っており、女子高生だなんて想定だにしていないだろう。
わたしは神童だ。成人男性のもとへ訪ねるその意味をわかっていた。
下卑たる男の欲望のことではない。一つ間違えれば、社会的制裁がセンパイに降り注ぐのだ。
センパイにだけは迷惑をかけたくはない。それでも会ってみたい。詰んだこの人生に、その手を差し伸べてほしいとすら、いつしか願っていた。
だから、わたしは賭けることにしたのだ。
センパイは金曜日、必ず最寄り駅の友人のお店で過ごしているとのこと。そこにいきなりオフ会を持ちかけ、ダメだったなら大人しく諦めよう。そのまま姉さんのもとへ訪ね、我が人生を家族親戚田中道連れエンドで締めくくる。理不尽ではあるが、隣家にも地獄のお供をしてもらおう。
ただもしセンパイがわたしと会ってくれて、この手を取ってくれることがあれば、そんなバッドエンドは延期しよう。
現実から逃げ出したい。
辛い未来から目を背けたい。
楽しいだけの居場所がほしい。
醒めた先にはなにもなくていいから、一時の夢に耽りたい。
ここで自らが本当に欲しているものに気づいたのである。
わたしはセンパイに救いを求めているのだと。
※田中さんは蒼グリのネカマではありません。
『家族親戚田中まとめて惨殺される可能性あり』のコピペから来ており、
レナがどれだけネットに毒されているかがわかる一幕です。