01
レナ視点です。
現在、わたしは自宅警備員として雇用されている。
張り紙を見て連絡したものではなく、募集の求人を見て応募したわけではない。この手のものは、家族や知り合いを通じるか、インターネットを介した赤の他人から、その縁は生じるもの。
わたしの場合、その両方が当てはまった縁から、
『センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?』
と、ある日突然、雇ってほしいと連絡したのだ。
今まで画面を通じ交流してきた、五年の付き合いとなる、友人にして、人生のセンパイ。名前も顔も歳もわからない。わかっていた個人情報といえば、男の人であることくらいか。
いくら心が開け、尊敬している相手とはいえ、元はネットゲームから繋がった縁。ネトゲプレイヤーの外見なんて、期待するだけ無駄である。ステレオタイプなオタクや引きこもり、社会人であったとしてもチーズ牛丼食べていそうな、そんな顔だろうと。端から期待していなかった。
だから、今日も出迎えた先で、
「おう、ただいま」
と、帰ってきた雇用主の外見が、ザ・社会人であったのは、いい意味での裏切りであったのだ。
◆
わたしは不登校の引きこもりである。
中学校まではずっと保健室登校。結果を出すことでなんとか日々をやり過ごしてきた。
それが高校という、避けては通れない非義務教育イベントに直面し、ついに人生が躓いたのだ。
父はそれこそ、姉のような日本一の大学へ行くことを望んでいる。わたしは神童なので、その辺りはちょちょいといける心づもりはあった。
だから脱義務教育直後の三年間も、ちょちょいと引きこもりながらやり過ごしたかった。だが、それは許されなかった。
高卒認定で楽をしたい。却下。
せめて通信高校がいい。却下。
名のある高校以外、全て却下。
中学校は近所の公立を許し、保健室登校を許し、今まで充分にわがままを聞いてきた。この先大学に受かったところで、そのクソ雑魚ナメクジコミュ障っぷりでは、まともに通うことなんてできないだろう。高校に通うという荒療治でなんとかしろと、父に言いつけられたのだ。
子供の心に寄り添わず、生み出す結果と成果にしか興味のない父の分際で、見事なまでの正論である。
ロジハラと共に受けろと決められた進学校は、ネトゲの片手間にちょちょいと受かった。人生いつだって、このくらい余裕ならばいいのだが、残念ながら渡る社会は鬼ばかりである。
満を持した高校生活一日目。その入学式。
実はこんなわたしでも、進学校には期待していた。
他人に興味がないガリ勉ばかりで、陽キャウェイ系パリピは一切なし。学園イベントなんて以ての外。部活なんて入っている場合じゃない。とにかく勉強しろ。純度百パーセント大学に入ることしか考えられていない、バラ色の高校生活が待っているのではないか、と。
だが、わたしの期待は大きく裏切られた。
校則がゆるく、自由漂うその雰囲気。文武両道を求めんとばかりに、熱心に部活動を勧めてくる有様。文化祭、体育祭はクラス一丸となって頑張るぞい、というクソみたいな風潮。三年間クラス替えもないから、交友関係はより濃厚接触となる、まさに陽キャ養成校だったのだ。
入学式後、それらを担任に伝えられ、わたしは絶望した。
こんな青春イベント目白押しで、高偏差値の大学を受からせるつもりがあるのかと、小一時間問い詰めたい。わたしは神童なのでちょちょいと余裕だが、こんな頭空っぽなそうな陽キャ集団を、本当に高次元ステージへと導けるのか。
残念ながら、進学率は本物である。
陽キャが陽キャたる所以は、内側から溢れる青春パワーであるとのこと。頭キラキラキャンパスライフのために、人の見えないところで汗臭い努力をするのを惜しまないのだ。むしろ息抜きとしての青春イベントであり、濃厚接触な交友関係であり、その果てが部活動からの文武両道とのこと。
人生楽しそうでなによりである。
わたしは一切楽しくない。
灰色の高校生活が確定したわたしは、その時点で心が折れていた。目から光を失われていただろう。バラ色の高校生活が陽キャに犯され尽くすことが確定したレイプ目である。
解散後、すぐに逃亡を図ろうとした。
しかし、回り込まれてしまった!
はぐれた金属並に人生経験値が高い陽キャの素早さたるや。我こそはスクールカーストの王なりと、引き立て役三人を引き連れて、立ち上がらんとしたわたしの前に立ちはだかったのだ。
勝手に自己紹介を始められ、さあ、君は? なんてわたしの真名を無礼にも教え乞うてきた。
我こそは一閃十界のレナファルト! 貴様ら陽キャを断罪する剣なり!
と叫べればどれだけ良かったか。
対人恐怖吃音症を患っているわたしには、陽キャの王はあまりにも恐ろしすぎた。
心の中で『センパイ助けてヘルプミー!』と叫び、引き立て役共に『胸をちらちらちらちら見てんじゃないぞぶっKILLぞ』と憤りながら、吃った声一つすらあげられず、台風が通り過ぎるのをただ待つように、身を縮こませていた。
そこに『ちょっと男子ー、怖がってるじゃない』なんてノリで、我こそはスクールカーストの女王なりと、取り巻きを四人ほど引き連れ第二勢力が現れた。
救いでもなんでもない。台風に襲われているところ、直下地震が起きただけだ。
スクールカーストの王と女王は昔なじみらしく、小気味の良い会話を弾ませている。それにハッハッハ、キャッキャッキャ、と引き立て役と取り巻きたちが場を盛り上げるのだ。
こいつらどっか行ってくれないかな、と災害が収まるのをジッと待っていると、つい女王はその牙をわたしに剥いた。
勝手に自己紹介を始められ、さあ、貴女は? なんてわたしの真名を問う蛮行に及んだのだ。
我こそは一閃十界のレナファルト! 貴様ら陽キャの罪科を処す刃なり!
と叫べればどれだけ良かったか。
対人恐怖吃音症の発作を起こしたわたしには、陽キャの女王が魑魅魍魎の類にしか見えないのだ。取り巻きを引き連れたその様は、まさに百鬼夜行である。
心の中で『センパイ、先立つ不幸をお許しください』とこの命を諦め、取り巻き共に『人の胸を見ながらなにがヤバ、だ。ヤバイのはその空っぽな頭だぶっKILLぞ』と立腹し、吃った声一つすらあげられず、地震が収まるのをただ待つように、身を縮こませていた。
そこに『や、また一緒のクラスだな』なんてノリで、我こそはスクールカーストの宰相なりと、メガネを光らせクイっとしながら、部下を五人ほど引き連れ第三勢力が現れた。
救いでもなんでもない。台風の中襲ってきた地震が、津波を呼んだだけだ。
スクールカーストの王と女王は、「お、委員長」なんてはしゃぎながら、その宰相の登場に大いに沸き立った。それにハッハッハ、キャッキャッキャ、ガッハッハ、と引き立て役と取り巻きたちと部下共が、場を温め盛り上げるのだ。
皆がそれに気を取られている内に、これが今生最後のチャンスだとばかりに、そっとその場から逃げ出したのだった。