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次の投稿は17時と前述しましたが覆させてください。
明日まで引き延ばそうとしましたが、日間三位を頂いたので今日中に完結させることにしました。
『ま、概ね予想通りの流れっす。いやー、でも。時間稼ぎのつもりが、一年もバレなかったのは流石に笑う』
「そんなに笑えるか?」
『すれ違いすぎてマジ大草原っすよ。おまえら前に流行った、多目的トイレのコントでもやってんのかっつーの』
爆速タイプには迷いなく、自らの家族のすれ違いをそう評した。
大草原という割には、そこに感情が浮かんでいるようには見えない。JKブランドが外れた謝罪のときの笑みはとっくに沈んでいた。
『後もう一つ笑えたのは、姉さんの甘やかし発言っすね。あれで甘やかしすぎたとか、片腹痛いっすわ。真の甘やかしとはどういうものか。センパイの爪の垢を送りつけてやりたいっすよ』
「東京大学生様にそんなもん飲ませてみろ。腹下すだけじゃ済まんぞ」
『いいんすよ、そのくらいの劇薬で。姉さんは融通がきかない真面目の擬人化っすから。ちょっとバカになってくれたほうが、自分には都合がいいんすよ』
「さらっと失礼な発言をしたな。天井のシミを数えさせんぞ」
『きゃー、犯されるー!』
バカみたいなやり取りに、おかしさに堪えきれなかったようだ。その感情を抑え込むように鼻と喉を鳴らしていた。
そうやって、俺とのやり取りは楽しそうにはしてくれる。だが、自虐的に扱われる自らの家庭環境、家族ネタに対しては、なにも面白そうにはしていない。
もうこれ以上続きがないのなら、この話はもう終わりにしたい。
ひしひしとそれが感じ取れる。一閃十界のレナファルトに現世の情報が不要だとばかりに。
それでも俺は、もう一歩踏み出さなければならない。
このままではまた、楽なほうへ流されるままと同じ。なにも解決はしていないのだ。
俺は聞かねばならない。
「これからおまえは、どうしたい?」
全ての情報を与えた上で、彼女がどのような答えを出すのかを。
『このままがいいっす』
予想通りの迷いなき爆速タイプ。
一閃十界のレナファルトとして、社会からログアウトしたままでいたい。
一閃十界のレナファルトとして、現実逃避へログインしたままでいたい。
こんな風に返ってくるのは、端からわかっていたのだ。
「え……」
だから俺は、その両手をそっと取ると、パタンとパソコンを閉じたのだった。
今日初めて狼狽するその顔を見た。
「俺は一閃十界のレナファルトに聞いてるんじゃない」
逃げさんとばかりに、ジッとその目を捉える。
「文野楓は、これからどうしたいのか聞きたいんだ」
「わ、わ、わ、わたし、は……」
追い込まれたような小動物顔。おどおどとし、何度もどもるその絶望的な舌回り。
一年前出会った少女の姿がそこにはあった。
怯えるようなその震えは、まるでこちらがイジメているかのような罪悪感に苛まれる。はたまた新たな性癖に目覚めそうにすらなる。
これが扉を開いたことにより飛び出た災厄の一つか。
「俺はこのままがいい」
そんな災厄に飲まれまいと抗うように、本心からの欲望を垂れ流す。
「朝起きて顔を洗えば、黙って出てくる朝飯とコーヒー。クリーニングに出したてのような社会人装備を纏って、弁当片手に出勤だ。夜は疲れ果てて帰ってみれば、飯や風呂どころか、タオパンパまで用意されている。
全ての家事から開放され、据え膳上げ膳の日々はまさに人生の堕落。おまえなしの生活にはもう戻れん。そのくらい我が家の自宅警備員の活躍は目覚ましい。一閃十界のレナファルトよ、ここにダメ人間製造機の称号を与えん!」
ダメな男がダメな発言を吐き出す様は、まさにどこに出しても恥ずかしいろくでもない大人の姿だ。
なのにそんなろくでもない大人を、目を見開きながらほっとしている少女がいた。
追い出されなくてよかった。
必要とされていてよかった。
現実逃避から追い出されずに済むと、胸を撫で下ろしているのだ。
「そうやって充分以上に、元巨乳JK美少女を背負い込んだ恩恵は得ている。だから楓、恩義を感じての足踏みは必要ない。おまえがもし現実に戻りたいのなら、気にすることなく戻っていいんだぞ?」
そうやって優しく、俺は一つの道を指し示した。
まるで恐ろしいものを見せつけられ、それを拒否するように楓は首を何度も左右に振る。見捨てられんとする子犬が、必死に縋りつかんとする目だ。
「無闇に放り出そうとしたいわけじゃない。クソ親のもとへ帰れと言いたいわけでもない。カバーストーリーはガミ辺りと相談になるが……お姉さんのもとへ身を寄せるくらいは、一つの選択としてありなんじゃないか?」
「ね、ね、姉さんの……もと?」
本来楓にとってそれすら論外である。だが無責任にそう言っているわけではない。それが通じたようだ。
「今回のことでお姉さんも思い知っただろ。おまえの病的なコミュ障じゃ、高校なんざまともに通えるわけがないこと。そして自らの親のろくでもなさを。大切な妹を、今なら手元において守ってくれるんじゃないか? 甘くはないが、そういう優しさは持っている人なんじゃないのか?」
恐る恐る、楓は首を縦に振る。
「なら、自分がいかにろくでもない、クソ雑魚ナメクジコミュ障であるかを、ちゃんと伝えろ。そして交渉するんだ。下々の寺小屋なんざ行くだけ時間の無駄。なにせ自分は、神童だからってな」
「む、む、無理……です。ね、姉さんの前で、で……そんなこと……い、言えない、です」
「無理じゃない。なにせおまえには、これがある」
パソコンに手を置いた。
甘くはない優しい姉。楓はきっと、一方的に与えられた優しさに、応とも否とも言わず、黙って顔を俯けるだけだったのだろう。
本心を音に出し、自らを主張する能力がないから。台風が通り過ぎるのを待つかのように、優しさをやり過ごしてきた。
ならば土俵を変えればいい。
得意分野で本心をぶつければいいのだ。
「本音を口に出せないなら、爆速タイプで性根を叩きつけろ。顔を突き合わす必要なんてない。いつも俺とやっていることを、お姉さんとやるだけでいい。一閃十界のレナファルトとして戦うんじゃなく、偽ざる文野楓の思いを知ってもらえ」
偽ざる思いを口に出せないなら、文字に起こし思いを紡げばいい。
相手がクソ親なら、そんなことをしても無意味だろう。
ただし妹を思う優しい姉ならば、きっと向き合おうとはしてくれる。全てを全て受け入れることはできなくても、譲歩や折衷案は引き出せるはずだ。そこから先は、神童の交渉能力次第である。
思いを伝える手段があり、受け入れて貰える土壌がある。
それでもまだ逃げたいというのなら、足らないのはただ一つ。
覚悟である。
新しい道へ踏み出さんとする、勇気が足りないだけだ。
それに今の楓の武器は、それだけじゃない。
「それにだ。今のおまえは、生産性のないパラヒキニートじゃない。一人の大人を堕落させた、ダメ人間製造機だ。これからの身の振り方の交渉期間中に、お姉さんをたらしこめ。堕とし込め。おまえなしでは生活が成り立たんほどに、ダメ人間へと叩き落とせ。そうしたらよりよい条件を引き出せるはずだ。今のおまえにはその力がある。俺がその生き証人だ」
楓はまさに最強の自宅警備員。
一度ダメ人間に叩き落とされ、見放されたが最後。待っている未来はろくなものではない。正直、楓がいなくなった後が恐ろしさすら感じている。
このホラーハウスでの甘いだけの日々と比べれば、姉の優しさに満ちた生活は辛かろう。だが甘えを引き出すことができれば、きっと良き未来が待っている。
大事なのは優しさと甘えのバランスだ。
姉に与えられる優しさは、心がすり減り潰れるだけ。
俺が与える甘えは、輝かしい未来が閉じ潰える。
楓の未来を慮った優しさは、俺には与えてあげられない。けれど姉の優しさの中に甘えが生まれたのなら、きっと楓にとって、正しい未来を与えられるはずだ。
なにせ揃って神童姉妹。二人寄り添った思いがあれば、社会のレールの上で生きていく術をきっと見つけていけるはずだ。
そういう意味では、その未来を提示してやれるのが、俺が唯一楓に与えてやれるもの。楽に流されなかった、自らのリスク管理を見誤ったしょうもない優しさだ。
こんな優しさを見せるのに覚悟が必要だなんて、我がことながらろくでもない大人過ぎた。
「それらを踏まえて、もう一度聞く」
そんな未来があるのかと、目を丸くしている楓と改めて向き合う。
「これからおまえは、どうしたい?」
先の言葉を繰り返す。
人生詰んでると、かつて語った少女に向かって、まだまだ未来に見込みがあるんだぞと。
楓の目はおどおどと、俺とパソコンを行ったりきたりする。
一閃十界のレナファルトに逃げ込みたい。
けれどそれは許さんと、俺の手はパソコンに置かれたまま。
文野楓として、自らの思いと向き合わせなければならない。その思いを口にさせなければならない。
つい楓は顔を俯向けて、沈黙だけが世界を支配した。
俺にとって、彼女は可愛いコーハイだ。
それ以上にこの一年で、色んな情を彼女に抱いてきた。
十も下の少女へ抱くには、それこそ社会的に問題がある情の数々だ。そのくらいこの一年は、二人で過ごしてきた日々は安易に楽しすぎた。
だからこそ、光が差した将来を自らの判断で握りつぶしたくなかった。詰んでいたと思われていた人生に可能性が開かれたのなら、文野楓の意思を尊重してやりたかった。
本当に、本当に今更であるが、素晴らしき未来に導くことはできなくても、こんな道もあるんだぞと示してやりたくなったのだ。
先の未来で、文野楓として幸せになってほしいと思った。人の幸せを願うなんて、生まれてはじめての経験である。
だからこそ自らの身勝手な思いだけで、その未来を奪うのを厭うたのだ。
「セン……パイ」
どれだけの時間が流れたであろうか。
一分でも、十分でも、一時間でも。どれだけかけようと、楓がその胸から湧き上がった願望が変わることはないだろう。
必要としかかったのは、それを口に出す覚悟が決まるまでの時間であった。
「わたしは、帰り……」
覚悟を決め覗かせたその顔は、小動物でもなければ、おどおどとしてなければ、一年前に出会った少女のものでもない。
この一年の間、センパイへの信用と信頼を積み上げてきた、
「たくない」
一閃十界のレナファルトのものであった。
次の更新は今度こそ17時近辺に投稿します。
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