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都度四十人の魂を平らげてきた人食い家屋。
取り壊しを断念されて以降、華々しい経歴と輝かしい戦歴を伸ばす機会は失われた。ただし地元に根づいたその燦然たる来歴は、今日までしっかり積み重ねていているのだ。
いわく家屋の門壁に小便を引っ掛けた少年は、原因不明の熱病に三日三晩襲われた。
いわく遊び半分で侵入した一行が、悪夢にうなされ続けた果てに気が狂ったとか。
いわくこの家屋と近いほど、その家は不和が訪れやすくなるなど。
心霊スポットの後日談特有の、面白おかしい尾ひれを、さながらヤマタノオロチのごとく生やされていった。……と始めに聞かされたときは思ったのだが、燦然たる来歴はすぐに本物であることを知った。
なにせ近隣住民の出入りが激しすぎる。引っ越し業者が作業している機会を見るのが、あまりにも多すぎるのだ。
我が家を起点にして、近隣の引っ越し頻度の統計を取ると、きっと面白い結果になるだろう。
実際、大学のオカルトサークルが訪ねに来たことがある。男四と女二。真面目とは言い切れない、ちょっと軟派な雰囲気漂う集まりであったが、統計は真面目に取るつもりではあるようだった。統計には興味あったので、それならと家に上げ、華々しき経歴の一つたるリビングに残された床のシミと、あまり使っていない二階を案内したのだ。
統計が取れたら是非教えてくれ、と連絡先こそ交換したが、彼らの姿を見たのはそれっきりであった。一ヶ月後、そういえば統計はどうなったのかと部長さんにメールをすると、
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
と、延々と綴られた文章だけが返ってきた。
彼らの身に一体なにがあったのだろうか。
そんな燦然たる来歴を誇り、ただそこにあるだけで、近隣の土地価格と相場を下げる災害家屋。
「おかえりなさい」
帰宅するなりリビングで出迎えてくれたのは、悪霊でも怪物でも狂人でも強盗でもない。
我が家で雇用している、自宅警備員であった。
一閃十界のレナファルトという名の巨乳JK美少女。
初めて顔を合わせたときの小動物にして、おどおどとし、終始どもっていた姿はそこにはなかった。
しっかりとこちらの顔を見据え、愛らしい微笑みを浮かべ、小さな音でこそあれど舌が滑らかに回っていた。
果たしてこれは人間的成長か。はたまた、今日まで積み上げてきた俺への信用と信頼がもたらした、この家の中でしか発揮できないスキルか。
どちらかはわからないが、あの病的なまでのコミュ障がここまで至れば、充分に大きな成果と言えようか。
「おう、ただいま」
レナはスマホでポチポチと始めると、ポケットから通知音が鳴った。
『お仕事おつっす』
俺の眼前であるにも関わらず、一閃十界のレナファルトが労ってきたのだ。
今でこそ一言二言くらいなら、どもることはなくなったレナ。しかし雇用した当時の意思疎通は大変であった。パソコンがなければスムーズに会話できないのは、お互いの日常生活に支障をきたすほどだ。
だからレナには、前使っていたスマホを与えた。回線契約はしていないが、どうせ電話機能は使わないのだ。無線環境で充分である。
顔を突き合わているときの文字を介した会話は、初めこそ丁寧なものであった。しかし慣れていく内に、一閃十界のレナファルトの顔を覗かせるようになり、ついにはボケなければ死んでしまう病の発作が、顔を突き合わせていても起こるようになったのだ。
『まーた引っ越しのトラックが隣に止まってましたよ』
「最近、ドッシャンガッシャンの夫婦喧嘩が続いてたからな」
『夜中にパトカーまで来てうるさかったっすからね。静かになることはいいことっす』
たった一年。されどもう一年。
すっかりホラーハウスの在り方にレナは慣れていた。頻繁な近隣住民の引っ越しなど、既に日常の一部としか捉えていない。
まさにこの災害家屋こそが、唯一の台風の目であるばかりに他人事だ。むしろよくやったぞとばかりに、人食いハウスを褒め称えている節もある。
差し出されたその手に、スーツのジャケットと鞄を引き渡す。そのまま真っ直ぐ向かうは風呂場。今日は金曜日なので風呂なしのシャワーだけ。酔ったまま湯船に浸かるのは危ないからだ。
シャワーを上がると、帰宅前から用意されているタオパンパ。部屋着のジャージに着替えると、マイルームの机には水差しとコップが用意されていた。二日酔い対策のハチミツレモン水である。それをグビっと飲むことで、今日も一日頑張った、と一息つくのであった。
ここまでがすっかり習慣となった、帰宅後の金曜日の行動。
我が家の自宅警備員は家主のやることなすこと、必要な全てを先回ってお膳立てしてくれるのだ。徹底的に甘やかされてしまい、快適すぎてレナがいないと生きていけない身体になっていた。その様はまさに、ダメ男製造機である。
『今週もお疲れ様っす』
そうやっていると、三度目に当たる労いの言葉が飛んできた。
レナの部屋はふすま越しの隣部屋。文字通り一息ついてる、音と気配を感じ取ったのだろう。絶えず家主を慮るその様は、自宅警備員の鑑である。いや、語源を考えると正しい在り方など、もうわけがわからなくなってきた。
初めはレナに、二階を好きにしていいと部屋を与えようとした。が、ここは華々しい経歴と輝かしい戦歴、そして燦然たる来歴を誇るホラーハウスである。流石に二階で一人ポツンとなるのは恐れ慄いたのだ。
生活音が筒抜けでもいいからと、ふすま越しの隣部屋を望んだのであった。
今のレナはこのホラーハウスを恐れてこそないが、すっかりその部屋で根を張り、生活リズムが決まってしまった。
むしろ声が届く距離のほうが、互いに便利なのだ。
顔を突き合わせ声を交わすときのレナは、年相応の脱コミュ症程度の少女。その口からは何十にも歯に衣着せて、ようやく、一言、二言が出る程度だ。その本心は深層に眠っている。
しかし画面越しであれば、一閃十界のレナファルトとして、忌憚なき歯に衣着せろとばかりの本音が、マシンガンのように放たれる。
俺は画面越しよりは、声に出す方が楽であった。
『聞いてください。センパイ抜きで野良スクするのも飽きてきたんで、ソロスクで好き勝手やってたんすけど、面白い遊び方を編み出しました』
「面白い遊び方?」
だからこうしたふすま越しの会話が、一番いいと二人の間で落ち着いているのだ。
MMORPGにも飽きてきた俺たちは、今までやってこなかったような、協力できる色んなゲームに手を出していた。
その中の一つで、バトルロワイヤルゲームが、俺たちの中で今一番熱かった。
百人のプレイヤーがフィールド内で、装備を拾いながら勝ち抜くゲームだ。俺とレナはその協力プレイを最近は楽しんでいる。
俺のいぬ間の日中も、どうやらレナは興じているようだ。
矢継ぎ早に今日の一日が、爆速タイプより飛んでくる。
『最初の降下地点に選ばれないような場所に降りるんすけど、一通り装備を漁ったらまず小屋に引き籠もる』
『車のエンジン音が聞こえるまで、暇なんでその間はアニメを消化っす』
『満を持して敵さんたちがやってきたら、リアルでも息を殺しながら座して待つ。バラけて周辺の装備を漁る様子に聞き耳全振り。ついに敵さんの一人が小屋に入って来た所を、こんにちは死ねってブッKILLっすよ』
『そのまま報復せんと集まる輩から、あ〰ばよとっつぁ〰ん、って逃げ切れたときは、もうたまらない』
『ねえねえ、勝負を捨ててる奴に、遊びで殺され仲間を減らされたのはどういう気持ち? って射幸心ドバドバっすよ』
『あ、しかも一度だけ展開が神ったんす。近くの茂みで付かず離れず伏せながら、顔真っ赤っかでこちらを探している奴を一人ずつぶっKILL』
『最終的には一人で四人全員葬ったんっすけど、あんときは心臓バクバクっしたね。その分、最後の死体撃ちがまたたまらんかったっすわ』
『そしてオープンで流れる怒声の雨あられ。なーに言ってんのか全然わかんね。ここはジパングだ、ジパング語で喋りやがれ!』
『カアッー、人の不幸で飯が美味い! 自ら作ったものならなおさらっす。今日の夜ご飯は、珍しくおかわりしちゃいました』
そのときのことを思い出したのだろう。ふすま越しから「ふふっ」と、込み上がってきた笑いを堪える、可愛らしい音が届いた。
犠牲者たちの前に、これが貴方たちを弄んだ巨乳JK美少女です、とレナを見せたら一体どんな顔をするだろうか。虫も殺せなそうな顔の裏は、人の不幸から蜜を吸い出し射幸心をドバらす、嗜虐心の塊であった。
「おまえはまた、すげぇ遊び方してんな」
『まさに暇を持て余した神々の遊びっすよ。しばらくはこの方向で、色々と遊びを模索してみるっす』
これだけのことを行い、そのときの心の内を語り、それを神々の遊びで括るレナ。バトロワゲーを始めてから、順調に心が荒み人の道を外れていっている。
まあ、既に社会のレールから外れてるのだ。今更といったところか。
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