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奴隷の管理者になった経緯を語ろう。
人の顔色を伺いながら、いかに責任を押し付けるか。仕事の成果は二の次三の次。なにより大事に尊ぶべきは、社会の不文律に従順であり、人間関係の立ち回りの結果である。上座下座や呼称のルール、お世話になっておりますと脳死なビジネスメール。金も出ない始業時間前の出社強要に、遅刻は一秒足りとも許さんが、終業は無限に伸ばすことこそが美徳である。無駄なものにまみれ疲れ果てたところで、お辞儀ハンコというバカみたいなマナーを破ったばかりに、これでもかと人間性を否定され詰められて、ついには社会からドロップアウト。
そんな社会の洗礼を受け、二度とあんな怖い場所に戻れるかと戦々恐々。そうやって彼らは親のスネをかじりつきながら、就いている職業がある。
そう、自宅警備員である。
ザ・日本人らしい働き方を全うできないばかりに、社会不適合者の烙印を押された者たち。
彼らが皆、仕事のできない無能というわけではない。むしろその逆で、無駄なことができないばかりに、能力を発揮する場を奪われているのだ。
ただの秀才ではない。かといって神童と呼べるほどでもない。それでも天才と呼ばれる多くの人材が、社会にはいくらでも引きこもっている。
そんな彼らが社会の不文律やマナーをガン無視して、ただ仕事に没頭させればどうなるか。その環境を与えてあげればどれほどの成果を生み出せるだろうか。
そしてIT業界は今、大いに人が足りていない。かといって、無能でも数がいればいいというわけではない。人手不足ではなく、人材不足なのだ。
それらに目をつけたひとでなしが、その二つを掛け合わそうと動き出したのだ。
悪い人間ほど鼻が利くもので、持つ人脈から彼らを掘り当てる。
彼らも親に対して後ろめたいものや負い目がある。戻れるものなら、この社会に戻ってきたい。
そんな彼らに付け込むように、ひとでなしはこう囁くのだ。
無駄なことは求めない。口が利けないなら文字で交わせばいい。ただその能力を存分に発揮してくれるだけでいい。
そんな美味しい話があるのなら……と、悪い蛇の囁きでその気になる。そうしてついに社会に戻ることを決めて、親御さんもこれにはニッコリ。どうか私たちの子をよろしくお願いします、とその頭を下げるのだ。
そうやって奴隷船に乗ってきた奴らを、管理するのが俺の仕事である。
最初はリモートワークなんて形で、しばらく意思疎通を図りながら、彼らをやる気にさせる。おだてて、頼って、凄いぞって、こんなできる奴が来てくれて助かる。天才は違うな、こんな人材を手放した無能共には感謝しないとな、って。失った自尊心と自己肯定感、そして俺への信頼を植え付けるのだ。
実際、俺が必死こいて一ヶ月で終わるかどうかの仕事を、涼しい顔で数日かそこらでこなすのだから、彼らはマジの天才である。
この業界は、時間を短縮できるなら、いくらでも金をかける投資家たちで満ちている。ガミがそういった人たちから仕事を引っ張って、俺ができるかどうかを精査して、奴隷たちにぶん投げる。そして上がってきた成果を俺が独り占めし、その結果ガミが大儲けするという図式である。
社会のルールをしっかり守った、極めてまっとうな商売だ。
モラルがどうかと問われれば、間違いなく触れている。
なにせ天才共を、新社会人の賃金で使っているのだ。本人たちはこき使われている自覚はない。むしろ与えられたものを喜んで受け取り、成果を生み出し、自己肯定感を得ている。そうなるように俺が管理し、囲っているのだ。
そのためにガミは、ルールがガチガチの日本から、ルールがガバガバな東南アジアに拠点を置いたのだ。ガミが一財産を築いたホームなだけあり、色々と融通が利くのだ。
元は自宅警備員というだけあり、彼らは外と内をハッキリ分ける。外部の人間との接触を最低限に抑えるのだ。異国だからこそその習性はより顕著となり、相談できる相手を極限まで限らせる。
そんな閉ざされた世界。この楽園から出ると、またろくでもない社会が待っている。ここより楽で楽しいところはない。この人だけは自分のことを本当に理解してくれていると依存させ、洗脳しているのだ。
我社はそんな奴隷共を安く使って高品質を生み出す。やりがい搾取を地で行く、社会の錬金術師である。
上手くいくためのポイントは、奴隷に奴隷の自覚はさせない。この生活こそが幸せだと信じ込ませることだ。
実に楽な商売である。ガミにとっては、だ。
奴隷の管理というものも大変で、勤務時間外の相談なんて当たり前。それだけではない。奴隷に仕事を与えるために、その中身を自分でも理解していないとならない。それを生み出す技術は手に持たずとも、それを判断できる目を持たなければならないのだ。
技術は日々新たなものに更新されている。
なにが必要なのかを知るためにも、勉強ばかりの日々である。それも奴隷の管理の傍らでやらねばならないことから、仕事とプライベートの区別なんてついていない。
年収は日本にいた頃より、三倍近く上がったが。メリハリついていないことを踏まえ、時給換算すると大したことはないのだ。
ここまでやってようやく、年相応の社会人より少し稼いでいる程度。全くもって、まともに勤めて稼ぐっていうのは、コスパの悪いことこの上ない。そりゃあ、やりがい辺りに縋らなければやってられんというものだ。
俺もまた、ガミに搾取されている奴隷であった。
最近、管理する奴隷が増えてきて、よく考えることがある。
社会というものは常々よくできている。
使う奴隷が増えるごとに、なあなあにしてきたものを、白黒つけさせないといけないと思うようになってきた。
よかれと思いやったことが間違いだった。その一人の失敗を収拾するため、他の者を巻き込む形になった。あのときは少数だったから、誰も一人を責めることはなかった。困ったときはお互い様だと、笑って終わった。
けど数が増えるにつれて、人の意思も増えていく。そして数が増えたからこその、見えてくる不満も出てくるだろう。
誰も彼もが好き勝手を始めると、管理する側も大変だ。
だからやってはいけない共通認識、規律を作らねばならない。
まずは一個、作るかと考えた。でも一個作ればまた一個、一個、一個と、必要なものを考えるようになり、次から次へとそれを掲げると、縛られる不満が出てくるだろう。それを全うできないことの辛さと苦しみが生まれるのだ。
でもそれは、数を抱える上で仕方ないものであり……やっぱり社会っていうものは、上手いことできているなと思った。
かつて中指を立ててきた社会のルールやモラル。考えれば考えるほど、それが必要であることの意味、ただわかるのではなく、肌で感じるようになっていた。
その辺りで、考えるのが面倒になった。そのときになったらまた考えればいいと、未来の自分に課題をぶん投げたのだ。
どうせガミにとってはこの商売は、人生の遊び。ダメならダメでそれでいい。上手くいったら儲けものなのだ。
俺は奴隷たちの人生の責任を、端から取るつもりはない。
それを薄情だと罵られようと、会社なんてそんなもの。倒れたときは社員の未来、その責任なんて取るつもりはない。結局会社っていうのはそんなものだから仕方ないだろって、自分が悪いことをしていると自覚しながら逃げるつもりだ。
奴隷相手とはいえ、確かに向き合っている内に生まれてくる情はある。プライベートの相談を受けるうちに、なんとかしてやりたいと思うくらいには、向き合っているつもりだ。
でも俺の背中は他の人生で埋まっている。これ以上は乗せられない。定員オーバーだ。
前に、仕事の取引相手にこう問われたことがある。
葉っぱに賭け事に女遊び。誘っても乗らない俺に、なにが楽しくて生きているんだ、って。揶揄するのではなく、本気で不思議そうにされた。
だからこう答えた。
なにかがあったときのために生きている、と。
そのなにかは絶対起こらないが、なんて付け足すと、まるで煙に巻かれたように、なおさら不思議そうに首を傾げるのだ。
とにかくそうやって、奴隷の管理をしながら忙しい毎日を送っている。日本で暮らしていた最後の一年。終電帰りの日々なんてぬるま湯に思えるほど。休みなくガミの馬車馬となっていた。
その生活が存外、悪くない。起きないと信じているなにかが起きたとき、今築いているものがそれを受け止める。堕ちなくても、泣くほど痛い思いはしなくて済むだろうと。自分で今築いているものに満足しているのだ。
こんな生活がかれこれ二年も続いている。
仕事も順調で、軌道に乗っている。
最初はダメで元々と着いてきた身としては、ガミの経営者としての手腕に目を張るばかりだ。
そして今日もまた、新たな環境に夢と不安を抱いた奴隷が出荷されてくる。
それを空港まで迎えに来た。
さて、今回はどんな奴隷が来るのやら。いつもならリモートワークでしっかり信用を築いて、自分の意思でこっちに来ると決断されるのだが。今回はそれがない。
なにせスケジュールを確認した上でガミが、新たな奴隷を送るから回収しろと、連絡を寄越してきたのが昨日の今日の話。
いきなりだなと舌打ちしたが、問題というほどではない。問題だったのは、奴隷の回収が終わったら、向こう一ヶ月の休みをくれるというのだ。
寝耳に水とはこのことだ。
スケジュールも既に調整済み。俺がいなくても回るよう、既に手を回している。
その理由も教えてもらえずいるから、ただガミの思惑に首を傾げるのではない。ただただ不安に飲まれていたのだ。
そうやって現在、空港内の待ち合わせで使われる場所にいた。
予定の飛行機が到着してから、それなりの時間が経っている。その飛行機で来たと思われる日本人たちが、ちらほらと周りに現れ始めた。入国審査がスムーズに終わり、荷物を受け取っているのなら、そろそろ向こうも姿を現すはずだ。
といっても、相手の顔なんて知らないのだが。
待ち合わせ場所に着いたら向こうから連絡がくるとだけ、ガミには伝えられていた。
相手は自宅警備員上がりなのだ。本当にそれで大丈夫なのかと不安である。
そうやっていると、また一人日本人らしき少女が隣に並んでいた。
純白のワンピースに麦わら帽子。いかにもな夏のお嬢様。
麦わら帽子で顔は隠れて見えない。でも、顔を見ずとも美少女なのは、そのスタイルの良さから感じ取れた。
こんな絵に描いたような清らかな戦乙女と、肩を並べたいと白昼夢にして監獄に囚われ続けてきた。理想ばかりが高くなり、現実を受け入れることができなくなっていた。
今はもう、そんな夢を見ていない。現実を見据えている。
その上で、戦場へ出ずに終わるだろう人生に納得している。我がグングニルはこうして、振るうことなくその生涯を遂げるのだ。
「ん?」
なんて感傷に浸っていると、スマホが鳴った。
メッセージが一件。
『待ち合わせ場所に着きました』
相手は『I.R』。ガミから送られたQRコードで登録した、今日出荷されてきた奴隷である。
『そちらの特徴は?』
こっちの特徴を告げようかと思ったが、今日の格好は黒シャツにチノパン。見た目はどこにでもいるような成人男性である。自宅警備員上がりに見つけてもらうよりは、こっちから探したほうが早いと思ったのだ。
すぐ訪れた返信は、
『赤いキャリーバックを手にした巨乳JD美少女です』
だった。
「は?」
ただ、そんな声が漏れた。
いくら社会のマナーを求めないとはいえ、仮にも今日から上司になる相手にこのメッセージ。完全にふざけている。これは開幕説教せねばならんと憤ったのだ。
なんてわけではない。
たった一つアルファベットが変えられた、見覚えのあるメッセージに唖然としたのだ。
スマホを覗いた視界の端。そこにある赤い色。
釣られるがまま視線を映すと、赤いキャリーバックがあった。
そこから視界を上げると白いワンピース。そして麦わら帽子に隠れていたものが、今はこちらを覗いていた。
得意げな、してやったりといったその笑顔。
かつて上目遣いでおどおどとしていた小動物顔は見る影もなく。あの過去から地続きとなった面影は確かに残っており、すっかりと垢抜けながら成長していた。
それが誰かなんて、見間違おうはずがなかった。
「……レナ?」
「お久しぶりです、センパイ」
最終話は18時に投稿します。




