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「でもルールを逸脱した者は、その道で必死になってやっているわ。失うものが従来の比じゃないもの。背負うリスクの重みに耐えながら、一生懸命ルール破りの蜜を吸ってるわ。
レールを外れた人たちもそう。簡単には元のレールには戻れない。その道で失敗したら、自業自得だろと嘲笑われるのがわかっているもの。明日どうなるかもわからない世界は、その立ち位置を維持するだけでも大変でしょうね。
そしてなにより、レールの上を走る人たちが一番必死。目先にある享楽の誘惑を耐え続けても、一欠片の社会的幸福しか得られないのにね。まさに取り分の少ないゼロサムゲームを興じてるのよ」
ガミなりにわけた、三つの世界。
どの道でも得や幸福を得ようとするのは、生半可なことではない。それを掴み維持するには、文字通り必死にならねばならないのだと。
「一方、タマはどれにも当てはまらないわね。あれも欲しいこれも欲しい、でも手にしているものは失いたくない。とりあえずは現状維持で、なすがままに待っていれば、その内良いものが手の中に落ちてくるだろうってね」
そしておまえはその三つに当てはまらない、中途半端な奴だと。
ガミはそんな俺を呆れてはいない。ガミなりの分析した事実をただ突きつけているだけだ。
「ねえタマ。最近あちこちのお店で、外国人を見るじゃない。日本人がやりたがらない仕事を、買い叩かれて使われているわ。ああいうのをどう思うかしら?」
そうしてまた、話は飛んだ。
着地地点はわからぬが、流されるがままに俺はそれに答える。
「わざわざ国を飛び出してまであの扱いだからな。人間、ああだけはなりたくないな」
「同感ね。でも、彼らはタマよりよっぽど凄いし立派よ」
「どんな罵倒だよ」
「罵倒じゃないわ、真実よ。だって彼らは国を飛び出してやってきているのよ? こんな煩雑な国の言語とルールを覚え直して、今も学び続けているの。その覚悟は並大抵じゃないわ」
ふう、とガミは息をつく。
話疲れたのではない。空になったグラスを俺が差し出したからだ。
二杯目以降は、俺は必ずハイボールと決めている。原価厨である俺なりの、店への配慮であった。
手慣れた様子で作り上げられたそれと共に、総じて言いたかった結論を差し出してきた。
「タマに足りないのは、まさにそれね。人間覚悟を決めれば、結果を残せるかどうかはともかく、新しい道へと踏み出せるものよ」
おまえが足らないのは覚悟だと。
「遵法精神や社会的善悪なんて、今更語らないわ。そもそもそんなくだらないもの、語る価値すらないもの。だから私が言えることはただ一つ。
人より得したければ、覚悟を決めてリスクを背負いなさい」
覚悟を決めろ。
リスクを背負え。
なにに対してガミが指しているのかは、それこそ遵法精神と社会的善悪と一緒だ。そんなくだらないもの、今更語るまでもない。
ふと、ガミの口角は小さくつり上がった
「これでも長い付き合いよ。友人の顔は泣きを見ているよりも、鼻で笑ってるくらいのほうが面白いわ」
二年前、切れていたはずの縁がたまたま目の前に転がっていた。ガミはそれを手元に置いておこうかくらいの温情をかけてくれた。ただ、そこにあったのは懐かしき縁への温情だけではなかった。
友情である。
どうやらガミは、俺の背中を押したいようだった。
その手はまさに、社会のレールから押し出す堕落の片道切符だ。
とんでもない友情をもって俺を導こうとするガミ。そこに悪意は一切なく、純度百パーセントの善意である。
「ま、それでもタマの人生よ。覚悟を決められないなら、今まで通り楽に流されたままでいなさい。でも、これだけは忘れちゃダメよ。タマはもう、爆弾を背負っているわ」
しかしその手に込められた力は、決して強引ではない。最後の最後は、自分の意思を尊重したものだ。そして現状確認である。
「いつ爆発するかもわからないけど……良い思いもできず、罸だけ受けることほどバカらしいことはないわよ」
徹頭徹尾、正論で始まり正論で終わった。
昔からガミは、変な奴だが頭だけは良いやつだった。
ガミがもたらす正論は、善悪なんてそこにはない。法を重んじる心もない。いつだってロジハラではなく、現在状況を確認する手段にすぎないのだ。
「ま、罰がくだった先で死にたくなったら相談なさい。楽な介錯くらいはしてあげるわ」
悪戯っぽく言うガミであるが、おそらく本気で言っているのだろう。
こうやって店を経営しているが、裏ではルールを破って色々とやっているに違いない。
でなければ、一般家庭で生まれたガミが、二十歳にして人体改造を施し、趣味でこんな店を経営できるわけがない。怪しい資金源を抱えているのだ。
「ところで話は変わるけど、クルミちゃん、いるじゃない」
何度も繰り返すが、ガミの店は趣味にすぎない。値段設定こそそこらのバーと変わらないが、学生相手になると半値になる。むしろそれを謳い文句に掲げていた。
当人いわく、年増のくだらん話より、若い子の話を聞くほうが面白い。
後ろめたい深淵を隠しているだけあって、ガミの人生経験値は高い。聞き上手も相まって、お酒を飲みにくるよりも、ガミと話に来ている常連客が多いのだ。特に若い子からの支持は絶大である。
クルミちゃんとは、そんなガミを目的とする常連客の一人。利発で物怖じしない、キラキラとした陽キャ大学生である。
ちなみにクルミちゃんは彼女の本名ではない。名字からもじった、ガミが付けたあだ名である。ガミは気に入った相手にはあだ名をつける習性があるのだ。
「ああ、クルミちゃんね。はいはい。あの娘がどうかしたのか?」
定例会が終えた後、俺もすぐ帰宅するわけでもない。遅くまでダラダラ、なんて悪癖こそはなくなったが、二時間ほどは腰を据えるのだ。
クルミちゃんとはそんなときによく遭遇する。ガミの友人ということで顔見知りとなった彼女は「あ、タマさんこんばんわ」と、当たり前のように隣に座るのだ。JD美少女と酒を交わすのは、とても喜ばしいイベントである。
「クルミちゃんの友だちの妹が、家出したそうよ」
「妹が家出か。そりゃ心配だろうな」
「家を出たのも昨日今日の話じゃない。それこそだいぶ前の話らしくてね。ゴールデンウィーク中にそれが発覚して、お友達は大パニックよ」
「だいぶ前って……親は一体なにしてんだ」
「家出をした際に残した書き置きを、鵜呑みにしたらしいわ。元々問題がある娘だったようだから、もうあいつのことは知らん、って問題を長女へ丸投げしたまま、放置していたそうよ」
「長女へ丸投げ?」
「書き置きにはこう書いてあったらしいわ。『東京の姉さんのところに行きます』って」
「ぐほっ!」
飲みかけの口に含んでいたものを、グラスに向かって噴き出した。
「あら、大丈夫、タマ?」
「お、おう……」
どこかニヤニヤとしているガミに、平静を装いながら気を取り戻す。
「娘が行方不明になってるって言うのに、世間体ばかり気になるようね。未だに行方不明者届けを出し渋っているらしいわよ」
「……ゆ、行方不明は言い過ぎじゃないか? たかだか家出だろ? それなりの家だったら、娘が家出したなんて醜聞、避けたいだろうよ」
「大袈裟じゃないわ。家出してからもう一年だもの。立派な行方不明者よ」
「ほ、ほぉ……一年、か」
「それだけの時間だもの。まず生死の安否が気になるところね。もし生きていたとしても、絶対にろくでもない大人に捕まって、いいように使われてるわよ」
家出娘が一年も姿をくらませれば、それはもう立派な行方不明者。
クルミちゃんの友だち、その妹さんがろくでもない大人に捕まっているかもしれないというのに、ガミはそれはもう凄く楽しそうである。
もしかしたらガミは、その妹さんの行方を知っているのかもしれない。なにせ俺にも心当たりがあるくらいだ。
「大袈裟にするのは簡単だけど、家出をしてもう一年。下手な探し方を打てば、邪推ばかりが重なって、不名誉な称号が増えてくだけ。だからといって探偵なんて雇っても、支出ばかりで成果なんて期待できないでしょうね」
行方不明とはいえ、始まりは家出である。写真付きでSNSに拡散希望で捜索してみろ。すぐにネットの玩具となって、こんな娘に手を差し伸べたいだけの人生だった、となるのがオチだ。俺だってそうする。
「そ、そのお友達が、届けを出すというのは?」
「こと保身に走ることに関しては、親は手八丁口八丁らしいわ。届けが出された時点で一報がいくから、そこで握りつぶされるのは目に見えているとのことよ」
「ほほう……にっちもさっちもいかない状況というわけか」
「その友だちが今できることは精々、信用できる横の繋がりに、写真だけを託して目撃証言を探すくらい。私もまた、クルミちゃんにそれを頼まれたのよ。お客さんにこの娘を見かけたことがないか、って協力してほしいってね」
そうしてガミはスマホを取り出すと、その写真を見せてきた。
セーラー服を着たその少女。今よりもっと顔立ちが幼くありながらも、しかしその母性は既に開花していた。
それはまさに、巨乳JK美少女が巨乳JC美少女時代の写真であった。
「どう、タマ。貴方はこの娘を知らないかしら?」
「朝うちで見たわ」
当作品は作者の主張、メッセージ性を込めることは一切ありません。
劇中で語れる全てはキャラを作り上げる設定であり、物語を進めるプロセスであります。
犯罪の教唆や幇助をするものではありませんので、それだけのご理解をお願いいたします。
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