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生きていく上で必要な知識は全てネットで手に入る。それを地でいき高みへと登り続けてきたレナは、まさに神童そのもの。あれは決して法螺話ではなかった。むしろ控えめなくらいだ。
しかもとうの本人は義務感ではなく、楽しそうにやっている。
『たったこれだけやるだけで、後は好きにしていいとか神環境すぎ。やっぱり現実はクソっすね。一生ホラーハウスに引き篭もってたいっすわ』
ホラーハウスへの敬意と感謝。それを示すように祭壇は毎日掃除をされ、日々作る夕食を供えられているほど。それはそのまま、翌日のレナの昼飯になるようだ。いわく、自分のために飯を考え作ることは面倒とのこと。
メイド王によって全ての家事から開放され、据え膳上げ膳の日々を送る俺は、根っこから生活習慣が変わったのである。時間の余裕は心の余裕。内側からエネルギーが溢れんばかりに、仕事のパフォーマンスも向上した。その仕事ぶりも評価され、月の給料も上がったほどだ。
家では巨乳JK美少女の視線に晒されていることもあり、みっともない姿を見せまいとするようにもなった。泥酔するまで飲まないと決めた日から、次第に酒の量も減っていき、気づけば家では飲まなくなっていたのだ。
そうやって生活習慣の改善、飲酒量九割減、日々の張り合いなどなど。顔つきと顔色が変わるほどに、我が肉体に変化をもたらした。
キリっとしっかりしてる、というのはまさにそれらの恩恵であった。
ハッキリ言おう。今更レナがいない生活になんて戻れない。それほどまでに生活は劇的に変わった。まさに一家に一人、自宅警備員だ。
レナが我が家からいなくなったら最後、完璧な彼女に捨てられたダメンズくらいに、堕ちに堕ちるだろう未来が見える。
そんなんだから、俺はレナに一度も姉のもとへ行く話を振れずにいる。レナもまた、その話を一切出さずにいる。
このままこの家にいることが、レナの未来のためにならないのは承知の上。その上でレナを甘やかすかのように、かつこの環境を失いたくない身勝手さによって、楽なほう楽なほう、なすがままに、未来の問題から目を背け続けてきた。
それが一閃十界のレナファルトが、自宅警備員一周年記念に至った経緯である。経緯というよりは、ただ楽に流され続けてきただけだ。
「まさに今のタマは、子供の未来を食い物にして、私腹を肥やす模範的なろくでもない大人ね」
「反論の余地がない」
おかしそうに罵ってくるガミに、両手を上げて降伏する。
「それでも言い訳をさせてもらうなら、とうの子供は生き生きとしてるんだ。『今人生でもっとも楽しいっす』ってさ」
「先のことも考えず、好きなことだけしているんだもの。そんなの誰だって楽しいに決まってるわ」
咎めるでもなく、憤るでもなく、ただ当然のようにガミは語る。
「そうやって楽しいことだけをやってきたツケは、必ず未来で払うことになるわ。でも、子供にはそれが漠然としすぎていてわからない。だからそうならないよう大人が道を示して、導かなければならないんだけど……ろくでもない大人に引っかかったばっかりに、社会のレールから外れてしまったわね」
「あー、痛ぇ、痛ぇ。中耳炎になりそうだ」
ガミの言葉は耳に痛すぎる。ロジハラでいびられているかのようだ。
「模範的な大人、社会が敷いたレールの観点から、物事を語っているだけよ。それを突きつけられて痛いと感じてるのは、中途半端にレールに乗った、良心の呵責じゃないの?」
「つまり俺に、模範的社会人としての心が残っている証明だな」
「どっちつかずの中途半端が、一番たちが悪いと思うけどね」
軽口に対してこの仕打。やはりガミはレスバが強すぎる。
「ほんと、ヘタレよね、タマは」
今度は正真正銘の、罵りの言葉をガミは吐き出した。
「普通ならとっくに手を出しているところじゃない」
手を出す。なにに? そんなの決まっている。
巨乳JK美少女だ。
「遵法精神って知ってるか?」
「赤信号と一緒よ。渡るところを見られなければ、切符なんて切られないわ。なにより、現在進行系で赤横断している男に、そんなくだらないもの問われたくないわよ」
「人に寄り添う心を尊んでいるんだ」
「嘘ね。責任の所在を、あの禁断の果実に押し付けたいだけじゃない。理解ある良いセンパイを貫き通したいだけ。望まれたから手を出したんだ、って予防線を引きたいんでしょ。言うなれば、真面目系屑ノ自虐的防衛理論かしら」
ズバズバと人の心にガミは切り込んでくる。
いつもの調子で変な造語を生み出しながら、我が心の内を解き明かしていく。
まさにガミの解答はその通り。手をこまねているのは、良心の呵責ではなくいつもと変わらぬ保身である。
一年も抱え込んでいるのだ。今更社会的責任や遵法精神など考えてはいない。それでも手を出さずにいるのは、今日まで積み上げてきたレナの信用、そして信頼が崩れ落ちるのを厭うているだけだ。
レナから向けられる感情が心地よい。それが軽蔑に変わることが嫌で、そのぬるま湯にひたり続けているだけである。
綺麗事を吐きながらも、裏では欲望に塗れたこの胸の内。望まれたなら仕方ない、責任を押し付けたい。
まさにガミの言う通り、真面目系屑ノ自虐的防衛理論である。ぐうの音が出ないほどの、正しい造語であった。
「タマ。貴方はこの社会において、手っ取り早く人より得する方法がわかるかしら?」
ふと、話を切り替えるようにガミはそんな風に切り出した。
「宝くじを当てる」
「ルールを破るのよ」
くだらない解答を一蹴するように、ガミはすぐに答えをもたらした。
「この社会はルールで雁字搦め。ちょっとしたことでもそれを破れば、全てを失うほどの代償を払うハメになるわ。それでもルール破りが後を絶たないのは、ルールの中では手に入らない得があるからよ」
よくある話だ。
軽い気持ちで破ったそれが、今日まで築いてきた全てを取り上げれる悲劇……いや、報いを受ける。そうやって罰せられた者たちが、日夜世間に名前を晒され続けている。
これが、社会のルールを破った者たちの末路だ、と。
「例えば、今やっているタマの赤横断。それが表沙汰になれば、社会が定めた罰より重たい、民衆の私刑が待ってるわ。不利益も被っていない者たちが、こぞってタマに石を投げつける。なぜかしら?」
「そりゃあ、大義名分と正義を掲げられるからだ。良心の呵責もなく一方的に殴れるサンドバックを、民衆は常に求めてるんだよ。そうやって日々の鬱憤を晴らすのが、現代のトレンドなんだ」
正しい正義感を持って行動に移している者なんて、果たしてどれだけいるか。
間違った情報を鵜呑みにし正義を振りかざしておきながら、それが誤ったものだと知ると途端に蜘蛛の子を散らす。誤った情報の被害者に、誠心誠意謝罪対応して、自ら罪を償おうとする者なんているのだろうか。
俺もそんな蜘蛛の子の一人だ。ネットで日々サンドバックを求め、行動に移している。なにせ昨日も、炎上したサンドバックの掘られた過去をRTしたくらいだ。
クスリと笑いながら「それもあるわね」なんてガミも同意する。でもガミが用意した答えはまた別にあるようだ。
「羨ましいからよ。妬ましいからよ。自分は真面目にルールを守ってるのに、ズルいことして得することは許せないってね」
なるほど、そっちもあったかと納得した。
「ルール破りだけじゃない。社会が敷いたレールを外れて、成功を収めた相手への妬み嫉みに溢れているわ」
ネット社会は、尊び喝采を送る者たちよりも、嫉妬に狂った亡者たちのほうが主張激しく声を上げるのだ。放っておけばいいものを、成功者の粗を隅々まで探す日々。下手な信者より詳しいその様は一周回って、もうおまえファンだろ、という有様だ。
「それこそ真面目にレールへ乗っているのが、バカらしくなるくらいにね。それほどまでにこの社会は、ルールやレールから上手く逸脱した者が、得するようにできているのよ」
ガミの主張はよくわかる。
真面目にレールへ乗っているのがバカらしい。そう思うほどに、レールを外れた者たちの成功が眩しいし妬ましい。なんでこんな遊びみたいなことで、一攫千金億万長者になってるんだって。
もちろん、彼らが裏でしているだろう努力は一切ないものとして見ている。
ルール破りもそう。男性教師と女子生徒の関係。またその逆。未成年者とみだらない行いのニュースに、正義感を持って憤ったことなど一度もない。出てくる感情はただ一つ。
羨ましい妬ましいである。
当作品は作者の主張、メッセージ性を込めることは一切ありません。
劇中で語れる全てはキャラを作り上げる設定であり、物語を進めるプロセスであります。
犯罪の教唆や幇助をするものではありませんので、それだけのご理解をお願いいたします。
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