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8/22

坂本龍馬について

 今年2021年も半分来ました。1月は気が重かったのですが、持ち直しています。

 コロナは変異しながら今もあります。インド型とか色々国名聞きますが、あれはそこのウィルスが日本に来たわけじゃなく、ウィルスが生き残るために自由に変異した型がインドやイギリスで見られた型と一致しているのだと思います。だからこれからも独自の変異株が広がる可能性が有ると思います。


 私は相変わらず大人しくしていて、感染していません。恐れながら用心深く生きています。皆さんも気をつけて下さいね。


 当然ワクチンに期待が集まり、接種のペースが当初の予定より大分遅れてやきもきしていたのですが、漸く軌道に乗って来たようです。いつになるのかわかりませんが、期待しましょう。


 オリンピックの開催是非で意見が対立していますが、双方の主張を聞けば確かにお互いの意義や意味があるので難しいです。でも、私は一個人なので、是非をそんなに真剣にならなくても良くない? と思います。あくまで個人的意見として、ここまできたら開催是です。但し、感染が拡大したら誰が責任取るんだ!という意見には、「責任て… 」と思います。とれるわけがありません。首相が辞めたところでコロナ罹患者がサッと減ったり救われるとは思えませんからね。


 ここは割り切って、健全に引きこもり?、テレビ観戦やニュースで楽しみますよ。それで2週間くらい大丈夫でしょ。既に大谷翔平選手のメジャーでの大活躍を楽しんでいますからね。歴史の目撃者の一人として十分です。みんな、こういうつまらない時代があったねと話せるようになるためにここは大人しくしていましょう。


 それよりも、諸外国の中国包囲網について懸念しましょう。アメリカやイギリスやフランスその他国が東シナ海に空母などを出している事実の先(つまり理由や目的)を考えてみて下さい。なかなかひやりとしますよ。日本は何故だかあまり報道しませんね。やれやれです。




 先日、武田鉄矢さんの小河ドラマ・龍馬がくる という作品を観ました。面白かったぁ。( ´∀` )


 武田鉄矢さんといえば、若い頃に司馬遼太郎さんの小説「竜馬がゆく」を読んで大変感銘を受けて、彼に憧れ、その後の人生に影響を受けた。と聞いています。御自身も何度も龍馬を演じられたそうです。すみません全然知りませんでした。武田さんといえば、金八先生です。


 風雲急を告げる幕末を舞台に、竜馬が大活躍をして、当時不可能と思われた薩長同盟や大政奉還を成し遂げた後、まるで蠟燭の炎を吹き消すように消されてしまうという物語です。


 長身で男前で、頭脳明晰で先見の明があり、性格は明るく朗らか。当然モテモテ。北辰一刀流の免許皆伝の腕前の上に、懐に短銃を潜ませて数々の歴史的快挙を成し遂げて、多くの読者を魅了したようです。


 私はこの作品未読です。すみません。これからも読むことはないでしょう。この作品はあくまでも歴史ロマン娯楽小説であり(面白ければ良いんだし、主人公が大活躍すればOK)、歴史をなぞっているものの脚色が多いのです。しかし司馬遼太郎氏の筆致が余りに素晴らく大ベストセラーになり、坂本龍馬は幕末のヒーローとして認知されました。


 氏も、そこは心得ていて龍馬の龍の字を敢えて竜の字に変えておられたのは、この作品は歴史ロマン小説であって、実在した坂本龍馬とは別ですよ~。というメッセージではなかろうかと思うのですが、鵜呑みにしてしまった人が多くいた。武田鉄矢さんもその一人だったということです。


 でもそういう人って正直ウザイ。妙に熱い上にグイグイ推し売りしてくるんだもの。私は昔の大河ドラマ「龍馬伝」が初見で、とても楽しんだ一人です。福山雅治さんが主役・龍馬で、武田鉄矢さんも勝海舟役でした。


 昭和の頃はパソコンは無いし勿論インターネットも有りませんし、坂本龍馬の研究も大して進んでいなかったということもあって、こういったヒーロー像を際立たせた傑作が生まれて世に広まったのでしょう。今ではインフラが普及し彼の研究も進んで、かなり実像に迫ってきていると思います。


 しかし、それに伴って「土佐の脱藩浪人がそんなことできるわけないじゃないか」という否定派も多く見られるようになりました。


 私は(誰でもそうですが)坂本龍馬という人物について初めて知った時、創作物語と歴史のギャップの大きさに興味を持ちました。そして彼の名前が教科書から消えるというニュースを知って、残念な気持ちになったものです。


 さて、今回の小河ドラマ「龍馬がくる」ですが、コメディです。すっかりおじいちゃんになった武田さんが、坂本龍馬役で舞台でお芝居をするというところに、本物がタイムスリップしてやって来て真相を語るという設定です。


 写真を撮ったことがきっかけになっているようで、その後も勝海舟や木戸孝允、西郷隆盛の弟(慎吾)までタイムスリップしてきて真実の坂本龍馬を語り、2018年の現代でプリクラ写真を撮って消え去るという仕掛けでした。


 まあ、まあ。ここでのタイムスリップは、話を早く進めるための単なる仕掛けなので、とやかく言ってはいけません。


 本物を目前に感激する武田さんが面白い。そして数々の有名エピソードを語りかけるのですが、それを全否定する本物・龍馬に愕然とします。日本を変えたとされる龍馬伝説は、本人は知らんというのです。


 でもね、私は武田さんがこのドラマを作ったということが偉いと思うのです。自分が尊敬していた龍馬のイメージが壊されて本気で怒る人もいるというのに、あるがままを受け入れてドラマにまでするなんて、中々できることではないと思うのです。


 ドラマの中の坂本龍馬は、2018年の日本の社会に馴染み、武田さんのマネージャーとして働いて、スタッフや共演者たちに非常に懐かれています。これで適応力の高さや人柄の良さを表現していると思います。


 近代日本の礎となった薩長同盟や大政奉還を成し、所謂「船中八策」を書いて、新政府の青写真を示した。というエピソード本を読み、龍馬はその気になって主張しましたが、タイムスリップしてきた勝海舟、木戸孝允、西郷隆盛の弟(慎吾)に全否定されて落ち込みます。これをドラマとして描くことによって、武田さんは虚像であったことを潔く受け入れました。


 そして武田さんは、坂本龍馬は、時代の潤滑油ローションであったと評するのです。幕末に時代が大きく変わる場面にそこにいて、当事者たちをある意味支援したというのです。


 龍馬自身が近江屋で暗殺されることを武田さんから告げられるのですが、これはいつもの脚色創作だと思ったようです。武田さんは言い難そうに「そうではない」と告げます。


 龍馬は、「今まで散々盛っちょいて(脚色)、なんで最期はほんまなん? 」という尤もな反論をします。日本を変えたというのが脚色ならば、暗殺する理由もなくね? というわけです。でも、龍馬は盟友中岡慎太郎と共に殺されました。


 当時この事件は、それ程大きな扱いはされていなかったようです。今では、「龍馬暗殺」として、多くの著作や映像作品があり諸説ありますが、実行犯は京都見回組というのが有力です。佐々木只三郎や今井信郎という名前が挙がっていますが、それは今となっては余り意味が無いと思います。京都見回り組は、京都の治安を守る幕府側の組織ですから、上から命令があればそれを遂行するだけだからです。


 では、その命令を下した者は誰だったのか? 当然幕府側の人物ということになりますね。京都守護職 松平容保説、若年寄 永井玄播頭ながいげんばのかみが有力です。どちらもそれなりの因縁があって、命令を下せる立場にある。でも決定的な証拠は無いので、今となってはこの辺で良いんじゃないのかな。


 そしてラスト、武田さんは龍馬愛故に近江屋暗殺を描くことができず、龍馬はおりょうと抱き合い回転するとう謎のシーンで終ろうとします。そこで龍馬はちゃんと描くべきと叱咤します。


 そして龍馬暗殺のドラマを無事に? 撮り終えて、龍馬は武田さんとスマホで写真を撮って消えてしまうのでした。


 私は、すっかりお爺ちゃんになっちゃった武田さんが、これを作ったことに面白みを感じたのです。そして、これは全否定しすぎじゃないかとも思ったのです。時代の潤滑油ローションって、ノリのいい面白いおっちゃんだから? そこまで低く評さなくてもいじゃないか。これじゃあ、あんまりだ。ということです。


 そこで、ネットや図書館で関係書物を読み、創作でない第一級資料を集めて坂本龍馬は実のところ何を成したのかをまとめてみたいと思ったのです。(コロナ禍で暇なのでね)色々わかってきましたが、創作(脚色)無しでも十分ドラマチックで面白いですよ。すごいですよ。


 坂本龍馬(以下彼にします)は、1835年(以後西暦で行きます)土佐の坂本家に生まれました。

当時の土佐藩では、上士(山内派)と下士(長宗我部派)という厳しい身分制度がありました。坂本家の身分は、下士で「郷士」でした。商売をやって裕福で、武士の株を買ったそうです。


 そういえば、今回わかったのですが、私も武田さんの「今日の三枚おろし」というラジオ番組のまとめを YOUTUBE で聞いて信じていた口ですが、「坂本龍馬は、アノ明智光秀の末裔である」という説は、他人に語っても信じてもいけませんよ~。


 もう~都市伝説って、他人に話したくなる魔力がありますよね。「俺知ってるよ」プチ自慢みたいな感じで、聞いてくれた人の驚きの表情が面白かったりしますからね、でもそれが事実でないとわかった瞬間。急に自分がロバになった感じがするものです。あ~恥ずかしー!


 本題に戻ります。彼の家族構成は、もう有名なので省略しますが、21歳の離れた長男に姉が三人いての次男で末っ子になります。少年時代の逸話については殆ど創作のようですが、普通の子だったようです。子供って神童か悪童じゃないと記録に残らないものです。


 確かな情報として、坂本家は、彼から見て祖父、父、兄と歴代藩主山内家の御廟所番という墓守役を務めていたのですが、彼はこの御役に人生を捧げる気にはなれなかったようです。


 姉の乙女とめは、彼の心情を理解してか、しばしば彼を連れて浦戸湾から船を漕いで種﨑を訪れた。そこは彼の継母・伊予いよの婚家である川島家があり、屋号を下田家といいました。


 伊予は藩の御蔵役を務める北代平助の三女として文化元年(1804年)に生まれ、後に川島猪三郎の長男・貞次郎に嫁ぎ一子・弥太郎を生んだが死別している。


 彼の父・八平が猪三郎と歌会の仲間であったことが縁で、後妻に伊予を迎えたようです。下田屋の猪三郎は商売熱心で、西欧の事情に強い関心を持っていました。下田屋は藩内で「ヨーロッパ」と呼ばれるほど西洋事情に通じていたのです。因みに西洋かぶれの諸大名は「蘭癖らんぺき大名」と呼ばれていて、薩摩の島津斉彬は蘭癖大名として知られていました。


 下田屋に来客があると、猪三郎は自慢の万国地図を広げて講釈を始め、「和蘭風説書」の情報を語っておりました。


 「和蘭風説書」というのは、オランダ船からもたらされた様々な外国事情を長崎奉行所が通詞つうじに邦訳させて報告書にまとめさせたもので、早飛脚を使って約30日で江戸幕府に届けておりました。通詞役はこれを密かに余分に印刷して売って小遣い稼ぎをしていたのです。


 「和蘭風説書」は10日に一度江戸から京都に届けられ、武家伝奏から天皇の耳に伝わっていたというのですから。当時としては非常に貴重な情報を買って知ることができたわけですね。このヨーロッパおじさんは。


 ヨーロッパおじさんこと猪三郎は、貴重なこの情報を話して聞かせ、子供ながらに興味を示したようです。重要かどうかは、聞き手の関心の度合いに比例します。この手のおじさんは、子供にもわかってもらうために色々工夫したと思います。そして、手応えを感じると楽しみを覚えるものです。


 つまり彼は好奇心や冒険心が旺盛な少年の頃は、博識で話好きの猪三郎ヨーロッパおじさんから西洋の事情について聞いており、興味を示していたようです。


 「地球は丸うて、地面と海に分かれておっての、みんな地面の上に住みゆう。これを世界というがじゃ。ほんで世界は広うて、色んな国があって、色んな人がおって言葉も色々違うんじゃ。その中で日本は、こんなに小さい! ほんで土佐はここじゃ、小さいろう」


 万国地図を広げてヨーロッパおじさんの話を夢中で聞く少年の頃の彼の姿が目に浮かぶようです。もしかしたら、天保11年(1840年)のアヘン戦争のことも話したかもしれません。私はこの体験は非常に重要であったと思います。


 1853年、19歳の時、土佐藩に江戸遊学で15カ月の暇をもらって、同年4月下旬又は5月上旬に江戸に行き、千葉定吉道場に入門しますが、彼の剣術の腕前は、それ程では無かったようです。

(ファンの方ごめんなさい。御理解下さい)


 後に、「長州訪問時に子供と手合わせして負けた」、「御前試合で桂小五郎(後の木戸孝允)に勝った」というのは事実ではない。北辰一刀流免許皆伝を証明する書文は、単なる薙刀の目録でした。


 でも、佐久間象山の塾に籍が残っているのですから、蘭学や砲術の勉強をしていたのではないでしょうか。というのも、当時のオランダ語の邦訳の間違いを彼が指摘して、彼の方が正しかった。という記録が残っています。


 しかしですよ。千葉定吉道場に入門は事実で、その跡取りの重太郎と懇意となって、長女佐那と婚約していた(少なくとも佐那は本気でした)。その後(維新後)華族女学校寮の職を得たり、千住に家伝の灸治療院を開いて生活していたが明治29年(1896年)59歳で没しました。


 その間、明治7年頃に鳥取藩出身の山口菊次郎と結婚し、数年後に離婚したという資料が発見されました。(その後は独身)のは事実です。これは彼の人柄が魅力的で良かったのではないでしょうか。山梨県甲府市清運寺に現存する墓には「坂本龍馬室」と刻まれています。


 土佐時代には、二歳下の平井かほという幼馴染と色恋沙汰があったようです。なので普通にモテたのではないでしょうか。


 そして、江戸にいる時にペリー来航を目撃するのです(1853年6月3日)。さぞや江戸は大騒ぎだったことでしょう。4隻の黒船(蒸気船)の船団は大きく、謎の駆動力でバックもできると評判でした。果たして敵なのか味方なのか?


 この時の衝撃は、そうですね、今で言えば、UFOが堂々と我々の前に現れて、中から人(生き物)が降りてきたくらいのものでしょう。現代は当時から比べてはるかに知見が広がっていますから、もう少々のことでは驚かないのです。


 御存知無い人のために記しておきますが、2021年6月末現在、所謂UFOは、もはや、いる、いない、信じる、信じない、といったレベルにはありません。厳然とあるのです。アメリカ空軍は、これまでのUFO映像を検討・公開し、国防上の脅威であるか、ないかを判定し、脅威であると議会に報告したのです。勿論これは今後も真剣に議論・検討・公開されてゆくのでしょう。


 一般的には、UFOは、Unidentified Flying Object で訳すると、未確認飛行物体 なのに、いつのまにか、根拠・証拠が無いのに、あれは宇宙から飛来した宇宙人が乗っている。と広く認識されてしまったのです。


 そして、UFOや宇宙人に関する記事や証言、映像は真偽はどうあれ売り物になり、UFOビジネスが存在しているのです。


 だから今後は、UFOという単語は使わず、新たに UAP Unidentified Aerial Phenomena

未確認空中現象 として取り扱うようになるのです。


 話を戻します。幕府は、冷静に対応し、一先ずアメリカ大統領から「国書」なるものを浦賀で正式に受け取り、翌年の1854年に今後国交についてどうするか話し合うと約束して去りました。


 そして1854年正月に、ペリー艦隊は9隻でやって来ました。2月10日、ペリーは横浜に上陸して外交交渉が始まったのです。


 「墨夷応接録」によれば、林大学頭(復斎)を全権代表に任命して、アメリカ東インド艦隊司令長官、マシュー・カルブレイズ・ペリーと交渉して、日米和親条約 を締結します。


 その内容は、漂流民の保護、石炭や水・食料の補給(港)、そして貿易でした。


 その結果、人命尊重の趣旨は賛同し、漂流民の保護、捕鯨船の補給はOK。但し港は伊豆下田と蝦夷函館。貿易は人名とは関係無いから拒否で、日米和親条約が締結されました。


 では本物・坂本龍馬は何を成した人物なのか?


 坂本龍馬という人物は後世人気が高く、多くの文書を遺しています。それに伴い偽筆が多いそうです。それというのも、御維新(維新を肯定的にとらえてこう書かれている)後の明治政府では、薩摩・長州藩出身の人物が功績が認められて要職に就き、土佐藩は大きく出遅れました。


 これは土佐藩主山内容堂が、長らく徳川幕府側の立場をとっていて、薩土盟約の不調が影響したと思います。


 詳しくはここでは説明しませんが、土佐藩出身の人物が失地を取り戻すために、坂本龍馬を旗頭として色々とアピールをしたという背景があるようです。


 いやぁ~。私は彼について特に思い入れはありませんが、少し調べただけでこういうのにあたりまして、結構ドロドロしたものがあったんだなと理解しました。今は令和の時代なので、だからこそ、そういったものを排除して彼について調べてみたいと思いましたね。


 ペリー来航による日米安保条約締結、その4年後の1858年の日米修好通商条約は、天皇の勅許無しで締結された不平等なもので、国内が混乱しました。それは、外国通貨と日本通貨を同種・同量で交換できることになったのです。


 日本の金と銀の交換レートは、1:4.65 でした。しかし、海外のレートは、1:15.3 これでは銀の価値が外国に比べて約3倍ほど高いというものです。


 これで外国人は、せっせと日本に銀を沢山持ち込んで金と交換して大儲けした結果、大量の金が流出してしまいました。幕府は慌てて小判の金の含有量を減らした万延小判に改鋳して交換レートを下げましたが、国内でインフレが起こり経済が大混乱に陥りました。


 その他、日本で開港した港付近で外国人が居住できるようになりました。そして罪を犯した場合、日本の法ではなく、外国の法律で裁かれる。というものがあります。これは実質、外国人は日本でやりたい放題です。


 このままでは日本は危うい。きっと欧米の植民地にされてしまう。(あの清国と同じように・・・・・・ )と多くの日本人は心配したことでしょう。


 不定期に書き足しているので、内容が前とは少しずつ違うかもしれません。

 

悪しからず。


 意図していたわけではありませんが、武田鉄矢さんがらみの坂本龍馬を紹介していたら、随分と軌道が外れ、真面目に彼について調べることになってしまい、長くなりましたので部を変えて続けることにします。


 

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