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人込みの孤独

作者: 檜慈里 雅

 人込みが苦手です。


 なぜ苦手なのか、ちゃんと考えてみたこともなかったのですが、人込みでは周りの人々が動き続けるので目が疲れるし、迷惑をかけないように歩かなければいけないので心が疲れます。


 だから混み合った電車の中で、大学の中で、どこであっても人の集まるところで、わたしはいつもいらいらするんだと思っていました。




 そんなわたしが、とにかくいつも人でいっぱいの百貨店、京都伊勢丹のミュシャ展に出かけることになりました。


 友達が誘ってくれて、いやわたしが誘ったのか、そんなこともはっきりしないまま二人で美術館の入り口まで行き、人であふれているのを見たところで気後れして、どこかで人が少なくなるのを待つことに。


 友達はわたしに気をつかってくれて、一緒に人の少ないところを探し歩き、着いたのは屋上でした。


 まだ日差しが強く人もまばらな地上のはるか彼方、隠れようもない日向に二人座りこみ、何でもないような話やそれぞれにとって大事な話をしながら、落ち着いてミュシャ展を観られる時を待ちました。




 聞き上手に甘えてわたしはいつも自分の悩みばかり話すのに、友達は嫌と言わずにじっと聴いていてくれます。


 おまえはずっと教師に恵まれてきた、と母はよくわたしに聞かせてくれましたが、ただ言うばかりではなく聴くことで大切なことを教えてくれる人までが近くにいてくれるわたしは、もっともっと賢くなっていて当たり前なのかもしれません。




 もう日も傾き落ちはじめた頃、意を決してまだまだ人の減らないミュシャの作品の前に向かいました。


 ミュシャの描く女性は華やかであったり強い眼をしていたり、わたしの言葉ではどうしても伝わらない素晴らしさで、それだというのに、わたしは咳ひとつ響く美術館の中よりも、素晴らしい芸術も何もなくとも自由な場所で、友達と長々話をしていたいような気がしていました。


 お土産屋さんを抜けてやっと呼吸ができるところに出てみると、壁に囲まれて見えない外がもうすっかり暗くなっているはずの時刻でした。


 友達と別れるのが寂しくて、一緒に夕食をと誘ってみたものの、ずっと人の多いところから逃げるように生きてきたわたしは、本当は外食もそうとう苦手です。


 おいしいお店などもちろん知らず、辺りを歩きまわって見つけたのはファストフード店でした。




 ミュシャを観よう、ただそれだけのはずだったのに、昼過ぎに待ち合わせ、百貨店で商品も見ず何も買わずに時を過ごし、人の流れに押されながら黙って作品を見学し、ナゲットを注文する頃にはもう20時を過ぎていました。


 こんなひどい一日に付き合わされても、友達はお店の外の喧騒に消されそうな声で楽しかったと言ってくれます。


 そろそろ疲れきっていたわたしも、本当に楽しい一日だったと言いましたし、その言葉に収まりきらないくらい本当にそう思いました。




 わたしが人込みを嫌っていた本当の理由は、人込みが人ではないもののように見えていたからでした。


 あまりに多い人を、人として見ることができなくて、わたしも同じようにその一部にされてしまうようで怖かったのです。


 それに、その中の誰かが楽しそうに話し合っていたり、手をつないでいたりするのを見たときは、わたしだけが誰とも関係していなくて、人のかたまりの一部にすらなれないような気がしました。そんなときいつも感じるのは孤独でした。


 わたしが嫌いなのは、独りでいることだったのです。




 人込みの中、ただひとり一緒にいてくれるだけで、ただひとり、あなたとわたしとして認め合える人がいるだけでよかったんだと気付いたとき、わたしの言おうとした言葉を、二人の時間を切り裂くように大きな音をたてながら、帰りの電車がホームに停まりました。


 別れたくなかったのに、友達を残してわたしは乗り込んでしまいました。


 ドアが閉まり、また孤独がわたしのお供をしてくれます。独り暮らしの友達と違って、家族が待っていてくれるわが家までの、短くはない時間だけ。




 わたしは今でも、そして未来でも、やっぱり人込みは苦手なままだと思うけれど、もう嫌いではないのかもしれません。


 大切な友達が、心でわたしと手をつないでくれる人が、ずっと隣にいてくれる人込みならば。


 決して孤独ではない人込みならば。




 ミュシャというのはフランス語の発音で、チェコ語ではムハと発音するそうです。




 美術館なんて初めてだったのですが、わたしはまた行ってみたいと思えるくらい楽しかったんですよ。でもやっぱり、ひどい一日だったなあ……もう誘っていただけないかも。


 わたしが本当の友達だって思っている人が、また誘ってくださいますように!

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