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悪役令嬢のざっくりとした事情

 ヒューマン、エルフ、ドワーフ、ワービーストなど、総じて「人種」と呼ばれるもの達の生活圏に置いて、最大の国「アークリンドゥン」。

 人口の大半をヒューマンが占めるその国は、ごく一般的な「ヒューマン至上主義国」であった。

 他の人種が主となる諸外国を圧倒する人口を有し、故に国力で他国を大きく上回る。

 この国にまともに意見のできる国などなく、周辺の国々はいつ侵略されるのかと怯えながら過ごすしかなかった。

 建国以来最大の繁栄を見せていたアークリンドゥンは、この時期まさに絶頂を迎えていたのである。

 あるいは、絶頂を迎えていたのは、ヒューマンの繁栄が、と言えるかもしれない。

 多くの国において、もっとも権力を有していたのはヒューマンであった。

 彼らは数が多く、暴力と経済力を持って他種族を虐げていたのだ。

 ヒューマンを中心とした文明が反映する一方、そのツケは他種族に押し付けられていた。

 奴隷という制度こそ、廃止された国が殆どであったが。

 その実、貧富の差により縛り付けられた多くの種族は、むしろ奴隷の方がましというような生活を強いられていた。

 巨大で文化的な大国は、ヒューマン以外の種族「亜人種」と呼ばれ蔑まれる者達の血と涙と怨嗟によって支えられていたわけである。

 亜人種たちは何度も、自分達の地位を向上させようと戦いを挑んできた。

 ある時は軍事力で、ある時は話し合いで。

 言うまでもなく、そのことごとくは失敗に終わってきていた。

 アークリンドゥン国内で小さい反乱がおこり、それが無事に平定された、まさにそんな折の出来事である。


 魔族が、人種の住む領域に、侵攻し始めたのだ。


 魔族が住むのは、人種が暮らす大陸ではない。

 少し離れた海上にある、諸島であった。

 ヒューマンが多く住むのは、大陸中央付近。

 魔族が暮らす領域とは、離れた場所であった。

 アークリンドゥンが位置するのは、さらに離れた場所。

 魔族たちが暮らす位置を西とすると、大陸の東側であった。

 多くのヒューマン達が事態の深刻さに気が付くのが遅れたのは、まさにその隔てられた距離が原因であったわけだ。


 はじめに魔族が侵攻したのは、「亜人種」を中心とする国々であった。

 多くの「ヒューマン至上主義国」つまり、大陸の大半の国にとって、どうでもいいと思われるような国々である。

 なので、多くの「亜人種」の国が滅ぼされ、魔族の支配下に置かれても、まったく気にしなかった。

 どころか、「これだから亜人は」とせせら笑っていたのだ。

 後にこれが、魔族が安全に大陸での足場を固めるため、わざと多数派であるヒューマンと敵対しないようにした行動だとわかったのは、のど元に迫った剣が肉に食い込んでいると気が付いたときである。

 多くの国が攻められ力を削られる中、魔族はなぜかアークリンドゥンには手を出さなかった。

 危険と思ったから、ではない。

 最後に料理してやろうと、手ぐすねを引いていたからである。

 はじめは一捻りにしてやるつもりで余裕を見せていたアークリンドゥンであったが、すぐにその余裕は消し飛んだ。

 他国、つまり、他種族から利益を搾り取ることで肥え太っていた「大陸最大の国」は、もはやそれなしでは維持できない国になっていたのである。

 魔族対策として国内の軍を臨戦態勢で維持していたのだが、これも悪い方に出ていた。

 兵隊を維持するのには、金も食料も大量に必要だ。

 搾り取ることができる周辺諸国を失っていた「アークリンドゥン」に、この負担は重くのしかかったのである。

 全ては、魔族の手のひらの上であった。

 当然のことながら、「アークリンドゥン」に住まう者達も、愚か者ばかりではない。

 早くから事の危険さに気が付き、手を打つべきである、あるいは、具体的な打開策を持ち出したものも、少なからずいた。

 だが、それらの意見は、ものの見事にすべて、封殺されたのだ。

 他種族を侮る愚かな為政者や、それらをうらから操っていた、魔族の手によって。

 人種の危機は、ただその愚かさが招いたものであり。

 同時に、恐るべき魔族の周到さによって引き起こされた、いわば当然の状況であったのだ。


 魔族は、人種を支配するつもりなどなかった。

 ただただ一人残らず滅ぼすことのみが、目的であったのだ。

 交渉は意味をなさず、人種はなんの区別もなく、駆逐されていった。

 ついに魔族の手は、アークリンドゥンの首へと伸ばされる。

 己の自業自得で、手を振り払うことも、身を捩ることすらできなくなっていたアークリンドゥンは、しかし。

 思わぬ起死回生の切り札を、手に入れることとなった。


 勇者である。


 それは、意志を持った自然災害のような存在であった。

 姿かたちは、確かにヒューマンのそれである。

 だが、おおよそあらゆる物理的干渉、精神的干渉を受け付けず。

 おおよそありとあらゆるものを、拳と魔法の一撃で破壊しつくしたのだ。

 物理的干渉というのはつまり、魔族が誇る最大の攻撃魔法であったり。

 精神的干渉というのはつまり、すべての生物の心を意のままに操る邪法であったり。

 考えうる限り全ての、勇者を害する方法の事である。

 大陸のほぼすべての国々を滅ぼし、人種という存在を消し去らんところまで迫っていた魔族が、すべての労力を注ぎ込んで、勇者を屠らんとした。

 しかし。

 勇者はそれら全てを欠片も意に介さず。

 というより、攻撃されたとすら気が付かないような、まったくの格の違いを見せつけて、魔族を片っ端から叩き潰していったのである。

 魔族にとってそれは、悪夢であった。

 例えば、たった一人でスプーンを使い、山を窪地に変えろと言われた方が、まだ現実味を持てただろう。

 例えば、台風をうちわ一つで無効化しろと言われた方が、まだできそうな気がしたかもしれない。

 それほどまでに勇者は、魔族を圧倒したのである。


 人種は、狂喜した。


 滅びるしかないと思われた運命が、全く予測しない形で回避されたのだ。

 大陸から魔族を追い出すことに成功したものの、すべての国々はことごとく被害を受けていた。

 特に甚大な被害を受けたのは、ヒューマンである。

 どういうわけか魔族は、ヒューマンを執拗に殺し尽くしていたのだ。

 人口とはすなわち、国力である。

 アークリンドゥンはその国力と、その源である人口を、大きく失うことになっていた。

 もはや、歴史上最大の繁栄など、見る影もない。

 ただただ必死に、何とか虚勢を張っているだけである。

 そんな態度がとれるのも、ひとえに「勇者が国内に暮らしているから」に他ならない。

 一時期はあまりにも危険すぎるということで、「勇者を亡き者にすべき」という声も上がっていた。

 だが今は、そんな声を上げるものは国上層部には一人もいない。

 そんなことは不可能だし、もしそうなったとしたら、その後自分達がどうなるかよくわかっているからだ。

 ヒューマンはそれまでの他種族と、同じ立場になるだろう。

 すなわち、奴隷以下の存在へとなり下がるのだ。

 そうならないためにも、何とかして勇者をつなぎ留めなければならない。

 アークリンドゥンは、たった一人の人間の機嫌を取るために、国を挙げざるを得ない状況になっていたのだ。




「まさか、こんなことになるなんてね」


 皮肉気な笑みを浮かべ、リーヴェエルダは窓の外に目を向けた。

 馬車の窓ガラスを通して見える景色は、太陽の日を受けて美しく輝いている。

 対面の席に座ったメイドの少女は、主である公爵令嬢に悲し気な顔を向けた。


 リーヴェエルダは、「アークリンドゥン」において大きな権力を有していた、「東の公爵家」の令嬢であった。

 最大有力貴族の令嬢であり、同時に、王太子の婚約者であった少女である。

 そう、過去形。

 リーヴェエルダは、もう王太子の婚約者ではないのだ。


 大陸最大の国であり、圧倒的な国力を有していた「アークリンドゥン」は、国内にだけ目を向けていればよかった。

 婚姻は国内の結束を深めるためのモノであり、当然王太子のそれも、有力貴族との絆を深めるためのものであったのだ。

 まだ、魔族が攻め入ってくる以前、「アークリンドゥン」でもっとも権勢を誇っていたのは、「東の公爵家」であった。

 国の端、最も他国と接する位置に領地を持っていたことで、他国から利益を吸い上げる窓口になっていたからである。

 勿論それだけではないのだが、富が流れ込んでくる入り口を抑えているということは、絶大な力を持つことにつながっていた。

 当時の「東の公爵家」は、王族に次ぐか、あるいはそれ以上の力を持っていたといって間違いない。

 そう、当時は。

 全ては、過去の話である。


 魔族との戦によって、すべてが変わってしまったのだ。

 諸外国からの富の搾取など不可能になり、広大で肥沃だった領土は荒れ果ててしまった。

 何とか戦争が終わった今、「東の公爵家」に当時のような力は、残っていない。

 ほかの貴族家と同じく、甚大な被害を追っている。

 一応国内有数の力を保つことには成功していたが、それも「ほかに比べればまだまし」程度のものでしかない。

 なにより、「アークリンドゥン」は大きく力を落としていた。

 もはや、国内だけ気にしていればいいなどという状況ではない。

 他国とも強く結びつかなければ、いつ瓦解するかわからない立場に立たされたのだ。

 強い結びつきを作るために簡単な方法の一つが、婚姻である。

 戦争が終わり、ようやく一定程度国内外の状況を把握できるようになった「アークリンドゥン」の元に、ある情報がもたらされた。

 世界各国が悲惨な状況に陥っている現在でも、一定程度国力を維持している国がある。

 もちろん元の「アークリンドゥン」ほどではないが、「現在のアークリンドゥン」とは、肩を並べるほどであるという。

 それを知った王族とその周辺の動きは、驚くほど速かった。

 自国王太子と、件の国の王女との婚姻を整えたのだ。

 混乱の中にあったとは思えないほどの、電光石火の早業である。

 この婚姻がうまく行けば、双方の国にとって利益は大きい。

 ただ、問題が一つあった。

 元々の婚約者である、リーヴェエルダの扱いである。

 王族の都合で婚約を破棄したとなると、外聞が悪い。

 なにより、「アークリンドゥン」から強く求めた婚姻だということが、多くの国に知れ渡ってしまう。

 恥や外聞だけの話ではない。

 国力の衰えや焦りを、諸外国に知らせてしまうことになりかねないのだ。

 もちろん、解決方法は用意されていた。

 リーヴェエルダがその悪行故に、婚約を破棄された、というものである。

 戦のさなか、情報が混乱していた折のことだ。

 そういった話は、いくらでも作ることができた。


 リーヴェエルダが事情を知ったのは、全く身に覚えのない悪行をあげつらわれ、婚約破棄を言い渡されたのちの事である。


 事情を知ったリーヴェエルダは、しかし。

 それを、受け入れたのである。

 彼女は国のため、身を捧げる覚悟で生きてきた。

 戦の中、多くの兵士達が命を賭してきたように、国を守るためであれば如何なることも厭わないつもりでいたのである。

 形こそ初めに思っていたものと違いことすれ、それを受け入れることで国のためになるのならば、是非もない。

 リーヴェエルダは汚名を抱えたまま、処分を待つこととなった。

 辺境の修道院に送られるのか。

 あるいは、処刑されるのか。

 しかし、全く予想だにしていない「命令」が、リーヴェエルダの元へ届いた。


 勇者の妃になれ。


 国を、人種の世界を救ったあの「勇者」が、貴族としての地位を欲したという。

 辺境の土地にこもり、外へ出るつもりはない、と。

 もちろん、言葉のままに受け取ることはできない。

 だが、要求を蹴ることもできなかった。

 様々なことを考えた末、「アークリンドゥン」はこの要求を受け入れる。

 ただし、一つ条件を付けて。

 貴族として遇するからには、貴族にならなくてはならない。

 その方法として、「リーヴェエルダとの結婚」を持ち出したのである。

 貴族と結婚することで、勇者も貴族の血筋とするのだ、というのが、その理屈であった。

 無理筋ではあるだろうが、危険な存在も「身内」となるのであれば、ある程度は受け入れやすい。

 それに、「東の公爵家」は、何代も前から王家との血のつながりもある。

 リーヴェエルダと妃とするならば、勇者と王家は血縁関係と主張することもできるはずだ。

 相当に強引な手法と言わざるを得ない。

 しかし、そんなことでしか状況を打開できないほど、「アークリンドゥン」は疲弊していたのである。

 それが分かっていらばこそ。

 リーヴェエルダは、これを黙って、受け入れたのだ。


「ああ、おいたわしや、お嬢様……! なぜ、化け物のところになど……!」


「そんなことを言っては、失礼だわ」


「ですが、お嬢様!」


 メイドの少女は、沈痛な面持ちで胸を押さえた。

 貴族同士の結婚というのは、初めて会うもの同士で行われることも普通である。

 しかし、いくら何でも、あの勇者の妃にされるなんて。

 メイドの少女も、リーヴェエルダも、勇者の噂は聞いていた。

 曰く、誰にも心を開かず、ただ寡黙に魔族を屠り続ける。

 化け物。

 表立って言うものはいないが、多くのものがそう呼んでいた。

 そんなものの妃に、リーヴェエルダはされようとしているのだ。

 まるで、いけにえの様である。

 口さがないものはそんな風に言っていることを、メイドの少女は知っていた。


「くそっ! 何が勇者よっ! どうせ暴力を振るうことしか得手の無い、大量破壊兵器を低能で制御しているような奴なんだわっ! 寡黙だっていうのだって、本当はただ人間の言葉もしゃべれないぐらいの愚か者だからなのよっ!」


「もう。そんなこといって」


 リーヴェエルダは、困ったように苦笑をする。

 メイドの少女は自分の気を紛らわせるために、そんなことを言っているのだ、と思っているのだ。


「世界を救ってくださった、勇者様なのよ。きっと、素晴らしい方に違いないわ。愛していただくことはできないでしょうけど、精一杯お仕えしなきゃ」


 リーヴェエルダは、本心から勇者に感謝していた。

 己の危険を顧みず、世界を救ってくれた人。

 そう、考えていたのである。

 彼女は世界でも数少ない、勇者に心の底から感謝を捧げている、一人だったのだ。


 だが!

 勇者はそんな御大層な存在では!!

 なかったのである!!!

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