少年と悪徳商人(IF)
とある国のとある都市、その都市の一部にスラム街があった。
そんなスラム街に、ハルという名前の少年が母親と暮らしていた。父親はハルが産まれる前に亡くなっている。
ハルはその日の食い扶持を稼ぐため、スラム寄りの倉庫で荷物整理をしていた。その小さな身体には大きすぎる荷物を抱え、危うげなく、あっちに置いたり、こっちに持ってきたりしている。
日が落ちてくると、倉庫の持ち主が来た。
主人「おい、ガキ。ほれ、今日の分だ。とっとと持って出ていけ」
主人は数枚の硬貨を投げ渡す。
ハル「有り難う、ございます」
ハルは受け取り、追い出される様に倉庫を出る。
ハルは買い物をしてから家に帰ろうと思ったが、体の弱い母親が心配になり、一旦帰ることにした。
そして、歩いていると、ハルのそれとは違い、きちんとした服を着た人々がハルを見て笑っていたり、八百屋で奥様方に売り付けていたり、横道を見れば行商人のような男性が商売をしていたりしている。
ハルは周りを見ない様にしながら、俯き、足早に歩いていった。
ハルの家は、家?と感じるような代物だった。そんな、ボロボロの家に入り、声をかける。
ハル「母さーん、ただいまー」
ハルは奥に入る。すると、彼の母親が倒れている光景が見えた。
ハルは駆け寄る。
ハル「母さん!どうしたの!」
母親を揺さぶってみるが、苦しそうにするだけで反応を返さない。
ハル「待ってて!今、お医者様を呼んでくるから!」
ハルは走り出す。
ハルは、手持ちの金で受けてくれそうな医者の所へ行く。有名な医者は料金がその分高いからだった。
ハルは扉を思いっきり開ける。
ハル「助けて!母さんが倒れたんだ!」
医者「なんだぁ?おい、坊主、金はあるのか?」
ハル「お金はこれだけです」
ハルはそう言い、全財産の今日の給金を差し出す。
医者「ふん。しけてんなァ。まあ、良いか。おい、ガキ、案内しろ」
ハル「有り難うございます!こっちです!」
ハルは医者を連れて家に戻る。
ハル「母さん!お医者様を連れてきたよ」
医者は母親を診る。
医者(こりゃ長くねぇなぁ。高ェ薬使っても無駄か。報酬も安ぃし、安いコレ使うか)
医者「ふむふむ。これを飲んで安静にしていれば治るでしょう」
医者はその安価な薬モドキを渡す。
母親「あ、ありがとう、ございます」
ハル「有り難うございます!」
医者「いえいえ、これが仕事ですから」
医者は去っていった。
ハル「大丈夫?母さん」
母親「ええ、お薬も飲んだし、大丈夫よ。ハル、ありがとうね」
ハル「えへへ」
ハルは安心し、笑って母親に抱きつく。
母親の容態は順調に回復していった。しかし……………
それから、数日後。ハルは仕事を終え、食料を買い、帰る。
すると、母親が倒れている光景が見えた。母親に駆け寄る。
ハル「母さん!母さん!………かあ、さん?」
母親を揺さぶってみても、何の返事もしなかった。それどころか苦しそうにもしていなかった。その、体は既に冷たく、息をしていなかった……………
ハルは医者の所へ向かう。母親を見ると医者はこう言った。
医者「ああ、こりゃ死んでんなァ。まあ、大方、じっとしてなかったんだろうよ」
ハルは、その言葉に反論した。母親は安静にしていたと、ちゃんと食べていたと。
医者「ハア、おい、ガキ。ンなもん知るかよ。テメェの母親は勝手におっちんだ。それだけだぜ」
医者はそう言い捨て、去っていった。
ハルはフラフラと歩いていた。何も考えられなかった。何の目的もなく、漂い歩くだけだった。
そうこうしていると、スラムの外に出た。どうやら、新しいお医者様一家が来ており、歓迎されているようだった。
すると、ハルを良い身なりの子どもが取り囲む。
子A「おい、こっち来いよ」
子どもはハルを人気のない横道に連れ込む。ハルには、断る気力も逃げる気力も何にも残っていなかった。
子B「良し、誰もいないな」
子どもはハルを引き倒す。そして、殴り、蹴り、叩き、のし掛かった。
子A「ハッ、スラムの奴がくるんじゃねぇ」
子B「汚いんだよ」
子C「とっとといなくなれよ」
子D「テメェの居場所なんてこっちには無いんだよ」
子E「スラムにさっさと帰れ」
しばらく子どもはハルに暴行を加えていたが、ハルが何の反応も返さないでいると、飽きたのか、唾を吐きかけ、去っていった。
ハルはそのまま、倒れていたが、やがて起き出した。
ハルはゆっくりと周りを見渡す。
日は落ちきって暗くなっていたが、蝋燭の火が家々から漏れだし、笑い声が聞こえてきた。
ハルは、何か黒いものが自分に覆い被さるように感じた。
ハル「ああ、ああ。………フッ、アハハハ、アハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
ハルは狂ったように笑い出す。そして、ギラギラとした、憎悪の感情に表情を歪めた。
十数年後、その国で反乱が起きた。貧困層の不満が爆発し、富裕層に襲いかかったのだ。
そんな、反乱軍の中には、青年となったハルの姿があった。
手下「ハルさん!この辺りの金持ちはこの屋敷だけです」
ハル「ああ、知ってる。おい、この家はどんな奴等だ?」
手下「はい!ここは、先祖代々続く医者の家系らしいです。それで、ここの娘は大層な美人で『聖女』と呼ばれているんだとかで………」
ハル「ア?……………俺は、医者が嫌いなんだよ………決めた。皆ゴロシにしてやる」
反乱軍が屋敷を襲撃する。護衛の騎士達は何人も切るが、数の暴力で押し潰される。
ハル「ハッ!切れ、切れ、切りまくれ!」
ハルは一人突っ込む。剣術を学んでいる騎士が圧倒される。
騎士「つ、強い!」
騎士「そっちに行ったぞ!…ギャア!」
騎士「イーズ!くそ、スラムの野郎が!逆らうんじゃね……グハッ」
騎士「ひっ来るな!ぎっ、ギャアアアア」
ハル「ハハッ、手応えねぇな!騎士さんよ!」
ハルは扉を蹴り開ける。騎士を切り、従者を切りながら突き進む。
ハル「どけ!医者はどこだ!」
すると、立派な服を身につけた男性を見つける。
ハル「おい、あんた!あんたは医者か?」
男性「な、なんだね、君は」
騎士「お下がり下さい!当主様!こいつは危険です」
ハル「当主?テメェが医者か!」
ハルはそう叫ぶと一瞬で歩み寄り、騎士を切り捨てる。
騎士「なっ!見えな………」
男性「お、落ち着きなさい!こんなことをしても…………」
ハルは男性を斬る。
ハル「………うるせぇな。分かってンだよ。ンなことは」
手下が走って来た。
手下「ハルさん!後はあの塔だけです」
ハル「……ああ、テメェらは生き残りがいないか、確認しろ!俺一人で突っ込む!」
手下「ハハ、俺らの分も残しといて下さいよ!」
ハルは走る。すると、騎士達がぞろぞろと出てきた。
騎士「ここで止めるぞ!」
騎士「ああ!何としても『フローラ』様をお守りするぞ!」
騎士達「おう!」
ハル「なんだぁ?わざわざ出てきて、そんなに切られたいのカァ?」
騎士達「うぉぉぉぉぉ!」
ハル「ハッ!遅ぇ遅ぇ!」ハルは、降り下ろす、切り上げる、薙ぐ!その度に赤い飛沫と鈍い光が舞う。
ハルは騎士達を切り捨て、突き進む。すると、階段が見えた。
ハルは登る。そして、階段の先にあるドアを開けた。
そこには、背中を向いた女性がいた。
ハルは瞬く間に近づき、その持った刃で彼女を貫く。
女性「………カフッ……もう、こんな、所まで、来たのか」
ハルは、こちらを向いた顔を見て固まった。それは、今までに見たことのない、美しい、端正な顔立ちであったからだ。
女性「なあ、キミ。なぜ、君は、そんな、顔を、している」
ハル「……………ハッ。ハァ?何を言って」
女性「ああ、これは、君が、望んだ、ことなん、だろう?なら、なぜ、君は、そんな、悲し、い顔、をして、いる」
ハルは自身の顔を触る。自分では、笑っていると考えていたが、笑ってはいないようだった。
女性はハルの腕に手を回し、自分に刺さる、赤く染まる刃を抜いた。女性は、そのまま倒れる。
ハルは、自分でも何故だか分からないが、女性を支える。
女性「ハァ、ハッ、ハハ、君は、なぜ、そんな、ことを?」
ハルは、答えられなかった。
女性「君は、良い、人だな」
ハル「ハァ、アンタは何を言って……」
なぜか、ハルの視界は滲んでいった。
女性は手をハルの顔に伸ばし、触れながら「ふ、フローラ」と呟いた。
ハルは疑問に思ったが、ここを守ろうとした騎士が「フローラ様」と言っていたことを思い出した。
ハル「は、る………俺は、ハル、だ」
フローラは微笑み、徐々に力が抜けていった。
ハル「フローラ……フローラ」ハルはフローラを強く抱き締める。
フローラの体からまるで生気が感じられなくなった。
唯一無二の大切なものを失った、とハルは感じていた。
ハルは叫ぶ。叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、ずっと、叫んでいた。その頬には生暖かい水が零れおちていた。
ハル「あ、ああ、ああああアアアア、アアアアァァァァ、ゥアアアアアアアあああああアアアアァァァァァァァァァあああアアアァァァァァ、ァァァァァァァァァァァあァ あああアアア」
いつまでも、いつまでも、ハルは泣き叫んでいた。
その後、一つの国を滅ぼした戦火は周囲の国にも飛び火した。
一つの国を滅ぼした、反乱軍の中心にとある青年がいた。その青年はハルと呼ばれる青年だった。彼は数多くの人間を殺害した。だが、彼は先の見えない貧困層の人々を救ったのだ。彼が造った国はどんな人間でも受け入れ、一部が富を独占しないよう、各方面で監視する仕組みを作り出した。
彼は現在ではこのような通り名がついている。
『心優しき残虐王』『征服王』そして、『魔王』と……
余談だが、彼は生涯、結婚することが無かったそうだ。その理由は、不能であったとか、実は責任をとるのが嫌で愛人は大勢いたとか、故人に心を捧げているとか、と言われている。