メモリーカード / 後編
ロードしますか?
それはつまり、
セーブした時点に戻りますか? という意味がある。慣れ親しんだゲームの世界では。
だから僕は、躊躇せず「はい」を選択した。それはほとんど反射的だった。
身体が宙を舞って、上も下も右も左もあべこべな僕はそろそろ地面にたたきつけられるとびくびくした。しかし、実際に僕が痛みを感じることはなかった。僕は気がついたら横になって宙を見上げていた。
ベッドの上でだ。
その日から僕はロードできる人生を手に入れた。ロードをすると、セーブをした時点、つまり最後にセーブした日の朝に戻ることがわかった。そして、ロードは僕の意志に従って発動することができた。僕はチャリで転んだ日をきっかけに、その機能を使えるようになったらしかった。
不便だなと思うのはただひとつ。いつどこでも使えるロードと違って、セーブは朝起きた瞬間にしかできないことだった。いつでもセーブできればもっと便利なのに、と僕は贅沢な悩みを抱えた。
しかし、それからの僕は恐いものなしだった。中間・期末テストは一度全部試験を受けてからロード! 休みの日は友達と日が暮れるまで遊んでからロード! クラスのかわいい子たちに告りまくって一発で付き合える子が見つかるまでロード!
僕はこの世の春とやらを謳歌した。
一通りの遊びを満喫した僕は刺激を欲していた。いままでなら絶対に考えなかった悪いことをしてみようと思い立った。
僕の家から5分ほどチャリを走らせたところに24時間やっているコンビニがある。僕を含め家族も普段からそのコンビニをよく使っているんだけど、そこで万引きをしてみようと思いついた。こんな機会でもなければ僕には絶対できない行いだ。すぐにコンビニに向けて
チャリを飛ばした。
コンビニには夕方の時間帯にいつもいるメガネのおじさん店長と主婦っぽいおばさん店員がいた。僕は黒のリュックをかるってお店に入った。とりあえず、一回目はどんなものかテキトーにやってみようと思った。
僕は雑誌が並んでいるコーナーの一番端にあるエロ本を一冊つかんでリュックに普通にしまった。とくに注意らしきものは受けない。そもそもレジからこの位置は死角になっているのだ。
続いて僕は高い物を手に入れようと考え、回転するタワーに置かれたカードを盗むことにした。このカードはケータイにチャージして使うらしく、手のひらに収まる一枚が一万円もするものがあった。僕は迷わずそれを手に取り、店の奥のへと歩く。再び店員から死角になるところへ行って、リュックの中へ落とす。お客さんも僕の近くにはいなかった。
「犯行」はあっさりと達成されてしまいこれならロードする必要もなかったな、と拍子抜けしながら店を出た。すると店を出てすぐ、後ろから肩をつかまれた。びっくりして振り返ると、店員の格好をした若い男が僕を睨んでいた。ダメか、やっぱりそんな上手くいくはずないよな、と思いながら僕はロードを心の中で唱えようとした。しかし、いつものように「ロードしますか?」という声が聞こえてこない。おかしい。僕がロードしたい時には必ず呼びかけてくれるのに。僕は思わず声に出していた。
「ロード!」
「はあ? 何言ってんだ? 君万引きしたよね。ちょっと店の奥で話そうか」
そ、そんな。やばい。ちょっと、早く。ロード! ロード! きてよ! ねえ。おい! ロード・・・・・・。
気がつくと僕は泣いていた。
「泣いても駄目だぞ。親御さん呼んで、それから学校にも連絡する。観念しろよ」
なんでロードできないんだ。なんで・・・・・・。
結局僕は両親に烈火のごとく叱られ、学校の先生からはどうしようもなく失望された。僕は学校でも家でも腫れ物のように扱われるようになった。
そうそう。ロードできなかった原因は単純だった。母さんが不要だと思ってメモリーカードを捨てたのが数日前。だからちょうど万引きをしたころにあのメモリーカードはゴミとして処分され、この世から消えてしまったのだ。
どんなに悔いても取り返しはつかない。
そう。僕はメモリーカードさえあれば間違えなかった。
僕を苦しめた人間はみんな、絶対に、許さない。