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なんで、結婚していて、子どももいるのかわからないというので、なんで、結婚していなくて、子どもがいないのかわからないと言ったら、笑われた。私は笑わなかったのに。

なんか、こんな訴えばっかり書いている気がします(笑)

久しぶりに恋愛ではありませんが言いたいことを詰めました。


プロローグ


 これは、何気ない日常のほんの一コマ。誰の目にも止まらないような、何ともない一コマ。


 大森菜摘は、大きめのカーキ色のトートバッグを持って、1軒のカフェに入った。「有名な」、「おしゃれな」なんて修飾語がつかない、どこにでもあるような少しだけ古びたカフェ。「レトロ」とも違う、ごくごく一般的なカフェだった。菜摘は休みの日にはよくこのカフェに来ていた。家から歩いて5分のところにあること、そしてBGMが今流行りのJポップではなく、眠くなるクラッシックではなく、洋楽であることが気に入っている理由だ。あともう一つ理由を上げるとすれば、休日なのにいつも混んでいないところだろうか。

ふと時計を見上げれば10時を少し回ったところである。

 菜摘がこのカフェでコーヒーを飲みながらすることは大まかに3つだ。1つ目は仕事。菜摘は会社の事務をしていた。大手とは言えないが、小さくもない会社である。菜摘の会社では主に機械の賃借をしていた。相手先は大手企業や公共機関であり、不況の今でも、とりあえずコンスタントに仕事が舞い込んできている。個人情報の取り扱いが厳しく言われるようになったため、会社から持ち出す資料の数は以前より少なくなった。けれど、カフェに入れば半日は椅子から動かないため、総数が少なくなったとは言い難い。

基本的にコーヒー2、3杯で、ひどいときには1杯のみで、一日中居座るため、店にとって菜摘は「いい客」とは言えないだろう。それでも、今のところは嫌な顔はされていない。けれど、いつも決まって店の一番奥まった席に案内されるので、軽いブラックリストには入っているようだ。

「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「1人です」

「こちらへどうぞ」

 このカフェはマスターが1人、店員が1人で切り盛りしている。店員は大学生だろうか、まだ若さが残る顔立ちをしている。微笑むと可愛い女性の店員は、今日も笑顔で菜摘をいつもの場所に案内した。2人が向かい合うように座る小さな席。壁側と通路側で向き合う形だ。菜摘はいつも壁側の店内が見渡せる席に座るようにしている。そして、この店のおすすめだというアメリカンコーヒーを頼み持ってきたノートパソコンを開いた。小さなテーブルの上に、所狭しと書類を広げ、新規客確保のためのプレゼン資料の作成に取り掛かった。匂いを楽しむのではなく、味を楽しむのではなく、喉を潤すために、コーヒーを口に運ぶ。

「ふう~」

 思わず小さな息が漏れる。首を左右に倒すと、ボキボキと嫌な音がした。小さく肩を回す。こちらも嫌な音がする。 

 来週頭に行うプレゼン資料の作成はなんとか目途が立った。あとは職場で上司に確認してもらい、修正すればいい。息をつき、もう一口とカップを持ち上げたが、白いカップの底が見えるだけだった。その底を見つめたまま菜摘は少し考える。

仕事はひと段落ついた。けれど菜摘は、軽く手を挙げ定員を呼んだ。

「同じものをもう一杯」

「はい、かしこまりました」

 微笑んで頭を下げる店員に、菜摘も同じように笑みを浮かべた。


 菜摘がカフェですることの2つ目は、「ぼーっとすること」だ。ただただ、何も考えず、機械的に口にコーヒーを運ぶ。ストレス社会に生きる菜摘にとって、その時間がとても重要であった。以前はそれだけだった。仕事をし、それが終わったらぼーっとする。けれど、最近もう一つやることが増えた。それは「人間観察」。

どこにでもあるカフェには、どこにでもいるような平凡な人たちが訪れた。けれど、そんな人たちも、日々に不満や幸せを抱えて生きている。至極当たり前で、けれど、気づかなければ見落としてしまうことだった。

 菜摘は運ばれてきたコーヒーに口をつけながら、ぶしつけにならない程度に辺りを見回す。菜摘の他にカフェには7人の客がいた。菜摘の席から一つ開けた隣にいるのは2人組の女性だった。見た目で年齢を判断するならば、一人は20代後半でもう一人は30代前半といったところか。20代後半の彼女は少しぽっちゃりとした体形であり、逆に30代前半の彼女はモデルのように痩せている。仲が良いようで笑い合う声がよく耳に入った。

菜摘から斜め右側、窓ガラスの付近の席に座るのは一人のダンディな男性。推定年齢は55歳。白髪が混じった髪。けれどそれがさらに渋さを演出していた。男性は菜摘と同じく一人でこのカフェに来ているようだった。新聞を広げ、コーヒーを飲む。大手商社の部長クラスで手にしているのは経済新聞もしくは英字新聞、と思うのは彼に夢を見過ぎだろうか。

 そして菜摘の席の斜め左側。店のちょうど中央あたりの4人掛けのソファー席に座るのは男性2人だ。スーツ姿の彼らは昼食をとるために入ったようで、テーブルにはピザトーストが置かれている。仕事に夢中で時間を確認しなかったが、時計を見ればあと少しで正午だ。今日は土曜日であるが営業に行ってきた帰りなのか、今から行くのか。雰囲気からして営業帰りだと予想をつける。

 最後の一組は老夫婦だ。マスターと知り合いなのか、カウンターの席に座り、時々マスターに話題を振っている。小さな声で目を見ながら話し合う姿は「幸せだ」と言っているようで微笑ましかった。その光景に菜摘は癒されていくのがわかる。


 そう、これは何気ない日常の一コマ。あってもなくても何も変わらないただの時間。


2つ隣の席に座る女性たちの話


「この前、人間ドック受けてきたんですよ。そしたら、病院で『きれいなリバウンドですね』なんて言われちゃって」

 菜摘が座っている席の一つ開けた隣の席。女性2人のうち、若い方が自分の話の導入をしゃべり出す声が聞こえた。小さなカフェの店内。大きな声を出さなくても、どうしても声は耳に入ってしまう。

「リバウンド?」

「はい。半年前から6キロも太っちゃいました」

 そう笑う彼女は、けれど気にしている様子は見られない。軽く視線をやると、確かにぽっちゃりとしている。「太っている」という表現より「ぽっちゃり」が似合う体型。

「全然気づかなかったよ」

「本当ですか?結構太りましたよ。…先輩とは毎日会社で会っているからわからないんですかね?」

「そうかもね。それで、なんでそんなに太ったわけ?」

 先輩の問いかけにぽっちゃりの後輩は少しだけ首を横に傾げる。

「彼氏ができたから、ですかね」

「なんだ、結局惚気か」

「えへへ」

「わー、羨ましい」

「先輩、めっちゃ棒読みじゃないですか!…そう言えば、私、少し前からバイキングにはまってるんですよね」

「何、彼氏と行くの?」

「いえ、友だちと3人で行ってます。やっぱバイキングって食べ過ぎちゃいますよね」

「まあね。好きなものを好きなだけ取れるのは嬉しいよね。私のところもよく子ども連れてくよ」

「あれ、お子さんって何歳でした?」

「6歳の男の子と4歳の女の子」

「可愛いですね」

「まあね。イヤイヤ期も過ぎたし、育てやすいよ。あんたも早く結婚しなさい」

「頑張ります」

 後輩の言葉に2人が小さく笑った。彼女たちはそのまま別の話に移行する。

『いや、彼氏関係なくね?』

 菜摘は思わず心の中でツッコミを入れた。聞こえてきた話を整理すれば、後輩の彼女は最近リバウンドをしたようだ。そして彼女はそれを「彼氏ができたから」と言ったが、どう考えても、友だちと行っているバイキングが原因だろう。若いっていいなとも思うが、菜摘もまだ30前半。今年の7月の誕生日で33歳になる。推定年齢ではあるが後輩の彼女とそこまで年齢が離れているとは思わなかった。

 菜摘はもう新しい話題に移っている彼女たちの話を耳に挟みながら、まだ熱いコーヒーを冷ましながら口に運んだ。菜摘にはもう5年彼氏がいない。しかし、必要性は感じていなかった。休日のカフェに一人で来るくらいには、菜摘は一人が好きだ。煩わしい約束も、愛の言葉も必要としていない。特に何があるわけでもない毎日が楽しかった。

 ふと彼女たちに目を向ける。

『恋愛していることがそんなに偉いのか?』

思わずそう問いたくなった。結婚して子どもを持つことがそんなに偉いのか。家でも会社でも直接言われはしないが、結婚して子どもを持つことが当たり前だという雰囲気はひしひしと伝わってくる。けれど、子どもが熱を出したと午前中の早いうちから帰る同僚の代わりに会議に出るのは菜摘だ。余計に増えた会議のせいでデスクワークができずに、残った仕事はこうして休日に片づけている。彼女は、謝りはするがその一方で菜摘に結婚しろ、子どもを産めと当たり前のように言うのだ。強制ではなく、ただそれが絶対的な正解であるように。

 結婚して、子どもを持って。それは確かに素晴らしいだろう。少子高齢化のこの社会では救世主になるのかもしれない。けれど、サポートをしているのは独身組だ。全員が子どもを持つようになれば、きっと社会はパンクする。けれど、と菜摘は自分に問いかける。残業をすることが偉いのか。結婚せず、一人で休日カフェに来て、仕事をこなす。それを偉いと思ったことはなかった。何が偉くて、誰が偉いのか。

 菜摘は手を挙げて定員を呼んだ。

「すみません、このトーストと飲み物のセットを1つください」

「はい、かしこまりました。飲み物は何にいたしましょうか?」

「アメリカンコーヒーで」

「はい、かしこまりました」

 一つも崩れない笑顔で店員は頭を下げる。それに従うように菜摘も小さく頭を下げた。

 10分もしないうちに菜摘の求めたものがテーブルに並ぶ。広がっていた書類をトートバッグの中にしまい、小さく手を合わせた。

「いただきます」

 小さな声でそう言った。


 きっと何を選んでも正解なのだ、と菜摘は思う。そう思いながらトーストを口に運ぶ。ほのかに香るバターの匂いが、さらに空腹にさせた。だから早く、と自分で自分を急かし、二口目もすぐに口に運ぶ。

 正解なんて、決められるものではない。何か一つを正解だとするのではなく、それぞれがそれぞれを正解だと思えばいい。私の世界の正解は私だ、と再びテーブルに来たコーヒーを飲みながら菜摘は自分に宣言する。誰かに決められることはない。自分で選んだ道が、自分の世界で不正解などありえないのだと。



ソファーの席に座る男性たちの話


「なんであんな風にしかならないんですか!」

 抑えようとしたが抑えきれない、そんな声が耳に入った。菜摘はふと視線をそちらに向ける。声の主は、店のちょうど中央にある4人掛けのソファー席に座っているスーツ姿の男性だった。昼食を食べ終わったのかテーブルの上にはコーヒーカップしか残っていない。けれど彼らは立ち去る様子もなく、話をしている。そんな様子から、営業先から帰ってきた後だという菜摘の予想はおよそ当たっていたのだろう。2人の男性は1人が若く、もう1人は菜摘と同じくらいの歳に見えた。若い方はもう1人の男性に比べ10近く若く見える。おそらく、仕事を始めて一年目か二年目と言ったところだ。

「うちの会社、このままじゃ、ダメですよ。やり方が古すぎるんです。もっと抜本的なアイディアを見つけるべきです。先輩もそう思いませんか?」

 ゆったりと洋楽が流れるこのカフェに似つかない声のトーンで若い彼が前に座る先輩に訴えた。

「まあ、落ち着けって」

 思わず立ち上がりそうになった彼を先輩が手でなだめる。若い彼は少しだけ浮かせた腰を素直にソファーに戻した。

「お前の言いたいことはわかるけど、前例踏襲も必要だ」

「前例踏襲って、その方が楽なだけですよね?それって何も考えてないってことじゃないですか?だからライバル会社にどんどん顧客取られるんですよ」

「まあ、お前の言うことも一理あるよ」

「やっぱり先輩もそう思いますよね!俺、いい考えがあるんです。えっとですね…」

 そこから若い彼は息継ぎを忘れているんじゃないかと思われるほど言葉を並べた。

 先輩は若い彼の話を、相槌を打ちながら聞いている。若い彼は気づいていないようだが、その先輩の様子からは何かをしてくれる様子は見られなかった。菜摘は彼らを盗み見ながら、スーツ姿で苦笑いを浮かべる先輩の彼と自分がよく似ていると思った。

 やる気がある人に嫌悪感を抱くようになったのはいつからだろう。それが年下だとイラつきさえする。何もしていない自分が悪い。それはわかっている。やる気がない、そんな個人的な問題なのだ、結局は。けれど、なぜかイライラするのだ。

先輩の彼はどうだろうか。イライラしている様子は見られない。けれど、彼には若い彼の言葉を受けて、何かを改善する様子は見られない。話を聞いて、きっとそれで終わりだ。何もしない。きっと彼は「前例踏襲」を繰り返すだろう。

「すみません」

 菜摘は小さくそう声を上げ、店員を呼んだ。

「はい」

「アメリカンコーヒーをもう一つください」

「はい、かしこまりました」

 今日の自分はなんていい客なのだろうと自画自賛する。コーヒーはこれで3杯目。飲み物セット付きのランチメニューまで注文している。でもこの席を離れたくはなかった。平凡な人生のありきたりな一コマだからこそ、菜摘はその瞬間を見ると自分のことに置き換え考えてしまう。

「だから俺は、仕入れ先を海外にするべきだと思うんですよ」

「確かにそれはいいアイディアかもしれないな」

「ですよね!アメリカかオーストラリアが無難だと思うんですけど」

「そうかもしれないな」

「それでその次は…」

 若い彼のアイディアはまだまだ止まらない。そんなアイディアを出す前に、ワイシャツのしわを何とかするべきではないのか。菜摘はそう思ったが、そんな風にすることも彼の言う「古い」ことなのかもしれない。

 若い彼らのような人たちがやる気に満ち溢れていると気づいてしまうのだ。自分には何もないと。言葉は自分に跳ね返る、なんてよく聞く。だからこそ、マイナスのことは言っていけないのかもしれない。けれど何もないことはマイナスなことだろうか。平穏な日常が好きだった。頑張り過ぎず、言われたことをやることが好きだ。だからこそ、やる気のある人を見るとイライラする。邪魔しないでほしいとさえ思う。きっと先輩の彼も思っているだろう。余計なことはするな、と。けれど口に出さないのは、若い彼のようにやる気を出すことが本当はいいことだとわかっているから。やる気を出して出世するのも、ほどほどにしてほどほどの道を歩くのをきっと自分次第だ。だからと、心の中で若い彼に言い放つ。

『確かにあなたは立派だけれど、みんながあなたのように頑張りたいわけじゃないの』

 平凡で何が悪いのか。何もないことの何が悪いのか。それでも幸せだと笑うことはおかしいのか。いや、きっとおかしくなんてない。だって、私の世界で私の決めたことが不正解な筈がないのだから。


 菜摘はすっと席を立った。数枚になってしまった注文票を握り、レジへ向かう。

「あなた、よく見かけるわね」

 カウンターで夫婦仲良く話していた老婦人が菜摘に声をかけた。一瞬驚いたがすぐに頷く。

「はい。よく来ています」

「いいわよね、静かで。コーヒーもおいしいし」

「そうですね」

「繁盛してないだけですよ」

 菜摘と老婦人の会話にマスターが苦笑しながら少しだけ口を挟む。その言葉に菜摘は老婦人と目を合わせ、小さく笑った。

「お会計は2,400円です」

 唯一の店員はダンディなおじさまのところに注文を取りに行っているので、レジはマスターがしてくれた。

「ありがとうございました」

「ごちそうさまでした。…マスター、もっと宣伝したらお客入るんじゃないですか?」

 菜摘の言葉にマスターは一瞬驚き、すぐに首を横に振った。

「そうかもしれませんね。でも、いいんです。このくらいが私にはちょうどいい」

 そう言ってマスターは人好きのする笑みを浮かべた。老夫婦もそんなマスターを見て優しく笑う。

「そうですね。私もその方が助かります」

「また、お待ちしてますね」

「はい」

 小さく頭を下げると、菜摘は外に出た。外は春が訪れたとはいえ、店内に比べて肌寒い。風が冷たくて、思わず身を震わした。

「家帰って、テレビでも見るかな」

 思わずそんな独り言が口から出る。

 彼氏もいない、結婚する予定も子どもを産む予定もない、仕事にもやる気がない、これと言った趣味もない。それでも、と菜摘は思う。

 それでも、幸せだと胸を張って言えるなら、それでいいのだと。


 これは、ただの日常の一コマ。なんの教訓にもならない、ただの一コマ。けれど、菜摘の人生を構築するにあたり、重要な一コマなのだ。


最後まで読んでいただいてありがとうございました!!

人生に悩みまくっているのが、バレバレですね(笑)

でも、すっきりしました。

大丈夫、自分は幸せです(笑)

皆様の人生にも、幸多きことを願います!

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