大きくたって小さくたって
201号室、この部屋だな。
「あのーすいません、ここに入寮することになったスルヴァという者なんですが、挨拶に来ましたー。」
コンコンとノックをする。すると中からガタガタと忙しそうに音を鳴らして走り回る音がする。
「ちょっと待つのじゃ!すぐ行くぞ!」
お?聞いたことのある声と喋り方だな。
数秒待つと中から見たことのある金髪と小さい背丈の女の子が出てきた。
「待たせたのじゃ、それで誰じゃったかの……てスルヴァじゃないか!お主もこの寮じゃったか?」
「やっぱりレイチェルか。俺もこの寮にすむことになったんだ。」
ふとレイチェルの後ろにある部屋の中を見ると、入寮の準備というか、私物を漁っていたのか凄く汚い。俺は村から持ってきたものはないし、最低限必要なものはあるから、準備することもない。
「な、中を見るでない。片付けというのは苦手なのじゃ。」
「別に気にしてないよ、タイルさんもそんな感じでグータラだったし。俺も手伝うよ、暇だから。」
「タイル?そんなやつ知らんってちょいちょい!待つのじゃ!勝手に入るな!馬鹿!」
「馬鹿!?酷いこと言うなよレイチェル!これでも九九ぐらいは言えるんだぞ!」
馬鹿なんて久しぶりに言われたぞ!最後に言われたのはもう三年も前なのに!
「すごい過剰反応するのぅ…九九?そんな簡単なもん出来んくてどうするんじゃ!」
「簡単!?じゃ、じゃあ7×8はいくつだ!」
「56じゃ。」
「馬鹿なぁ!?」
「馬鹿はお主じゃろ…」
掛け算の中で最も難しいと言われる七の段…さらに言えば八をかけるという高等テクニックを軽く解くなんて…
「レイチェルって天才だったのか…」
「お主は武術に長けとるわりに、頭は悪いんじゃのう。こりゃ傑作じゃ。うははは。」
「笑うなよぉ…俺は武術一筋だったんだよぉ……」
「泣くレベルなのか!?ま、まあこの学園は実力主義じゃし、学力はいらんから気にすることはないわ。じゃからな?泣き止むのじゃ。ほ、ほら。」
ぐすん…だってデアーばあちゃんが九九が出来たら何処でも行けるっていうから…涙とか出てないし、ちょっとヨダレが出てるだけだし。
「ぐぬぬ…とりあえず部屋に入るのじゃ。こんな修羅場とも見える現場を見られては困るのじゃ…」
「うぅ…失礼します…」
「はぁ…なんであんな強い者のメンタルがこんな脆いんじゃ…つい部屋に入れてしまったしのぅ。」
さっきからレイチェルはなんでこんな溜め息を吐いているんだろう。それにしても本当に汚いな。入寮してすぐだろう?部屋中に箱やら服やらで散らかっている。
「うん、部屋に入れてもらったお礼に入寮準備の手伝いをするよ。」
「だからいらんと……もういいのじゃ、頼むのじゃ。」
よっしゃ任せろ。俺は掃除が得意なんだ。じいちゃんの道場やばあちゃんの家、村中の家屋を掃除してきた俺に死角はないぞ。
「あ、これ。パン」
「死ねぃ!」
「ぐはっ!」
デアーばあちゃんと同じ…黒い下着だったよ……
● ● ●
「よっし、良い感じになったな。」
「苦労が絶えんのじゃ…」
部屋は黒色を主軸とした、暗めの配色だ。吸血鬼としては暗い方がゆったりと出来るらしい。そしてベッドは棺になっている。これにレイチェルが入って寝ていると思うとシュールに感じるよ。
「意外と時間がかかったな。」
「お主が色んなもんを見つけるからじゃろうが!」
「あぁ、ブラジャーってレイチェルくらいの胸でも着けるんだな。知らなかったよ。あれ、レイチェル?おーい。」
「お主…マジぶっ殺なのじゃあ!!」
なんで!?すごい痛い!直立の体制からまさかのドロップキック!?なにか気に障ることを言ってしまったのか…?
「痛い。やめてくれ。」
「何故効いてないのじゃ!?化け物かこやつ!!」
「レイチェルちゃん?少し声が大きいわ、一体なにを」
あ、ルーチェさん。あれ?なにか忘れているような…なんでレイチェルはそんな顔を赤くしているんだ?ルーチェさんはなぜ息を荒くしているんだ?……あ、ここ女子部屋だった。
「やぁーん青春ねぇ!お邪魔したわ!ごゆっくり~!」
「待つのじゃ!言い訳をさせてくれなのじゃ!ていうか反応が昭和の母ちゃんか!」
「レイチェル!この世界に昭和とかないよ!」
世界観が崩れるようなことを言うのはやめてくれ!今までにも危うい発言があったというのにっ!
「あ、それより二人とも、夕飯の準備が出来てるわよ。」
「それ言いに来たのなら最初に言うのじゃ…」
「夕飯が勝手に出てくるって凄いな。俺はいつも自分で作ってたから楽に感じるよ。」
「あら、そうなの?これからは私が作ってあげるわ。管理人の務めだからね。」
「我はいつも配下が作ってくれとったから自分で作るなんて考えられんわい。」
「え、レイチェルって配下なんて居るのか。すごいな。」
「仮にも純血の吸血鬼じゃぞ…それなりの地位だって持っておるのじゃ!」
凄いな、配下なんてどうやったら作れるんだろう。吸血鬼っていうと、昔村に来たことがあったけどな。そういえば綺麗な服を着ていたけど、あれが貴族の服なのかな。
「ほら、食卓に集まって。今日は他の子はジキル君しかいないから少し物足りないわね。」
「ジキル?誰じゃ?」
「先輩だよ。お尻が好きらしい。」
「え、やだキモい。」
口調が変わってらっしゃる。ジキルさんはお尻が好きだけど、それ以上に頼りになりそうな先輩なんだけどな。
● ● ●
ふぅ、美味しかったなぁ。あの煮込みハンバーグっていうのは。どうやって作ったんだろう。それにケチャップっていうソースも良い味を出してた。
あとなんであんなにジキルさんはキレてたんだろう?言っていいことと悪いことがあると言ってたな。もしかしてお尻好きって言っちゃいけないことだったのか。それは悪いことをしたなぁ。
夕食も食べ終わり、俺は部屋に戻ってベッドに倒れ込んでいた。村ではずっと布団で寝てたから、ベッドで寝るのは久し振りなんだよな。
タイルさんだけはベッドで、一回だけ寝させて貰ったけど、次の日には落ちていたのでもうベッドは諦めたのだが…ちょっと怖いな。
そんな風に考え事をしていると、気づかぬ内に俺は眠っていた。もちろん、次の日にベッドから転げ落ちていたことは言うまでもない。
● ● ●
「おはよう、クレア。」
「あら、速いわね。」
「うむ、我と共に登校してきたからのう。」
俺はレイチェルと同じ机に二人で座っていた。基本的に席は個人の自由らしい。レイチェルとは同じ寮なので朝から一緒に出てきたのだ。
意外なことに朝に強くなるために早起きを心掛けてるらしい。
『吸血鬼なるもの、弱点は無くしておくべきなのじゃ!』
だと言っていた。でも太陽を見た瞬間にもたれ掛かってきたので、太陽を克服するのは難しいらしい。吸血鬼って意外と弱点多いよね。
「レイチェル…だったかしら。仲が良いのね、スルヴァと。」
「ん、まぁのう。」
「同じ寮だったからな。」
クレアも興味ないようにしていたくせに、名前は覚えてるんだな。つんけんしていても、仲良くなりたいってのはあるのかな。
「はぁ?同じ寮?スルヴァと、レイチェルさんが?」
「俺には君もつけないくせにレイチェルにはさんを付けるんだな。いや良いけどさ。」
「んなことはどうでもいいのよ!」
あぁそうですか。
「ふん…別に恋仲ではないのじゃな。」
「あ、何か言ったか?レイチェル。」
「なんでもないわ。スルヴァと同じ寮なのは本当じゃ。昨日は部屋に無理やり入ってきて我の下着を触っていたからのう。」
「うんちょっと待ってレイチェルさん?それは多分、禁句だと思うんだ。待って、クレア。頼むからそれ以上俺を軽蔑の眼差しで見つめないでくれ。」
「このロリコンが。」
ロリコン?意味は分からないけど貶してるのは分かるぞ。くそう、変態と同じ意味だったりするのか?※対して差はない
「のう、クレアとやら…そのロリコンという言葉の意味は理解して言っておるのかのう?ん?」
「当たり前よ。貧相な胸をして、恥ずかしくないのかしら。」
「よし分かった戦争じゃなッ!?戦争がしたいんじゃなッ!?」
「あら、私はこんな小さい相手をいじめる趣味はないわ。」
なんでこの二人はこんなヒートアップしてるの。ほら、登校してきた生徒が集まってきてるよ。恥ずかしいなぁ。見つめられる俺の身にもなってくれよ。
「「スルヴァはなぜ傍観を決め込んでるのよ(じゃ)!」」
「えぇ…息ピッタリじゃん、仲良いな。クレアも友達が出来て嬉しいだろう。」
「こんなやつと友達!?ありえないわよ!」
「こっちからも願い下げじゃ!」
あれ?仲良いのか悪いのか分からないな。もしかして本当に仲が悪いのか?
「そんな貧相な胸に集まってくる男なんているはずないわ!」
「うるさい牛乳!そんな脂肪のかたまりなぞ要らんわ!」
「は、はぁ!?牛乳ってなによ!じゃああんたは直ぐに出荷される豚かしら?いいえ、鶏ね!臆病者のチキンだわ!」
「なんじゃと!?チキン?臆病者?言ってくれるのう!!今すぐその乳を切り取ってやるわ!!」
あー、先生まだかなー。速く来ないかなー。速く来てこの二人を止めてくれないかなー。
「ならばスルヴァに決めてもらおうぞ!」
「いいわ!スルヴァ!あんたはどっちがいいのかしら!?」
「え、なに急に。」
「胸よ胸!大きい方か小さい方どっちがいいのよ!あ、一応、言っておくと私が、大きい方!よ!」
「なぜわざわざ言ったのじゃ!」
胸の大きさか、別にこだわりはないけどな。その人に似合ってる大きさが一番だと思うよ。小さい背丈のレイチェルは小振りな胸の方が丁度良いし、クレアの大きい胸も良いと思う。
「ま、大きい方が良いって言うよね。」
「勝ったわね!!」
「ぐぬぬぅ、裏切ったなスルヴァ!!」
じいちゃんがよく言ってたよ。確か、ボンッキュッボンっていうスタイルが良いと言っていたもんな。胸は大きく、くびれは細く、尻は安産型が素晴らしいってね。
「でも小さい方だって小さいからこその魅力があるしな。」
「うはは!やはり時代はスリムな貧乳よりなのじゃ!」
「う、うるさいわね!大きい方が良いに決まってるわよ!スルヴァがおかしいだけ!」
おー酷いことを言うな。おかしいって、俺のどこがおかしいのか。胸の好みなんて人それぞれだろう。
「結局どっちがいいのよ!」
「そうじゃ!速く答えるのじゃ!」
「うーん…まあ、どっちもいいよな!……え?」
次の瞬間、俺の目の前に飛んできた2つの脚は、それはもう見事に俺の顎と鳩尾を捉えていて、俺の体は吹き飛ぶのだった。
やっぱり二人とも…息ピッタリじゃないか……ガクッ
ドンドンドンドン
「速く起きるのじゃスルヴァ!!学校に行くぞ!!」
ドンドンドンドン
「聞いておるのか!スルヴァ!?」
ドンドンドンドン
「くそう、もう扉を壊すしかないのじゃ!」
「あら、レイチェルちゃん。スルヴァ君ならおトイレに行ってるみたいよ。」
「…我はこの扉の音が好きなのじゃ。」
ドンドンドン……
ドボン!
「お、今日は大きいのが出たな。健康な証拠だ。」




