はい、最強が山を下りました。避難してください。
まだ陽が顔を出す前の、薄暗い明かりのなかで俺はたくさんの老人に見送られ、一歩を踏み出そうとしていた。
「行ってらっしゃいというやつじゃの、スルヴァ。」
「……頑張ってこいよ。」
「ファイトー、たまに会いに行くからねー。」
「これ、邪魔しちゃいかんよ。スルヴァちゃん、寂しくなったら帰ってくるんだよ。」
みんなが優しく声を掛けてくれる。いままで色々とお世話になっていたので自然と涙が出てくる。
「ありがとうみんな…俺絶対、第一魔法学園に受かって見せるからさっ!手紙送るからね!!」
そう、俺は高校を受験するためにこの村を出るのだった。
それを暖かい眼で笑顔に見送ってくれている人たちは、筋肉隆々で全身が鋼よりも硬い大きく髭を生やした、なぜかいつも上半身裸のリューンじいちゃん。
その10メートルの背丈に、それよりも長く大きい大剣を肩に担いでいるシャドさん。
見た目は若い男性で、軽い口調をしていながら錬金術とかいって何もない空間から鉱石を取り出すタイルさん。
怒らせたら村のなかでも一番怖い、この前隕石を落として畑を壊したデアーばあちゃん。
みんな俺が子供の頃から俺を育ててくれていた、見た目も声も変わっていないが家族みたいなものである。
「じゃあ俺行ってくるよ!!」
「卒業したら帰ってくるんじゃぞー。」
「ふん…帰ってこなくてもいいがな。」
「シャドー、別れ際なんだからそんなこと言ったらダメだよぉ。」
「彼女とかも作ってくるんだよ、スルヴァちゃん、あたしはどんな女でも認めるからね。」
「もうやめてよデアーばあちゃん!もう行くからねー!」
好き勝手言うのはやめてほしい、彼女なんて…俺は同い年の女の人を見たことがないから、接し方なんて分からないんだから…
そんなことを考えながら俺は村から飛び出して、このトラン山の頂上の村から飛び出して、第一魔法学園のある町、トランベスタを目指して走っていった。
スルヴァが走っていき、見えなくなったところで、4人の老人たちはため息を吐いた。
「大丈夫かのう…わし、下の世界の常識を教えるの忘れていたんじゃが…」
「……は?おいくそじじい…てめー下のこと伝えてないのか?」
「だってこんな早く村を出るとは思わんかったし……」
「土を弄るなじじい!」
「まあ大丈夫なんじゃない?そんなに気になるんだったら…」
若い男性の容姿をしたタイルはなにもないところから鏡のようなものを取り出して、それを浮かせた。
「ほら、これを見ればいいじゃん?」
その鏡には自分の背丈の数十倍はある巨大なイノシシを素手でノックアウトしているスルヴァの姿が写っていた。
「…戦い方がなっちゃいねぇな。こんなんで下の世界に送ってよかったのか?」
「そうだねー…このままじゃあなれてもSSランクの魔剣士くらいかなー。」
「じじいども、あんまりスルヴァちゃんを盗み見るのはダメだよ。」
「……じじいどもって、お前もばばあじゃねえか。」
「おいシャド…今、何て言ったんだい?」
「まあ待つんじゃ、そんなことをする暇があるなら、例のアレの準備をするんじゃ。」
「「「しょうがねえな」」」
そんな老人たちの会話を知らない少年は、トラン山から全速力で降りていた。スルヴァは知らなかった、この世界において、自分がどんな達人や玄人を相手にしても余裕で勝利できる強さを持ち合わせていることを。
「えっと確か…ここから300km走ったところにあるのがトランベスタか…方向はこっちだな、10分くらいで行けるかなー。」
標高300kmの山から、息を切らさず走って降りてきたスルヴァは地図を見ながら独りで呟く。
「絶対受かって見せるぞ!!」
その強さが、常識から飛び抜けていることを、そして今まで育ててくれた老人たちは、この世界においてそれぞれの分野で伝説と吟われた者たちだったことを…知らなかったのだった。