転校生再び
登場人物
私(霞原紗香)神絵杏(学級委員長)下根田
時雨柚(男の娘) 音花莉奈(生徒会執行部長) 謎の男子生徒二人
夕焼けに赤や緑の混じった落葉が弧を描いて舞っていくのは何とも物悲しい。塵も積もれば山となるというが、校庭では枯れた桜の葉が隅っこで山となっている。焼き芋すらできそうな枯れ葉の量だった。なんとなしに窓を眺めているとグラウンドの隅ではもう温かいお茶を飲んでいる体育会系の部員がいた。ふと頭に浮かぶのは若山牧水である。
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり。
ぼんやり秋の静けさを一人酔いしれて味わうのもまたよし。お酒はだめだけど。あるいは。もしも僕らの言葉がウィスキーであったなら……、お酒はだめだけど。でも、もし私たちの言葉がケーキであったなら。もし私たちの言葉がモンブランであったなら。
ぐう、とお腹が鳴った。
「……てますかー?」
うーん、お腹すいたなあ。
「聞いてますかー? 霞原さん」
うーん、お腹がですか? え? はい? 私ですか?
「あ! はい」
ばん、と机を叩かれて、立ち上がってしまう。生徒全員こちらを見ていた。生徒達の間では笑いどころか緊張感が漂っている。教室の出来事である。学級委員長の神絵杏が丸眼鏡を中指で持ち上げるところだった。
「いいですかー? たそがれていいのは、中二病患者と不良どもだけですよー?」
緑髪のツインテールの子であった。喋る口からは八重歯がのぞいている。机のかどをがしっ! と鷲掴みにし、身を乗り出す神絵杏はにこりとするが、丸眼鏡の中の目は笑っていない。うっ、なんたる威圧感。それはそれで迫力があった。禍々しいくらいの迫力であった。ついついぼーっと……。秋のモンブランで、空想、上の空で、謝るほかない。
「す、すみません」慌てて居ずまいを正す。
私の席をあとにする神絵委員長は小さな背なのに表現しきれない怖さがある。生徒達の間でも恐れられていて教室の小さな悪魔と呼ばれているくらいだった。
それから教卓へ戻っていって、演説のように続けた。
「生徒諸君、私はホームルームが好きです。私はホームルームが大好きです」
神絵委員長がホームルームについて熱く語っていくうちに生徒達の間でホームルーム! ホームルーム! と大合唱が始まり、ついつい私も拳を振って叫ぶのであった。
「ホームルーム! ホームルーム!」
よろしい! と神絵杏は声高々に宣言する。
「ならばホームルームです!」
こうして神絵委員長の指揮のもとホームルームが始まったわけだけれども、いざ始まると普通の口調に戻るのだから不思議なのであった。熱意のある神絵杏のことはすごく尊敬している、それに対して……、情けながら私はというとここのところ毎日、すぅ~っと魂が抜けてぽわぽわ空に飛んでいきそうなくらい茫然自失としているのだ。机が一つ空いているのを見ながら思う、時雨柚はいつ学校へ来るんだろう、と。月夜の出来事から一週間以上経っていた。まだ音花莉奈先輩が面倒を見ているのだろうか。にしては長すぎるし、もう時雨家に帰ってしまったんじゃないか。転校自体取りやめになったのかも。そうなると不安で不安で仕方なくなってくる。
あの日の出来事が夢のようで、柚がいなくなると思うだけでもう胸が締め付けられるような、いなくなる、また転校する、そんなことが現実になったらもはや悪夢だ。いや、夢は逆夢ともいうし、杞憂の夢であって現実の方が重要である。でも現実に柚は学校にいない。堂々巡りの頭を抱えそうになる。嗚呼、玉の緒よ、私よ、耐えねば耐えねば……。
「最後に転校生の紹介です」
はっとなる。
「時雨さん、来てください」
合図と同時にがらり、と引き戸が空いて颯爽と歩いてくる転校生のなびいた金色の髪の毛はまさに柚の香りが今にも漂ってきそうな。しゅっとした頬、つんとした鼻、目はきりっとしていてどこか外国人風の濱原高校のブレザーはまさに女子姿の時雨柚の姿であった。
「ゆ!」
慌てて口を噤む。生徒が数人振り返ったが、また霞原のたわ言だろうとさっさと黒板に向かったのだった。
頬を叩く。慎重に、慎重に。冷静になれ私。月夜の神社で結ばれたひみつの展開はまだどう転んだのか分からないのだ。勝って兜の緒を締めよ!
「時雨柚です。初めまして、みなさん。どうぞよろしくお願いします」
柚が私をちらと見る。うん、間違いない。
女の子の声だ。女子生徒として高校に通うことになったんだ! 兜とか慎重さはどうでもよくなってしまい、早く話したかった。何が何でも抱き着きたい、柚の香りを嗅ぎたい、考えると恍惚で涎すら出てきそう。
何だか教室が騒がしいのであった。それもそのはず、外国人風の大和撫子がやってきたのだから、騒がずにはいられまい、内心幼馴染の美麗さに誇りすら覚えてふんぞり返っていると、委員長は何を思ったのか別の席を指定する。
「下根田君の隣に」
下根田、いや待て待て、それだけは待ってください、委員長。何故、私の隣でもなく空いた席でもなく、下根田なのでしょう……。
言われるままに柚は下根田の隣の席に移動させられる。運も尽きた。これではまるで生き地獄である。彼の隣に座った柚は「よろしくね、下根田君」と言ってほほ笑み、腰かけた。が、しかしそうは問屋が卸さない。何故ならそやつは腐れ外道セクハラマシンであったからだ。後頭部に手を当てて照れも恥もなく言うのだ。こう……、尻だの胸だの。
「へ、へ、綺麗っすね」
椅子からずり落ちそうになる。あ、あの下根田の下ネタが封殺されているのであった。なんという事態……。柚の神々しさ、よもや非の打ち所がない美しさに天変地異が起きている。あり得ない。ゆずちゃん、さすが! 感激のあまり心なし泣いているとホームルームが終わり、チャイムが鳴った。
すぐに柚に駆け寄ろうとするがすでに人だかりができていた。
下根田はもう教室の隅っこに追いやられ、女子の黄色い声を遠巻きに男子が見ている状態だった。時雨さん髪きれーい。日本人だよね? 友達になってくれる? すごーい。わーい。サインまでねだられる始末で、まるでアイドルである。私には目もくれず女子たちの熱烈な歓迎に応えているのだった。
私のゆずちゃんが……。落胆していると教室の引き戸ががらりと開いて、またざわめきが起きた。
何故なら扉に現れたのは音花莉奈執行部長その人であったからだ。音花莉奈先輩は二人の男子生徒を連れ添ってやってくると柚と人だかりの前に立った。
「控えたまえ」謎の男子生徒二人が毅然とした態度で女子たちに立ちはだかる。
ええい、控えおろう、この方を誰だと思っている。この家紋が目に入らぬか。悪代官を名指ししそうな勢いである。
「君たち、そろそろ帰りたまえ」
堂々と人の壁に割って入った音先輩は、助さん、格さん、この人を頼むと目配せで柚の両脇を持ちあげ連れて行こうとする。
「時雨君、少し用がある。霞原君、君もだ」
私も?
うっかり八兵衛のようについていくしかなかった。
下根田くぅ~ん、座布団一枚