月夜の鏡にうつるは策士が如し
登場人物
私(霞原紗香)羽田猫子(友人)音花莉奈(生徒会執行部長)
謎の女子生徒
銀河鉄道の夜。
夜空のはるか向こうの宇宙からあらわれて見える銀河は水素やガラス玉より透き通っていて見えると言ったのはジョバンニだったけれども、神社の前で仰いだ夜の銀河は見渡すかぎり星のきらめきも、天の川や月のまんまるさも羽田猫子にとって見えたまま言うから「クッキー、ミルクチョコレート。お腹すいたにゃー!」とすっかりお菓子に変わってしまっていた。
「まだつかないのか」ひとりごちた音花莉奈先輩が坂を見上げる。
歩けど歩けど長い坂をのぼる私たちはもうそうろそろ濱原神社に着いてもいい頃だった。
夜は短し歩けよ私たち、くっついて現れる月を見上げつつ神社にたどりつく頃には歩けよというか、食い意地はった魍魎跋扈のあやかしのよう。開けたビニル袋をのぞいて、何でも食わんばかりの空腹に襲われていた。
「やっとついたし、お腹すいたね」
美味しそうな夜空に当然、三人ともお腹が鳴るのでありまして、音先輩も羽田猫子も私も仕方なく神社の前で大福やケーキやらお菓子をむしゃむしゃと食べている。花より団子もとい、月より団子。または月見団子ともいうのかしら。月光のもとお腹を満たして各々とも戦の準備が整う。
「おいしかったにゃ!」
お腹をぽんぽんと叩いて平らげてしまった猫子にケーキをおごったのは私であった。模試結果のお祝いをしてなかったのだから、ここは当然とばかりにコンビニで買って二人にふるまったのだ。それこそ猫子はよく頑張ったし、慄きながら結局来ることにした音先輩を鼓舞し応援するつもりもあったから。しかし、音先輩だけがお大福を頬張りながら何とも妙な声で「うっ」と言うので、あらあら、喉でも詰まらせたのかな、彼女の背中に手をやろうとしたときだった。
「ああ、なんと表現していいのだろう。イチゴみずみずしさと餡とハーモニーを奏でるもっちりとした感じ。まるで私の舌を包む母なる抱擁、これぞまさしく餅のマリア様……!」
言うやいなや額に手をあてて倒れそうな勢いで支えるのもやっとだ。
「先輩殿、憑依かにゃ!?」猫子が声をあげるが「ひっ、いやまだ霊は出ていない」音先輩がかぶりを振って否定する。
そこではたと、私に歩み寄りお大福すら食べたことないのか音先輩はやや不満げに言う。
「もっと欲しい……、のだが」
物足らなさそうに口をすぼめて目を潤ませ私を見るのでまあまあ、ビニル袋はもう空だし、ここはごちそうさまの意味とごめんなさいの意味もこめて手を合わせてと言うほかない。
「また買いましょう、ね? 先に目的を果たしましょう」
「確かに、私が先陣を切ろう」
言ってから勇んで石段に足をかけたやにわに風の悪戯で草がふわり揺れると、身を鮮やかにさっと私の背後へ、ひょこと隠れてしまう。
「うむ、何かいそうな気配だ。私は高校から懐中電灯を拝借した、照明をつとめよう。私はどん尻、いや羽田君は後方を、頼んだ」
天知る地知る今しがた音先輩は霊の影すら知ってしまったらしい、私の知っている音先輩ではなくなっていたので胸を張って私が石段をあがっていくことにした。
「なーに任せてください! 魑魅魍魎、妖怪、幽霊なんでも来いです」
お腹に肝を据えて言ってはみるもののいざ、石段をあがっていくと不気味に浮かび上がる鴨居は朱い色で確かに怖さがあったし、一寸先は闇というし何が起こるか分からない。音先輩が照らす懐中電灯の光で血色の様であった鴨居が続く石段を上っていく足はすくみあがるのもあってか、自然と止まるたびに「ひ」と「きゃ」と「おー?」が続いてしまう。ひきゃおー、ひきゃおー、ひきゃおー、三度いるはずのない幽霊さまたちに訳の分からない祝詞を繰り返したあたりだった。
刻参りではないのだから気持ちを清らかに、すぅ~っと無に身を預けるべし、頬を叩く。
ええいままよと石段を駆け上がっていくのだ。音先輩の手を掴んでとん、とん、とん、と跳ねて跳ねる私の背中に「ま、ま、待ちたまえ」と制止の声が刺すが、もちろんのこと止めるつもりはありませんよ、私が言うが前にたどりついた先が境内だった。
木の影で囲われて、まーるく円をえがいた境内の淡い光は、月の丸い光に鏡写しになったかのようだった。あるいは銀盤のステージで、私たち三人の影法師が仲良く手を握り合っていた。銀幕の舞台そでにいて眺めてみてもそこに踊る役者はいないし、おどろおどろしい幽霊、魑魅魍魎、妖怪の類もいなかった。
「誰もいない」
石段を遅れてあがってきた猫子はまるでは霊などというまやかしはいようがいまいが意に介さない様子で背伸びすらしている。
「おー、ここが神社かにゃ。月見ができそうにゃ」
「さすがです! 猫子ちゃん」
猫子の勇ましさに圧倒されつつ、しかし、いまさら月見するわけにもいかない。私たちの先にお賽銭箱と社があるだけで人のいる気配どころかやっぱり何か出そうなのだけれども、生きている人の気配はなくて静まり返った境内の敷地にはコオロギか、鈴虫かしら、りんりんと羽虫の音がするだけだった。りん、りん、重なり奏でている虫の音に何か遠くからゴロゴロ雷鳴のようなものが、気のせいだろうか。気配がしたような。
「ほう」
懐中電灯で自分の顔をあてた音先輩がぬっと顔を出した。
「ひぃぃぃ、その魍魎だけは、それだけはご勘弁を」
思わず仰け反ってしまう。
「何を訳の分からないことを言ってるんだ。霞原君。まったく、時雨君どころか誰もいないではないか……」
たいそうご立腹の様子でやっぱり、ほらみたことか、ついでに何もないじゃないかと心霊番組の種明かしを知ったばかりだった。
ひるがえって当の私は少し心臓を落ち着かせながら、のぼってきた石段を見ていた。確かに雷鳴ではない、エンジン音のようなものが近づいてきている。
「まったく何が釣りだ……。釣りを見る方も無駄な時間を使ってしまった、やれやれ」
肩をすくめるそばで私は石段を振り返ったまま固まってしまうのだった。エンジン音は確かにこちらに向かっている。
「いえ……。それが」
垂らした釣り糸に何かかかってしまったのだ。
「本当に何か、何か」指を指していた先から迫っていそうなのだ。
「何かって!?」
明後日の方に怯え声をあげていた私たちの音先輩の口を、ちょいと失礼と、塞いで木の陰に隠させる。ついでに猫子の手もひっぱり、従うままに興味津々といった体で「なにかにゃ?」と身を屈めて、私たちはがさがさと草むらに隠れる。声を落として「何ごとだというのだ」と音先輩が私の肩をゆさぶるものだから、もう少しじっとしてもらないだろうかひとつ狸芝居を打ってみる。
「幽霊かも……」
「きゃっ……」顔の色を失い、生徒手帳をお守りのように掲げ「成仏を……、成仏を……」何やら念仏をぶつぶつ唱えるのでこれでしばらくは安心かな、あとはポケットにいれておいたアメちゃんを猫子に分け与える。
「うまそうにゃ」
これこそ馬の耳に念仏、馬の鼻先に人参をぶら下げる、たぶん意味はあっていないと思うけど場を鎮める策略であった。あとは釣った魚をどう料理するかである。霞原紗香、孔明が如し!
石段を上がってくる、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……、番町皿屋敷のお菊が皿を数えるようにかすかな音を数えているとやがて止まった。
草むらからのぞいてみる。
人影のようだった。
でも濱原高校の女子制服で確かだった。
丸いものを被っている。
フルフェイスヘルメットから、さらり――。
ウォーキングデッド見すぎてコーラがまずい