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スタバ女子力戦争その2

登場人物

私(霞原紗香)羽田猫子(友人)時雨柚(男の娘)

 差し出されたのは黒い液体の入った小さな紙コップだった。まるで子供用のシロップであった。もはや黒いガムシロップなのではないかと思うくらいだった。これがエスプレッソ……。飲めば死ぬほど苦いのだ。苦すぎる……。こんな飲み物がコーヒーなんて、中善寺秋彦に問いたいぐらいだった。どうしてこの世の中は不思議なことだらけなのかね?

 結局店内は騒がしいので店外のテーブル席に座ることになった。

「こう写すとインスタ映えするにゃ」

 羽田猫子はねだねここの前に出されたのはピンクの飲み物で、それはそれは何ともお洒落というか氷も一杯入ってるしクリームが浮いてて綺麗でキラキラしている。その飲み物を猫子はスマートフォンでその飲み物を写そうとしている。

「インスタ蠅? 虫?」

 私が訊ねると柚が代わりに答えた。時雨柚しぐれゆずは頬杖をついて、コーヒーを啜っている。

「インスタグラムってこと。SNSだよ」

 そう言う彼女はやっぱり優雅で、髪の毛もさらさらで男だとは到底思えない。顔立ちはしゅっとしているし、瞳もおだやかな線なのにきりっとしている。

「あ、ツイッターとかの」

 思いついたように言ってみるものの珍しく猫子が「ツイッターはだめにゃ」と横やりを入れてくるのだった。

「え、なんで?」

 反射的に問い返すと、向かいの席でスマートフォンを弄りながら甘いと言いたげにちっち、指を立てて舌を鳴らすのだった。

「ツイッターは年齢制限があるにゃ。そもそも女子高生がツイッターやると危ないにゃ」

 柚もそれに賛同するように付け加える。

「まあ炎上しやすいからね。下手したら晒し者にされてしまう」

 晒し者……。まるで戦国時代の打ち首みたいである。そう感想を言うと柚は機知にとんだような、皮肉で締めくくった。

「村社会みたいなものだよ。ツイッターは」そう言いながらコーヒーカップを置いた。「警察も法も介在しないから、何かあると村人の数の暴力で罰してしまう」

 大人びていた。私の知らない柚がそこにいて、何だか不思議と親より頼れる姉ような感覚だった。

「私はやってないよ! はい!」

 挙手すると、猫子も柚も続いて手を挙げる。

「じゃあ疑問だけどインスタ映えってなに?」

 おもむろに柚が手提げバッグからスマートフォンを取り出して注文したコーヒーをぱしゃりと写した。

「飲み物や食べ物とかの写真をインスタグラムにアップロードするんだよ。それが綺麗に映える、という意味」

 突き出されたスマートフォンの画面は綺麗でお洒落に写されたコーヒーカップだった。カップの縁に色のついたリップの跡までついててすごく色っぽい……。それにすぐに通知が鳴りだす。

「このハート何?」

「いいね、ってだけ。いいな、と思ったら押すボタン。ただそれだけ。拡散はされない。フェイスブックみたいにシェアもされない。比較的安全なSNSってこと」

 感心してしまう。世の中知らないことだらけである。そう思うと自分も挑戦したくなってくる。

「私もできるかな? インスタグラム」

 柚が椅子を私に寄せてくる。

「スマートフォンはある?」

 もちろんですとも。ここぞとばかりにスマートフォンを掲げる。ほぼラインしかアプリがないスマートフォンであった。

「電話認証と、ログインIDとパスワード設定すればいけるよ。分からなかったら聞いて」

 よし、まずインスタグラムを検索して……。

「あ、ゆずちゃん。インスタグラムってどこ?」

 コーヒーを啜りながら柚が手のひらを仰向けにさせる。貸してってことかしら。そこにぽんとスマートフォンを置く。

 柚が手慣れた手つきでスマートフォンを操作しながら訊ねてくる。

「さやちゃんの電話番号聞いていい?」

 柚に電話番号を知ってほしかった私は愛用のメモ帳に書いてそれを見せた。

「ありがとう。これでいけるから、IDとパスワードいれてね。あと連絡先の提携は必ずスキップ」

 言われた通りにするとインスタグラムが起動したようで、でもプロフィールも写真リストも何もない。見計らったように柚が説明する。

「最初は何もないと思う。暇つぶしに綺麗な写真をアップロードすればいいよ」

 嬉しくなって彼女の肩にすがりつく。

「ねね、電話番号おしえてもらっても――」

 それを邪魔したのは猫子だった。

「にゃ! 例のあれやるにゃ」

 柚が席を戻して自分のスマートフォンを持った。

「そうだね、さやちゃんのアカウントにも丁度いいし」

 例のってなんだろう。呆気に取られていると猫子がスマートフォンを片手にもう片方の手でピースサインをテーブルに突き出す。柚も倣って突き出す。

「え? 何するの」

 柚が優しく私に微笑みかける。

「真似すればいいさ」

 仕方ない、スマートフォンを片手にピースサインを翳す。

 ちょうど、ピースが三角形のようになったところで、二人がかしゃり、と自分たちの指を写した。

 私も真似して写すのだった。

 思わず声をあげてしまう。

「なんか不思議」

 映し出されたのはピースした指の先がくっつきあったピラミッドだった。その下にはテーブルに置かれた三人の飲み物で、お洒落な感じもでている。

 猫子はさっそくスマートフォンを弄っている。

「アップロードすれば思い出になるかもね」

 柚の言われた通りアップロードした。

 いいねはつかなかった。

 こうして私はインスタグラムデビューしたのだった。


インスタグラムなにそれおいしいの

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