第2章 覚醒 2
ティナが案内したクレオの格納庫には、ガイアス、リーフグリーン色をした従装兵の他に、漆黒の細身で優美な破損した箇所がある騎装兵があった。騎装兵や従装兵にある背の翼も、片方は黒ではなく灰色がかった色をしていた。
「あの黒い騎装兵は?」
前を行くティナに、ハルは尋ねた。
「セラス皇女専用騎装兵ブラックエンプレスです。隣の従装兵は、わたしのシュリンガ」
「専用?」
「はい。セラス皇女は、黒の皇女の異名を持つ武勇に優れた英傑として知られているお方なのです。そのセラス皇女だけのために、テイルジア帝国の威信をかけて作られた騎装兵です」
ティナの口調には、畏怖のようなものが含まれていた。
「黒の皇女……何か凄い異名。でも、なるほどって思うよ。皇女様が着ている騎装服? も黒だし」
どことなくしっくりくる異名だった。
「その皇女様のブラックエンプレスは、壊れているみたいだけど?」
ハルは可憐な容姿を持つティナに丁寧に接されることをこそばゆく感じながら、セラスの騎装兵はどうして壊れているのだろうと疑問を口にする。
「落ち延びてくる途中、フォルギス王国の騎士と交戦になったらしく、そのとき攻撃を受けてしまったようです。応急修理は、里で済ませてあります」
そう答えるティナは、相変わらず硬い表情のままだ。
「そうだったんだ」
ハルは、ティナの様子に心苦しさを感じてしまう。自分に仕えているのは、嫌々なのだろうと思える。
「はい。三機の飛燕騎士団のヘキサイトに追い詰められたということですが、全て撃破したとのこと。さすがは、黒の皇女セラス様です」
硬い表情をしたティナのハルに対する口調は、常に丁寧だ。
ハルは、距離を置かれているように感じてしまう。
「あの、戦いの道具としてこの世界に召喚された僕なんかに、そんな丁寧に接する必要なんてないよ」
ハルは、自分を嫌っているだろうティナに敬語を使われ、居心地が悪く思い切ってそう口にした。
「ハル様は、異空騎士です。自分なんかなどと、言っていいお方ではありません。セントリアで敬われる存在です」
口調を厳しくし、ティナはハルの正面に向き直った。
怒ったのだろうかと、ハルは内心たじたじとなった。それでも、はっきりさせておきたかった。
「それは、僕がガイアスの真の能力とやらを、発揮させられるからだろう? ただ、それだけだ。ティナも無理に仕えてくれる必要はないよ」
ハルは、ティナのためにそう言ったつもりだった。無理をしなくていいと。自分などに、ティナのような可憐で美しい少女が、本心から仕えたいなどと思うはずもない。第一、他人に仕えるなど、日本で生きてきたハルには理解できない行動だった。
きっとなって、ティナはハルを見た。緑色の瞳が激したように、ハルには見えた。
「わたしでは、ハル様はご不満なのでしょうか?」
可憐な顔に怒ったような悲しいような表情を浮かべ、張り上げたティナの声は微かに震えていた。
「そ、そんなこと、あるはずがない。ティナのような子が、僕なんかに仕えてくれるなんて勿体ないと思う。だから、ティナには自由にして欲しい」
ティナの剣幕に、ハルはたじろいだ。
「わたしは、ハル様にお仕えする存在です。セントリアに来られたことを嘆いておいでなら、その不満をわたしにぶつけてくださっても構いません。ハ、ハル様がお望みなら、お……お、女としてわたしを扱われても……わたしは、ハル様のものですから」
幾分、ティナの頬に赤みが差した。綺麗な面は強気を湛えながらも、緊張しているのが分かる。
「そ、そんな……」
ハルは、ゴクリと生唾を飲み込む。
ティナの桜色の唇が、艶めかしく見えてしまう。
可憐に整った顔とカモシカのようにすらりとした全身が、異性としてハルをチクチク刺激してくる。ハルは、頭を振った。ハルとて健全な男子だ。ティナに異性として魅力を感じないはずもないが、自分を強く律する。
「そんな自分を傷つけるようなことを言わないで」
ティナは、自分の全てを賭けてハルに仕えると言ったのだ。可憐で美しい少女がである。
そうティナに言わせてしまった自分を、ハルは恥じた。
「でしたら、どうか御自分を戦いの道具だとかお考えにならないでください。ハル様が、不本意なのは分かります。ですが、ハル様はカッラの里の召喚により世界を渡った、異空騎士なのです。わたしは、ハル様にお仕えできると知ったとき、とても嬉しかった。自分などに務まるだろうかと悩みました。これ以上はない大役ですから。わたしは、必ずハル様のお役に立つと誓ったのです」
じっとティナは、緑色の瞳でハルを見詰めた。
ハルは、自分が誤解をしていたと理解した。自分に接するティナの表情が硬かったのは、この世界で異空騎士と呼ばれるハルに仕えることの重責に対するものからだったようだ。
ハルは、自分の境遇ばかりを嘆いていた。そんな人間に仕えることは、ティナにとって不幸だろうと思う。この世界で生きていくことを肯定したわけではないが、自分を戦いの道具とティナの前では言うまいと決めた。
「ご、ごめん、ティナ。慣れない場所に来て、苛々していた」
ハルは、ティナに詫びた。
せめて、自分に仕えるというティナに恥をかかせない行動を取れるようになろうと、ハルは心に決める。何も分からないこの世界で、自分に仕えてくれる従騎士のティナは、暗闇の中の光明のように大切な存在だ。
「ハル様は、お優しいのですね」
微かに、ティナは可憐に整った面を笑ませた。
それから、さっと跪く。
「わたしの方こそ、ハル様に言い過ぎました。申し訳ございません」
「ティナには、これからも助けて欲しい」
仰々しく感じながらも、ハルはそう答えた。
「勿論です」
ティナの澄んだ声には、嬉しさが滲んでいた。