第1章 セントリア 5
「ハル様、こちらへ」
オリンドが、ハルを促した。
「どこへ行くの?」
朝食かと思っていたハルは、何だろうと尋ねた。
「いい物がある。ついてこい、ハル」
振り向いたセラスは、涼やかな整った美貌にとっておきの笑みを浮かべた。何かサプライズでも企んでいるような顔だ。
ハルは、先を行くオリンドやセラスのあとについていく。少女は、ハルの後ろに付き従う。
家々がある里の中心部を抜け、北東に出た。そこは急に低くなった場所から所々岩場のあるなだらかな丘が暫く続き、その向こうは崖となり行き止まりとなっていた。
ふと、ハルの目が不自然さを捉えた。里からは崖となっていて、かなり低い位置から丘が始まる。その一部が、四角い形で突き出ていた。草などを載せて偽装してあるが、明らかに建物があった。かなり広そうだ。
崖が切れた草地が続く斜面へと回り込み丘へ出ると、隠された建物が眼前に見えた。高さにして、優に一五メートルはある。大きな建屋だ。その前には――、
「ロボット!?」
目を見開き、驚きの声をハルは上げた。
大きな建物の前に、白い流麗な一〇メートルほどの機体と、それより頭一つ分背の低いリーフグリーン色をした機体があった。ハルの目に、それらはロボットそのものに見える。
「騎装兵と従装兵だ。ハル」
セラスが、ハルの驚愕を浮かべた顔を見ながら、満足そうに言った。
「騎装兵や従装兵は、人から魔力を得て、魔術機等の動力で動く」
簡単にセラスが、説明した。
「魔力で動くロボット……騎装兵と従装兵……」
ハルの目は、白色とリーフグリーン色の機体に釘付けとなった。
「騎装兵は騎士の乗機で、従装兵は兵士の乗機だ。高価な騎装兵と違って、従装兵の方は作りが簡略化されている。その分敏捷さなどで劣るが、安価で数を揃えるのに適している」
騎装兵と従装兵を、セラスは指し示した。
「こんな物があるだなんて……」
人型のしかも大型のロボットなど、アニメや映画の空想の産物だと思っていた。実際に、ハルがいた世界でロボットと呼ばれる物は、およそ人の形からかけ離れている。
だが、今ハルの目の前にある騎装兵や従装兵と呼ばれる物は、明らかに人の形が模されている。そこから来る原初的な力強さは、ハルを惹き付けて止まなかった。目の前の騎装兵と従装兵が動くところを想像すると、ハルは興奮に包まれるのを押さえることができなかった。乗ってみたいと思ってしまう。
このセントリアという世界に、セラスによってカッラの里の協力で戦争の道具として召喚されたことを嘆いていたハルだったが、今は興味が勝った。それに、人同士が剣と剣で斬り合う超近接白兵戦闘を想像していたハルは、意表を突かれた思いだった。
「凄い……」
感嘆の言葉が、ハルから漏れ出た。
そんなハルを、紫水晶の瞳でセラスは観察していた。ふっと、笑みが浮かぶ。
「白騎士の異名を持つ騎装兵――ガイアスはただの騎装兵ではないぞ。異空騎士でなければ、持ちうる真の能力を発揮させられん。その能力は、通常の騎装兵を遙かに凌駕している。この世界に七機しか存在しない、今は失われた太古の技術によって作られている。価値は計り知れない。制作したのは、遙か古代に滅んだカルナ帝国と言われている」
言いつつ、セラスは白い騎装兵――ガイアスに畏怖にも似た視線を向けた。
「これから、ガイアスはハルの物となる」
セラスの口調には、厳かなものがあった。
ハルは、ガイアスという白い騎装兵から目が離せなかった。
「ハル様」
オリンドの声で、ハルはハッとなった。
つい魅入ってしまい、ガイアス以外何も目に映らなかった。いけないと、オリンドの方へ振り向く。
「この娘は、里でも一〇指に入る戦士の一人」
オリンドは、昨夜からハルの世話をしていた少女を紹介した。
「今後、ハル様にお仕えする従騎士ですじゃ」
ちらりと、オリンドは少女を見た。
進み出ると少女は、ハルの前で跪いた。
「ティナ・ペンテと申します。ハル様にお仕えする栄誉を賜りました。今後ともよろしくお願いいたします」
澄んだ声音で、そうティナは名乗った。
「ぼ、僕に仕えるって」
動揺を、ハルは隠せない。
可憐な容姿をしたティナに跪かれ、今後仕えると言っているのだ。
「昨夜も言ったであろう。ハルは、このカッラの里では王のようなものだと。この世界にハルは不慣れだ。その上戦いがある。位の高い騎士は、従騎士を持つのが当たり前だ。強い従騎士が傍にいれば何かと都合がいい」
当然のことのように、セラスは言った。
「そのとおりです、ハル様」
跪きそう言うティナの凜とした佇まいに、ハルは気圧されてしまう。
気の強そうな光を湛えた緑色の瞳とキュッと引き結ばれた艶のある桜色の唇には、強い意志を感じる。昨夜から不機嫌そうだったティナに、自分の従騎士となることは嫌々なのではないかとハルは心配してしまう。
「ハル様」
ティナは、むっとした表情を可憐な面に浮かべた。
「え?」
ハルは、ティナの様子に戸惑った。
「剣を抜け、ハル。ティナの両肩に、剣の平を当てるのだ」
セラスが、そう命じてきた。
「ど、どうして?」
「このセントリアの流儀は、実戦して覚えてもらう。さあ」
反駁を許さぬセラスの雰囲気に、ハルは腰に提げた幅広の剣を引き抜いた。
曇り一つない銀色の煌めきを放つ刀身が顕わになる。
「こう言うのだ。汝を従騎士に叙すると」
絹のように滑らかな声を威圧的にして、セラスはハルに命じた。
ハルは、何が何だか分からなかったが指示に従った。ティナの両肩に、剣の平をあてがう。
「な、汝を従騎士に叙する」
「はっ」
ティナは、深く頭を垂れた。
「よくやった、ハル。ティナは、これでハルの従騎士だ。優れた戦士のようだから、ハルの役に立つことだろう」
セラスは、威圧的で高圧的な態度を弱め、満足そうに頷いた。
「従騎士としてお認めいただいて、ありがとうございます。これからは、ハル様とともにある所存です」
立ち上がったティナが、緑色の瞳に苛烈な光を宿した。
何が何だか分からないうちに、セントリアという世界にハルは巻き込まれて行くのだった。