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異空騎士物語  作者: 里宮祐
異空騎士物語ー第1部ー
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プロローグ 闇夜の逃亡

 帝都を失った皇女によりセントリアという世界に召喚された叢雲ハルは、異空騎士と呼ばれ英雄視される。騎装兵と呼ばれるロボット同士が争う世界で、ハルは異世界からの来訪者――異空騎士専用機ガイアス与えられる。果たして、ハルは救国の英雄となれるのか?

 夜空に四本の光の筋が引かれていく。


 その光の筋は、一本を先頭につかず離れず三つの筋が続く。


 雲に月が覆われた夜であるので、その青白い光の煌めきは儚げで幻想的だった。


 三つの筋が、一本の筋へと迫る。


 一本の筋は、追い付かれる直前ぱっと青白い光を撒き散らした。


 夜空に刹那の光彩を放つ。


 その光に映し出されて、一瞬漆黒と三つの鉄灰色の巨人が夜空に見えた。


「ロレッサが敵を引き受けてくれたというのに、よりにもよってヘキサイトに捉まるとは」


 少女が、絹のように滑らかな声に苛立ちを含ませた。


 前部と左右斜めに夜空を映し出す硝子が三面、少女の前半分を囲うようにあった。雲に月が隠れているとはいえ切れ間があり、星々が煌々と輝いている。その弱い明かりを三面の硝子に映し出して、少女の顔が闇の中に浮かび上がっていた。


 陰影を作りがちだが、少女の顔はよく整い少しだけ焦燥を浮かべていた。微かな光を映し出して、神秘的な紫水晶アメジストの双眸が暗がりに光る。


 少女は、座席に腰を下ろし、肘掛けの先についた球状の赤いグリップを黒い手袋を填めた手で、強く握っていた。


 三面の硝子――投影硝子ビジョンに、夜闇の中空中を青白い光の粒子を発し飛来している鉄灰色の巨人――騎装兵きそうへいが映し出されていた。


 少女は、闇を塗り固めたような漆黒の細身で優美な騎装兵に搭乗していた。全高約一〇ルアン(メートル)ほどの、人型をした兵器だった。背には飛翔機ひしょうきと呼ばれる可変翼を持った推進粒ブースト噴出器を有する飛ぶための軽快そうな装置があった。


 騎装兵ブラックエンプレスだ。


 少女のためだけに設計製作された、とても高性能な機体だ。


 少女はそれを駆り、追っ手から逃げていた。


 鉄灰色の厳つい騎装兵は、フォルギス王国の精鋭騎士団のヘキサイト。少女を捕らえようとしている。


 迫ってくるヘキサイトの一機が、横合いに回り込み長剣を真横に構え接近してくる。


 瞬間、少女の目が敵機を観察する。


「肩の紋章は、フォルギス王国一二騎士団の一つ飛燕ひえん騎士団かッ! これまで相手にしてきたモルゲンとは機体も操者の騎士も格が違うか」


 叫ぶや、少女はブラックエンプレスの向きをさっと変え、飛翔機から推進粒子である推進粒ブーストをより強く噴出させ、夜空に青白い光を散らせ突進する。


 漆黒の騎装兵ブラックエンプレスが、右手に握る長剣を閃かせた。


 剣と剣が打ち合わされ、耳をつんざくような金属音と火花が散る。


 それらは、夜闇の中へ吸い込まれていく。


「このブラックエンプレスを舐めてくれるな。わたしのことも」


 一声、少女は吠えた。


 艶やかな珊瑚色の唇を、少女は噛み締める。操縦席とフレームに組み込まれた魔術神経マジックナーブによりブラックエンプレスと同期し身体の一部として認識している少女に、敵の機体の力が体感としてリアルに伝わってくる。


 少女は、長剣の角度を変え敵の力を逃がす。ヘキサイトの長剣が、空を切る。


「もらったッ!」


 叫びつつ、相手のヘキサイトが体勢を崩したところに、少女は一撃を加えようとする。


「きゃっ!?」


 思わず、少女は悲鳴を漏らした。


 追っ手は一機だけではない。他に二機いるのだ。


 そのうちの一機が回り込み、少女が駆る機体に斬撃を加えたのだ。


 騎装兵の操者は、一種の幻術により騎装兵と魔術接続をされる。操者は、あたかも騎装兵となっているように錯覚させられる。騎装兵を動かすのに、特別な操作は要らない。身体を動かす感覚で操れる。一定以上の損傷は操者にまやかしの痛みとして還元される。少女は、騎装兵の損傷を痛みとして感じているのだ。


「肩をやられたか」


 少女は、損傷を確認する。肩の装甲が切り裂かれているが、問題はなかった。


 慎重に、投影硝子ビジョンに映し出された三機のヘキサイトの動きを、少女は目で追う。包囲しようとしていた。


 大量の推進粒ブーストを、少女は飛翔機から噴出させ上空へと逃れる。


 ヘキサイトが追ってきていることを確認すると、可変翼を動かしくるりと漆黒の騎装兵は俊敏な機動で向きを変える。突然、上昇から下降へ移ったブラックエンプレスの動きに、追っ手は戸惑っている様子を見せた。


 右端の一機に、少女は高速に接敵する。


 すれ違い様、長剣を一閃。


 急降下によるスピードと力が乗った一撃に、ヘキサイトの胸部は切り裂かれた。


「操縦席をやったか?」


 少女はちらりと上を見た。漆黒の騎装兵も上を見る。三面の硝子――投影硝子ビジョンに上の様子が映し出される。一機のヘキサイトが、制御を失いきりもみしながら落ちていく。


 残るは、二機。


 追っ手の騎装兵は、さすがに精鋭騎士団の機体で高性能だ。だが、小回りは少女の物の方が上だった。機動性に優れていることは、大きな利点だ。少女の力量とブラックエンプレスの性能で、活路を見いだすしかない。


 急降下から横移動に、少女は飛翔機の可変翼を動かし移る。


 夜空に、青白い筋が伸びる。


 ヘキサイト二機は、斜め下に降下しながら、ブラックエンプレスを追う。


 じりじりと、プレッシャーを少女は背後に感じた。


 後方を確認しながら、全速で飛ぶ。


「このまま行けばミスティール公国だが」


 前方に黒々と聳え広がるミュレー山脈を、少女は見遣った。隣国の国境を越えるつもりはない。少女には、やらねばならないことがある。


「ここ!」


 少女は、ブラックエンプレスを上昇させた。


 追っていたヘキサイトが、長剣を振るってきたからだ。斬撃が空を切る。


 すぐさま追っ手も軌道を変える。


 ジグザグに飛んで、少女は攻撃を躱す。少女のためだけに設計製作されたブラックエンプレスは俊敏な動きをする。


 細かく動く少女の騎装兵を、追っ手の斬撃は捉えられない。


 月が雲に覆われた夜空に、三つの青白い光の筋が絡み合うように引かれていく。


「くっ」


 少女は、ブラックエンプレスの軌道を斜め下にずらした。


 弩が放たれたのだ。


 装甲を掠めるように、少女は躱した。


 立て続けに、弩が放たれてくる。


 その隙に、別のヘキサイトがブラックエンプレスを追い越した。


 少女の紫水晶アメジストの瞳が、見開かれる。


 追い越した追っ手は、向き直ると盾を前に突きだし殴りつけてきた。


 盾がひしゃげ、激突音が響き渡る。


「ぐっ~~~~~~~~~~~~~~~~!!」


 機体と同期しているため殴打された痛撃と衝撃で、少女は呻き声を艶のある綺麗な珊瑚色の玉唇ぎょくしんから漏らした。


 高速で飛んでいるところへの盾との衝突は、凄まじかった。


 ――父上、母上、お姉様のため。そして帝国臣民のため、わたしは生き延びなければならないッ!


 少女の意識が、白熱した。


「わたしとて、帝国で武勇を称えられている者の一人!」


 痛みを堪え、強引にブラックエンプレスを立て直し右手に握った長剣を一閃させる。


 盾を打ち付けてきたヘキサイトは、さすがに激突の衝撃でよろめいていた。


 一見ミスティール公国へ向かっていると見える、少女の漆黒の騎装兵を行かせまいとしたのが徒となった。


 振るわれた長剣は、操縦席を抉る。確実に中の騎士を絶命させた。


 可変翼を動かし振り向こうとしたとき、少女の背に痛みが走った。


「まだッ!」


 痛みを堪えつつ、少女はブラックエンプレスにとんぼを切らせた。残ったヘキサイトの背後に回り込む。見事な制御だった。その動きを終えると振動が機体を襲う。


 少女は、構わず長剣を突き入れる。


 ヘキサイトの操縦席を、その一撃は貫通した。


 最後の一機が、落下していく。


「飛翔機をやられたか」


 先ほどの背中の激痛は、飛翔機に斬撃を受け損傷したためかと少女は悟る。姿勢制御を行う可変翼の片方はなく、推進粒ブーストが青白い炎のごとく無秩序に吹き出ていた。


「飛べるか? 浮遊機フロートは無事なようだが」


 機動性は損なわれたが、どうにか飛行できそうだった。


「ミュレー山脈の北側。ここは、ミスティール公国との国境緩衝地帯。確か漂夢幻ディヴェルソ族の里があったな……」


 ほっそり締まった頤に、少女は指をあてがった。


漂夢幻ディヴェルソ族に頼るか……賭けに近いが。下手をすれば、わたしの命はない」


 少女は、ブラックエンプレスを東へと向けた。

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