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神様の涙  作者: 美黒
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9 彼女にしてあげられること

 大学の教室から見える雨模様を嬉しく思うのはこれで何度目だろう。本当は雨が大嫌いなのに、今では雨の日が楽しみになっていた。少し前の僕が見たら驚き失神してもおかしくないくらいの変わりようだ。

 それに加えて今日はいつも以上に雨の日を楽しみにしていたのだ。

 予想通り今日も快雨でございます。

 ……まあ、本当は雨が好きなんじゃなくて雨の日が好きなんだけれども。

 僕は心の中で言い訳をすると、講義が終わるのを待って、今日は雨宮さんとどう過ごすかぐるぐると考えていた。いつもより張り切って考える僕は、上機嫌で鼻歌も歌ってしまう。

 どんな話をしようかとか、童話の新作がどんなものだろうとか、基本はそんな事ばかりだ。

 その内、講義が終わって、ついに大学を離れる時が来た。その時間が来たと分かると、僕は大学の出入り口で思わず走って、叫ぶ。

「いいいいいやッほおおおおう!!」

 周りに変な目で見られたが、そんなの今日の僕には関係がない。

 だって、今日は楽しみにしていたあの日なのだから!

 僕はおもむろに片手に持った傘を開く。

 そう!僕は今日という日に備えて傘を持ってきたのだ!偉い!

 いつもならこそこそ、それこそコソ泥のように屋根がある道を通らなきゃいけなかったが、今日は違う!僕には傘があって、堂々と歩けるのだ!

 妙なテンションのまま突き進んで、顔がニヤける。

 でも、関係ない!

 だって、今日は……雨宮さんとのデートなのだから!


 ……というのは嘘です見栄張りました。デートなんてしません。

 でも出かけるのは本当で、僕はこの日を待ちに待っていた。待ち過ぎて夜も寝れず、小学生の遠足前を再体験したのだ。

 ついこの間、春さんの件で、僕は酷く雨宮さんに感謝をしていた。感謝してもしきれないくらい。背中を押してくれた雨宮さんがいなければ、きっと僕はうじうじと後悔していたはずだから。

 だから、何かお礼をしようと思って何処かに出かけないかと誘ってみたのだ。

 まあ、お礼以外にも雨宮さんと外を歩いてみたいという下心もあったのだけれど。

 多分、断られるだろうな、と僕はネガティブな事を考えていたのだが、何と雨宮さんはいいですよ、なんて言ってくれた!僕はその言葉を聞いた瞬間飛び跳ねそうになった。何とか抑えたけど。

 ただし条件付きで、いつも通り雨の日。そしてもう一つ条件があって、それはなるべく近場にしてほしいという事だった。

 僕はそれに何の事も考えずに快く返事をして、今日という今日までずっと何処に行こうかなんて考えていた。

 大丈夫だ、ただ出かけるだけ。雨宮さんが好きそうな場所も何となく考えて小さなプランも考えてある。

 まるでそのさまは、初デートに緊張する男だが、実際は違うんだな。

 恋人関係ではないのが何だか残念に思えて、僕はどうしたんだ、と顔を何度も赤くした。

「雨ありがとう!大嫌いだ!」

 僕はそう高らかに叫ぶと足早に神社に向かう。

 雨の日に出かけるほど憂鬱なものはないはずなのに、今日は憂鬱じゃない。不思議な感覚に包まれて、神社へと向かう僕は、ご機嫌で何度も躓きかけた。ちょっと恥ずかしい。


 ようやくいつもの神社にたどり着くと、雨宮さんはやっぱり先に来ていて、僕を見るなり手を振ってくれた。その姿が可愛くて顔が綻んでしまう。

「すみません。お待たせしました」

「いいえ、大丈夫ですよ」

 こうしていると本当に恋人みたいで、不思議だ。ちょっとそんな雰囲気に嬉しくなったりしてしまう。顔がまたニヤけそうになるが、抑えねば。雨宮さんに恥ずかしい所は見せられない。

「今日、何処に行くんですか?」

「すぐそこに見えるショッピングモールですよ」

 僕はそう言ってちょっと先に見える建物を指さす。その建物は数年前に出来たばかりの、ここらでは一番大きい建物だった。

 あそこなら歩いて5分。かなり近くだし、すぐ帰れるから安心だろう。

「あそこですか……。いつも明るい雰囲気がありますよね。楽しみです」

「はい、大きいので色々とありますよ」

「ふふ、じゃあ行きましょうか」

 そう言われると僕は、はい、と頷いて傘をさしたまま、雨宮さんが傘を開くのを待つ。手に持っているのはこないだあげた傘。多分、今日はそれで行ってくれるのだろう。

 だけど、そこで雨宮さんは意外な行動に出た。

 なんと、彼女はあろうことか、僕の傘の中に入って来たのだ。

「……え、えっと……、どうしたんですか」

「……ダメですか?」

 焦って驚いて、色々頭の中でぐるぐるしていると、雨宮さんは少し上目遣いで僕にそう聞いてきた。……え?

「え、ええっと……!だ、大丈夫です!」

 僕は上目遣いの可愛さに負けてそう言ってしまった。

 しまったああああ何だよこれ!恥ずかしさと緊張で爆発して死にそう!でもちょっと嬉しい……かも?

し、しかもこれは世に言う相合傘と言うものじゃないか?

 色々な感情に支配された僕は、顔が真っ赤に染まる現象に襲われる。雨宮さんは僕のあげた傘を手に持ったまま、やはり使う気配もなく微笑んでいる。

 な、なんでこの状況になった……?

 疑問が次々と現れては泡のようにはじけていく。でも、そんな事今はどうだっていいじゃないか。

 とりあえず先に進まねばならない。僕はおずおずと歩き出す。すると、雨宮さんも僕に合わせて歩いてくれていた。

 少しだけその事に感動しつつ、僕はこの状況を冷静に分析してみた。

 相合傘。雨宮さんと。ゆっくり。

 考えたらまたもぼんっと顔が真っ赤になってしまう。おい何処の少女漫画だよ、というレベルで顔と身体が熱い。

 毎度毎度のことだが男のくせに僕は情けない。

 とりあえず、沈黙はきついので、何とか話を振ろうと口を開く。緊張して話せないとかそんな事思われたくない。

「そういえば」

「はい?何でしょうか」

「春さんの事で、その」

 僕はそう言うと、歩きながら地面を見つめて小さく息を吐く。上気していた思考を落ち着かせて、何とか平静を保つ。ぽつぽつと振り続く雨は地面に突進して、少し跳ねたりしている。緊張していた心はすぐに落ち着いて、意識しないように努めた。大丈夫、話せる。

 雨宮さんは僕の顔を見ると、首を傾げた。

「こないだ、行ってきました」

「……本当ですか!それは良かったです」

「久しぶりに春さんに会えて、色々話をしました。見た目は割と元気で、でも中身はもう重症だったみたいで」

 僕はそうやって淡々と、ついこの前の春さんと両親の話をした。話すたびに雨宮さんは必ず相槌を打ってくれて、真剣に聞いているのが見て取れた。

 その様子に僕は安心しながら雨宮さんに報告をする。

 春さんは僕を覚えていてくれた事。美代子さん達にも会った事。はっきりと嫌いだと言われた事。雅彦さんの行い。ささやかな嘘の会話。僕が……その時初めて春さんの弟になった事。

 それら全て話し終えると、何だか心がすっきりした。

「春さんも。やっぱり赤瀬さんが大切だったんですね」

「ええ……家族って、こういうものなんですね」

「ええ、きっと。会ったことはないですけれど、春さんには好感が持てます」

 雨宮さんのその言葉に僕は頷く。春さんは良い人だ。優しくて気遣いが出来て、いつも僕を見てくれていた。だから、きっと雨宮さんと会っても仲良くなれるだろう。

「ちょっと、羨ましいなんて思ったり」

「……何か言いました?」

「いいえ」

 何か聞こえた気がしたけど、雨宮さんは何も言ってません、と首を振った。僕は少し疑問が残ったが気にせず話を続けた。

 そこからは、またいつものような他愛のない話をした。

 その間、僕は雨宮さんと身体が密着している事に気がついて内心あたふたする。意識しないようにと思っていたが到底無理な話だったのだ。

 しかし、雨宮さんはそれに気付いていないようで、ホッとしつつも、反面残念な気持ちも出た。僕って男として意識されていないのだろうか。


 しばらくすると、ようやくショッピングモールへ着いた。普段5分で着くはずが10分もかかってしまい、ゆっくりと歩き過ぎたかな、なんて思ってしまう。

 湿った髪の毛が気持ち悪くて思わず顔をしかめてしまう。しかしこればかりはしょうがない。僕は雨宮さんが屋根の中に入るのを確認すると傘を閉じた。

「何処に行きたいですか?」

「……そうですねえ……。あ、小物とか雑貨がいいです。うーん、でも服も捨てがたいです……」

 雨宮さんもやはり女性だな、と思うような可愛い発言に僕はほほ笑むと、大丈夫ですよ、と言った。

「まだ時間はいっぱいありますから」

 僕がそう言った瞬間、雨宮さんは、はっとなって僕を見る。間をおいてそうですね、なんて返してくるものだからどうしたんだろう、なんて思ってしまう。しかし雨宮さんは普段通り微笑んでいる。

 勘違いかな。

 そんなことを思うと中に入った。雨宮さんの思惑は分からず、結局何も聞けなかった。

 うん、きっと僕の気にし過ぎで、思いすごしなんだ。


 雑貨店に行くと雨宮さんは予想以上にはしゃぎ回った。

 まるで小さい子供のようで、可愛いさアップ。普段から落ち着いているイメージが強かったので、元気に動き回る姿は新鮮だった。

「見て下さい赤瀬さん!この箱、音が鳴るんですよ!」

「ああ、それ、オルゴールですよ」

「……なるほど!これがオルゴール」

「楽しそうですね、何よりです」

「はい、とても!初めてこんなに物がいっぱいの所に来ました」

 その言葉を聞いて僕は首を傾げた。初めて?近場に結構店だってあるのに?

 このご時世、これくらい大きな店なら割と何処にだってある。それなのに行った事がないなんて、余程外出していないのかな。

 ……もしかして何処かのお嬢様なんだろうか。そうとなると家を見られるのも嫌がるのも少し納得がいくし。いつも自分の事をあまり話してくれないし、そうなのかもしれない。

 ふと思いついてそんな想像をしていたが、雨宮さんの言葉によって考えはかき消された。

「凄いですよ、赤瀬さん!音と共に中の人形が動きます!」

 そう言って彼女が持ってきたのは中に天使が踊っている、ハートの形をしたガラスのオルゴールだった。こういう反応もお嬢様だから見れるのかな、なんてすでにお嬢様確定な事を考える僕は、うんうん頷いた。

「それ、気に入ったんですか?」

「ええ、とても。可愛いですよね」

 そう言って至極嬉しそうに笑う彼女の方がよほど可愛いだなんて思うのだけど、言える訳ない。そんな事言ったらまるで恋人同士じゃないか。

 僕はそんな考えを振り払い、雨宮さんの手に大事そうに持たれるオルゴールを上からすっと抜いて自分の手におさめる。

 雨宮さんは自分の手から僕の手へ渡ったオルゴールを見て首を傾げているが、そんなのお構いなしに僕はすたすたと歩く。向かうは会計、と上に掲げられた看板のあるレジの場所。

「え……あ、あれ……?赤瀬さん、何してるんですか……!?」

「何って……、気に入ったんですよね?じゃあ、買おうかなって。こないだのお礼です」

「お礼って……待って下さい。私何もしてないです。それに凄く悪いというか……申し訳ないですよ!」

 雨宮さんは慌てた様子で僕の隣を必死に着いてきて、そう言う。

 しかし、僕にとっては絶対的な恩義を感じているのだ。春さんの事について、彼女にはあまりに勇気をもらった。雨宮さんがいなければ僕はどうしようもないくらいに途方にくれていただろう。

 その事をはっきり伝えると雨宮さんはむう、と口をつぐんだ。何だか、今日は雨宮さんの色んな表情が見えるな。新鮮で楽しい。

「お礼なんて良いのに……」

 思わず敬語が抜けているのが何とも可愛らしい。プレゼントなんて初めてだからどういうものか分からなかったけど、これはこれで楽しい。お礼なんてものを抜いても、十分良い事じゃないか。

 そのまますぐに会計を済ませると、綺麗に包装されるのを見ながら僕は自分のしたことに嬉しくなっていた。

 プレゼントを華麗に買ってあげる僕……カッコよすぎる!しかも物はオルゴール!

 ロマンチストじゃないか!ロマンだよ!

 そんな事に思いを馳せていると、やがて包装も終わり綺麗に包まれた紙袋でオルゴールは渡された。その間、ずっと雨宮さんは難しい顔をしていたが、そんなのは気にしない。

「はい、どうぞ」

 そう言ってオルゴールの入った紙袋を手渡す。小さな紙袋を見て、雨宮さんは何か言いたげだったが、やがて諦めたのか、嬉しそうにありがとうございます、と言ってくれた。ああ、可愛い。幸せだなあ。


 それからまた何処かに行こうとしたのだが、雨宮さんはもう充分です、と言うので僕はそれに素直に従いつつショッピングモールの出口に向かう。雨宮さんも始終嬉しそうに紙袋を見ながら着いてきた。その様子は少し危なっかしくて、たまに腕をひいたりして僕が誘導した。

「あ、危ないですよ」

「へ?あ、ああ、ありがとうございます」

「喜んでくれるのはありがたいですが、ちゃんと前見ましょうね」

「はい。ごめんなさい」

 素直に謝って来る雨宮さんは本当に子供みたいで面白い。こんな一面もあるのだな、と知れた事に嬉しくなりつつ、やがて出口にたどり着く。

「ふふ……はしゃぎすぎて疲れてしまいましたけど、今日は楽しかったです。本当にありがとうございました」

「いやいや、気にしないでください。僕も楽しかったです」

 ――雨宮さんの色んな所が見れたし。

 心の中でそう呟くと、無意識に笑った。たったの1時間程度だったけど、楽しんでくれたのなら何よりだ。

「これ、大事にしますね。じゃあ……また」

「はい、また」

 帰りは一人でそのまま家に帰るようで、持って来ていたあの傘を、雨宮さんは開けた。

 そうして丁寧に会釈をするとそのまま歩いて行く。方向で言えば神社へ繋がる道を引き返している。多分、神社の先に家があるのだろうな。

 そのまましばらく雨宮さんの歩く姿を見つめていた。白のレースがついた可愛くも清楚な傘は、雨宮さんにとてもよく似合っている。その姿はやっぱり何処か神秘的だった。

 疲れたのか、時折ふらふらとしていて危なっかしいところがある。余程はしゃいだのだろうか。見た目通り体力はあまりないのだろうか。そんな事を考えてようやく、僕も歩きだした。

 たったの一時間ほどだったが、凄く楽しかった。これは、良い思い出になるだろう。

 僕は上機嫌で家に帰り、その日はずっと雨宮さんの新たに発見できたことを思い出してニヤニヤと過していた。


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