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神様の涙  作者: 美黒
15/16

15 貴女の本当へ

 家に帰ってみれば、予想以上に疲れていたようで、すぐに寝てしまった。

 二時間ほど寝てから起きると、お昼におにぎりを作って食べる。そうしてなんやかんやとしているうちにあっという間に時間は迫った。

 三時四五分頃、遅れてはいけないと思い、早めに出て神社に向かう。

 外は嬉しいくらいに雨が降っていて、久しぶりに傘をさして歩く。

 ざあざあと降り続く雨の中、軽快に歩きながら進んでいくと、ふと思いだす。

 そういえば、雨宮さんと時間を指定して会うのは初めてだ。普通はそっちの方が当たり前なのに、不思議な感覚だった。

 これからは、こういうのも増えるといい。それで、当たり前のように太陽の下でも会える、そんな日々が送れたらいいのに。そんな事を考えていると、すぐに神社に着いた。携帯の時計を確認すると未だ三時五十分。少しばかり早いが、遅いよりはましだろうと思って、最近は随分と慣れ親しんだ鳥居をくぐる。

 すると、やはりというか既に雨宮さんはそこに居て、早めに来て良かったと安心する。雨の中長く待たせるなんて申し訳ない。

 早足で雨宮さんに近づくと、彼女は笑顔で迎えてくれた。……でも。

「雨宮さん……どうしたんですか?顔色が悪いですよ……?」

 そう、真っ青とまではいかないけれど、いつもの白い肌が更に引き立つように顔色が悪い。もしかして、倒れた時の何かがまだ引きずっているのだろうか。病院に行かなくていいのだろうか。

 そんな事を思いながらもおろおろと挙動不審にしていると、雨宮さんは少しだけ切なそうに笑って顔を隠すように両手で頬を押さえた。

「ごめんなさい。大丈夫ですから。気にしないでください」

 そう言うと、雨宮さんは立ち上がって、僕を見つめる。僕は傘の中で首を傾げる。何で立ったのだろう?座って話さないのかな。

 すると、雨宮さんは突如濡れるのも気にせず屋根の下から出てきた。そうして、自らの手を僕の手に重ねる。

「……え?」

 思わず声が出てしまったが、さすがにこれには驚く。いきなりどうしたんだろう。一体どういう意味があるのだろう?

 次第に顔が赤くなっていくのが自分でもわかって、隠すように俯いた。意外にも雨宮さんは大胆だから、今まで何度赤面させられたか。

「……赤瀬さん」

「……は、はい!」

 重ねられた右手を凝視していたため、雨宮さんの声に上ずった返しをしてしまった。いかんいかん。落ち着かねば。

 左手は傘をさしているので、雨宮さんも中に入れてやる。でも、雨宮さんは特にそんな事も気にせず口を開いた。何故か酷く切羽詰まった様子で。

「もし。……もし。私が人ではなかったらどうしますか……」

「…………え?」

 突然言われて思わず聞き返してしまった。さっきの赤面した熱さと胸の高鳴りはいつの間にか何処かへ行ってしまって、その言葉の意味を考える。

 人ではない?本当に一体どうしたんだろう。

 雨宮さんはいつになく真剣な顔をして僕を見ていた。その表情に、ただの冗談ではない事が分かり、僕は首を捻る。

「……どういう事ですか」

 結局分からず、痺れを切らして尋ねると、雨宮さんは重々しく口を開いた。そして、そこから発せられる言葉は僕にとって信じがたいものだった。

「私は……人ではないんです。雨の……化身なんです。周りは、私を雨の神だと、呼んでいました」

「……は?」

 思考回路が停止してしまう。雨の神?どういう事なんだ?

 冗談……ではない、よな。そんな、冗談で済まされるような雰囲気じゃない。

 全く話が追いつかず、雨宮さんをじっと見つめる。すると、弱々しくも説明をしてくれた。

「本当は、自分でも自分が分からないのですけど……。皆が私を神様と呼んでいるからそうなんだと思います。本当の所、よく分からないんです。人ではないのは確かなんですけど」

「雨の……神様、って?」

「ええ。いつも雨の日にしか会えないのはそのせいです。雨の化身である私は、時折降る雨と、人々が 持ってきてくれる供物で力を蓄えます。そうしてやっとこの姿を現せるんです。でも、最近は供物も全くなくて、雨の力も弱くなって……」

 そう言い終わると、雨宮さんは僕に重ねた手を握り始めた。その手は痛いくらいに握られて、それが本当なんだと伝わる。ふと後ろを見ると、オルゴールと傘が見えた。

「太陽の下で姿を現すのはかなり難しいんです。最近では力もろくに出せなくて。この祠に祀ってある私の力が全然足りないんです。赤瀬さんが、一晩中私を待ってくれていたのに、姿が現わせなかったのはそういう事なんです」

 僕はそう言われてハッとなる。僕が今日一晩過ごした事、雨宮さんは知らないはずだ。それなのに、その事を知っている。という事は……、本当なのか。

「……本当、なんですね」

「……黙っててごめんなさい」

 僕はその言葉に首を振る。謝らないで欲しい。

 だって、それは本当に隠したかった事だろう?雨宮さんは、僕に知られてしまうのが怖かったんでしょう?

 僕に、嫌われたくないと、思ってくれていたんでしょう?

 なら、仕方ないじゃないか。

 なら……僕は。

 それで、良いと思うんだ。

「もう、梅雨が終わってしまいますよね」

「はい……」

「そしたら、もう会えなくなるんですか?」

 僕にとってそれは雨宮さんの正体よりも重要な事だった。たったの半月が作り上げた雨宮さんとの日々は、僕にとってかけがえのないもので。それが僕にとってなくてはならない日常なのだ。

 だから、会えなくなるなんてまさかないよな?せっかくこの気持ちにも気づけたのに。

 でも、雨宮さんは泣きそうな顔をして首を振って来るのだ。


「ごめんなさい」


 まさかそんな。

 ……嘘だ。

 嘘だろう?

 嘘に決まっている。

 会えないなんて、そんな事あるわけないだろう?

 だって、雨は梅雨を過ぎたって降るのに!

 なのに!

 僕が黙って顔を俯かせていると、雨宮さんは僕にしがみついてきた。さすがにびっくりして、思わず持っていた傘の柄を落としてしまう。でも拾えなくて、僕たちは次第に雨に濡れていく。

 雨宮さんは必死に僕にしがみついて、苦しそうに言葉を紡ぐ。

「本当は、もう雨が降る日も姿を現すのは辛いんです!でも……赤瀬さんに会いたくて。わざとない力を振り絞って雨を長くさせたりして……。もう、会えなくなるかと思うと……」

 辛くて。

 辛くて。

 雨宮さんのその言葉を聞いたら、もう理性なんてものはなかった。雨宮さんにしがみつかれるまま僕は彼女を抱きしめて首を振って叫ぶ。

「僕だって、辛いですよ!辛いに決まってるじゃないですか!何で会えないなんて!」

 嫌だ。離れたくない。会えないなんて嫌だ。

 子供のように、駄々をこねるように、僕は首を振って叫び続けた。雨宮さんはただ僕の言葉を聞きながら雨に濡れていく。僕も、濡れていく。

 ああ、この雨が一生続けば良いのに。

 そうしたら、僕は雨宮さんと離れるなんて事はなくなるのに。

 ああ、離れるのは嫌だ。僕はずっとそばにいたい。だって、気付いたんだ。やっと、気付いたんだ。

 僕は、僕は。

「雨宮さんが好きなんです……!」

 僕は無意識のうちにそう言ってしまった。その声は何かを懇願しているようで、それを聞いた雨宮さんは、雨に濡れた顔をあげて僕を見た。

 僕も自分で何を言ったのか次第に理解していくと、慌てて雨宮さんから視線を逸らす。

 僕は、何て事を言ってしまったんだ……!

 恥ずかしくなって再び顔を俯かせると、雨宮さんは何も答えなかった。僕の告白を聞いていたはずなのに、何も知らないように、僕を見ていた。

「赤瀬さん」

「……はい」

 何か、言われるかもしれない。僕の事で、貴方の事そういう風には見れないの、とか、ごめんなさいとか。

 そう言われたらどうしようという恐怖が僕を支配していく。雨も手伝って、僕の心はどんどんとん冷えていった。しかし、そんな僕をよそに雨宮さんは全く違った事を言った。

「最後の、思い出作りをしましょう」

「……は……い……?」

 最後の、という言葉に嫌な予感を覚える。雨と共に冷や汗がたらりと垂れる。それは、どういう意味ですか?ねえ、雨宮さん……。

 でも、僕は臆病でその答えを知りたくないから聞けない。聞いてはダメだと本能が告げてしまっていた。

「明日は必ず晴れるでしょう。だから、私は力をすべて使い切り、太陽の下で貴方と共に居たいと思います。私と……明日、一緒に居てくれませんか?」

「……そんな。…………っ。………分かりました」

 断りたかった。だって、最後の思い出作りに力を全て使ってしまうんでしょう?それはつまり、雨宮さんにもう会えないわけでしょう?

 でも、言えなかった。雨宮さんの溶けそうな顔を見たら、そんな事、断れなくて。僕は自分の情けなさに唇をかみしめた。

「ありがとう、ございます。本当に、ありがとうございます」

 梅雨はその日を最後に、終わりを告げていた事を、僕は天気予報を見て知った。


 家に帰ってからというものの、僕はただただ茫然としていた。

 今日だけであまりにも訳のわからない事が多すぎて、頭の悪い僕には整理が追いつかなかった。

 ……でも、本当の所はただ理解したくなかっただけかもしれない。

 勢いに任せて好きと言ってしまった事に酷く後悔している。場所も、何も選ばずにただ、離れたくないがために僕は自分の気持ちをぶつけてしまった。それを言うべきは、きっと違う場面じゃなくてはいけないはずなのに。案の定、雨宮さんから答えは貰えなくて。その事実にただただ悲しかった。

 本当は、もっと雨宮さんと一緒に居たかったのに。

 ちゃんと告白して、デートをして、手を繋いで。そんな、普通の恋人関係が、やってみたかった。

 でも、雨宮さんにこれからはない。

 そう思うと、胸が苦しくて、辛くなって。痛くてかなわなかった。

 これじゃ、まるで春さんの時と同じじゃないか。

 大切な人が目の前で苦しんで消えようとしているのに、無力な僕は、ただ後悔して何もできずにいるだけ。

「神様……」

 ポツリ、と確かめるように呟いた言葉は非現実的だった。

 でも、雨宮さんが神様なら今までのおかしな点に説明がつく。

 雨の日にしか会えないのも、晴れている時倒れてしまったのも、オルゴールと傘があの日神社に置き去りにしてあった事も、手が透けて見えたのも。

 そして、何より彼女に雨が似合うのも。

 あの神社こそが雨宮さんの家であり、あそこが力の源の置き場だったに違いない。それなら神社から近くの店に行きたいと言った話も、遠くは止めて欲しいと言った話も、納得がいった。遠くに行っては力を消耗してしまうかもしれないからだ。

「……僕は、どうすればいい?ねえ、どうすればいいですか」

 おもむろに呟いては消えてしまう僕の言葉は、届くはずがなくて。

 誰に聞いてほしいのかも分からないままに、空虚だけが残ってしまう。


 明日彼女は力を出し切って僕と会ってくれる。晴れるのにもかかわらず。

 でも本当はそんな事してほしくない。たまにでもいい。一か月に一回。半年に一回でもいい。

 ただ、雨の日に彼女に会いたい。神様だろうと、人じゃなくても、関係ない。

 僕はただ、雨宮さんに会って一緒に居たいだけなのだ。

「ん?……雨の神様は、雨の日にだけ姿を現す……?」

 改めて口にしてみると、何処かで聞いた事があるような。そう思って考えてみると、案外答えは近くにあった。

 それは、他でもない雨宮さんから聞いた物語じゃないか。


 あの、作りかけの童話。


 あれは、もしかして、僕達の事だったのか……?

 供物と雨で力を蓄える神様。雨が降る度やってくる男。それは、まるで僕達を表しているかのようで。何から何まで一致していた。

 まるで僕達のようだな、とあの時は感じたけど、モデルが僕たちなら、それは当然だ。

 だから、あの童話は、僕たちの事で間違いないんじゃないのか。

 雨宮さんは、あの話をどうしても僕に聞かせたいと言っていた。あれは、僕に何かを訴えていたのだろうか。

 そうだとしたら、何故、今まで気付けなかったんだ。何故、違和感を感じない?

 今思えば、時折見せる悲しげな笑顔や、一人だと言い続けた言葉。それらは、雨宮さんのサインだったんじゃないのか。

 なのに。なのに……!

「どうして気付けなかったんだよ……!」

 僕は悔しくて顔を伏せる。いつもそうだ。僕は必要以上に情けなくて鈍感で、何も知らずに大切なものは終わっていくのだ。春さんの時のように。今回のように。

 普通なら気付けないのが当たり前だ。でも、僕は雨宮さんに気付いてあげるべきだった。雨宮さんの秘密を。訴えかける心を。

 雨を好きにさせてくれて、恋に落としてくれて。

「雨宮さんの答えも、僕はもう知っていたんだ」

 呟いて、頭を抱える。僕はいつだって気付けなかった。自分の感情だって分からず、一体どうやって彼女の心を知ることができる?

 雨宮さんは、あの物語に僕の告白の答えをすでに出してくれていたと言うのに。

 ――神様はその男性が来るのを楽しみに待つようになり、やがてその男性に恋をするのです。

 僕は、物語を思い出してひっそりと泣いた。

 恋とは、こんなに辛いものなのか。思いが通じあうのは、後悔の後に来てしまうものなのか。

 つい最近恋を知った僕が言うのは、経験も時間もなくておこがましいかもしれないけれど。

 こんなに辛いのが恋なら。

「知らない方が良かった……」

 枯れ果てたと思っていた涙は、再び溢れて、静かに流れていった。

 狭い部屋でただ一人、静かに僕は泣いていた。

 ああ、

 明日なんか来なければいいのに。


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