14 太陽に隠れた雨
二人には、本当に感謝してもしきれないくらいの勇気と元気を貰った。
それを糧に僕は講義中もずっと雨宮さんの事について前向きに考えていた。
どうやって、雨宮さんに会うのか。どうやって雨宮さんに原因を突き止めるのか。
いろいろ考えているうちに、あっという間に講義は全て終わって、僕は大学を飛び出した。
玄関口から神社に繋がる道をただ無我夢中に走る。照りつける太陽が憎らしいほど輝いて汗が噴き出す。
暑い。
暑いのに、何処か心地いい。
そうだ。僕の大好きな季節がやって来た。
――どうか、この季節を雨宮さんと過ごせますように。
心の中でそんな事を祈りながらようやく神社にたどり着くと、晴れた日だからか、それとももう僕と会う気はないのか、雨宮さんは居なかった。
僕はショックを受けながらふらふらと賽銭箱の下の階段に歩いていく。蝉の声がミンミンとうるさい。
ああ、もう黙ってくれよ。今機嫌が悪いんだ。
太陽が出てる日は、必ず雨宮さんはここに居ない。
それは当然と言えば当然だった。だって、晴れた日に会う約束をしていないから。
でも、雨の日ならば。もしかしたら、来てくれるかもしれない。だから僕は階段に座って雨が降るのを待つ事にした。
もし雨が降っても来なかったら雨宮さんの家を探そう。そして、僕の思いを伝え、雨宮さんの事について聞くのだ。
僕は決意すると、膝に顔を伏せて一人雨がやって来るのを期待して、動かないことにする。そうと決まればとりあえず辛抱強く待ってなければ。
すると、様々な考えが頭の中を駆け巡る。
僕は、いつの間にこんなに彼女を好きになっていたのだろう。
草食系男子で、ヘタレで……。春さんだって気付いていた僕の感情に、気付けないくらいの鈍感な僕。そんな小さい人間が、彼女に恋をしてしまった。
あの笑った顔を見たい。もっと雨宮さんを知りたい。もっと傍に居たい。
……これが、恋というものなのか。
ふと顔をあげて横を見る。すると、階段のわきに、隠すように何かが置いてあるのが見えた。
「……これ」
それは、昨日雨宮さんが置いて行った、僕があげた傘とオルゴールだった。そして、隣には紙袋。その中身は多分、僕が受け取らなかった雨宮さんからの贈り物。
僕は無意識に傘やオルゴールに手を伸ばす。
何故、昨日のままなのだろう。まさか忘れたのだろうか。いや、雨宮さんに限ってなさそうだ。彼女はしっかりしているし、僕のように忘れっぽい訳じゃない。では、一体……。
もしかして、わざとなのだろうか。捨てるとか、そういう事で、置いていったのだろうか。
さすがにそんな事を考えれば気持ちも落ち込んでしまうので、首を振って思考をシャットアウトした。
代わりに紙袋に手を伸ばして中身を取り出した。
綺麗でカッコいい星型のオルゴールがひょっこりと姿を現す。僕はそれを見ると、ネジを探して、巻いてみる。
すると、綺麗な音楽が流れ出す。
流れるような、それでいて繊細な、星が奏でる音色。
それは、幼い頃だれしもが歌い、聴いて、夜空を見上げた歌。
――きらきらぼし
懐かしいその曲は優しくて、何故だか悲しい音楽だった。それはまるで雨宮さんを表現しているようで、聴き入ってしまう。綺麗な音色は、繰り返される。
僕は、そうして雨が降るまで何度も何度もネジを巻いて音色を聴き続けた。でも、結局その日は雨が降らなかった。
「ん……うう、ん?」
僕はハッとなって目を開けた。すると、辺りはいつもの景色に、太陽が既に上っている。
慌てて地面を見るけど、濡れている形跡はない。つまり、雨は降っていないと言うことだ。それを知ると、少し残念になりながら目をこする。
どうやら寝てしまっていたらしい。
僕は結局降らない雨に、痺れを切らして帰った……と言うのは嘘で、草食系男子にあるまじき情熱で、神社で一夜を過ごしてしまった。
雨が降って、雨宮さんに会えるまで絶対に帰らない。そう決めたんだ。
そう思いつつもさすがに深夜、暗い神社で過ごすと言うのはちょっと怖いし、その怖さを紛らわすためにずっとオルゴールを見ていたり、顔を伏せていた。すると、やはりというか、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
携帯を見ると、既に時刻は午前10時過ぎ。深夜3時くらいまでは頑張って起きていたはずだから、7時間たっぷり寝てしまったようだ。それでも身体の節々が痛いのは、こんなところで座りながら寝たからだろう。
ちなみに今日は土曜日で講義がないので、時間は気にしなくて良かった。
この暑い中、ずっと外に居るからさすがに汗も尋常じゃないし、喉も渇いてきた。脱水症状で倒れたら元も子もない。立ち上がると、コンビニで飲み物でも買ってこようと歩きだす。
やっとのことで辿り着いたコンビニは涼しすぎて、離れがたく、僕は何度も入口の前で右往左往してしまっていた。
でも離れなければ、と飲み物を買って億劫ながらも外に出る。買ってきたポカリを一気に身体に流し込んだら、何かが満たされる感覚に襲われた。
気付けばあっという間に全て飲みほしてしまって、空になったペットボトルをゴミ箱に放り込む。
そうして、また神社に向かおうとした時だった。
空から、何か冷たいものがポツリ、ポツリ、と降って来たのだ。
僕は驚いて、手を広げてその上から降るものを確認する。そして、手のひらに落ちた雫を見て、駆けだした。
ようやく、雨が降ったのだ。
急いで神社にたどり着く頃には、結構な量の雨が降っていた。僕は傘も持たずに濡れるのにも気にせず、ただ雨宮さんが居る事を願って神社の中に入っていく。
そして鳥居を過ぎると、その奥に。
雨宮さんは、いた。
先ほどまで僕が座っていた階段に腰掛けて俯いている。
「雨宮さん!雨宮さん!!」
僕は必死に叫びながら近づいて行く。
居た。居たのだ!
話すのなら今しかない。絶対に!
ようやく雨宮さんの目の前までやってくると、僕はひたすら彼女の名前を呼んだ。そして、思っている事を話そうとする。だけど、俯いていた雨宮さんが顔をあげた事によって、その言葉は制止された。
「雨宮さん……」
「……何で、来てしまったのですか」
そう言った雨宮さんは、酷く泣きそうな顔をしていた。初めて見るその表情に呆然とする。いつも笑って感情を表現する彼女だから、こんな顔は初めて見た。
何故、雨宮さんがそんな顔をするのだろう。本当なら、僕がその顔をして、雨宮さんに問い詰めていたいのに。
だけど僕は矢継ぎ早に、その言葉を無視して自分の思いを伝える。
「僕は、雨宮さんに会いたかったんです……!離れたくありません!何でここに来てはいけないのか、教えてください!僕に悪い所があるのなら直しますから!だから、どうか……どうか!」
僕はぐっと唇をかんだ。
そして、一番の気持ちを伝える。
「僕を、傍に居させてください……!」
その言葉をきっかけにまた、雨宮さんは顔を俯かせた。少し、身体が震えている気がする。
雨宮さん……?
「……どうして。どうしてそんなに……赤瀬さんは優しいんですか……。どうして、こんな私の傍に居たいなんて言ってくれるのですか……」
雨宮さんの声は心なしか震えて、涙声に聞こえた。僕は、その言葉を聞いて、少し安心した。多分、嫌われてはいないのだろう。良かった。
でも、それでもあの言葉の意味が分かっていない。まだ、雨宮さんに答えを聞いていない。
「何で、ここに来てはいけないのか、分からないんです。教えてくれませんか」
「……」
雨宮さんは、黙って再び僕の顔を見つめ、睨むような視線を投げかけてくる。その行為に少し恥ずかしさと怯えを覚えるが、そんな事で怯んでいてはならない。僕も負けじと見つめ返す。
すると、ようやく雨宮さんが痺れを切らして、目を伏せた。その行動に、ようやく答えが聞けると悟る。
「……分かりました。話しましょう。ずっと黙っていてごめんなさい」
「雨宮さん……」
「もう隠しきれるような事ではないみたいです。だから全てお話ししましょう。倒れた原因も、あんな事を言ってしまった訳も……」
「はい。是非、聞かせてください」
僕は快く頷いた。ようやく聞けるのだ。嫌われたからじゃない。何か別の理由を。でも、雨宮さんはその前に、と付け足してきた。
「赤瀬さん。休んで来て下さい」
「……はい?」
間抜けな声が出てきてしまった。何故、休み?
よく分からない。いきなりの発言に戸惑いを隠せずに、僕は首を傾げてしまった。
「赤瀬さん、貴方気付いてないかもしれませんが、明らかにフラフラしていますよ。ろくに休んでいませんね?」
「……あ」
そうか、ばればれだったのか。確かに妙に身体が浮いているような感覚はあったけど。寝たはずなのにな。やっぱりここで寝たら休まるわけないのかな。
そう思って、ちら、と雨宮さんを見ると、リスのように頬がパンパンに膨れていた。え、何この可愛い表情。写真に収めたい。
「とにかく!休んでください!話はそれからです。今日の夕方4時にまたここに来てください。それまで休む事!」
「……はい。分かりました」
膨れっ面の可愛い表情を見てしまったので、思わず頷いてしまう。僕を心配してくれての事だろう。凄く嬉しい。いつもと違った強気な口調も無理していて可愛い。
雨宮さんを見ていると飽きないな、と思っていると、彼女は立ち上がって僕を押してくる。
「雨にも当たってます。風邪をひかないようにしてください」
「……了解です」
「分かれば良いんです。……必ず、来て下さいね」
「ええ、大丈夫です。必ず来ますから。……ではまた」
そう言うと、僕は歩きだす。後ろでは雨宮さんがいつものように手を振ってくれていて、この日常が戻って来たんだと安心する。良かった。本当に良かった。
一度、振り返ってみて見ると、雨宮さんは何処か思いつめたように、それでも笑顔を崩さずに手を降り続けていた。僕も笑って降り返す。雨宮さんの手は、何だか少し透けて見えたけど、それは遠くから見たから錯覚だろう。
僕はこの幸せな情景に胸を躍らせながら再び歩き出す。
でも、それも結局、一時だと言う事を僕は気付く事が出来なかった。




