12 彼女との時間はいつか
ようやく太陽の顔を頻繁に見かけるようになった頃、僕は雨宮さんになかなか会えなくて不貞腐れていた。どうやら気付かない内に雨宮さんに会えなくて、心が乙女になっているらしい。
僕は男なのに、情けなく雨が降る事を望んで、ただただ待っている。正直雨宮さんに会えないだけでこうも生活に影響が出るのかと驚いている。僕も、変わったって事だよな。
男のくせに鬱蒼とした雰囲気を出しながら雨を望んで、窓を見やる事も何度目か。
ああ、本当に女みたいだ。
そんなある日の事。その日は雨が小降りで、すぐに止んでしまいそうな雰囲気だった。しかし、雨が降っている事に変わりはない。僕は空模様が淀んでいるのを見ると、嬉々として大学を飛び出した。
出る間際、幸弘と友樹が意味深な笑みを向けてきたが、まあそれは気にしないでおく。気にしていたら、あの茶化し隊にはキリがない。
神社に急いで向かい、たどり着くと相変わらず雨宮さんは先に来ていて、あの日以外はやはりというか、僕が遅れて来ている。
既に来ている雨宮さんを見て、僕はがっくり項垂れる。だって、男ならやっぱり待たせたくないでしょ?
明確な待ち合わせもしていないのに、ただ雨が降る日に神社に。
なんて、曖昧な待ち合わせなのに彼女はいつも先に来て僕を驚かせる。最近はあのオルゴールをずっと聞いているので、少しは嬉しくなるのだが、僕だって雨宮さんが来るのを待ってみたい。
やっぱり、そういうのは、無理なのだろうか。
「こんにちは」
「こんにちは。いつも早いですね」
「ふふ、雨が好きですから。ずっと見ていたいんです」
そう言われてにっこり微笑まれると、僕の心臓がばくばくと煩く鳴りだす。最近こういうのが多い。一体何なんだ。うるさい、恥ずかしいから落ち着け僕の心臓。
未だにこの心臓がうるさくなる原因が分からなくて困っていたりもする。雨宮さんを見ているといつもそうだ。他の人と話しているとそんな事は全くないのに。
「そういえば、もうすぐ梅雨も終わってしまうそうですよ」
「……え。そう、でしたね。もうそんな季節ですか」
「はい。だから梅雨が明ければ、なかなか会えなくなりますよね。だから、その。だから……」
僕は口ごもりながら、その言葉を、先を言おうとする。
ためらうな、僕。ただ素直になって言うんだ。
晴れの日もこれから会いませんか。連絡先を交換しませんか、と。
だけど、それは叶わず、何を思ってか雨宮さんにその言葉の続きを遮られてしまう。
「赤瀬さん。ショッピングモールに行きましょう」
「え?ああ……はい、そうですね」
何故雨宮さんは僕の言葉を遮るのが得意なんだ!と心の中で叫んだが、さすがに顔には出さない。言えるわけない。
頑張れ僕。耐えるんだ僕。
じゃあ、行きましょうかと僕が立ち上がると、予め持ってきていた傘を広げる。最近はこういう時のために傘を持ち歩くようになったのだ。かなり成長したよな、自分。これも雨宮さんのおかげか。
雨宮さんはじっと僕の傘が開くのを待った。ショッピングモールへ行くとき、二人で相合傘をして行くのは恒例となった。未だに恥ずかしいけど、嬉しいのもあるからよしとしている。
しかし、今日も雨宮さんは意外な行動に出た。僕が傘を広げると、中に入って来る。しかし、そのついでと言わんばかりに彼女は僕の傘を持つ腕を組んできたのだ。
「……雨宮さんっ!?」
「行きましょう、赤瀬さん」
なななななななんだこれは!これじゃ、まるでホントにホントの……恋人関係みたいじゃないか。
僕は自然と顔が赤くなるのを感じながら雨宮さんを見る。すると雨宮さんはその視線に気づいて、笑ってくれる。それはもう、これが普通の事であるように、なんでもないように。
ああ、もう!
意外と大胆な雨宮さんに僕はいつもこうやって翻弄される。悔しいけど、これが嫌じゃなくむしろ嬉しいからダメなんだ。
オルゴールは持って行かないらしく、後で取りに来るつもりなのか、階段の隅っこに隠すように置いていく。いつもこうやって置いていくので慣れた。どの道この神社にはほとんど人が来ないのだから、大丈夫だろう。
やがて歩きだすと、お互い何を話すわけでもなく、ただゆっくりと歩くだけだった。でも、腕を組まれたこの状況は僕にとって、身体が熱くて、一番幸せな時間だったような気がする。
ショッピングモールへ着くと、雨宮さんは組んでいる腕を解き、お気に入りのオルゴール店へと楽しげに歩いて行った。ちょっと名残惜しいけど、それ以上に恥ずかしいので、ホッとしつつ、僕もそれについていく。
先に店に入った雨宮さんは、何度か見て回り、やがて一つのオルゴールを真剣に見ていた。欲しいのかな。目が真剣すぎる。
その雨宮さんが見るオルゴールは、少し黒みがかかった星の形をしたシンプルなものだった。男が持っていてもおかしくないようなデザインで、白が似合う雨宮さんには不釣り合いなような気がした。
「赤瀬さん、このお金って使えると思います?」
僕も僕なりに自分の欲しいオルゴールを見ていると、不意に雨宮さんがやって来てそう言う。僕はどれどれ、という感じで見せられたお金を覗きこんだ。
「え……これ、ですか」
見せられたのは、随分古いお金だった。それこそ、僕が生きているうちに発行されていなかっただろうと予想できるほど古い。こんなお札、ネットでしか見た事ないぞ。
「ちょっとよく分かりませんけど。多分、大丈夫ではないでしょうか」
僕は悩みながらも、初めて見るお金にオッケー、と指で丸を作って見せる。前に何かのテレビでそういうのも使えると聞いた事があるような。
まあ、もしダメでも銀行に行けば引きかえてもらえると思う。
そう言うと、雨宮さんは先ほどのオルゴールを持ってありがとうございます、とお辞儀をしてレジに向かっていった。
僕はそんな様子を見ながらふと考える。
あれだけ古いお金なんてそうそう集まるものじゃない。もしかして、そういう古いお金を集めるマニアなのだろうか。しかしマニアだったら集めたものを普通使う事はないはず……。
ますます雨宮さんに関する謎が増えて、僕は頭が混乱してくる。謎の多い女性ってミステリアスだけど、実際はあれだけ可愛いくて美人な女性なんだよな……。
そんな事を考えていると、雨宮さんが戻って来た。手には綺麗に包まれた紙袋を持っているので、多分大丈夫だったのだろう。
「あのお金、大丈夫でしたよ!」
「それは良かった。使えるものなんですね」
後ろで、古すぎるお札を興味津々と言った様子で見つめるレジの店員が見えて、少し苦笑する。見たくなる気持ちは分かる。かなり珍しいだろうし。僕も店員なら二度見どころか何度も見直すな。あれはマニア受けするようなものだと思う。
「あの……それで、なんですけど。このオルゴール、こないだのお礼です」
「え……これを?」
そのオルゴールのデザインを思い出す。黒を基調とした星型の、男性でも扱えそうなデザイン。雨宮さんにはあまり似合わないな、と思ったそれは、僕のためだったのか。
それを思うと嬉しさが込みあげてしまう。雨宮さんがわざわざ僕のために、考えて買ってくれたのだ。これは素直に受けとろうと思う。
「いいんですか?」
念のため、聞いてみると、雨宮さんはこれ以上にないほど優しく微笑んで、はい、と答えてくれる。
「是非、受け取ってくだ……!?」
その時だった。僕の目の前で、言葉を最後まで発する事なく、雨宮さんは。
膝から崩れ落ちた。
驚いた僕は、反射的に雨宮さんの目線の高さに合わせ、しゃがむ。そして叫ぶように大丈夫ですか!と声をかけた。
「雨宮さん!?雨宮さん!」
手をついて息を荒くしている彼女はとても辛そうで、何が何だか分からない。もしかして、病気なのか?何か、原因があるなら、早く病院へ……!
そんな雨宮さんと僕は今いる場所が死角になっていて、ほとんどの人が気付かない状況になっている。
誰も、僕達を見ようとしない。自分の事に精いっぱいで、こちらに向ける余裕なんてないとでも言うように。
――何でだよ!人が倒れてんだぞ!無視すんなよ!気付けよ!
でも、そんな心の声を出す事なく僕は雨宮さんに必死に呼びかける。
「救急車、呼びましょうか!?」
「赤瀬さん……今の、天気、は……」
「天気……?晴れてますよ……!」
窓を一瞬だけ見てそう答える。
何でこんな時に天気なんか気にするんだよ!それよりも早く病院へ……!そう思って携帯を取り出し、番号を押そうとすると、雨宮さんの制止の声が入った。
「待って……下さい。病院は、いいですから……。私を、神社に……神社に、連れて行って下さい……」
「……神社……?」
「お願いします……」
雨宮さんのそう言う顔は必死で、僕は気圧されて、やむを得ず、こくりと頷いてしまう。雨宮さんを抱きかかえ、荷物を一緒に持つと、急いで歩きだす。いわゆるお姫様抱っこをしていたのだが、正直そんな事を気にしている場合ではない。恥ずかしさも捨て、ただ必死に雨宮さんを運ぼうと、体力のない僕は頑張った。
周りがぎょっとした目で僕達を見て、ようやく何かあったのだと気付く人たちもいたようだが、今更遅い。
僕は周りの視線を振り切って早足でなるべく揺らさないように歩いて行く。
雨宮さんは、予想以上に軽くて、力のない僕の腕でも軽々と抱き上げて移動が出来た。それが一層不安を煽り、僕は恐怖の中、ただ突き進んでいった。




