11 会わせたい、会わせたくない
日曜日、神社に向かって傘をさして歩いていると、幸弘と友樹に出会った。
「あれ、二人とも何してんの?」
「ん?ああ時也か。珍しいな、雨嫌いのお前が外に出てるなんて。俺達は大学に用があって、その帰り」
「なるほど」
幸弘の答えに僕は頷く。そう言えば、この二人は僕よりも講義を多めに取っている。そのせいか、たまに土曜日にも出なければいけない日があるそうだ。
特に幸弘は植物の世話や後始末など、サークルに力を入れていてほぼ毎日大学に顔を出している。友樹はサークルに入ってないけれど、見た目のおかげで女の子に引っ張りだこだし。
大学生活を謳歌している反面、大変そうだ。まあ、出来る奴の特権みたいなものだよな。
そんな事を考えていると、友樹がいきなり、僕の肩に手を回してきた。お互いの傘がぶつかりあう。だが、友樹はそれを気にせず寄って来る。
その行動に疑問を感じて友樹の顔を見ると、彼はニヤニヤしている。気持ち悪いぞおい。何だこら。
「……何?」
「なあー時也ー最近お前何か変じゃん?」
「変?何で」
「だって雨降ってると急いで大学出てっちまうし、サークルにも来ないらしいじゃん。しかも!雨だと言うのにあの不満の言葉を全然聞かないんだ!」
「……確かに。そう言えばそうだよな。異常なくらい雨嫌いのお前がこうして外に出てるし」
友樹の言葉に賛同した幸弘もうんうん頷く。え、何これ。どういう事?
「お前、何かあるだろ」
「……」
僕は思わず友樹から顔を逸らす。そう言えば、二人には雨宮さんのことを言っていない。何だか、言ってはいけないような気がしたから。
だけど、この状況、ヤバいぞ。何としてでも友樹はその原因を問い詰めてきそうだ。
「なあー教えろよー」
「…………えっと」
「教えないと勉強もう教えてやんない」
友樹のその言葉に僕は反応してしまう。勉強教えてもらえない……それって。つまり。
――留年決定
その四文字が頭に浮かぶと僕は友樹に向き直って、ついでに幸弘の顔もちらちら見つつすみません、という体制を作る。留年なんて本当に嫌だ。マジでこれだけは勘弁。
「教えます。教えるから」
半ばやけくそ気味に僕はそう言うと、二人のしてやったり、という顔が見える。ちくしょう、覚えてろよ!
雨宮さんの事を大まかに話すと、二人はやはりというか驚いて意外そうな顔をした。僕=女っていう発想はないんだろうな。
「時也に女……。女……!?嘘だろ!」
「まあまあ落ち着け友樹。付き合ってるわけじゃないんだ。友達みたいなもんだろ」
「そうだけど!これは例年より雨が降ってもおかしくない!だって時也に女!奇跡!」
失礼にも程がないかこいつ。僕を一体何だと思ってるんだよ。
雨がいつもより多いのを僕のせいにするなよ。何系男子だよそれ。僕はもちろん草食系男子ですが。
「僕、雨男じゃないからな!」
「それは知ってるよ。雨恐怖症だもんな」
え、僕ってそんなに酷いの?雨に対するのが?
ちょっと心外だなあ。別にいいけど。
「あれ?となると、その人にはこれから会いに行くって事?」
「……そう、だけど」
友樹のさらなるニヤニヤ顔に僕は何か嫌な予感を覚える。これはまたマズイ方向に走ってないか?ちょっと逃げようかな。
そんな事を思ってそろそろと足を後ろに回して二人に背中を見せた瞬間だった。
ガシッと嫌な音が肩からして、僕は振り返る。そこには、黒く笑んだ友樹の顔と、少し呆れ顔の幸弘がいた。
あーはいはい、そうですよね。やっぱり、そうなるのか。
爽やか顔のくせして相変わらず腹の中は真っ黒な友樹に呆れたが、これも長い付き合いなので慣れてしまう。
僕はため息をついて、神社に三人で向かった。
雨宮さんは、僕より後に神社に来た所を見た事がない。いつも神社に辿り着くと先に来ていて、座って待っている。
時間指定もしていないのに、どうやって来ているんだろう。一体、どれだけ僕を待ってくれているのだろう。なんて気になる。それをついこの間、聞いてみると雨宮さんは一言、
「内緒です」
と可愛く口に人差し指を当てて言うものだから引き下がってしまった。可愛さに負ける情けない僕は、だから答えを知らない。
雨宮さんの謎のひとつとして、僕の中でずっと残っているのがそれで、だから今日も確実に先に居るだろうな、と予想する。
雨宮さんにはいつも、幸弘と友樹の事を話しているので、多少は大丈夫だろう。
雨宮さんが人見知りだったらちょっと大変だけど。
「ふふふふ楽しみだなあ、時也と仲がいい女子」
「ああ、確かにな。大学で女子と話しているところなんて見た事ないしな」
「面白半分で着いてきてるだろ、お前ら」
「あったりまえじゃーん!」
僕は小さくため息をつく。幸弘はともかく、友樹は人を茶化すのが楽しみだからなあ。
そんな他愛ない会話を広げていると、やがて鳥居の奥にある境内に入る。
賽銭箱が見えて、その下の階段には儚く可愛い人影があった……はず。でも、その人影は今日に限って見えない。
「……あ、れ?」
僕は無意識にそう呟くと、少し早足で鳥居をくぐっていく。二人もそれに気付いているようで、ばしゃばしゃと雨の跳ねる音がした。
しかし、どれだけ近づいても、いつも見える雨宮さんの座っている姿が見えない。あれ、おかしいな。いつも先に来ているのに。
そうして賽銭箱にたどり着いたけど、誰もいなかった。雨の日に誰もいないこの場所なんて見るのは久しぶりで、少しの違和感を覚えた。
「……なんで」
「いないな。いつも先に来てるって聞いたけど」
「まだ来てないって事?」
「……多分。こんなの初めてだからよくわかんないけど」
「ふーん……」
「時間指定、してないって言ったよな。つまりいつ来るか分かんないって事だよな」
「……うん」
「そっか」
少しだけ虚しい会話をしながら僕は賽銭箱の下の階段を見つめる。何で、居ないのだろう?たまたま、だよな?
まさか、もう来てくれないなんて事、ないよな?
「しょうがない。じゃあ、俺たちは帰るか。行くぞ、友樹」
「えーー何で」
「邪魔したら悪いだろ。いつ来るか分かんないし、俺達は帰ろう」
その言葉を聞いて、僕は、ごめんな、と謝る。期待させていたのに、2人をがっかりさせてしまった。2人にも、出来る事なら雨宮さんを紹介したかった。
「謝る事ないって。だって俺らただ茶化しに来ただけだし」
「……ああ、そうだよな」
僕は、少しだけ笑うと、じゃあな、と手を振って二人を見送った。二人は始終、じゃれあいながら来た道を引き返し、やがて神社を去っていった。
ここから誰かを見送るって、こんな感じなのか。いつも雨宮さんがしている事をやっていると思うと、少しだけ嬉しくなったりして。
僕は二人が見えなくなったのを確認すると、しばらく待っていようと後ろを振り返った。すると草食系男子に相応しい声が出た。
「う、わああ!?」
咄嗟の事とは言え、情けない声が境内に響く。しかし、驚かせた当の本人はきょとんとしている。
「あ、雨宮さん、いつの間に……」
そう、そこには雨宮さんがいた。先ほどまでいなかった賽銭箱の下の階段にいつものように座っていたのだ。嘘だろ、だって全く気配がなかった。
本当にいつ来たのか分からない。
「驚かせてしまったみたいですね……すみません」
「い、いや、大丈夫です。さっきまでいなかったから、ちょっとびっくりしたけど……」
「ごめんなさい」
「謝らないでくださいよ。それより、さっき僕の友人が居たんです。いつも話している2人が」
「あ、見ましたよ。すれ違ってしまいましたね」
雨宮さんはそう言って苦笑すると、僕を見た。ああ、すれ違いか。ならしょうがないよな。そう思うと、隣に腰かけた。
「今日は、僕が先に来ましたね」
「はい、負けてしまいました。残念」
「いいじゃないですか、たまには」
「ふふ、そうですね」
今更だけど、二人に雨宮さんを見せなくて良かったかもしれない。特に女子に大人気の友樹には、ね。
だってこんなに可愛い人、知られたくない。雨宮さんは僕だけが知っていたいのだ。
そう思って雨宮さんを見つめていると、彼女は首を傾げて可愛い行動をとる。それに僕は微笑んでしまう。ああ、癒される。
「そういえば、赤瀬さん」
「はい、なんでしょう?」
「私、またあのショッピングモールに行きたいです」
意外や意外、まさかの雨宮さんからまた行きたいと言う言葉を聞くとは思わなかったので、僕は思わず微笑んでしまった。そうして、立ち上がる。
「いいですよ、行きましょう」
この日を境にして、僕たちはたまにあのショッピングモールに行くようになった。雨宮さんは何を買うわけでもなく、だけど楽しそうに見て回るので、つい何度も行ってその姿を見たくなる。
ちなみにお気に入りはオルゴール店と、雑貨店だった。
しかし、何か一つ気になる点と言えば、雨宮さんはやけに天気を気にしていた。僕はそれを見て、そういえば雨が好きだったっけ、なんて呑気に考えてしまう。僕も未だに嫌と考えてしまうけど、最近は少しだけ好きになっていた。雨ではなく、雨の日、だけど。
そして、やはり僕が神社に行くと必ず彼女はあのオルゴールを持って静かに聞いていた。余程気に入ったらしい。僕もそれを見ると嬉しくなって、どうしてか心がぽかぽかと温かくなった。
しかし、そんな日々も虚しく、楽しい時は過ぎ去っていく。気付けばもう六月下旬で、いくら雨の日がいつもより多い年とは言え、梅雨が終わる季節がやって来た。そろそろ、太陽が見える日も多くなってきて、前の僕なら素直にそれを喜んでいた。
でも、今ではそれを喜べない。雨が降らない事に残念に思う自分が居る。そんな自身が意外で、内心驚いている。
だって、雨の日じゃなければ雨宮さんには会えないのだ。太陽の下では、彼女に会えない。そんな概念が既に定着していた。




