10 作りかけのお話
次の土曜日、雨が降っているのを確認して午後に神社へ行くと、雨宮さんはいつも通りというか、賽銭箱の下の階段に座っていた。
しかし、今日は座ってただ待っているだけではない。
雨宮さんは手に昨日のオルゴールを持ち、小さな箱から奏でられる音楽に聴き入っていたのだ。ハート形のオルゴールの中では、音楽と共に天使が踊っていて、とても可愛らしい。雨宮さんはそれを夢中で見つめていた。
「気に入りましたか?それ」
「……赤瀬さん!はい、とても。音楽っていいですね」
開口一番そう言うと、雨宮さんは少し驚いたようにしていたが、それでも笑って返してくれた。どうやらオルゴールに夢中で僕に気付いていなかったらしい。
僕は雨宮さんの隣に腰を下ろす。すると、雨宮さんも音に合わせて口ずさんでいるようで、彼女の歌声も聞こえた。ららら、と歌詞のない綺麗な声が、脳内を満たしていく。歌、上手だなあ。
そう思っていると、ふいにオルゴールの旋律が止む。どうやら箱を閉じたらしい。それと共に雨宮さんの歌声も止み、僕は少し残念な気持ちになった。もう少し、聞いていたかったな。
「そうだ、今日はまた童話を作ったんです。聞いてもらえますか?」
「本当ですか。それは是非聞きたいです」
密かに楽しみにしていた童話の新作を聞けるとなると、先ほどの残念な気持ちも消え去った。何とも単純な僕。
そんな僕を知ってか知らずか、また雨宮さんはゆっくりと物語を話し始めた。それを僕は一字一句聴き逃すまい、と真剣な顔をして耳を傾ける。今回はどんな物語なのだろう。
そうして始まる雨宮さんの作り上げた物語は、こうだ。
「それは、何年も前、大昔のお話です」
まだ神様が人間を作って間もない頃、数ある中の、一人の神様が居ました。その神様は、雨を降らす事が出来るので、雨が降る日にだけ姿を現すのです。まさしくその神様は雨の守護神のような人でした。
とある神社にある祠に住むその神様は、人間の供物と、時折降る雨で力を蓄えます。供物を貰えば、お礼に雨を降らせ、作物を実らせるお手伝いをする、人々を助ける神様でした。
人間と共存する雨の神様は彼ら彼女らが大好きで、手伝いが出来てとても幸せでした。
人間は皆、自分を思って信仰し供物をやってくれる。自分もそれに応えねば、と。
しかし、そんな幸せは一時の事でした。
やがて時が経つと、人々は雨の神様に供物を出さなくなるのです。
それは、科学が発展し、人々が神を信じなくなったからでした。信仰されない神様は、供物を貰えるわけがなく、時折降るわずかな雨の力を使って存在し続けました。
「ああ、寂しい寂しい……」
神様は供物がないので雨だけで力を蓄えなければいけません。しかしそれは僅かな力にしかなりません。力がなければ人に姿を現す事も出来ない。
だけど、姿が現わせなければ神様がいると分からず供物が貰えない。それは負の悪循環で、神様はどうする事も出来ないのでした。
孤独で寂しい神様は毎日泣き続けました。
しかし、そんなある日の事です。
雨だけで蓄えた力がいくらか集まった頃、一人の男性が神社の祠の前にやってきました。
神様は、久しぶりに間近に見る人間に、姿を現さず観察していました。
どうやら彼は雨宿りをしているようで、雨が止むと帰って行きました。
その日以来、雨が降るたびにその男性は神社にやって来ては雨宿りをするようになるのです。
神様はその男性が来るのを楽しみに待つようになり、やがてその男性に恋をするのです。
神様は、何とかその男性と話をしたい。
そう思って今まで何年も溜めた力を使って何百年ぶりかの、姿を現したのでした……。
「おしまい」
「……えっ。終わり?」
僕は思わず拍子抜けしてしまい、声をあげてしまった。これで終わり?本当に?
……だって、いつもならこんな中途半端な終わり方はしなかったはずだ。それなのに今回ときたら、唐突な終わりを告げている。
雨宮さんは話を作るのが上手くて、いつもハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうが、綺麗にオチをつけたりして終わらせてくれる。だけど、今回は煮え切らない終わり方をしている。これでは続きが気になってしょうがない。
「ふふ……ごめんなさい。まだ作っている途中なんです。だからここまでしか話せないんです。でも、どうしても赤瀬さんに聞かせたくて……」
「そうだったんですか……。じゃあ、今度続きを聞かせてくださいね」
「はい、いつか……。必ず」
雨宮さんの、少し引っかかるような答えが気になったが、僕はそれを素直にこくりと頷く。製作途中だったなら、終わり方も不思議ではない。続きが気になるところだが、雨宮さんの事だろう。きっと面白くしてくれる。
いつもなら、話を聞いた後、感想を僕があれやこれやと言うのだが、今回ばかりは結末のないものであって感想は言いづらい。だからそれはナシにして、他の事を質問してみようと思う。
「その話で思ったんですけど。何故、雨の神様はその男性に恋をしたんでしょうか」
この話を聞いていて一番に思った事は、それだ。
雨が降る度、やって来るだけ。まるで僕のようなその男性に親近感がわくが、それよりも、そんな事で恋に落ちてしまうものなのだろうか。ううん、経験した事ないから分からない。
「神様は、久々に人間に会えたんです。遠くから見ても、近くから見る事はなかったんです。男性にその気はなくても、その男性だけが唯一、神様の孤独を癒してくれたんですよ。だから、恋をしたんです」
「……なるほど。恋愛って不思議ですね」
そう言うと、まれに見せるあの切なげな笑顔が返って来た。
くすり、と笑っているはずなのに、笑っているように見えない感覚。たまに見せるこの表情は、一体何をあらわしているのか僕にはわからなかった。
「そうです。恋愛って、不思議なんですよ」
雨宮さんのオウム返しに、僕は恋について考え始める。
確かにそうだ。
一目ぼれだったり、嫌いなのに好きだったり。そういうのをテーマにしたものなんてこの世の中、いくらでもごろごろと転がっている。そして、それは実際に本当にあるのだ。
そうして僕はちら、と雨宮さんを見る。そういえば、僕は雨宮さんをどう思っているのだろう。
最初会ったときは、唯一、普通に話せる女性だと認識していた。まあ、多少は緊張していたが、他の女性と比べたら幾分ましな方だ。
しかし、今はどうだろう。雨宮さんは、僕にとって大事な人だ。雨の日にだけ会える、不思議な女性。綺麗で可愛くて、いつまでも一緒に居たいような、人。
だけど、最近は雨宮さんを女性として意識しているような節がある。まさか。
恋愛なんて未経験だけど勘違いだろう。
でも、それじゃ、僕と雨宮さんの関係はどうなるのだろう。
それは、春さんの時にも感じた疑問。
僕は考え過ぎて、もし雨宮さんと恋人関係になったら……なんて方向性を変えてしまう。
でも、それは酷く特別なもので、とても魅力的な想像に思えた。
雨の日にだけではない。
太陽の下に出て、普通にデートをするのだ。
海に行ったり、レストランで美味しいものを食べて映画を見て。
ありふれた、恋人のように過ごせたら……。
それを考えたら、僕は途端に顔が赤くなって、首を振る。何を考えているんだ僕は……!
「そ、それにしても、雨宮さんは本当に物語を作るのが上手ですね!」
話を逸らすというか、思考回路をシャットアウトしたいがために咄嗟に出てきた言葉は噛んでいた。アホ!何をしているんだ!
「いいえ、そんな事ないです。一人でいる時に思いついた事をただ話しているだけです」
「いやいや、本当です。やっぱり作家に向いていますよ。どうですか?」
僕はわりと本気でそう思って言うと、雨宮さんは首を振って否定の意を取った。
「私は結局、誰の心にも残れない存在ですから」
「……?」
意味深な言葉に僕は首を傾げる。何だろうそれ。どういう意味?
あの、と口を開いて、僕は続きが言えなくなる。雨宮さんの儚い笑顔を見て、聞けなかった。
まるで聞かないで下さいと言っているように見えてしまったのだ。
僕は、いつまでたっても何も聞けないのかな。
雨宮さんの、本当の姿がそこに隠されているのを知っているのに、知ることは出来ないんだろうか。
そうして僕はその言葉と、あの雨の神様の意味に気付けなかった。最後まで。本当に、最後まで。




