第2話 美しく咲く花のように
「ローランド、これはどうかな?」
荷物で両手が塞がっているというのに、色とりどりの洋服を替えていく彼女はまだ気が済んでいないようだ。
「どうって言われてもなあ、さっきと違いがわからないよ」
「だからあ、この服はさっきとデザインが微妙に違うんだって。わかってないなあ……それにしても、こっちは可愛い服がいっぱいあってつい買いすぎちゃうよね」
「買いすぎた分は全部僕が払ったんだけどね」
そう不満を漏らすと、彼女は両手を広げてどうしようもない事を言う。
「だって私、お金持ってないもん」
いつもそうだった。
彼はいつも振り回されて、彼女は前へ進んでいく。
それが二人の関係で、それが二人の距離だった。
「もん、ってあのさあ」
「何よ、気に入らないの?」
「気に入らないと言うよりは……そうだなあ、君の世界じゃこういうんだっけ」
彼も笑う。
あの時は、誰よりも幸せだった。
「『お金持ってないもん』は、ヤバイ」
「ヤバくありません。それで、ローランドどう思う?」
彼女は笑う。
いつか彼女が教えてくれた、その名前の意味のように。
「似合ってるよ、美咲」
美しく咲く花のように。
§
「思ってたのと違う……」
ラザニアをフォークで突きながら、ミサキは不満を漏らした。それなりに待ったというのに、どうやらお気にめさなかったようだ。
「何が違うの?」
「ラザニアっていうのはね、パパ。ちゃんとミートソースとクリームソースが入ってるの。これ、ミートソースしか入ってないの」
「僕は結構気に入ったけどな」
「ちゃんとしたの、今度作ってあげる」
「ミサキ、まだ料理できなかったよね」
「これから覚えるの!」
それから二人は皿を空にして、店を後にした。彼にしては珍しく、濃い目の味付けを気に入った。
またこよう。誰に言うでもなく、彼はそんな言葉を呟く。
いつかミサキが料理を覚えた時に、食べ比べられるように。
王都。
その名の通り王の住む都だ。王の名前はモルリウム、都の名前もモルリウム。街の中心には大きな城があり、一般人が立ち入ることなど許されているはずもない。ただ人口が多いことも有り、城下町は相変わらず活気付いている。
変わってないと彼は感じた。
以前ここに来たのが何年前かは覚えていないが、少なくとも記憶の中にあるここはいつも賑やかだった。ミサキの手を握りながら、少しだけ考える。ここに来た用事はもう済んでいたが、こういう場所に泊まるのもたまには悪く無いだろうと考えなおす。それに最近は野宿続きで、ゆっくりするのも悪くない。昼間の街を眺めながら、一杯やる姿を彼は想像した。
悪くない。そう思えた。
「今日はどこかに泊まろうか」
人混みを避け、ミサキの手を引きながら彼は歩いて行く。
「本当? あったかいお風呂入れるの!?」
「一日ぐらいのんびりしようか。折角だし、少し良いところに泊まろう」
「やった、パパ大好き!」
宿探しは簡単だった。城に近ければ近いほど値段が高く、遠ければ遠いほど貧しくなる。少し良いところに泊まりたければ、城から少し離れた所に向かえばいい。大通りを真っ直ぐと進み、彼は適当な宿屋の扉を開けた。
「ここ、先払いかな」
店主が首を横に振ると、彼は荷物を係の人間に手渡した。
「二人で二泊何だが、十万で釣りはでるかな」
「ええ、十分です」
それから二人は案内されるがままに宿屋の階段を登っていった。
「ねえ、パパ……そんなにお金持ってないよ?」
袖をぎゅっとにぎりながら、不安そうな声でミサキが言う。だが当のレッド本人は金の心配などしていない。
「さっき先払いじゃないと確認したじゃないか」
「どうして?」
「この街で稼ぐなら、荷物はどこかに預けたほうが安全だからね」
部屋は予想外に広かった。家具の類も品があり、中々彼の趣味に合っている。ミサキも気に入ったようで、久しぶりのふかふかのベッドの上でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「大きな風呂もあるみたいだね」
彼は部屋に置かれた案内を見て、そんな事を確認した。
「本当!?」
「ミサキ、先に入っていていいよ」
「えーっ、一緒に入ればいいのに」
「男女の風呂は別のようだし」
鞄から必要なものだけを取り出し、上着のポケットに仕舞う。
「ここの宿代、踏み倒すわけにはいかないからね」
そう言い残し、彼は部屋を後にした。
向かった先は、当然のように役所だった。人が多ければ多いほど、賞金首の数は多い。レッドは隙間が見えないほど紙で敷き詰められたコルクボードから手早く三枚程見繕うと、合計の金額を計算する。しめて一五万バール。宿代と日銭を合わせれば、十分な額になった。
五万程度の人間の賞金首は、大体の場合がしけた泥棒か街で粋がっている子供だ。それを探す手間など、彼にとって見れば朝飯前と言えるだろう。彼は役所の外に出ると人気のない路地へ入り、そこから見通しのいい背の高い建物の屋根まで駆け上がる。
念のため目立たないよう姿の消える魔法をかけ、道行く人の顔を眺め見分ける。常人には不可能だが、さすがに千年以上生きた彼にはいくらでもやりようがあった。
一人、二人。手配書の人相と一致する人物が呑気にも往来を歩いていた。フードで顔を隠していても、そんな布は彼にとって困難になど成り得ない。
それから彼はいともたやすく跳んで見せた。賞金首めがけ、ただまっすぐと。
足音を、風圧を殺し着地する。手配された事に気づいたのか、こそこそと出口に向かおうとする泥棒の口に手を伸ばし真っ先に言葉を封じた。有無を言わさず、昏睡の魔法をかける。あとは少し路地裏に連れ込み肩に担いで、役所まで歩いて行けばいい。
そんな容易いことを二度繰り返す。それで宿代はもう稼ぎ終わった。
必要な金額以上を財布に入れておくのは彼の主義には反してはいたものの、使う宛が無いわけではない。
王都と言うだけあって、普段はなかなかお目にかかれないような幾つもの酒が金さえ積めばいくらでも手に入る。酒屋の会計に積む金が、彼には欲しかった。
それに旅で使う靴や道具、ミサキの服も新調してやるのも悪くないなどと彼は考える。もっとも、彼女に付き合って服屋を何軒も見て回る自分の姿を想像しただけで彼はつい苦笑いをこぼしてしまったが。
残り二人の賞金首は、少なくとも街中を歩くほど間抜けではなかった。だから、彼は建物の中を透視する。少しだけ目が疲れるが、彼にとってはその程度。乱用すれば視力すら失うという秘術ではあったが、彼の場合昼寝でもすれば回復する程度の負担だった。
存外簡単に見つかったのは、賞金首がいるのは銀行だったからだろう。どうやら街を出る前に逃亡資金を稼ぐつもりらしい。
逃げたところを追いかければ賞金が上がるかもしれないと彼は考えたが、それはやめた。その分だけ宿に戻る時間が遅れるからだ。
ちょっとした贅沢のために、彼はため息を付いて銀行の正面玄関めがけて跳んだ。どうやったって目立ってしまうが、目立たずに賞金首を捕まえたと証明するのが難しそうだったからだ。
賞金首を彼は恨む。
人目のつかないところなら、楽に終わったのにと。
銀行の前には人だかりが出来ていて、そこを堂々と通るのは難しそうだった。だから彼は姿を消して堂々と銀行の中へと入っていった。野次馬には勝手に扉が動いたように見えたようで、一瞬だけ大きな歓声を上げたがすぐに喧騒にかき消された。
銀行の中は思いの外静かだった。賞金首は人質を取ったのか若い女性の首筋にナイフを突き立て、大きな鞄に金貨を詰めさせている。
「一つ、聞きたいんだけどさ……そんな重い物持って、どこに逃げるんだい?」
魔法を解いて姿を現し、彼は賞金首に呑気な声で話しかけた。
「……誰だお前? どこから入ってきやがった」
「賞金稼ぎだよ……それと、入ってきたのは玄関からだね。ノックしたほうが良かった?」
「近づくと、こいつの命は無いぞ」
ナイフを女の首筋にあて、情けないことを賞金首が言う。レッドは思わず盛大なため息をついてしまった。想像以上に相手が馬鹿過ぎて呆れ果ててしまったからだ。
「あのさあ、話聞いてたかな? 僕は賞金稼ぎだから、賞金首を捕まえに来てるわけ。少なくとも君の何十倍も強いんだから、そういう事されても話がややこしくなるだけなんだ」
「喧嘩売ってるのか!?」
「売ってるんじゃないよ、喧嘩は面倒だからやめてくれって頼んでるんだ」
「その随分とでかい態度でか!?」
「そうかな? あまりそう言われた事はないけど」
「そうだろう」
「じゃあ、わかった改めよう……お願いだからさっさと牢屋にぶち込まれて路銀の足しになってください。どうかな、わかってくれた?」
「ふざけるな!」
「ひどいなあ、ちゃんとお願いしたじゃないか」
「それが気に喰わないんだよ!」
男はナイフを振り上げると、人質の首元に刺そうとした。
だから、レッドは指を鳴らす。
簡潔に、素早く、冷静に。
ただこの時は、三番目の鉄則を彼は守れていなかった。何せレッドの頭の中は目の前の賞金首に対する憐れみでうめつくされていたからだ。
――どうしてこう、この手の悪党の脳味噌は千年経っても変わらないのだろう。
賞金首の右腕を凍らせながら、そんな事を考えていた。
「な、何しやがった!」
説明する気力も無い。どうせ原理を説明説明したところで、理解は得られない事を経験則で知っていた。
だから、猿でもわかるように結果だけ教えてあげる事にした。
「洋服代を稼ぎに来たんだ……僕じゃなくて娘のね」
酒の事は伏せておいた。またミサキにアル中呼ばわりされたような気がしたからだ。
それから、もう一度指を慣らす。
それで、終わり。
男はその場に倒れこみ、随分と盛大ないびきをかいた。
レッドは役所の人間に賞金首を引き渡し、頂いた金貨を数えていた。宿代と当面の生活費を差し引いても、そこそこが金額は残る。賞金首が罪を重ねたおかげで賞金が少し値上がっていたこともある。
自然と笑みがこぼれていた。金があることではなく、その使い道があることが嬉しかった。
さて、何を買おう。
そんな子供じみたことを、千年以上生きた彼は久しぶりに考えていた。
「先程は、ありがとうございました」
唐突に、見知らぬ女性に声をかけられた。
見覚えはある。つい数分前まで人質だった女性だ。
「君も運が無かったね。怪我がなさそうなのは何よりだけど」
「ええ、おかげさまで」
「それで、僕に何か用かな」
微笑みながら、彼は改めて彼女の姿を見る。
都会の派手さは無いが、田舎の泥臭さもない。茶色のロングへ―アガよく似合う、品のいい美人だった。
「いえ、そのですね……」
「ああすまない……食事の誘いだったら本当に嬉しいんだけれど、娘が待っているんだ。気持ちだけ受け取ってもいいかな?」
「いえ、食事は大丈夫です」
「ああ、それなら本当に良かった……するといよいよ僕に用事は無いと思うけど?」
「お嬢さんの服をお探しなら、是非うちの店に来てほしくて……助けていただいたから、お安くしますよ?」
「無料にはならないんだ」
「商売ですので」
「命の恩人でも?」
「お客様を差別しない主義ですので」
「なら割引は出来ないんじゃないかな?」
「あら、本当ですね」
口に手を当てて、彼女がわざとらしく驚く。その商魂に彼は少しだけ心を打たれる。命を助けられた相手に営業とは、なかなかの努力だなと。
「割引はいいよ、君のおかげで少し賞金が増えたんだ。だけど……その代わり」
ちょっとした悪戯心のせいだろう。彼は彼女の手を握り、まっすぐと見つめ微笑みかける。
自然と、彼女の顔が赤くなる。
「お店の名前、聞いてもいいかな?」
「ミサキ、いるかい?」
宿屋の主人に二日分の宿代を払い終えたレッドは、部屋に入るなり彼女の名前を呼んだ。
「おかえりパパ、どうしたの?」
タオルを体に巻いたままのミサキが、布団に寝転びながら気のない返事をくれた。髪が濡れているので、どうやら一足先に風呂に入っていたようだ。
備え付けのソファに腰を掛け、彼は大きなため息を付いた。
「ひどいじゃないか、僕が稼いでいる間に風呂に入っているなんて」
「だってえ、どうせパパと一緒に入れないしい」
「あーあ、ひどいなあ。せっかく新しい服を買ってあげようと思ったのに」
「本当!?」
目を輝かせて、飛び上がりながらミサキが言う。
「でも、やめた。勝手に風呂に入る子に、買ってあげるものはありません」
「えーっ!?」
「仕方ない、僕は僕の稼いだお金で僕が楽しみにしていたお酒でも買いに行こう」
「やだ、わたしも行く!」
わざとらしく部屋を出ようとするレッドにしがみついて、ミサキが駄々をこねる。もちろん彼にそんな気は無かったが、なぜか今日は他人に意地悪をしてやりたい一日だった。
「冗談だよ、ちゃんと服を買いに行こうか」
「やった!」
「だけどその前に」
いつの間にか、ミサキの体に巻き付いていたタオルは床に落ちていた。
「とりあえず……服を着ようかミサキ」
日は傾き、橙色の夕暮れがいつのまにか町並みを包んでいる。
件の彼女が教えてくれた店は宿屋から存外に近かった。
テイラーシルビア。
上着を型どった看板にそんな文字が並んでいる。ガラス越しに店内を見れば、彼女が笑顔で微笑んでくれた。
「……誰よ、あのおんな」
不満そうな顔でミサキが言う。
「ちょっとした知り合いだよ」
「ふうん」
露骨に嫌そうな顔を隠さず、ミサキは精一杯頬を膨らませた。
「別のお店がいい」
「それは困るかな」
「なんで」
「なんでもだよ」
「ふうん……」
何が気に入らないのかレッドにはよくわからなかったが、それでも彼はドアを開けた。乾いたベルの音だけが、今の彼には心地よかった。
「あら、これはこれはいらっしゃいませ! 本当に来てくれたんですね」
「約束はしたからね」
「こんにちはかわいいお嬢さん……おいくつかな?」
「にじゅうろく」
ほとんど店員を睨みながら、ミサキは口を曲げて笑えない冗談を言う。
「うちの娘、冗談が上手いんだ」
「みたいですね」
「それで、どんなお洋服をお探しですか?」
「そうだね、ある程度頑丈で破けづらくて風も通さないで」
「かわいいやつ!」
できるだけどんな環境にも耐えられる服を買うつもりだったが、ミサキにとって機能性は最重要では無かったらしい。
かわいいやつ。それが具体的にどんな服なのかレッドには判断できそうになかったので、適当な壁に背中を預け黙って眺める事にした。
「かしこまりました、お客様」
店員が深々と頭を下げると、いくつか品の良さそうな服を用意してくれた。
「こういったものはいかがでしょう?」
黒い生地に、赤と白のフリルがあしらわれているワンピース。白と青のコントラストが美しいドレス。それから、格子の模様が独特な少し短めの折り目のついたスカート。
どれも旅には向いてないように思えるが、レッドは黙っておいた。女性の服に似合っている以外の感想を述べて良かったことなど千年間無かったからだ。
「……このスカートがいい」
「なら、次は上着ですね」
上着。
また何着も用意された色とりどりの洋服を見て、彼は少しだけ目眩がした。それから端の方に並んでいる男性用の上着を見て、ついでにため息をついた。どうしてこう、女性の服は山のようにあるのか。
それは、売れるから。
どうしようもない経済の原理を考えていると、彼は少しだけ欠伸を漏らした。少しだけ目をつぶると、程よい睡魔が襲ってきた。
「パパ、起きてる?」
彼は少しだけ眠っていた。
体を揺らされて、そのことにようやく気づいた。
「ああ、ごめん少し寝ていた」
「どう、パパ……似合う?」
少しだけ恥ずかしそうに、ミサキは服を翻してみせる。
時間をかけて選んだのだろう、店員が少しつかれた顔をしている。だが満足のいく仕事だったのだろう。
丈の短く赤いロープは、スカートが良く映えている。
「似合ってるよ、ミサキ」




