最終話 英雄譚の幕開け
彼女は不思議そうに首をひねりながら、その丘を歩いている。
――それはこれから世界を救う、英雄譚の幕開けだった。
彼の事はよく知らない。
声を聞いたこともなければ、顔も見たことなんて無い。
どうして母親が会いに行けなんて言ったのか、未だによくわかっていない。
歩く度に疑問が湧き出る。これからの全部が、漠然とした不安で包まれていた。
旅でもするのだろうか。何だかよくわからないものと戦ったり、たまに観光でもするのだろうか。
不思議な気分だった。村の人は訝しげな目で自分を見るし、はっきり言って落ち着かない。
十六年鍛えられた。この扉を開けるのに、この場所にくるために。
それだけの事をした。訳の分からない女神に躾けられ、ありとあらゆる事を覚えさせられた。殴られることはなかったが、谷に突き落とされて酒の肴にされた事はあった。
彼に会うことが条件だった。一生修業をするか、彼に会うか。いい加減修行にうんざりしていた彼女は、当然のように後者を選ぶ。
だから彼女は、その扉をゆっくり開けて。
「はじめまして……あなたがローランド?」
自分の名前を突然呼ばれて、怯える彼を彼女は眺める。
「君は……?」
彼女はため息をつく。間抜けな彼の顔は、あまり気に入らなかった。
「私は美咲、工藤美咲……ねえ、あなたママの知り合い?」
ママ、などと呼ばれて当然彼が知っているわけもなく首をただ横に降った。彼女は今すぐ母親を連れてきて問いただしてやりたい気分だったが、あいにく彼女は絶賛行方不明。貰った手紙をポケットから取り出し、ため息を付いて破り捨てた。
「ねえあなた……これから私と一緒に」
そして彼女は、初めて彼に手を伸ばす。
「世界を救いに行くらしいわよ?」
差し出しられた彼女の手を、彼は優しく握り返した。




