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襲撃

 第一階層の迷宮大回廊はこのところ、大分、様相が変わっていた。以前は化けモノと冒険者が血で血を洗う戦闘をひっきりなしに行っていたものだが、最近では大回廊での戦闘は、その激しい人通りの割にはめっきり減ってしまった。

 無論、大回廊から一歩、脇道に入れば昔と少しも変わらず、冒険者と化けモノは生死をかけた争いを行っている。だが、この世界に進出する犯罪組織が増えれば、増えるだけ、偶発戦争への発展を怖れ、組織構成員はその本来の仕事である冒険者との戦闘を避ける様になった。

 「てっきり冒険者かと思って襲ったら、隣の組の運び屋でした」

 では、済まされない。何しろ、ここは警察どころか法律すら存在しない場所であり、その上、常識まで通用しないと来ている。犯罪組織にとっては天国のような場所ではあったが、己の身を守る為には、現実世界以上に自制心を必要とするのだ。

 そんな訳で、大回廊で戦闘しているのはもっぱらAIが操る生真面目なモンスターと冒険者という組み合わせばかりだったし、その冒険者にしても、このゲームに熟達した者ほど、無駄な戦闘は行わない。欲しい物があれば小遣い稼ぎをしたい化けモノと取引すれば手に入るし、その方が遥かに安全で、簡単なのだ。


 北地区にある店を出て、中央地区にある自宅までの間、何軒かの店がある。もちろん、本来、存在してはいけないはずの店だ。そのうちの一軒、馴染みの店に寄る。

 冒険を進めるのに必要なアイテムや武器を冒険者に売り、代わりに冒険者から迷宮では手に入らない日用品を買いつけるその店は、馴染みの冒険者に性格の良い者が揃っているらしく、品揃えがこの辺りでは頭一つ抜けて、素晴らしい。

 店内をぶらつきながら、身のしまった赤い小ぶりのリンゴを二つ、北欧産のオイルサーディンの缶詰と脂ののったベーコンのパックを一つずつ、ミネラルウォーターのボトルを一本、それに瓶詰めのグリーン・スライムを持ってレジカウンターへと向かう。

 その時、ふと視線に気が付く。殺気とは呼べないが、明らかに俺を監視している類の、まるで値踏みをする様な視線……。

 一瞬、万引きを警戒するライカンの店主からの視線かとも思ったが、俺と彼の属する北欧系の兵器密売組織『叩き潰せハッカ・ペル』との関係は悪くないはずだ。店主に視線を向けると、油断なく身構えてはいるものの、その警戒心と、持ち前のはち切れんばかりの闘争心は全方位に向いており、俺だけに向けられたものではない。

 俺は金貨で支払いを済ませると、紙袋に買った物をしまいながら、二言三言、顔馴染みの店主と会話を交わす。その間も、やはり、背中に突き刺さるような視線を感じる。

 

 「お前さん、つけられているよ」

 胸にまで届く様なモジャモジャの髭面に作り笑顔を浮かべ、伸ばし放題の半白髪の髪を後ろで束ねたエプロン姿の太った店主は小声で忠告をしてくれた。俺は、彼のジョークに笑い声を上げているようなフリをしながら応ずる。

 「何人だね?」

 「三人」

 どこからつけられていたのだろうか? 鈴木さんの店からか? いったい誰が? 疑問が鎌首をもたげ、店主に更に尋ねる。

 「どんな格好の奴らだ?」

 質問に答える為、人狼族特有のトパーズ色の目を細めて目線を読まれないようにしながら、店主は回廊の方に視線を送る。一瞬、その眼光が鈍く光る。

 「最近、歳のせいか、目がすっかり悪くなっちまってね」

 「ふふん……そうかい。これなら目も少しは良くなるだろう」

 店主の言葉に俺はコートのポケットから金貨を一枚、取り出し、レジカウンターの上に置く。

 「白っぽい服装だな」

 「……白っぽいって、おい、それだけかい?」

 「もう一枚貰えると、いい眼医者に行けそうなんだけどなあ」

 店主は犬歯の発達した口をあけ、ニヤリと笑う。抜け目のない野郎だ。俺は更にポケットから金貨を一掴み出し、カウンターに置く。10枚はあるだろう。

 「これだけあれば、女房の皺の数まで数えられるだろうよ」

 店主は途端に真顔になる。

 「回廊の反対側に髭面の男が一人、うちの店のすぐ外に一人、それにアベックのフリをした男女二人組が、隣の部屋の前にいる。回廊の二人は白いサーコート、アベックはこげ茶色の革コート……四人とも下に鎖帷子を着こんでいるな。一見、丸腰だが獲物は四人とも短剣だろう、左脇の下が妙に膨らんでいる」

 「おい、四人って……さっきは三人って言ったじゃねえか」

 俺は微笑みを顔に張りつかせたまま、毒づく。

 「なあに、一人はサービスしとくよ。まあ、頑張んなよ……もう一つかみ、金貨があれば、俺の腰の痛みも引けて、ちょいと運動したくなるんだけどなあ」

 「ちっ、ケツの毛まで抜く気かよ……まあ、いい。ありがとよ」

 俺はカウンター横に置かれた新聞スタンドから一部を抜き取る。十分に金は払った。新聞ぐらい貰っておいてもいいだろう。

 「毎度どうも、お気をつけて」

 カウンター上の金貨をしまいながら、思わぬ臨時収入に顔を綻ばせた店主が見事なコントラバスで見送ってくれた。


 左手で紙袋を持ち、右手でお気に入りのフェルトハットの位置を直しながら、さり気無く周囲に視線を這わせる。店主は欲深いが、少なくとも正直なようだ。

 石壁に囲まれた回廊の左端を中央地区に向け歩く。店の外にいた太った中年男が前を、アベックが背後を、回廊の反対側にいる金髪の赤ヒゲ男が右側につき、俺を囲むように歩調を合わせながら進む。フードを目深に被っている為、その表情はうかがえないが、歩くたびに微かに聞える金属のすれる音は紛れもなく鎖帷子の奏でる音だった。アベックに擬した二人組はもちろん、サ―コートの男達も白の無地で紋章らしきものはなく、その所属は分らない。

 「仕事の依頼の前に素行調査……なんて訳はねえよな」

 石壁でマッチを擦り、咥えた煙草に火を移す。どっちにしろ、この時間帯に化けモノに囲まれたからと言って身に危険は無い。化けモノ同士が戦闘可能になるのは毎日明け方5時から10分間行われるシステムの定時メンテナンスの時間帯、通称「収穫祭」の間だけだ。


 「鈴木さんよ、この仕事には、やっぱり、裏があるんじゃねえか」


 俺は、紙袋からリンゴを一つ取り出し、そいつを手で弄びながら、まるでボディーガードのように一定間隔をあけて周囲を固める化けモノどもと共に進んだ。

 

 「どうにも、正体が分らないと手の打ちようがないな……」

リンゴを少し投げ上げてはキャッチする行為を繰り返しながら、俺はわざとブラブラと用も無いのにあちこちの路地や店を覗きながら歩く。

 大回廊の左右に立ち並ぶ部屋の何割からかは内部から明りが漏れている。街灯代りのその明りのおかげで、大回廊はかなり遠くまで人の動きが分る。出入り口方向にあたる前方からはひっきりなしに冒険者のパーティーがやってくるが、目的地に向かい、真っすぐ進む冒険に馴れたパーティーは途中に誰がいようと気にせず、とにかく道の真ん中を突き進んで行く。途中で余計な戦闘などして、怪我などしたらつまらないからだ。

 反対に冒険に馴れていないパーティーは一部屋一部屋、手掛かりを探して丹念に見て回り、道の端を歩きたがるで、その分、戦闘が発生する機会も多い。経験値を積む為には一回でも多くモンスターと戦わなくてはならない。初心者の常套手段だ。

 この時も、そんな初心者パーティーが前方から三組、やってきた。いずれも六人編成の平均的なパーティーでどう見ても腕が立つようには見えない。

 俺の前を歩く白いサ―コート姿の中年男は、そのパーティーの存在に気が付くと、一瞬、どう動くべきか迷っている様子が見て取れた。今のまま進めば、そのパーティーの針路を塞ぐ形になり、考えなしの初心者パーティーのこと、中年男の実力も考えずにつっかかってくるだろう。


 おあつらえ向きだ。


 俺としても、俺を包囲するように歩く連中の実力が見てみたい。吸い殻を足元に吐き捨て、手にしていたリンゴを一口、齧る。やや酸味の強い固い果肉をゆっくりと咀嚼しながら、口の中で小さく呪文を唱える。リンゴを口に含んだのは、唇が動いていても不自然じゃないように見せる為だ。

 詠唱が終わると同時に、三組18名のパーティーの様子が一変した。ある者は喉の渇きを訴えるかのように自らの喉をかきむしり、ある者は空腹に耐えるように腹をさすり、またある者は見えない敵と戦うかのように剣を抜いて振り回し始め、足元をふらつかせる。

 18人の視線が、最も至近にいた中年男に集まる。

 男も、その視線に気が付いたようだ。落ち着いた様子でサーコートの内懐から銀色に輝く刃渡り30センチ足らずほどの短剣を引き抜き、これを右手に持って低く構えるのと同時に布製のフードの上から首の後ろに垂らしていた編鎖製のフードを頭にかぶる。中膨らみした鋭利な先端を持つ狩猟用の物を原型とした諸刃の短剣の側面には刃文が刻まれており、動体視力を総動員して、俺は振り回される短剣からその文字を読み取った。

 「Meine Ehre heibt Treue(忠誠こそ我が名誉)か……なるほどねえ」


 俺は立ち止まって傍らの建物の外壁に背を預けると、リンゴを齧りながら、見物としゃれこむことにした。

 回廊の反対側にいた赤ヒゲ男は、仲間を助けるべきかどうすべきか迷っている様子だが、俺の後ろを歩いていた若いアベックは意を決したらしく、革コートを脱ぎ棄て、中年男の応援にまわる。

 壁に寄り掛かる俺をアベックが追い抜く時、女と視線が一瞬、交錯する。憎しみと蔑みの籠ったいい目をして、こっちを見ていた。その冷たい視線には、思わずグッときそうになる。

 二人とも若く整った顔立ち、男は長めの金髪を靡かせ、濃藍の純真そうな瞳を持っており、女は同じ色の髪をポニーテールにしていた。

 男がどうなろうと構わないが、女の方はかなりの美人、傷でも付いたら少し惜しい気もするが、しかしまあ、こういう高慢なブロンド美人が血を流しながら必死に戦う姿を眺めるのも悪くない。

 中年男に襲い掛かる戦士達の太刀筋は見るからに素人丸出しだったし、魔術師の呪文も低レベル過ぎて有効打とはならなさそう……数こそ大差があるが、中年男とアベックの方に軍配が上がりそうだ。

 「中の上、ってとこかな」

 冒険者を数名、斬り斃した中年男とアベックの剣捌きを見ながら、その腕前を評してから、リンゴを一口齧り、咀嚼するフリをしながら再び呪文を唱える。

 途端に押され気味だった冒険者達の様子が急変する。手足に傷を負い、痛みに傷を押さえていた者は咆哮を放ちながら、剣を滅茶苦茶に振るい始め、半死半生の様子で地に伏していた者までが何事も無かったかのように立ち上がる。俺をつけまわしていた三人は攻守が入れ替わり、途端に劣勢に陥る。

 別に俺は冒険者に肩入れした訳ではない。単に、冒険者達の痛覚を麻痺させ、恐怖心を取り除き、幻覚を見せ、精神を錯乱させただけのことだ。  

 この段階になって、冒険者達の捨て身の攻撃に危険を感じたらしい赤ヒゲ男が仲間を救う為、ようやく動き出した。サ―コートの内懐から短剣を抜き放ち、一番近くにいた魔術師を蹴り倒し、更に僧侶の頸動脈を切裂く。その後も次から次へと冒険者達に襲い掛かり、一撃で致命傷を負わせていく。如何にも軽い剣捌きだが、その急所のみを的確に狙う腕前は感嘆に値する。

 赤ヒゲ男に一人の戦士が剣を向けた。大振りのツーハンドソートを力任せに振るう。なかなかの剣速、こんな初心者パーティーに入っているのは勿体ない様な逸材だ。

 己の持つ短剣の三倍近い長さのツーハンドソードを前にしても、赤ヒゲ男は怯まない。むしろ、軽やかにステップバッグするフリをしながら、微妙に相手を慌てさせつつ間合いをわざと詰めている。それまで横ぶりしていた剣を戦士が振りかぶった瞬間、赤ヒゲ男はあっさりとその内懐に飛び込み、鎧と鎧の繋ぎ目に短剣の切っ先を差し込み、こじる。

 戦士が驚きの表情を苦痛に歪めながら、手にしていたツーハンドソードを石畳の上に落とした。赤ヒゲ男はそれをゆっくりと拾いあげ、新たな冒険者に向かい、剣を構える。腰の入った実にいい構えだ。

 

 「……ふーん」

 赤ヒゲ男の動き、それに構えを見て答えを得た俺は、この場を立ち去ることにした。背後からは依然として錯乱状態の冒険者達と四人組の壮絶な戦いが続いているが、もはや興味はないし、結果がどうなろうと知った事ではない。

 短剣に刻まれた刃文を見ただけでも答えは出ていた。それに加えて、揃いも揃って頭髪を金髪に染めたがる偏執性、短剣よりも長剣を好み、腕はいずれも平均以上……。

 間違いない。こいつらはナチ野郎だ。

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