依頼
「……骨の王。えぇ、勿論、知っていますよ。当たり前じゃないですか」
迷宮きってのトラブルメーカー、厄介事を2ダース半も抱え込んだ王様の名前を聞いて、内心の動揺が面に出ていないか気になりながらも、俺は話の続きを促す。
「そのスケルトン・キング……佐藤さんが運営会社の放出したレアアイテム“ユダの護符”を今、狩っている。アイテムの総数は1000。その内、半分近くは既に佐藤さんが抑えている」
「で?」
「今はまだ、500以上が流通しているから噂にもなっていねえが、このままだと遠からず、レアアイテムは全て佐藤さんの物となるだろう」
「その“ユダの護符”っていうのは何なんです?」
「依頼主に質問するとは、お前さん、ぼけたな」
鈴木さんの反応に思わず鼻白む。言われてみれば確かにその通りだ。依頼主は「言えるだけの情報」を言うだけなのがルールだ。言わないという事は言えない事であり、それはつまり聞いてはいけない事なのだ。
俺は逆さまにしていたグラスをさり気無くターンさせた。
話が長くなりそうだ。もう一杯、頂こう。
グラスを見たバーテンダーが、すかさずスコッチを満たす。
「いいじゃないですか、別に」
仕事上の掟で一本取られたのは確かだが負け惜しみぐらいは言いたい。俺は捩じられたシガレットケースを両手で丹念に曲げ戻し、中から折れてクシャクシャになったトレジャラーを取り出し、咥える。
「ふん。まあいいか。大口課金プレイヤー向けの限定アイテム、記念品みてえなもんさ。取りあえず佐藤さんの物じゃねえのは確かだ」
「きっと、気に入ったんでしょう? 王様のやることは下々には分りませんって」
「抜かしやがれ……佐藤さん、また、死ぬ気だ」
「レアアイテムを狩り集めれば、クレームの嵐でデバッグしてもらえるって? 何とも純なお人ですねえ……」
骨王バグの名は今や第一階層最大のボスキャラとしてプレイヤーに知れ渡っている。その宝物庫には、とんでもない数のアイテムや財宝がゴミの山のように積まれていると噂され、全てのプレイヤーが打倒・骨の王を目指していると言っても過言ではない。今や佐藤さんはネット上でグッズまで売られている人気キャラクターなのだ。
その人気モノを会社が消去する訳がないではないか……。
だが、そのことをどうしても佐藤さんは理解できないらしい。佐藤さんは、この永劫の地獄から抜け出す為、消去という死を望んでいる。過去、何度も失敗しているにもかかわらず……。
「で、そのレアアイテムとやらを頂くってことですかね? 仕事ってのは」
「違うな」
鈴木さんの返答に俺は少しだけ困惑する。鈴木さんが時折、佐藤さんの元を訪れ、何かと話し込んでいることは聞き及んでいた。一部では「四十九士のバックには骨の王国がついている」という噂までたっているぐらいだ。その骨の王と個人的に親しい鈴木さんが、部外者である俺に仕事を頼む以上、自分のところの構成員には知られたくない、或いはさせたくない仕事……つまりは、懇意にしている佐藤さん自身に害を及ぼす様な仕事だと思い込んでいたのだ。
鈴木さんが足元に置いてあったらしい中型の金属製アタッシュケースをカウンターの上にのせる。それは物理的にも魔法的にも厳重に封がされているらしく、数十センチ離れた位置にいる俺の皮膚が微かに焼けるのを感じる。許可者でない者がケースに触れれば瞬時に黒焦げになるだろう。
「俺の手元に、その問題のユダの護符が100ほどある。これを佐藤さんに届けてほしい」
「届けるって……鈴木さん、あんたいったい……」
「この100があれば、佐藤さんは過半数を手に入れることになるだろう」
俺は訳が分らなかった。鈴木さんの属する組織が国内版時代から運営会社と深い関係にあることを知っているからだ。その鈴木さんが、佐藤さんにレアアイテムを提供するということは、運営会社の不利益につながり、それは即ち、組織の意向に背くということだ。組織の一員である鈴木さんが、そんな真似をするのだろうか?
「おっと、心配いらねえよ。これは預けるだけだ、組織には話をつけてある」
俺の怪訝な表情を察したのだろう、鈴木さんは先手を打って説明する。
「さっきも言っただろう、佐藤さんのアイテム狩りは噂にもなっていねえって……。あくまでも表向きの理由はよ、俺の店は見ての通り、何かと与太者の出入りが多いからな。こんなお宝が100もあったら物騒だろう? それに比べりゃあ、佐藤さんのとこは大金庫並みの警備。あの銀の軍団を突破できる奴なんて、そういる訳がねえ」
なるほど。
確かに骨の王国への挑戦は全プレイヤーにとって目的の一つともなっているが、ゲームを進める為の必要条件ではない。
だから、勇気と自信がある者のみが骨の王国に挑戦し、そして喰われる。敵わない相手や、まともでない人間を目にしたら華麗にスルーするのが大人の嗜みってものだろうが、世の中、大人ばかりで成り立っている訳ではないし、元気が良くて無鉄砲な若い者がいるのは世の中が健全な証拠でもある。実に喜ばしい。
「何故、ご自分の兵隊を使わないんです? その方が安全だし、俺みたいなフリーを運び屋代りに使うまでもないでしょう」
引っ掛かるものを感じた俺は、再び掟を破り率直に尋ねてみる。どうにも、きな臭い話だ。
「ここからは裏の話のつもりで聞いてもらいてえ……いいな?」
鈴木さんはわざとらしく周囲を見回すと声を潜める。
「正直なところ、俺はよ、佐藤さんに楽になって欲しいんだよ。あの人は十分に苦しんだ……」
鈴木さんは俺の前からグラスを手に取ると、一口にあおり、盛大にゲップをする。
「俺の100を合わせれば、佐藤さんの手元には半数を超えるレアアイテムが揃うことになる。そうなりゃあ、どうなる?」
左右全ての指にはめている巨大な宝石のついた指輪をガチャガチャと打ち合わせながら、ヤニで茶色くなった歯をニヤケさせ、ひどい悪戯を思いついた悪ガキのような口調で言う。
「さすがの運営会社だって、黙っちゃいられねえと思わねえかい? せっかくのレアイテムが得体の知れない殺人狂の学者先生の手元に集まるんだぜ……お前さんも知っての通り、うちの組は運営会社の株主たちとは裏表の関係だ。俺が表向き動く訳にはいかねえだろ?」
「……」
鈴木さんが個人的に佐藤さんと親しいのは知っているし、鈴木さんの組織と運営会社経営陣の一部がつるんでいるのも知っている。
そして鈴木さんは、佐藤さんの願いをかなえる為に、あえて組織の意向に逆らってまでして、佐藤さんの「自殺」に手を貸そうというのだ。自らが、大損する可能性に目をつむってまでして……。
俺は素直に感動した。
役者がもう少し上手ければハンカチを涙に濡らしながら、ブラボーと叫んでいたぐらいだ。必要なら、おひねりを投げたっていい。
まったく、こいつはどうしようもなく、胡散臭い話だ。
「ごちそうさん」
小さく呟いた俺は、再び注がれたスコッチを空にすると、グラスをターンさせ、席を立つ。
「おい、返事は?」
途端にニヤケ顔だった鈴木さんの表情が引き締まる。
返事を聞くまでは返さない……言葉には出さないが、目がそう言っている。それと同時に鈴木さんの放つ空気の変化を感じとったバーテンダーやウェイター達の立ち位置が微妙に俺を包囲する位置へと変化している。
俺は、カウンター内の棚に並ぶ上物の酒に視線を這わせ、店員達が放ち始めた殺気に気が付かぬふりをしながら、この暴力の専門家達を出しぬいて、この場をどうやって収めるかを考えはじめた。互いにモンスター同士、直接、手を出すことは出来ないが、俺をこのまま足止めするぐらいな事は出来るはずだ。
「少しばかり待って貰えませんか? やりかけの仕事を片付けなくちゃならないんで……返事は、その後ってことで」
我ながら、下手な嘘だ。視線を合わせぬようにわざとらしく煙草を咥えるが、火球は出現しない。どうやら、俺はこの店の嫌われ者になったらしい。
「鈴木さん、呼んだ?」
俺の座る席の隣、そのカウンター上に突然、喋る生首が置かれる。そんな芸当ができる奴は、この虚像世界でも一人しかいない。俺はまんまと嵌められたことを悟る。さすがは鈴木さんといったところか……。
現れたのは首無し騎士の中村、俺の同業者だ。
艶消しを施された西洋甲冑に黒いマント、腰に斧と大剣、こと接近戦に関してなら、俺の知る限りナンバー1の男だ。少々、口と頭が軽いのが難点だが……。
「ああ、来たかい。ちょいとデカい仕事なんでな、一人じゃ荷が重いと思ってお前さん方二人に仕事を引き受けて貰いてえんだが……こいつがごねてやがってよ」
――――二人で組む? 聞いてないぞ、そんな話は……困惑する俺を他所に中村はにこやかに頷くと話しかけてきた。
「ふーん。どうしたの? 相棒」
「お前さんの相棒になった事はないし、これからもないだろうよ」
「つれないなぁ。二人の明るい未来の為に力を合わせようよ」
「俺の人生設計にお前さんの居場所はない」
中村の生首が途端に心配げな顔で俺を見つめる。見るんじゃない。
「痛み止めをやろうか?」
「……どこも痛くなんかないぞ?」
「そんな心にもない事を言ったらハートが痛むんじゃないか?」
黙れ――――思わず罵声を浴びせそうになるのを堪え、寸前で言葉をグッと呑み込む。中村のペースに危うく乗せられるところだった。この一見、何にも考えていなさそうな軽口のジャブをまともに受け続けるだけで、いつも美味しいところをこいつに持って行かれるのだ。
それにしても実直そのものの様な甲冑姿の身体は、椅子にも座らず直立不動の姿勢のままだが、カウンター上に置かれた生首は実によく喋る。何度見ても薄気味の悪い光景だ。
「なぁ、中村」
哀しげな表情を浮かべている生首の耳を持って持ち上げる。
「一つ忠告しておく。気安く話にのるんじゃねえぞ、これは“あの”佐藤さんがらみの話だ」
中村が鈴木さんに言質をとられる前に説明を始めると、彼がいつの間にか注文していたらしくこの店の名物・豆腐ステーキがニンニク醤油の芳しい香りとともに焼き上がり、カウンターに置かれた。軽薄な生首と釣り合わないほど腰が低く、誠実そうな身体の方が存在しない頭をペコリと下げながら俺から生首を受け取り、それを豆腐ステーキの前に置く。俺の説明を聞いている間、身体の方は熱々のステーキを器用に切り分け、フォークの先をせっせと生首の口元へと運ぶ。
(飲み込んだ豆腐はいったいどこに行くんだ?)
その健啖ぶりを眺めながら、毎度のこととはいえ実に不思議な光景に束の間、考え込む。
喉仏の下辺りで、中村の頭部は切断されているし、どこかに袋が付いている訳でもないのに、中村の首は実によく食べるし、中村の身体は便所が長い。
1ポンドはある豆腐をぺろりと平らげた中村は、お代わりを注文してから鈴木さんに問い掛ける。
「報酬は?」
「おい、中村! お前、俺の話、ちゃんと聞いてんのか?」
俺は慌てて中村に注意を促すが、中村は整えた口髭と顎髭のまわりを胴体にナプキンで拭かせながら、にこやかに笑っている。まるで年寄りが大切な壺を磨いているような眺めだ。
「いいねえ、中ちゃん。どうだい、もし引き受けてくれるんなら、報酬の他に俺に一つ、貸しが出来るってのは?」
「貸し? 鈴木さんに? それともおたくの組織に?」
「俺に」
「鈴木さんに貸しかあ……そりゃあいいなあ」
「おいっ!」
俺は声を荒げた。これ以上、中村に喋らせておくと、碌なことになりそうもない。
「鈴木さん、さっきも言った通りだ。俺は少し考える時間が欲しい。それ以上でも、それ以下でもない。話は終わりだ」
俺の話を聞きながらも、鈴木さんの顔は笑っている。中村が乗り気な様子を見せたことで、機嫌が少しばかり良くなったらしい。
「長くは待たねえぞ。今夜12時までに返事をくれ。分っていると思うが、受ける受けねえに関係なく、この場での会話は……」
「分っていますって」
ストールから尻をずらすとボーイから預けておいたフェルトハットとコートを受け取り、席を立った。
「すみません。うちの主人が……」
「!?」
あやうく悲鳴を上げかける。振り向く寸前、いきなり背後から声を掛けられ、俺は心底びっくりした。まったく背後に気配を感じなかったのだ。中村といい、この美紗子さんといい、何とも気持ちの悪い夫婦だ。
首無し騎士の女房である美紗子さんは、泣女だ。いつもシルクの高級喪服を着こみ、俯き加減な姿勢で中村のあとをついて歩いている。いや、ついて歩いているのだが、あまり他人に気付かれることは無い。
そのぐらい、希薄な存在感なのだ。
細かい網目のベールを黒い帽子からいつも下ろしており、長い付き合いになる俺でも口元しか見たことがない。
もっとも、その泣き叫ぶ声を聞いた者には死が訪れるといわれる泣女の泣き腫らした真っ赤な目を見た者は恐怖のあまり狂死するという話だから、見ない方がいいに決まっているのだが……。
「み、美紗子さん、こんばんは」
「いつも主人が御迷惑ばかりお掛けして……」
「いやいや、とんでもない。こちらこそ、お世話になっています」
「奥さまはお元気?」
「モルガンですか? ええ、まあ、お陰さまで……奥さんじゃありませんが」
「いい加減に籍をいれられたら? 家庭もいいものですわよ」
「はあ……」
俺はあいまいに返事を返す。中村と美紗子さんのように、現実世界で結婚していた訳ではないし、第一、俺は電子人格だが愛人であるモルガン・ル・フェは現実世界のプレイヤーが操るキャラクターだ。
本物のモルガンに会ったことは無い。もしかしたら、会ったことがあるのかもしれないが、今更、そんな事はどうでもいい。プレイヤーは初々しい女子高生かもしれないし、仕事のできるOLかもしれない。或いは熟れた人妻かもしれない。腰の曲がった老婆である可能性は、この際、排除しておくのがお互いの将来の為だろう。
……まぁ、それはそれで人それぞれの好みの問題であって、否定すべき趣味ではないが。
最終決断を下す夜12時までは大分、時間がある。中村夫妻と待ち合わせ場所と時刻を手短に打ち合わせすると、俺は店を後にした。